12労働基準監督署&神奈川労働局交渉

 今年も7月21日から31日にかけて神奈川の全12労働基準監督署、8月6日には神奈川労働局との交渉を行った。普遍的な課題と各署や局で印象に残ったやりとりを報告する。【川本】

転倒災害防止は整理整頓と体操?高齢女性の重症化は骨粗しょう症が原因?

 転倒災害が増加している。中高年労働者は重症化しやすく、とりわけ50代以降になると女性の比率が高くなる。労働局のある監督署で尋ねたところ、女性は骨粗しょう症になりやすいので、転倒して大きいけがをする原因の一つではないかと言われた。それもあるかもしれないが、介護をはじめ、いわゆる現場で「無理をして」働かざるを得ない低収入の高齢女性労働者が増えているのではないか。下手すると、骨粗しょう症の人を雇わない会社が出てきてもおかしくない。
 転倒災害の防止対策としては、整理整頓や清掃とあわせ、体力測定や簡単な体操などを紹介している。それはそれで有効であるが、「可動な障害物」と同じぐらい、「起因物なし」(=何もない所でなぜか)起きている。つまり、焦らず無理をしなくてもよい労働条件づくりこそが必要ではないか。

アスベスト対策等の自治体との連携

 川崎市はアナライザー(分析機器)を持っていることもあり、川崎北署と川崎南署は連携して現場のパトロールを行っている。選定は自治体が行うが、4~5件に1件ぐらいはアスベスト含有が確認されるという。社会福祉施設設置などの許認可権は自治体が持っていることから、制度の説明会に労働基準監督署も参加して安全対策や労務管理体制の充実を求めている。

メンタル労災増加にどう対応するのか

 精神疾患の労災請求が激増している。横浜北署は100件を超え、比較的規模の小さな平塚署でも21件である。思い起こせば1991年に労働局交渉をした時、過労死が社会問題化し始めた頃で、脳・心臓疾患の早期労災認定を訴えた。交渉後に局の労災補償課の方が、「川本さん、お気持ちはわかるけれど、この数年で一気に50件ぐらい増加したのです。同じ人数で迅速に調査するなんて不可能ですよ」と声をかけられたことを思い出した。
 ある監督署によると、傷病手当金の申請をした労働者が、けんぽ協会から、仕事が原因でない、労災ではないという証明をもらうように言われたという。労基署と対応した職員の名前を書く欄まであるらしい。本来は両方を請求して、もし労災になれば返還すればよいだけなのに、労災請求そのものを止めさせるような対応は問題である。
 また、ある労災課長は、現行の認定基準では業務上になるのがかなり困難な事例や、明らかに業務上と思われる事例にも、同じように労力を費やさざるをえないのが実態で、もう少し丁寧に調査すれば業務上になりそうな事例にこそもっと時間を使えるようにしたいと本音を語った。監督署が会社の労働時間記録や加害行為者の言動などを警察や裁判所のように調査してくれるはずだという期待をしている被災者も多い。労災認定基準や調査の限界などを、丁寧に説明をしていくことも必要だと述べる労災課長もいた。
 いずれにせよ、抜本的な労災認定基準や運用の大改正(労働時間の事実認定がひどすぎる、ハラスメントがトラブルにされてしまうなど)と調査体制の大幅拡充が急務である。

労災補償を反映した監督指導、適正なリスクアセスメントを

 一人親方や個人事業主は、労働者が対象の労災保険に特別加入することが出来る。当然、労働基準監督署は給付の実態を把握しているが、それを統計的にまとめることはない。死亡災害のみ本省がまとめて公表している。また、脳・心臓疾患や精神疾患は、労災認定によって初めて明らかになることが多い。発症から認定までには時間がかかる。最初は軽いけがと思っていたら、なかなか治らないことも少なくない。
 要するに、現在の安全衛生指導の根拠となる死傷病報告書は使用者に発生後に「遅滞なく」提出が義務付けられているがゆえに、上記の補償で明らかになった実態とはかなり異なる。労災補償と監督の部署は常に連携しているというが、死傷病報告に加え、労災補償状況からもその重大性を判断して監督指導に活かす段階にきている。監督指導に限らず、適正なリスクアセスメントは法違反の有無ではなく、実態に基づいて行うものである。

