旧国鉄・JRのアスベスト被害の現状と今後の補償・救済に向けた取り組み
今年4月16日付の毎日新聞で、「鉄道車両などに使われたアスベスト(石綿)を吸って中皮腫や肺がんなどになり、業務上災害(労災)と認められた旧国鉄職員が今年2月時点の累計で406人に上がっている」と報じられた。しかし、旧国鉄・JRでなぜこれほど大量のアスベスト被害が発生したのか、調査・研究はなされてこなかった。
そこで当センターは、昨年度一般財団法人国鉄労働会館の委託を受け、浜松と長野の2工場の鉄道退職者の会の協力を得てアンケート調査を実施し、今年5月に調査報告書「旧国鉄・JRのアスベスト被害の現状と今後の補償・救済に向けた取り組み」をまとめた。
報告書の内容は、①旧国鉄時代の石綿製品、②旧国鉄・JR鉄道(工場)の石綿健康被害、③浜松・長野鉄道工場退職者の「アスベストに関するアンケート」調査、④浜松・長野2工場の石綿取扱い作業、⑤旧国鉄職員の業務災害補償制度、⑥調査のまとめと提言。
講演では、報告書の概略を解説した。
その中で、①旧国鉄時代の石綿製品については、旧石綿協会発行の「石綿」や旧国鉄時代に発行されていた「鉄道工場」などを詳細に調べ上げて、戦後直後の早い時期から鉄道車両にアスベストが使用されていたことを明らかにするもので、鉄道におけるアスベスト使用の貴重な資料ともなっている。早くから石綿吹付け施工の湘南電車が走っていたことや、新幹線にも石綿スレートが使われていたことなど、今聞いてもぞっとするが、蒸気機関車のボイラー周囲に「石綿フトン」が大量に貼り付けてあったことなど、SLファンが聞いたら驚くようなこともある。
また、③浜松・長野鉄道工場退職者の「アスベストに関するアンケート」調査の書き込み部分にも驚かされた。
調査により、鉄道工場の石綿取扱い作業として、蒸気機関車の検修・解体作業、廃車に伴う車両の解体作業、電気機器の石綿製品と気吹き作業、レジン制輪子の製造作業、新幹線の検修作業などがあることが明らかになった。
もっとも石綿粉じんが酷かったのは、蒸気機関車の検修・解体作業で、その書き込みの筆致にも怒りが込められていた。
「蒸気機関車全般検査の解体時はボイラー保温のための石綿のフトンをはがす作業のときフトンを地面に落すと周囲はほこりまみれになり目の前が見えないくらいでした。下廻り作業でピット内作業は大変でした。昭和25年頃は終戦後で物資もあまり無くマスクの着用はしてなかったそのため鼻の中はまっ黒でした」
「石綿(フトン)を取付作業中にはガラス粉の様なキラキラしたホコリが空中に浮いていた事が多々あった」
廃車に伴う車両の解体作業でも、「当時は全然わからなかった。解体作業中は先の方が見えない位にすごかった。日赤の検査でやっと肺ガンだと知らされた。タバコは40年前ヨリやめていたのでなんで今さら肺ガンになるだろうと思っていた」と、書かれていた。
苛酷な粉じん作業の忘れられない記憶は、家族にも確実に伝えられているようだ。
「父に代わり書いています。(多少認知症なため)昭和30年代前半、父に会いに行くとススで顔中まっくろだったのを覚えています。毎日フロに入りやっと生きかえると言っていました。私は父の仕事がくわしく分からないので石綿に関連するかは分かりませんが、現在は肺気腫で身体障害者手帳を持ち、在宅酸素を使っています。そのため、特養老健の施設に長期に入れず苦労しています」
「同僚が中皮腫で亡くなった際、労災申請に力を貸しました。手続きなどの問い合わせをしました。(現在は認知症のため、家族が代筆しました。)」
そして、書き込みの筆圧から、調査に寄せる期待を感じた。
「実態調査で被害を掘りおこしすることは、きわめて有意義だと思います。この調査によってかくされている実態が明らかになることを期待しています。関係機関の御苦労に深謝します」
「この様なものは当然国鉄再生事業本部かJRが責任を持って行うのがほんとうではないでしょうか。現実は皆高齢です。今発病しなくてもあと何年生きられるか? 当局の怠慢に怒ります」
最後に、報告書では、今後の救済・補償に向けての提言として以下の3つを上げている。
①高齢化が進み、補償・救済は緊急かつ急務の課題であり、国労、鉄道工場の退職者の会が石綿専門医やアスベスト専門相談センターを活用する必要がある。
②アスベスト専門医の協力・支援を得て、健康相談・健康診断に取り組む必要がある。
③(独)鉄道建設・運輸施設整備国鉄清算事業本部に対して、個別周知などの方法で石綿疾患の療養・休業・遺族補償に向けて周知を徹底させていく必要がある。
①と②については既に報告した(本誌14年7月号)通り、鉄道退職者の会浜松工場の退職者を対象に、講演会&相談会を実施している。③についてはこれからだが、国鉄清算事業本部だけでなく、JRに対しても、健康管理手帳の事業主証明など石綿健康管理手帳による石綿の健康診断実施を拡大することに協力させていく必要があるだろう。