派遣法改正、残業代ゼロ…雇用規制緩和の背景と問題点
嶋﨑 量 弁護士(神奈川総合法律事務所)
政府が目指す労働者派遣法の「改正」とは
木村 第1回のテーマは「派遣法改正、残業代ゼロ…雇用規制緩和の背景と問題点」です。政府が成立を目指している労働者派遣法の改正について、労働問題を精力的に扱っている「神奈川総合法律事務所」所属、「日本労働弁護団」全国常任幹事、「ブラック企業対策プロジェクト」事務局長で、弁護士の嶋﨑量さんにお話を伺います。嶋﨑さん、よろしくお願いします。
嶋﨑 よろしくお願いします。
木村 さっそくですが、政府が成立を目指している労働者派遣法の「改正」とはどういうことですか。
嶋﨑 この図1をご覧ください。そもそも「派遣」という働き方ですが、だいぶ世間に知られていますが、実は普通の働き方とは異なる点があるので、その点を説明します。
図1のaが通常の雇用関係です。使用者と労働者との間に契約関係がある、これが原則です。ですが、「派遣」とは図1のbを見て下さい。使用者が「派遣元」と言われるところです。労働者は「派遣元」と雇用関係があって、給料はここからもらう。でも働いている現場は「派遣先」です。ふだん自分に「何をしろ」と「指揮命令」しているのは、お給料をもらっているのとは違う会社で、このいびつな構造がこの「派遣」の働き方の特徴です。
なぜそれが問題なのか。労働者派遣法の「改正」がこんなに議論されるのかと言うと、このお給料をもらっているところと、実際に働いているところが違う。これを法律用語で「間接雇用」と言いますが、まず「派遣先」で仕事が無くなれば、労働者を自由に切ってしまう、仕事を失わせてしまうことができます。その意味で「派遣労働者」は図1のaの普通の労働者に比べて極めて不安定な働き方です。リーマンショックの時の社会の状況を思い浮かべて頂ければと思います。
また、現場で実際に働いている「派遣労働者」というのは、いわゆる正社員の方よりは困った問題が起きてくる。具体的には、お給料をもらっている使用者と、実際に働いている現場が違うので、セクハラやパワハラの被害に遭いやすい。上司に訴えても、実際に雇用責任を負っている会社ではない会社で働いているので、なかなかその責任が問われない。その意味でパワハラ、セクハラ等の労働安全衛生上の色々な問題が起きやすい現場になっています。
木村 そうですね、「派遣元」に訴えても、なかなか聞いてもらえないという実情はよく聞きます。
色々な規制を解き、自由に「派遣」を使えるようにする「改正案」
嶋﨑 それではこのような実情を踏まえて、今の労働者派遣法の「改正」のお話しをします。図2ですが、かなり色々な「改正」があるので、核心部分からお話します。この図2の一番下に「ほぼ完全自由化」とありますが、今までは「派遣」という働き方には色々な規制があったのですが、それがほぼ自由に「派遣」を使えるようにしてしまうというのが今回の「改正案」の核心部分になります。
とりわけ「有期雇用」の派遣(労働者と派遣会社との間の派遣労働契約が有期雇用であるもの)です。これは「原則受け入れ3年」となっていますが、派遣労働者を入れ替えれば派遣労働者を何年でも利用できる様になってしまいます。今まであれば出来なかった事が、こういった人の入れ替えにより、派遣労働者を使い続ける事が出来ます。「ほぼ完全自由化」という意味です。この「改正」によって、今まで以上に派遣労働者が増大するのは明らかです。
木村 派遣労働で、一番得をするのは「企業」ですが、一方で労働者側はこの「派遣法改正」でどんなメリットがあるのでしょうか?
嶋﨑 まず派遣労働者にとって、派遣に規制がかかると派遣の仕事が無くなるから困るという意見が出されていました。確かに「派遣」を自由化すれば、「派遣」の仕事は増えますから、いま現に派遣に頼って仕事をしている人から見れば、一見好ましいように思えるかも知れません。しかしリーマンショックを思い出して頂きたいのです。そもそも「派遣」という働き方自体が、いざとなればいつでも打ち切られてしまう不安定な働き方で、切られた瞬間に生活に困ってしまう、待遇の悪い劣悪な条件で働いている人が圧倒的に多いのです。ではなぜ派遣労働者になるのかと言えば、正社員での働き方が長時間労働を強いられるような仕事しか選べないので仕方なく「派遣」を選んでいる。きちんと労働法が守られない長時間労働など、違法な正社員の働き方を前提にして、仕方がないから「派遣」を選んでいるという実態に対して、派遣が自由化されて派遣労働者に対してもメリットがあるというのは間違っていると思います。
会社は、人を切りやすいから「派遣」を選ぶ
木村 「派遣が良い」と言う人もそれを裏返せば、残業はしたくないとか休みもちゃんとないと困るという方が「派遣」を選ばざるを得ないということであり、その長時間労働を前提とした状況がそもそもおかしいという事ですね。
嶋﨑 本来、企業から見ても、「派遣」のような間接的な雇用ではなく、直接雇用してパートで従業員を雇う事も出来るのです。ではなぜ「派遣」を選ぶのかと言えば、会社の都合で人を切りやすいからです。派遣会社に中間搾取される賃金を払ってでも、それでもなおかつ派遣労働者を使う会社が多くあるのは、それだけのメリットが企業にあるからです。労働者の側にそのメリットが還元される訳ではありません。
木村 そうですね。都合が良い時に人を切れるから派遣労働者を使いたがると言う状況がある。まずそこがおかしい、という事ですね。
嶋﨑 リーマンショックの後、決して十分ではないけれどもこの「派遣」の働き方の規制をもっと強めようと派遣労働者をきちんと保護する、派遣を使いにくい方向で法律が改正されました。しかし核心部分の法律が施行される前に、今回は全く真逆の、「派遣」をほぼ自由に使える形に「改正」してしまうという事です。リーマンショックの時の社会の教訓をすべて無視するような法律の「改正」の動きになっていますね。
安倍首相は、自分がドリルの刃になって制度を壊していくと述べた
木村 いったん派遣労働者を守る方向になったのに、また更に方向転換と言うのは、規制緩和をしたい経済界の理由とは何でしょうか?