積極的な情報宣伝を

 労働局は動画を作ったりわかりやすいチラシを作成しているが、案外現場労働者に周知されていない。講習会などもいつでも誰でも見られるようにし、それをもっとうまく宣伝してもらいたい。

各署交渉で話題になった事など

【小田原】 局全体で死傷災害は減少しているが、小田原署は一昨年より34%も増加。特に増加した業種があるわけでなく、全体的に増加したとのこと。精神障害の労災請求も大幅に増えて、昨年度は11件。8件の決定のうち5件が業務上。ハラスメント相談も増えていて、これまで泣き寝入りを余儀なくされていた労働者が労災請求や相談に来ているのではないかと思われる。チラシ「農林業等の建設類似作業の墜落・転落災害ゼロを目指して」は非常に参考になった。

【川崎南】 労災件数が増加、業種を問わず転倒災害が多い。死亡災害は4件、過去10年でワースト。中央労働災害防止協会が主唱し全国的に実施する「年末年始無災害運動」を11月16日から1月31日に拡大して展開。今年度も報道されるような大きな死亡災害が発生し、6月2日に署長が緊急要請を発した。

【川崎北】 労災件数が増加。とくに小売業が大きく増え(87件から126件に)、管理体制の課題が大きい。社会福祉施設も昨年はたまたま減少したが、2010年と比べると173%増。小売業も88%増加。こうした長期間のデータをまとめると地域の変化と課題が非常にわかり易い。以前から多かった精神障害の労災請求件数も35件に。30件の決定件数のうち12件が業務上で、決定の割合も40%と、局全体よりも多い。賃金不払の申告件数も増えている。一つの企業で複数の店舗を運営している場合は当然、多数の労働者が相談、申告することになる。

【厚木】 製造業や陸上貨物運送業の事業所数が京浜地区を上回る。労災発生件数は昨年よりはわずかに減ったものの、1000件を超えている。労働基準法違反の申告件数も増えており、精神疾患の労災請求件数も急増。建設ユニオンの参加者から、「一人親方の実態は、元請けに言われる労働条件を受け入れざるを得ない『労働者』。事故が起きたときは、そうした背景にも注目してもらいたい」と要請があった。

【横須賀】 以前はアスベスト労災請求や認定件数が多く、交渉にも多くの被災者が参加したが、現在は他署と変わらない。一方で他署と同じように精神疾患の労災請求が増え、偶然とはいえ、どちらも16件の請求。ユニオンヨコスカ組合員が多数参加し、意見交換した。
 昨年も紹介があったが、「転倒・腰痛等の労働災害防止のための取組事例」は管内の事業所の写真入りでとてもわかりやすい。ちなみに、他署で作った資料なども神奈川労働局のサイトの「労働基準監督署からのお知らせ」というコーナーで見ることが出来る。

【横浜西】 労災発生件数は減少し、保健衛生業が大幅に減少した一方で、建設業や製造業では増加。大規模工事が集積する地域でもある。他署と同様、精神疾患の請求件数が激増しており、昨年度は3割増の30件。

【藤沢】 労災発生件数が大幅に増加し、死亡災害も5件発生。死亡災害を分析すると、6割ぐらいは法違反がない。つまり、法律を守るのは当たり前で、さらに適正なリスクアセスメントを実施するために、その重要性を認識してもらうことが必要だ。

【横浜南】 労災発生件数は減少したが、交通運輸、港湾運送(ほとんどが横浜南署の管轄になる)が増加したことは課題。石綿救済法の請求8件中7件が業務外というのは多いと感じたが、近年、他署でも同じような傾向にある。労災認定に必要な資料が不足しているにもかかわらず、請求するケースが増えているようだ。

