日産自動車の鋳造・溶解作業でアスベストばく露し労災認定

自動車工場でエンジン部品の鋳造・溶解作業に従事し、アスベストにより胸膜中皮腫を発症し、死亡されたSさんが労災認定された(横浜北から鶴見労働基準監督署に回送)。Sさんは、1967年から1985年まで日産自動車(株)横浜工場(鶴見工場)の第3製造部第1鋳造課に所属。1996年に胸膜中皮腫で死亡され、遺族である息子が石綿健康被害救済法による特別遺族給付金(時効救済)の適用を受けた。その後、遺族はアスベストユニオンに加入し、日産自動車(株)に対し、被害実態の解明や被害救済のための対策、損害賠償などについて団体交渉を求める通知を行った。【鈴木江郎】

■相談のきっかけは、「神奈川支部」発足の集い

アスベストによる中皮腫死亡者は年々増加し、近年は全国で約1400人、神奈川県では毎年約100人が亡くなっている。職業別にみても、石綿製品製造業や建設業、造船業だけでなく、勤務していた建物の吹付け等から石綿ばく露した教員や、事務職の労災認定事例が少なからず出ている。
この広範にわたるアスベスト被害の実態を受け、15年4月に「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」の「神奈川支部」は発足した。
ご遺族が相談に来られたのは、この発足の集いの相談会である。図らずも、現代社会の基幹産業であり労働者数も多く、アスベスト被害がまだまだ埋もれている自動車製造業の世界企業である日産自動車からの相談が、最初の相談となった。

■30~50年前の石綿ばく露作業の実態

労災申請にあたって、20年前に亡くなったSさんが働いていた当時(30~50年前)の日産自動車(株)横浜工場(鶴見工場)におけるアスベストばく露の作業実態をどう根拠付けるかが問題であった。
悪性胸膜中皮腫を死因とする死亡診断書は遺族の手元にあり、疾患名の証明は事なきを得た。
ちなみに死亡診断書は、法務局ないし役所における27年の保存期間が過ぎると廃棄文書となり取得不可となるので、少なくとも1通は自宅で保管しておく必要がある。別の相談者だが、45年前死亡の死亡診断書が取得できず、疾病名が不明のため労災請求に至らなかったケースがあった。
日産自動車(株)横浜工場(鶴見工場)に在籍していたことの証明については、社会保険の被保険者記録照会回答票の記録があり、社員旅行の集合写真(「日産自動車(株)横浜工場第1鋳造課様」の看板あり)、会社から表彰された(提案王、永年勤務)記念品や感謝状が残っており、これら遺品が在籍証明として大いに役立った。
しかしながら労災請求にあたり会社に事業主証明を求めたところ、「在籍していた」ことの証明は可能だが、鋳造課の所属期間や業務内容が不明なので事業主証明は出来ないという不誠実な回答であった。世界に名だたるグローバル企業が、従業員の所属期間や業務内容を把握していないと言う。それで使用者責任が果たせるのか?

■アスベストユニオンを通じ、同僚証明を提出

会社の不誠実な回答を受け、鋳造課における業務内容とアスベストばく露との関係については、こちら側で積極的に申し立てていく必要があった。 まず、Sさんの息子の記憶を頼り、「父は自動車のエンジンを作っていると言っていた」「青い色のマスクを家に持ち帰って毎日洗っていた」「ボイラー技師免許を持っていた。鋳造作業で必要だったのではないか」等と申し立てた。しかし30年~50年前の事であり、家で仕事について話すことはあまり無かったので断片的な記憶に留まった。
続いて、非常に重要な証言となったのが同僚であるKさんの申立書である。Kさんは、1967年から1975年頃まで日産自動車(株)横浜工場の第2鋳造課でやはり自動車部品の鋳造・溶解作業に従事し、アスベストばく露し、石綿肺を発症し、労災認定を受けていた。Kさんは労災認定当時に全造船アスベストユニオンに加入して会社と交渉し、和解した。このアスベスト被災者の労働組合であるアスベストユニオンの活動があったからこそ、Kさんに同僚証明をお願いすることが出来た。

