立ち上がる新型コロナワクチン接種被害者
森田洋郎(神奈川労災職業病センター理事/社会保険労務士)
三木久子(高校教諭/薬剤師)
安岡匡也(関西学院大学教授)
高校教諭であり薬剤師の三木久子さん、関西学院大学教授の安岡匡也さん。お二人は大阪に暮らし、普通に学校で教鞭をとっておられた教員でした。20年からのコロナ禍は学校にも大きな影響を与えました。国の指示に基づき、生徒同士の感染対策が徹底され、教諭たちは否応なくコロナワクチンの接種を強いられました。そのワクチン接種の結果、お二人に大きな健康被害が起きてしまったのです。お二人はワクチン接種による健康被害を体験され(まだ治っていません)、自らどうやって生活していくか、様々な課題に直面されます。そして我が国の社会保障制度の様々な障壁が見えてきました。
私は、お二人のたたかい、特に予防接種健康被害救済制度の支援をさせていただくなかで、この制度の大きな問題を知ることになりました。お二人は、この問題をそのままにする訳にはいかないという一心で、様々な取り組みをされてきました。被害者がさらに苦しむ社会や制度はなくすべきだという強い思いです。この思いに動かされ、お二人を支援する人も徐々に増えていきました。同じように苦しんでいる方に、お二人の取り組みを共有することで、社会が少しでも変わることを願っています。【森田洋郎】
目次
はじめに
私とお二人の出会いは、神奈川労災職業病センターが新型コロナワクチン接種後遺症の問題に取り組みを始めた初期の頃です。センター専従の鈴木さんと私、ひょうご労働安全衛生センターの西山さんで、大阪・兵庫と神奈川でのZOOM会議を重ねました。
最初の課題は学校への職場復帰の問題でした。2年以上の休職期間を経て、どうにか職場まで行くことは出来る程度にはなったものの、慢性的な倦怠感が継続している中で、このままでは解雇されてしまう、というご相談でした。職場復帰にあたって、どうやったら新型コロナワクチン後遺症の障害について、合理的な配慮を職場にして貰えるようになるか、ということを、大阪の弁護士さんも含めて喧々諤々の議論を交わし、その結果をご本人自らが職場と交渉して、課題を克服されるというスタイルですすめてきました。結果、職場復帰については、未だ予断は許しませんが、職場復帰して約1年が経ち、現在は授業もされているご様子です。
予防接種健康被害救済制度の障害年金審査請求
次に私が関わったのは、予防接種健康被害救済制度の障害年金の審査請求についてです(現在進行中)。この救済制度の中で、医療費医療手当については認められているのに、障害年金は認められないという不可解な決定がされました。当時はほぼ寝たきりの状態であり、国民年金法の障害年金では2級相当の障害の状態でした。予防接種を行った結果、健康被害にあい、国はその症状を新型コロナワクチン予防接種との因果関係を有りとして、医療費は支給するが、障害年金は支払わないという決定です。厚生年金の障害年金の支給は既に受けられているので、両方の障害年金は併給調整があるため、両方満額が増える訳では無いので、おそらくほとんどの方は諦めてしまうケースかと思いますが、お二人はおかしいと声を上げました。
審査請求の手続き中、大阪府審査会での口頭意見陳述に私も参加させて頂きました。お二人の熱意が様々な方を動かし、当時の主治医の先生や取材の方もお越しになり、府議会議員さんも駆けつけるなど、熱気のこもった口頭意見陳述に大阪府の審理員さんもたじたじだったのではないでしょうか? 終了後の記者会見では、多くの記者が、被害の状況や、国の審査の問題について、熱心に質問をされていました。
そして、今回の大阪府議会からの国への意見書提出に至る、お二人の取り組みは特筆すべき運動の成果だと思います。この間の、被害に遭われながらの取り組みについて、お二人からお話しいただきます。
三木久子さん(高校教諭)
はじめまして。高校教諭で薬剤師の三木と申します。当時、私は高校3年生の担任をしており、学校からの勧めで21年9月4日に新型コロナワクチンの初回接種をしました。翌日に、激しいめまい、頭痛、全身の力が抜け、立ち上がれなくなり、救急車で搬送されました。しかし、いずれの検査でも異常が見つからず、入院後1ヶ月が経過しても起き上がることさえ困難な状態が続きましたが、退院して在宅治療に切り替え、往診、訪問看護、リハビリ、鍼灸やヘルパー等毎日援助を頂きながら生活をつないでいました。
私の症状は重い疲労感や倦怠感で、終日横になっていないと心身が持たない状態でした。頭痛、めまい、立てない、歩けない、全身の痛みや発疹、手足のしびれ、もの(箸や携帯等)がつかめない、食欲もわかず、食べることさえ疲れを感じ、2年以上の寝たきり状態で体重も13キロ落ちました。
