内装大工「右手根不安定症」で労災認定、電動工具の多用による手根骨への過度な負担

内装大工のSさんが「右手根不安定症」で労災認定された。Sさんは、大手ハウスメーカーの戸建て住宅やアパートの内装大工工事を請け負い(一人親方特別加入)、ねじ打ち機やビス打ち機などの電動工具を多用し、壁や天井のボード貼り作業を行っていた。日常的な作業においても、ねじ打ち機等を持つ右手の手根に負担がかかっていたが、更に発症日前に業務量が増加したことにより、業務上決定された。【鈴木江郎】

右手関節周囲の膨張、圧痛、運動時痛の症状と月状骨周囲の解離

「右手根不安定症」とは、手根部にある8個の手根骨(舟状骨、月状骨、三角骨、豆状骨の近位列の4個と、大菱形骨、小菱形骨、有頭骨、有鉤骨の遠位列の4個)が何らかの原因で解離し、手関節の痛み、可動域制限、握力低下などの症状をもたらす。
Sさんの場合は、右手の手根骨のうち「舟状骨」「月状骨」に異常が発生し、右手関節周囲の膨張、圧痛、運動時痛の症状が出ており、レントゲン写真上「舟状骨-月状骨」を中心とした月状骨周囲の解離がある。
そして主治医からビス打ち等の右手根に負担のかかる業務はドクターストップがかけられ休業し、また治療のため「鏡視下滑膜切除」「舟状月状靭帯再建」の手術が必要なことから労災請求を考え、医療機関を通じて当センターに相談があった。

壁、床、天井の下地やボードの貼り付け作業

Sさんは現在52歳であるが、33歳頃から内装大工の職業に就き、以来20年間一貫して内装大工工事に従事してきた。Sさんの「右手根不安定症」の原因となった作業は戸建てやアパートの新築工事において、壁・床・天井の下地やボードを、ねじ打ち機やビス打ち機で貼り付けていく作業である。一昔前の建築工事現場では、げんのう(とんかち)で釘打ちする「トントントン」という音が響いていたが、今の建築工事現場では電動工具のねじ打ちやビス打ち機による「バンバンバン」という音が響いている。Sさんはその仕事を主に行う内装大工なのである。
Sさんが内装大工を始めた当初は比較的ゆとりがある工期であったが、徐々に工期が短縮され、近年は当初の半分の工期で工事を完成させる必要があり、「右手根不安定症」の発症前は工期に追われる厳しい労働環境下で過重業務が続いていた。
エアーコンプレッサーの空気圧によって、ねじ打ちしていく

Sさんが使用していた電動工具は、ねじ打ち機、ビス打ち機、フロアー貼り機等、普通の大工が一般的に使用している工具である。Sさんには工事で使っていたねじ打ち機を持参してもらい、通常の作業体勢と天井貼りや壁の高い個所に打ち込む際の作業体勢を再現してもらった。このねじ打ち機は重さ1・9kgで、エアーコンプレッサーの空気圧(1・8~2・3MPa=約18~23重量㎏毎平方センチメートル)を使ってねじを打ち込んでいく。図2の様に、ねじ打ち機を片手で持ち上げて壁に垂直に押し当てねじを打ち込む。ねじ打ちする毎にその反動で持ち手(Sさんの場合は右手)に大きな負荷がかかることになるのである。

1棟の建物で合計で約8200発を打ち込む

戸建かアパートかの建物の種類と規模にもよるが、1棟の新築工事における内装大工工事の作業毎のねじ打ち、ビス打ちの量は、おおよそ次の通りである。荒床工事(約1000発)、内壁工事(約200発)、天井野縁(約100発)、フロア貼り(約200発)、天井ボード貼り(約1000発)、各種補強(約200発)、内壁ボード貼り(約1500発)、間仕切り下地(約300発)、間仕切りボード(約3000発)、仕上げ(約700発)。合計すると1棟の建物で約8200発をねじ打ち機やビス打ち機で打ち込んでいる。
当然、内装工事の仕事はこれらねじ打ち等だけではないが、半分以上はねじ打ち等の作業時間に費やされ、また場合によっては1日中ねじ打ち等の作業を続けることもあると言う。また特にアパートの新築工事などでは部屋の仕切り壁が多くなるので、ねじ打ち、ビス打ちの量も大幅に増加する。

ドクターストップにより休業し、手術へ

Sさんは、最初に肘や肩が痛み出して体の異常を感じたが、その後、手首(手根骨)が激しく痛み出した。13年11月には「腱鞘炎」と診断されたが、痛みを我慢しながら内装大工の仕事を続けていた。しかしながら14年8月から9月にかけて、通常は1人1棟のところ、1人で2棟を仕上げる必要が生じ、通常の倍の作業量となった。労働基準監督署の調査ではこの間の業務量の変化を最重視し、以前と以後の労働時間の比較で1・7倍の増加を認めている。
Sさんは手根骨の痛みが激しくなり14年10月に整形外科を受診したが、生活のため、痛みに耐えながらだましだまし仕事を続けた。しかしついに15年1月にドクターストップがかかり休業し、手術に踏み切った。
上肢作業に基づく疾病として業務上労災認定

渋谷労働基準監督署は、「右手根不安定症」について「上肢作業に基づく疾病」として調査した結果、(ア)上肢等に負担のかかる作業を主とする業務に相当期間従事した後に発症した、(イ)発症前に過重な業務に就労した、(ウ)過重な業務への就労と発病までの経過が医学上妥当なものであると認められる、として業務上決定(労災認定)した。
(ア)に関しては、認定基準における「相当期間(=原則として6ヶ月程度以上)」ビス打ち等の業務に従事しており、(イ)は労働時間の比較で発症前後で1・7倍の業務量の増加を認め、(ウ)は14年10月を発症年月として主治医と地方労災医員の「相当因果関係あり」の意見によって業務上決定した。

「同様の疾病で苦しんでいる仲間は多い」

Sさんは「一人親方」として労災特別加入していた。労災保険の事務組合は当初、「このような疾病での労災は聞いたことが無い」として事業主証明を躊躇していたが、Sさんの丁寧な説明によって無事に証明を得られた。
Sさんは労災認定の報を受けて、同様の仕事をしている内装大工は多く、同様の疾病で苦しんでいる仲間のためにも良い前例となった、まずは治療に専念したいと、ほっと一安心されている。