岩手県のじん肺労災は、なぜ少ないか

NPO法人石綿被害者支援の会 理事長 松舘 寛

 「NPO法人石綿被害者支援の会」の松舘寛さんに寄稿文を頂きました。松館さんは東京土建一般労働組合の専従書記として、長年にわたりアスベスト被害含め、組合員の様々な労災職業病支援に尽力してこられました。東京土建を退職後、NPO法人石綿被害者支援の会を設立し、地元の東京と故郷の岩手県でアスベスト被害者の相談活動を続けています。当センターの会員でもあります。【鈴木】

はじめに

 東京土建などの建設労働組合と共に、トンネルじん肺に取り組んできたのが日本建設交運一般労働組合(建交労)。組合の中に全国労災職業部会があり、その事務局の中心に岩手県出身のOさんがいました。ある会議で私と同席した時に「Oさん、定年退職したら岩手で活動を考えている」と相談気味に話しかけました。Oさんは「岩手に行ってもあそこは駄目だ。じん肺を解る医者もいないし労基署も労働組合もやる気がない」と回答されました。厳しい餞別と思い、腹に納めました。

 私は岩手で活動を開始し、5年を迎えます。Oさんの言葉が本当に当たっているのです。その壁を突き進む活動の4年間でした。今号は、一人の相談者の事例から、岩手のじん肺(石綿含む)を特集します。

岩手県における石綿肺の労災認定状況

 厚生労働省は石綿肺の労災認定数を平成23年より公表しています。石綿肺はじん肺の一つなのでそこに含まれていました。労災認定は現場就労所在地となりますが、石綿肺は遅発性のため離職後は住所所在地の場合もあります。

 公表統計では岩手県は11年間で3人しかいません。岩手県には労災にあたる石綿肺の労働者はいないでしょうか。詳しい数は掌握していませんが、「じん肺健康管理手帳」「石綿健康管理手帳」の交付者は相当数いるようです。NPOとしても新規に10人以上の交付手続きをしました。ほとんどの建設労働者は地元で働いた人達ではなく、首都圏の建設現場で働いた出稼ぎ労働者人達です。

 石綿肺を含むじん肺の労災認定要件は、管理2以上で合併症(肺結核・続発性気管支炎・原発性肺がんなどの6つの疾病)が見られた時に、労災認定要件の管理4療養に相当する、ことになります。ただし、岩手県、青森県のじん肺検診で合併症を診てもらったことは皆無です。

 下の表は、岩手県のアスベストで一番重い病気の中皮腫死亡数と労災認定数の表です。原因がわからず中皮腫になった方もいると思われますが、圧倒的に多いのは、粉じん現場で働いた人達です。平成18年から平成30年の14年間(平成29、30年の中皮腫死亡数は未確認)、死亡者数は104人、労災認定数は17人という驚愕的な数字です。松舘が岩手の石綿被害者の支援活動の動機ともなった表です。

 岩手県、青森県の医師は、中皮腫死亡者を石綿救済法に紹介しているようです。しかし、補償が格段に違う労災認定には進まない。医師は「労基署に相談したら」と助言しますが、労基署の窓口が不慣れなのか、面倒なのか「労働者救済の道筋」は無いようです。

鉱山採掘と石綿金属製作に従事した山本さん

 相談者の山本さん(仮名)は、岩手県の地元の中学を卒業し、東京の下町の旋盤加工関係の会社に就職。その後、岩手に帰り農業の手伝いをしていましたが、近所に鉱山で働いている人に誘われ鉱山労働者に。そして、秋田、高知、京都などの銅鉱山で坑内採掘に従事しました。各所の鉱山が閉山すると、会社の紹介で新潟県の三菱マテリアルでアスベストを含む金属加工に従事しました。

 定年退職後は岩手県に帰省しましたが、体調が優れず、歩くこともままならない山本さんは、介護保険の適用を受け、市のヘルパーさんに援助してもらっていました。

 我がNPOは副理事長が、市の施設に相談チラシを置いていました。そのチラシを見たケースワーカーが斎藤福理事長に相談依頼。早速、相談会に来てもらいました。山本さんの職歴の聞き取り、じん肺健康管理手帳などを見せてもらいました。ほとんど鉱山やアスベスト飛散現場で働いて来たことが解りました。

岩手県で医療機関を探して受診

 その後、岩手県内で「じん肺管理区分」が出来る医療機関を探しましたが、見つからず、労働局健康安全課へ相談に行き、やっと県南部の個人医院が出来るかもと。レントゲンは検診車の中で撮り、医師は問診のみ。「じん肺健康管理区分決定通知書」は別の医師が記載するとのこと。