原因の追及のため医療機関42件を渡り歩き、「ワクチン」と言うと、多くの病院から診察を断られました。ワクチン接種を受けた医療機関に接種証明書を貰いに行った際には「営業妨害!出て行け、二度と来るな」との酷い言葉を浴び、玄関外へ追い出され、塩を撒かれ、扉の鍵をかけられ、信じられないような扱いを受けました。医療機関での門前払い、心ない言葉、メンタル(精神科)扱いと決め付ける診察等、理解し難い対応が多い中、長尾和宏医師に出会い、週1回往診にきてくださり、常に患者に寄り添って頂き救われました。
社会の無理解に苦しむ
その後、予防接種健康被害救済制度を申請しましたが、市からは受取を拒否されたり、受け取られても市役所で半年間以上放置され、申請から認定まで1年半かかりました。それら必要な書類(カルテ、受診証明書、医療費医療手当請求書、領収書等)も自分で全て集めなければならず、体調の悪い中での作業は非常に大変で、また、それら書類費用も高額(1万円)な請求もあり、精神的にも経済的にも負担の重いものでした。
この請求の最終的な認定は「めまい」に関する一部の治療費のみで、残りの治療は保険外診療となり、自己負担が重くのしかかり、健康被害救済制度の障害年金も否認されました。生活面でも困難は続き、身の回りの家事もままならず、当時中学3年の子供に手伝いをして貰う日々であったため、子供は学校も不登校気味になり、休職での収入の激減、傷病手当金の1年半での終了も重なり、経済的にも精神的にも追い詰められる状態でした。
仕事も退職を迫られるなか、大阪府や市では殆ど相談にのって貰えず、有志医師会で知ったNPO法人ひょうご労働安全衛生センターの西山さん、NPO法人神奈川労災職業病センターの鈴木さんや森田さんのご支援を頂いたお陰で、何とか職場復帰を果たすことができました。現在、障害者雇用枠での制限勤務で、いつまでこの身体で働けるか不安は拭いきれません。
同じような境遇で苦しんでいる長期体調不調に見舞われた児童や生徒学生の皆さんも、学校では理解が得られず休みがちになり、進級や卒業に影響が出ています。ある高校の生徒は出席日数を満たすため、辛い身体で杖をつき登校し、教室では椅子に座っていることもままならず、床へ横になりながら授業を受けることもあり、担任から「態度が悪い」と叱られました。医療にも学校にも受け入れてもらえず、社会の無理解の中で苦しむ若者がいることは大きな社会問題です。
大阪府議会が動く
検査しても異常が見つからず医療機関をたらい回しにされ、生活が崩れ、理解されないまま孤立していく、こうした環境の中で苦しんでいるワクチン後遺症患者は全国に多数います。治療法が確立されていない今だからこそ、患者が孤立せず、社会全体で理解を深め、精神面、経済面そして医療面の全てで支え合える仕組みが必要だと強く思います。これを社会に訴えるため議員の皆さんの協力の下、25年2月に東大阪市長に直接要望書を手渡し、8月には大阪府にも要望書を提出しました。同年8月には健康被害救済制度における障害年金否認への審査請求の口頭意見陳述が行われ、元主治医、大学教授、社労士の森田さんが補佐人となり、メディアや府議会議員の方々のご協力の下、現在も再々反論しております。議員の皆様の勉強会にも参加して、同年11月の大阪府議会の維新会派のご支援で意見書の検討が進み、厚労省まで意見が届く見通しです。都道府県から国に意見するのは全国で初めての試みです。これが突破口となり、あらゆる議論が色々な場面で繰り広げ進むことを切に希望します。
ワクチン後遺症で苦しむ多くの方々へ少しでも希望を与え、前に進む勇気を抱いて貰えるようこれからも力を尽くしたいと思います。そして今回多くの方々の支援が一つの形となり、動き始めたことをとても嬉しく感じ、このように紙面で伝える機会もいただけたことを深く感謝申し上げます。ありがとうございます。これからも重ねて宜しくお願いいたします。
安岡匡也さん(大学教授)
関西学院大学の安岡匡也と申します。この度は、このような原稿執筆の機会を頂きましてありがとうございます。私は経済学者であり、マクロ経済学に関する研究を行っているだけなく、社会保障制度についても研究を行っております。しかしながら、社会保障制度について研究と言いましても、予防接種健康被害救済制度や公衆衛生施策についてはあまり触れることはありませんでした。それが、偶然なのか、これらの制度について実体験を契機として研究を進めることとなりました。