【鶴見】 例年通り、「令和8年版グラフで見る労働災害と健康の現状」が配布された。いろいろな労災統計は数字よりも、やはりグラフがわかりやすい。労災発生件数は2割減だが、今年は逆に増えている。
 キャラクターの「つる美ちゃん」も健在。ちなみに、鶴見署の事務所は2階にあるが、その階段でもしっかり活躍中(写真参照)。監督署は小さい方がなにかときめ細かい指導ができるのではないかと改めて感じる。

【相模原】 労災発生件数は大幅に減少。とりわけ建設業や陸上貨物が減ったが、実は2年前がかなり多かった。他署と同様、精神疾患の労災請求件数が増加。規模的に考えると、もっと多くてもおかしくないと感じたが、実は相談件数がかなり多いとのことだ。外国人労働者も増加。ある程度、出身国で経験のある人もいるが、逆に出身国の「常識」で判断して事故につながることなどもあるので、安全教育が非常に重要だ。

【横浜北】 労災発生件数が1273件。厚木署とならんで1000件超である。申告・相談件数も非常に多く、年々増加して376件。精神疾患の労災請求件数は109件。外国人労働者の労災も61件発生。フィリピン、ベトナム、中国、モンゴル、ミャンマー、ブラジル、ペルー、インドネシア。みんな日本人と同じように働き、同じように事故に遭う。安全衛生に、「〇〇人ファースト」もへったくれもない。
 
【平塚】 死傷災害発生件数は減少したものの、死亡災害は一昨年と同じ4名。典型的な災害は法令を遵守していれば多くは防ぐことが出来る。チラシで事例をあげ、「安全装置の有効保持」を呼びかけている。「インターロック(安全装置)を無効にしたり、壊れても修理しない」、「光線を遮ってから1分後に停止する設定にしていた」、「機械立ち上げ後3分間は作動しない設定にしていた」「電気回路を改造し、クレーンの過巻防止装置を切った」という例も。現場とのコミュニケーションを密にして、「やれ」ではなくて、「どうやったらよいか」「なぜしないのか」を一緒に考えて下さい。不備に対する指摘だけでなく、「基本に沿って安全行動を取っている人には『ありがとう』と感謝の意を伝えて下さい。精神障害の労災決定は20件、うち8件業務上。脳・心臓疾患は7件全部が不支給。時間外労働時間の事実認定が厳しすぎるのではないか。

神奈川労働局とのやり取りから

精神疾患、ハラスメント対策は補償や相談状況をベースに

 労災補償給付件数と死傷病報告件数とは大きく異なる。局の「グラフで見る神奈川県下における労働災害と健康の現状」という冊子でも、「業務上疾病発生状況」で「強い心理的負荷を伴う業務による精神障害」は25年は10件である。同じ冊子に載っている「労災保険給付状況」では、25年度に認定された「精神障害」は、その10倍以上の103件である。
 メンタルヘルス対策は最大の安全衛生の課題の一つであることは言うまでもない。また、精神障害の原因としては長時間労働もあるが、ハラスメント、いじめ・嫌がらせを原因のものが増えている。ハラスメントは下記に述べる労働相談件数のトップである。予防対策の面から言っても健康を害する前の職場改善こそが重要である。そのためにも実態把握の前提となる統計資料の整理と分析が必要ではないのか。

個別労働紛争解決制度と監督署の連携を

 労働局や監督署に寄せられる労働相談のうち25年度「民事上の個別労働関係紛争相談課件数」は16383件。そのうち「いじめ・嫌がらせ」が2778件と、一昨年より3割減少したものの、14年連続で最多。減少の理由は、改正労働施策総合推進法の全面施行に伴い「職場におけるパワーハラスメントに関する相談件数」は別区分になったから。25年度の相談件数は4091件で3割増。つまり、全く変わっていない。 こういうわかりづらい統計処理や発表に何の意味があるのか。むしろ、労働局のデータと監督署の連係こそが求められる。ハラスメントで泣き寝入りする労働者は多いのだから、少なくとも相談した労働者の会社をきちんと把握し、各監督署の監督指導に活用するべきだ。ところが、総合労働相談をとりまとめているのは労働局なので、センターからの要請に対しても「労働局で回答」となる。10数年たっても相談件数は増える一方、ハラスメントを理由とする労災認定も増加しているのだから、いいかげんに仕組みを改めてほしい。

