イギリス再訪記 ~「中皮腫ケア先進国」実態調査の旅~

 4月下旬、文部省科研究費助成事業「アスベストで急増する胸膜中皮腫に関する患者と家族のQOLを高めるガイドライン(基盤B 16H05579)」の助成を受け、研究代表者の聖路加国際大学国際看護学長松康子准教授の下、調査員の1人としてイギリスへ調査に行った。筆者にとっては15年ぶり(本誌03年12月号)のイギリス訪問となった。調査報告については、英国中皮腫ケア視察報告書18年5月(発行/長松康子聖路加国際大学看護学部)に詳細があるのでそれらを参照されたい。【池田】

■マンチェスターとリバプールを中心に

 調査の目的は、中皮腫患者と家族や遺族に対する心のケアを含めた包括ケアを開発するためである。英国は中皮腫患者に対する優れた補償制度、治療・ケアガイドライン、中皮腫専門看護、患者支援活動がある。「中皮腫ケア先進国」と言われる英国の遺族のQOL(生活の質)について、特にマンチェスターとリバプールを中心に調査を行った。私は、ターミナル(末期)ケアとグリーフケア(悲しみを癒す)を学び、横須賀で長年、遺族ケアを担当してきたので、イギリスとの比較もできるのではないかと期待した。

■「中皮腫とうまく付き合おう」プログラム

 現在、イギリスの被災者救済組織の中で新たなプログラムとなっているのがLiving Well with Mesotheliomaであり、直訳すると「中皮腫と共により良く生きる」。つまり、中皮腫とうまく付き合おう活動である。これは03年に、大マンチェスター労働安全センター内にある大マンチェスターアスベスト被災者支援会(GMAVSG)専従のトニー・ウィットストン氏(定年退職し、現在は被災者支援会理事)が中皮腫患者を一堂に集めたことに発する。現在は、マンチェスターだけでなくイギリス中部の各地域で催されている。集まりには必ず中皮腫専門の看護師が同席する。
 15年前は、がん専門看護師の中から中皮腫を看る看護師のネットワークを作ろうとしている時期であった。

 それからMesothelioma UKという中皮腫専門看護師によるケア支援団体が発足し(慈善活動の収益によって運営されている)、各被災者救済組織が連携して開いているという。やり方は各被災者救済組織により違うが、被災者の会というよりは、中皮腫とより良く生きるための情報提供等に焦点を置いている。なぜならイギリスでは中皮腫治療としては外科的領域において胸膜肺全摘出は基本的に行わないのが主流で、部分的胸膜切除術や胸膜癒着術、抗がん剤治療が中心となっている背景がある。また、NHSという国民保険サービスがあるが、登録される(治療できる)病院がそれぞれ決まっており、日本のように自由に病院(主治医)を選べない。まずはGPというホームドクターに受診し、病院を紹介されるという流れである。

 マンチェスターもリバプールも月20?30人の新規中皮腫患者の相談を受け、患者同士が出会い、時間を共有し様々な交流プログラムに参加することで生きる目的を見つけるというピアサポートを提供している。また、専門看護師を置くことによって、新たに診断された患者とその介護者の様々な精神的な問題を個別に対応できる。完治できない、余命が短いという中皮腫の告知を受けた患者は時に鬱症状を発し、闘病に支障が出ることもある。マンチェスターもリバプールも、毎月の集まりに、新たに中皮腫と診断された患者が毎回20名近く参加している。精神的サポートが必要と思われる患者や介護者が来た場合は、すぐに専門看護師が別室で対応できるよう配慮されている。そして大事なことは、この集まりには必ずと言っていいほど茶菓子(リフレッシュメント)が提供され、非公式の集まりであるとしている。

■マンチェスターの場合

 大マンチェスターアスベスト被災者支援会(GMAVSG)では、月初めに定例会として専門家による講義、理学療法などの治療法、治験、アスベスト被災者の補償請求など、月によってテーマ別の話題が提供され、その中で患者の体験談、交流が行われる。参加者は、中皮腫患者とその介護者とされている。月別のテーマも多様で、理学療法の役割であったり、現在の治験の状況をガン治療専門医師に話を聞いたり、マンチェスターにおけるアスベスト被災者の掘り起こしと支援組織の歴史などである。