私はコロナワクチン1回目接種を21年9月に受けました。翌日、座っているにも関わらず血が急に頭から引いて意識を失いそうになる症状に定期的に襲われました。また昼間にも関わらず、目を開けられないくらいのひどい眠気に襲われました。ここで私はなぜか2回目接種に臨んでしまうわけです。当時において接種をしなければならないという気持ちがあったのでしょう。新しいワクチンなのだからこういう症状もあるだろうという意味不明な理由で自分を納得させていました。それは、自らがまさか接種によって体調不良と認めたくなかったことの裏返しだったのかもしれません。
21年10月、2回目接種を受けました。待機している間、接種した左側の首においてピリピリする感じ、そしてそれが上に上がってくる感じが「ああ来たか」と、とてつもない不安に襲われました。しかし、ほどなく引いたので接種したクリニックを出ました。すると、地面が揺れておかしい感じでした。ベンチで少し休みました。目の前は県立病院でした。そこで休んだ理由は、何かあったらすぐに病院に運んでくれると思ったからでした。
ドクターショッピング43件
接種してから、めまい以外の様々な体調不良に襲われました。体がぴくついたり、頭痛が起きたりと意味不明なことが立て続けに起きました。この仕事をして一度も体調不良を理由に休講にすることはなかったのですが、初めて休講としました。MRIなどの検査をしても異常は現れず、結果的に43件ものドクターショッピングを重ねることとなりました。
また、2ヶ月程経って、首の違和感や不眠なども出てきました。1ヶ月ほどの絶不眠などを経験し、体調はさらに悪化し、体重は今よりも20キロほど落ちました。光がまぶしく、大画面のパソコンモニターでは作業できず、日常生活において強い制約を受けました。
さて、その中で私はこれまでの人生には無かった経験をすることとなりました。そして、それは私の新たな研究テーマを決めるものとなりました。医師の中にはもちろん、患者さんの症状に対して理解を示してくださる方も多くおられますが、一部はとてもそうとは思えない医師もいることも知りました。毎回、症状を説明するのが辛いため症状について記載したメモを病院に持参すると、医師から「そういうメモを書く細かい性格だからそういう症状になるのです」と言われました。また、耳鳴りもひどく、診てもらおうと別の病院に行くと、医師から「僕だって耳鳴りはなりますよ」と言われたのです。さらに、接種医に副反応疑い報告をしてもらおうとクリニックに行くと、「こういうことを言っているのはあなただけですよ」と言われたり、そのクリニックのスタッフからは何か変なものを見るような目で睨まれたりしました。あの目は忘れることはできません。
結局、私は予防接種健康被害救済制度に認定され、医療費・医療手当の支給を受けているにも関わらず副反応疑い報告を拒否され、現在においても副反応疑い報告件数の中に私のケースは入っていないのです。
予防接種健康被害救済制度の問題について研究
話は前後しますが、予防接種健康被害救済制度へ申請するのも一苦労なのです。私は自分自身で申請に必要な書類を集めました。カルテ、受診証明書、領収書です。6つの病院と6つの薬局の分を集めました。カルテに関しては交付を拒否されるケースを聞いていたのですが、私の場合は、どの医療機関も比較的すぐに交付してくれました。但し、交付には手数料がかかります。私の場合は最大で1つのカルテについて5500円かかりました。受診証明書に記載をお願いするにも手数料がかかります。また、領収書は再発行してもらえないため、その領収書の金額分は申請において請求できないのです。このような金銭的な負担だけでなく、体調不良の本人が集めることにそもそもの大きな負担があります。医療機関の対応から怖くなって医療機関に行けず、申請に必要な書類を集められない、体調不良で書類を集められないということも聞いております。
私はまだ自分で体を動かすことができたことで、書類を集めることが出来ました。それでも9ヵ月かかりました。そして、申請してから認定を受けるまで1年2ヶ月かかりました。予防接種被害者健康手帳の交付を受けることが出来ました。金銭的な補償よりもこの手帳の交付、これが私には何とも言えませんでした。1ページ目にはこう書いてあります。「上記の者は予防接種を受けたことにより疾病にかかり、又は障害の状態となったものであることを証明します」と。国が認めてくれたという言葉がまず頭の中では浮かびました。