■「防熱用手袋や前掛けを装着して作業した」(Kさん)

Kさんが同僚申立書として提出した、日産自動車(株)での鋳造・溶解作業におけるアスベストばく露については、以下のとおり。実際に作業していたからこそのリアリティが伝わる。
「溶解作業とは、キューポラ(溶解炉)において鉄を加熱して溶かし溶湯にする作業である。鉄の溶湯は1000度を超える高温となる」
「燃焼中にノロ(溶けた不純物)をかき出す作業は高温下での作業となり、私たち作業員はアスベストを使った防熱用の手袋、腕カバー、前掛けを装着しての作業を行っていた」
「ノロの吹き出しに対処するために、ノロ除け用のアスベストのカーテンを掛けていたが、これが劣化し、扇風機の風にあおられ、アスベスト粉塵が工場内に飛散していた」
「溶けた鉄を外に出す作業(栓前作業)や溶湯を鋳型に注ぐ作業でも、高温の溶湯を扱う作業なので、アスベストを使った手袋、腕カバー、前掛けを装着しての作業だった」
「その他のアスベストばく露の要因として、工場内の配管に保温材としてアスベスト布が巻き付けられており、建物の鉄骨には不燃材としてアスベストの吹付けも多くあった。これらのアスベスト材が振動や劣化によって工場内に飛散しており、アスベストにばく露したと考えられる」
■「断熱材として使用していたと推定」(日産自動車)

労災請求してから約6ヶ月後、労災認定(業務上決定)通知を受けた。
ところで労働基準監督署が、「鋳造業務において建物や設備、労働者が使用する保護具や防熱具等に石綿は使用されていたか」と質問したのに対し、日産自動車(株)は、「溶解炉(キュプラ)や中子(なかご)の金型を保温する等、断熱材として使用していたものと推定される」「アスベストを含んだ保護具は使用していなかったものと推定される」と回答している。
従って、労働基準監督署が業務上として認めたアスベストばく露作業は「鋳造の作業において溶解炉や中子の金型を保温するために断熱材として石綿の使用がなされていた」と述べるに留まり、「アスベストを含んだ防熱用の手袋、腕カバー、前掛けの使用」については言及を避けた。ここは、労働基準監督署がもうひと踏ん張りし、アスベスト含有の保護具・防熱具について、より積極的な調査をする必要があった。

■日産自動車11事業場でアスベスト労災認定17件

厚生労働省が公表している「石綿ばく露作業による労災認定等事業場一覧」において、「日産自動車」と名のつく事業場は11で労災認定者数は計17人にのぼる。
関連会社も含むとはいえ日産自動車関連でこれだけ多く労災認定されている。ただしSさんのように日産自動車は事業主証明を拒否する等しているので、この数字は氷山の一角だと考えられる。日産自動車を含む自動車製造業に従事したことがあり、肺がんや中皮腫や胸膜プラークなどのアスベスト関連疾患の所見がある方は是非とも相談を寄せて欲しい。併せてアスベストユニオンによる団体交渉等において、日産自動車のアスベスト被害実態の解明が望まれる。
■時効救済の請求は2022年3月27日まで

Sさんは石綿健康被害救済法による特別遺族給付金(時効救済)が適用された。通常、遺族補償請求の時効は死亡後5年だが、アスベストは過去の被害実態が見過ごされてきたので「時効救済」する仕組みが作られた。だが、請求期限が設けられ、中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会等の取り組みによって度々延長され、現在は2022年3月27日が請求期限である。
まだまだアスベスト被害は埋もれている。石綿肺がん等、ほとんど補償(救済)に結びついていない疾病もある。Sさんの事例も請求期限の延長がされていなければ請求すらできなかった。アスベスト被害者の「隙間のない」補償救済の実現のために、請求期限はなくすべきである。