 遺族の集まりは別にあり、中皮腫サポートグループ(Mesothelioma Support Group)として、大切な方を中皮腫で亡くした人たちが2?3ヶ月に一度集まる。こちらは専門家によるセラピーではなく遺族同士の交流が中心で、毎年夏のカナルボートクルーズとクリスマスのホテルランチなど特別プログラムを実施している。遺族が時間を共有し、楽しく過ごすことで励ましあい、被災者救済組織の支援やアスベスト根絶活動に参加し、アスベストで家族を失った方々の悲しみを癒す場となっている。

 GMAVSGは専従1名、パートスタッフ2名、評議員会8名で運営されている。評議員会は遺族4名、弁護士、元大学教授などで構成され、GMAVSGが登録慈善団体として円滑に運営できるようサポートしている。日常的には、専従とパートスタッフ以外にボランティアスタッフが対応している。ボランティアスタッフは全て無給で、海外へ患者や遺族を派遣する時も自費で参加するという。日本では会費等を徴収して支援団体を運営するが、イギリスでは寄付金のみで運営する。活動を維持するための資金確保はどちらも大変であり、苦労を分かち合った。

■リバプールの場合

 リバプールのマージーサイドアスベスト被害者支援会(MAVSG)は93年に結成され、現在は専従2名とボランティアスタッフ7名で構成されている。6名の評議員が2ヶ月ごとに監査し、運営を支えている。ここでは17年からプログラムが開かれるようになり、リバプールの歴史研究者に話を聞くなど社会的プログラムも盛り込み、工夫している。

 14年前に胸膜中皮腫と診断され余命6ヶ月と宣告されたジョー・ブレイクさん(83歳)は、ボランティアとして積極的に参加し活動を支えている。現在も元気に生存していることに感謝し、できるだけ被災者を支援したいと、新規相談者には自分の名前と連絡先を伝え、いつでも電話してほしいと、彼らを励ましている。

 また、ここでは遺族も一緒に参加できる。リタ・ジルさんは、夫のロジャーさんが悪性腹膜中皮腫と診断され、6年半の闘病の末、17年4月に亡くなられた経験を話してくれた。彼女はその間のMAVSGによる多大な支援に感謝し、集まりに参加するだけでなく、手工芸品や編み物が得意なので作品を作って、売り上げを全て支援会の活動に寄付している。今回、ぜひ日本の被災者にと、フェルト工芸作品のコースターを手渡してくれた。現在、横須賀じん肺被災者アスベスト被災者の会で使っている。

■もう一つの再会-GAC04と浦賀での交流から14年

 今回の調査の合間に、04年に早稲田で開かれた国際アスベスト会議に北アイルランドのベルファーストから参加していた当時大学生のコリーン・ヒーニーさんと再会した。ベルファーストの被災者支援組織とは現在連絡が取れない(休眠?)が、コリーンさんとはフェースブックなどSNSで繋がり、ロンドン到着初日にレディングから駆けつけてくれた。14年前、国際会議終了後、ベルファーストのグループは浦賀ドックを訪問して交流した。コリーンさんは、その時初めて和式トイレを経験しショックを受けていた。また、17歳の時に父を中皮腫で亡くし、祖父と伯父も中皮腫で亡くしているという経験も話してくれた。その後コリーンさんは大学を卒業し、エジンバラに滞在した後、ロンドンでしばらく英語の先生をしていたが、現在はロンドン郊外レディングの製薬会社で働いている。ジャーナリストの彼氏と6月2日に結婚式をあげると聞き、彼女の新たな旅立ちに心からの祝福を送った。彼女は、現在はアスベスト被災者の支援活動からは離れているがまだ興味を持っていると話し、その日は朝から別件のアスベスト調査にも立ち会ってくれた。浦賀訪問時にとても悲しんでいたある遺族のことをよく覚えていて、この14年間の空白をお互い分かち合い、旧交を温めた。

■今後に向けて

 15年ぶりの再訪で、イギリスでは日本のような被災者組織が結成されてなくて、中皮腫と共に生きるプログラムから患者の集まりをしていることなどを改めて知った。とりわけ、日本ではまだ身近な存在ではない「がん専門看護師」の働きや役割についてもっと知りたいと思った。マンチェスターの遺族の集まりも横須賀の「華の会」と似ていて興味深かったので是非また参加したい。また、運営についてはどこも財政厳しい中で頑張っていることを知った。国境を越えて、様々な事情を越えて、連帯・連携してアスベスト根絶を願う約1週間の調査旅行であった。