文書(メモ)で回答 + 有意義な意見交換を

 監督署や労働局の回答は口頭である。監督署の補足説明は非常に勉強になることも多く、長くても45分程度で意見交換を合わせても1時間半から2時間以内には終わる。ところが、労働局の回答は、ほとんどメモを読み上げているだけで1時間半近く要してしまい、せっかくの意見交換が30分程度になってしまっている。口では言えるが文書では出せないような回答をすることはあり得ないので、今後は文書回答をお願いしたい。

労働基準監督署・労働局との交渉に参加して

■森田洋郎さん/私は横須賀市役所に勤務していましたので、例えば横浜市役所との風土の違いの様なものがあります。これは市の人口規模であったり市民の年齢構成の違いから、何に力を入れて仕事をするか、という特色の様なものが風土となって現れます。そうした中で、労基署も管轄地域の特色によって風土が違い、労災認定で言えば、一度に審査できる数には限界があり、適正な数で収まっているところは丁寧な仕事をされています。労基署の良い風土づくりが必要です。

■鈴木江郎さん/来年1月1日から、個人事業主等が労働災害にあった場合にも労働基準監督署に対し災害発生を報告する制度が始まる。災害発生ケースに応じて、被災者本人、特定注文者、災害発生場所管理事業者のいずれかが監督署に報告する。新しい制度であるし報告主もケースによって異なるなど、制度が始まっても当面は現場は混乱するだろう。しかし、これまで個人事業主の労働災害は国の労災統計に反映されなかった事を考えると、非常に重要な一歩だと思う。そして、この新たな報告制度の実効性を測る上で是非とも調べて欲しいのが、労災補償課が把握している、実際の労災補償請求の件数である。労災被災者が労災特別加入していれば、労災請求する可能性が高いので、補償課が把握している新規の労災補償件数と比較すれば、この新たな災害報告の件数が実態に即しているのか、あるいは機能していないのかの判断材料になる。各監督署にこの件を要請したので、どこの署でも良いから試しにやってみて欲しい。

■前田璃佳さん/昨年に続き参加しました。今年は厚木労基署と横浜労働局の2カ所を訪問。当事者にとって患者・家族の会の存在は大きなものです。同じ立場の者同士が支え合うピアサポートとして大きな意義があり、中皮腫専門医による治療に関する情報発信等、補償面の支援だけではなく当事者の心の支えとなる役割も担っています。このような活動をしている会があることを相談者へ周知して頂きたいと要望しました。厚木労基署では、職員がこれまでの経験談等もお話くださり、中皮腫の深刻さを理解し寄り添った対応をして下さっていることが伝わり有り難い気持ちになりました。神奈川労働局では、会報やリーフレットを置いて頂けることになりました。必要な方々に患者会の情報が届くための一歩に繋がったことを嬉しく思います。暑い中、毎年県内12カ所全て回っておられるセンターの皆様のご尽力に心より敬意を表します。

■向笠眞弘さん/労働局と3つの監督署に行きました。労働局と川崎南署にアスベスト患者会のリーフレットを送ることになった事が良かったです。監督署の回答では、特定団体は紹介できないとの事でしたが、まずは私たちの団体を知ってもらうためにリーフレットを送付する事になりました。アスベストの患者さんは労災補償の情報だけでなく、治療面や患者さんどうしの励まし合いなども必要なので、こういった私たちの取り組みを監督署の皆さんに知って頂きたいと思います。今回は名古屋の方も参加されたので、この取り組みが全国に広まれば良いと思いました。