私は、現在までにインタビュー調査やデータ分析などを通じて予防接種健康被害救済制度などの問題について研究を行っております。その中で、実際、救済制度にそもそも申請できない、申請しても否認される、副反応疑い報告を拒否される方がおられるということを改めて知ることとなりました。そのような状況を踏まえ、私は自治体や厚生労働省に要望書を提出しました。いずれも回答を頂き、検討する旨の返事も頂くことはできましたが、まだまだ政治・行政側の取り組みはまだまだスピードとしてはゆっくりなのではないかと思います。今後も調査研究で得た知見を元に要望書を提出する活動は続けますが、今回、大阪府議会における国への意見書提出の取り組みをお聞きし、これはなかなか救済が進まない状況に対して、大変大きな影響を与えるのではないかと思いました。そして、政治が政治に対して意見を述べるというのも非常に興味深い展開ではないかと思いました。私も微力ながら、意見書の草案に対し、コメントをさせて頂きました。
私自身のこのような調査研究や要望書提出などの活動はひとりではとても無理な話でした。この場を提供くださった方々をはじめ、実に多くの方々のおかげでこのような活動を続けていくことができました。引き続き、当事者として、この問題に取り組んでいきたいと思いますので、どうかよろしくお願いします。
最後に
お二人の壮絶な実体験のお話は、重篤な予防接種の副反応と、その事に対する社会の理解が乏しいこと、そして国の補償が全く不十分であることを明らかにされました。また泉大津市などの心ある自治体では、市長自らが先頭に立って被害者に寄り添う取り組みも、少数ながら存在するということもわかりました。
私もこの予防接種健康被害救済制度の申請や決定後の不服申立等のお手伝いを、全国の方からご依頼をいただき、取り組ませていただく中で、被害者数がかなり膨大であり特に症状が重篤な方が多いことがわかりました。配偶者や子どもを亡くしたという方も多くいらっしゃいます。それなのに国は、この被害状況に対応する政策的な対応、原因調査や研究等を行っているとは、とても言えない状況で、通常のワクチン接種同様の被害状況である、と取り繕っています。そして、地域の医療機関側の理解は乏しく、市町村の職員に至っては、理解も知識も無いという状況であると感じています。したがって、この問題をまず社会に広く周知する必要があります。そのためには、お二人のような被害者自らの取り組みが本当に重要になってきます。そして、制度の不備等については、国会等へのアプローチも必要でしょう。
厚生労働省の正面玄関前には「誓いの碑」があります。そこには、「命の尊さを心に刻みサリドマイド、スモン、HIV感染のような医薬品による悲惨な被害を再び発生させることのないよう医薬品の安全性・有効性の確保に最善の努力を重ねていくことをここに銘記する 千数百名もの感染者を出した「薬害エイズ」事件 このような事件の発生を反省しこの碑を建立した 平成11年8月 厚生省」とされています。果たして、この誓いを覚えているのか、本当に反省しているのか、甚だ疑問であると言わざるを得ません。忘れているのであれば、思い出させ、そしてもう一度反省してもらい、被害者の救済等と、この新型コロナワクチンの問題の全容解明がされなければなりません。
大阪府泉大津市の取り組み(市非常勤特別職 黒石匡昭さん)
泉大津市では市長自らが20年当時から新型コロナやmRNAワクチンに関する有志の勉強会を重ね、様々な問題意識や懸念点を共有し、一般報道の偏重に十分留意した上で、自ら情報を慎重に判断して行動するよう公にも発信してきました。それでも社会は大混乱となり、コロナ後遺症、ワクチン後遺症といった得体の知れない体調不良が蔓延し、病院やクリニックからも見放されて困窮する方々が少なからず存在することが判明しました。
そこで泉大津市は、「泣き寝入りはつくらない」を合言葉に、市独自政策として、コロナ・ワクチン関係の体調不良者に真摯に対応する医師を集めて「オンライン相談」事業、「養生スタートプログラム」「後遺症改善プログラム」などの事業を全国に先駆けて開始しました。これらの事業は泉大津市民以外の全国の方々から注目され、自分達も助けてほしいとの声が多数寄せられました。mRNAワクチンの問題がかなり顕在化し、後遺症に苦しむ(最悪の場合は死亡)患者が多数検出されてきてもなお、政府や自治体の対応(健康被害救済制度等)はまだまだ十分ではなく、これを捨て置けないとした泉大津市は、市独自施策として、市独自の財源を供出する救済制度も設置しています。支援金など泉大津市独自の取り組みについては下記URLをご参照ください。
https://www.city.izumiotsu.lg.jp/kakuka/kenko/kenkodukuri/osirase/kennkoujyouhou/koronawakutinsessyu/7396.html
https://www.city.izumiotsu.lg.jp/kakuka/kenko/kenkodukuri/osirase/kennkoujyouhou/koronawakutinsessyu/9362.html
