原告Mさんの夫の陳述書

はじめに

 私は原告の夫です。1968(昭43)年生まれで現在56歳です。妻の父である被災者と同じ事業所で配管工として稼働した経験があり、その際に義父の仕事は直接見ております。本陳述書では、主にその際の作業実態についてお話します。

建設現場での就労状況

 私は高校卒業後に夜間の専門学校に通いながら電気店でアルバイトをしていました。妻とは19歳のときから交際していました。1988(昭63)年、私が20歳のとき、義父から誘われ、週1、2回の頻度で同じ事業所での仕事を開始しました。
 専門学校卒業後は交通信号機のメンテナンスを行う会社やバス運転手として稼働しましたが、それら本業が休みの日には、この事業所での仕事を続けました。本業が始まって以降も1996(平8)年まで週1、2回の頻度で働きました。私も、事業所の経営者であるSさん、義父及びそれ以外の従業員と全く同じ作業に従事しました。

建物や工事の種類など

 私が担当した建物は、鉄骨造建物も鉄筋コンクリート造建物のいずれもありましたが、非常に大きな建物が多かったです。例えば、横浜みなとみらい地区にある横浜ランドマークタワー、ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル、川崎の聖マリアンナ医科大学病院、相模原の三菱重工社宅など大規模な建物の工事に従事したことは印象に残っています。
 木造建物の工事はしておりませんでした。新築工事と改修工事の割合は、9対1であり、新築の方が圧倒的に多かったです。建物の種類は、大体ですが、マンションなどの共同住宅が6割、学校・幼稚園などが2割、店舗・事務所が1割、劇場や百貨店が1割という感じでした。

吊りバンド設置作業

 天井の配管は、吊りバンドを使って天井から吊り下げます。吊りバンドを天井から吊り下げるため、鉄骨に支持金具を取り付けたり、天井にアンカーボルトを取り付ける作業が必要となります。鉄骨に支持金具を取り付ける際、既に鉄骨に吹付けがなされています。支持金具を取り付けるためには、鉄骨に吹付けられている吹付け材をヘラや手で剥がします。当然、細かくなった吹付け材が多量に舞います。
 マンションなど鉄筋コンクリートの建物の天井は天井(スラブ)を構成するコンクリートの下にデッキプレートという波形の鋼板があり、そのデッキプレートを貫通する形でアンカーボルトを取り付けます。アンカーボルトを取り付ける位置にはドリルで穴を開けます。デッキプレートにも吹付け材が付着しているため、ドリルで穴を開ける際は、デッキプレートに付着した吹付け材も非常い細かい粒状となって周囲に飛び散り、舞います。
 上記の吊りバンド設置作業は、天井部分での作業となるため、私は常に上を向きながら手を伸ばして作業をしていました。そうすると、剥がしたり、ドリルで粉々になった吹付け材は私の顔面にたくさん落ちてきます。今考えれば、吹付け材を多量に顔面に浴びていたのですから本当に恐ろしいことです。

吹付け作業との同時作業

 私がやっていた配管工の作業と吹付け作業とが同時並行となることは日常的にありました。配管作業をしている同じ階のすぐ横で吹付け作業をしていたのです。建築現場では色々な職種の職人が入り乱れて作業をしているような状況でした。

石綿セメント円筒の切断作業

 石綿セメント円筒(トミジ管)は全ての現場で使用していました。石綿セメント円筒を使用する場合、まずは現場の寸法に合わせて切断します。設置する天井部分の下の床で高速カッターを用いて切断していました。高速カッターの刃は非常に高速で回転しますので、石綿セメント円筒を切断する際には、辺り一面に粉が舞い上がり、現場は煙に包まれたような状態となります。
 高速カッターで切断した後は、ベビーサンダーというものを使って削り、長さの微調整を行います。このベビーサンダーを用いた作業においても、削り取られた粉がたくさん舞います。しかも、この作業は、脚立に乗った状態で行うことも多く、削り取られた粉は、その下で高速カッターによる切断作業等をしている作業員に頭から降り注ぐことになります。

保温材の切断・巻き付け作業

 保温材は黄色くて触るとチクチクする感触がありました。この保温材を配管に巻き付ける作業も日常的に行っていました。保温材は必要な長さに切断してから使用します。切断するには手鋸のような刃物や工業用ハサミを使用していました。手鋸で切断する際はたくさんの粉塵が舞っていましたし、工業用ハサミで切断する際も粉塵は舞っていました。また、切断した保温材を配管に巻き付ける作業を行っている際にもキラキラと光る粉がたくさん見えていました。保温材の取り付け作業も顔を上に向けて手を伸ばして行うことが多く、その際、手や腕及び首筋がチクチクして非常に不快でした。

躯体や間仕切り等に穴を開ける作業

 私は建物の躯体や間仕切り壁などに管を通す穴を開けるスリーブ作業も行いました。天井近くの躯体や間仕切りに穴を開けるため、上を向きながら手を伸ばした状態で電動ドリルを使って穴を開けるのですが、その際の粉塵はものすごい量です。それを頭や顔に直接浴びるので髪の毛や眉毛まで白くなっていました。

マスクは一切しなかった

 配管工が作業するのは、天井、床、壁が既に出来上がった建物ですから、作業で舞い上がった粉塵は建物内に充満していました。私も義父も、作業中には一切マスクをしていませんでした。アスベストがこれほど怖いと知っていれば、マスクせずに作業することなど恐ろしくてできませんが、当時は危険性を把握していなかったのです。

最後に

 私も義父と全く同じ作業をしていましたので、アスベストにばく露しているはずです。幸いにも私はまだアスベスト関連疾患を発症していませんが、いつ発症してもおかしくないと思うと本当に不安と恐怖で一杯になります。
 私がここでお話ししたことは全て事実です。裁判所におかれましては、当時の建築現場作業がいかに危険に満ちたものであったかということを十分にご認識いただいた上で、適正なご判断をいただきますようよろしくお願い致します。