 後日、事務局から結果表とレントゲンが送られてきました。事務局の話では「石綿所見はないが、じん肺なら可能性があるかも」とのこと。我がNPOとしては、石綿肺にこだわっていなかったのに。岩手県は四国より広い地域なので受診するだけでも大変です。

東京の専門医を受診

 岩手県南の医院で診断された山本さんのレントゲンCDロムを、都内の専門医に読影してもらいました。医師の判断は「不正形陰影は病気進行と年齢を重ねて陰影が診づらくなっている。呼吸器指標は管理4に相当します」でした。冬は山本さんの体調の問題があり、夏過ぎに山本さんを連れ、受診することとしました。

 管理4相当の患者が東京の病院に行くということは大変です。齋藤副理事長が早朝、山本さん宅へ車で向かいました。同乗し、東北新幹線の最寄り駅へ。中学を卒業し、東京下町の工場で働いた時以来という山本さん。新幹線も初めて乗車するということでした。山本さんが乗車する駅の一つ前の駅近くに暮らす松舘理事長は先に乗車し、山本さんを待ち受けて合流し、一路東京へ。目的地の医療機関は東京駅から地下鉄が近いのですが、階段を登ることが難しい山本さんなので、上野駅から向かいました。

新潟県に管理区分申請

 無事、医療機関へ到着し、呼吸器系などの診察。医師は「どうみても管理4相当。不正系陰影が診にくくなっているのが唯一心配」とのこと。

 その後、医師の助言を参考に、居住地の岩手県ではなく、最終労働した新潟県労働局に、じん肺健康管理区分申請することに。岩手県から新潟県に申請手続きをしました。

 申請後、新潟労働局から電話があり、「山本さんは岩手在住なので岩手労働局へ提出を」とのこと。我がNPOと色々やり取りするなかで、新潟労働局から「かつて不整系陰影の所見がある。管理2相当だ」という情報を得ました。開示請求を考えましたが、岩手労働局に伝わっていました。

岩手労働局で管理2に

 昨年12月15日、斎藤副理事長と共に労働局の決定について説明を聞きました。申請人も同席しました。局側は2人でした。岩手労働局の決定は管理2。もともと不整系陰影は管理2相当で呼吸器系もかなり重篤なのにという岩手労働局の回答。岩手じん肺医師の回答でもあります。

 ①肺のレントゲンに異常がみられない。呼吸器機能の低下は加齢によるものとか他の病気からくるのかも知れない。②じん肺健康管理区分申請時にもっと詳しい意見書と説明がほしかった。

 以上が説明の要約です。ここに岩手労働局の現在の「じん肺法」が現れています。問題点を提起します。

じん肺は不治の病

 厚生労働省のじん肺の判定は「じん肺診査ハンドブック」です。その中で「4 胸部臨床検査」があります。「ただし、じん肺所見の時期から相当年後に診察する場合がある。そのためにじん肺法14条に基づき、かつての、じん肺管理区分等を証明した通知書書面を参考にする」とあります。石綿肺と違い「じん肺」は管理2か3以上が要件です。

 岩手労働局は、新潟労働局の「じん肺管理区分決定通知書」を無視したのでしょうか?「じん肺」は治癒したというのでしょうか? じん肺は不治の病で、現在も治癒する薬はない病気です。岩手労働局の判断は、医学的に画期的で呼吸器学会ではノーベル賞ものです。

 また、じん肺管理区分申請書に「医学的情報が少なかったので意見書などをつけてほしかった」との回答。厚労省が決めている申請書に不備があるかのような回答に耳を疑いました。じん肺ハンドブックに沿って記入し提出しています。仮に意見書が必要であれば、判断を下す前に提出を求めるべきものです。

東京労働局と岩手労働局で異なる判断

 管理2でも「著しい肺機能障害がある」と管理4になります。「著しい肺機能障害」とは、①肺活量が60%未満、②1秒率が限界値未満などです。山本さんは肺活量61・8%で、1秒率37・2(限界値41・87)でした。

 かつて相談を受けた大工の梅木さん(仮名)は、肺活量64・7%で、1秒率36・6(限界値40・38)でしたが東京労働局で労災認定されました。総合的判断ということでした。ところが、岩手労働局で山本さんは管理2とされました。これはどう考えたら良いでしょうか。NPOとしては、不服審査請求を考えております。

岩手県会議員へ要請も

 冒頭紹介した日本建設交運一般労働組合(建交労)の全国労災職業部会の指導的立場だった岩手県出身のOさんの餞別の言葉通り、岩手県での活動では厚い壁が立ち塞がっています。これを変えるには具体的事例の積み重ねと検証と思い、活動しています。

 昨年末に、県内の呼吸器系医師の紹介で「労災の可能性があるのでNPOに相談するようにと医師から助言されました」という電話がありました。NPO結成5年目を迎え、その活動も少しずつ認知されてきたようです。