嶋﨑 図3をお見せしますが、これは2014年1月のダボス会議という世界経済フォーラムでの安倍総理の発言ですが、安倍総理はアベノミクス第3の矢の「経済成長」で、自らが既得権益の岩盤を打ち破るドリルの刃になると言って、この既得権益の岩盤に労働法の制度をなぞらえて説明しています。安倍氏はアベノミクスで経済成長させるために、労働者を守るための労働法が規制であり既得権益であると言って、自分がドリルの刃になって、制度を壊していくと述べています。
木村 労働者を守るための法律を既得権益と呼ぶと言うのはちょっと恐ろしいですね。労働法を打ち破るドリルで労働法を改正して、それが経済成長に直結するという理論なのでしょうか?
嶋﨑 安倍氏は「トリクルダウン理論」というのを述べています。経済が成長すれば労働者には分配がある、経済が成長しなければ労働者には分配はない、という話をします。これは、一見理屈の通った事を言っているように聞こえるけれども、企業の業績が良くなって経済が成長しても、労働者に分配され賃金が上がらなければ、決して労働者が報われることは無いのです。労働者への分配については、本当の意味で国が口を挟むことは出来ないわけですし、労働者に分配が無ければおかしい。
あと何よりも強調したいのは、安倍氏のこの色々な戦略によって本当の意味で長期的に企業・日本経済は成長するのか?という事です。短期的には派遣会社は儲かると思います。ただ長期的に見て、日本社会が本当に経済成長するようなことを安倍氏はやろうとしているのか?という事です。
労働側の方でも、「アベノミクス効果で経済は成長したが・・・」と認める方がいますが、私はその点から異論があります。
いま安倍政権で産業競争力会議、規制改革会議、など色々な会議が行われていますが、大きな特徴は、会議の構成員が民間の規制緩和論者によって占拠されていて、労働者側の代表者が入っていません。安倍氏は労働法を既得権益になぞらえて、既得権益を打ち破るために、あたかも正しい事をやっているかのように言いますが、先ほど話した派遣法改正の一番のメリットを享受するのは人材派遣会社です。この竹中平蔵氏はマスコミであたかも学者だとか紹介される方ですが、この方はパソナグループと言う人材派遣会社の会長なのです。派遣会社の利害関係の中心にいる方を会議の構成メンバーにして、この規制改革に向けて労働法規制や、岩盤規制になぞらえて労働法を破壊する、雇用を破壊する動きが進んでいます。
木村 小泉内閣でも竹中平蔵氏は規制緩和を進めて労働法改正、派遣法改正に寄与した方ですね。
嶋﨑 そうですね。こういう人たちが、本当は労働者を守っている労働法を「規制」と言って、それを変えようとしているのはおかしな事です。
ホワイトカラーエグゼンプションは、残業代ゼロの「過労死促進法」
木村 「雇用破壊」「労働破壊」と嶋﨑さんが新しいルールのことを呼んでいますね。それについて少し説明を頂けますか?
嶋﨑 こちらの図4を見て頂きたいのですが、これをすべてお話しする時間はありませんので、先ほどの①労働者派遣制度の改悪と④労働時間法制の改悪、いわゆる残業代をゼロにしようという動き、これも急ピッチで進んでいます。あと⑤ジョブ型正社員の雇用ルール整備、これは少し分かりづらいですが、端的に言えば労働者の雇用を守る「解雇のルール」を突破しようという狙いで進められています。
木村 その中で、労働時間の残業代ゼロについてもう少し詳しく聞きたいのですが。
嶋﨑 様々な会議の場で色々な動きがあるので分かりづらいですが、今のこの収録の時点で、政府が1千万円以上の収入の労働者に対して残業代ゼロの制度を作ろうという動きが出ています。
木村 ホワイトカラーエグゼンプションと呼ばれるものですね。
嶋﨑 私たちから見るといわゆる過労死促進法・残業代ゼロ案です。いまの日本の労働者の働き方をまず労働安全衛生の観点から見ますが、経済界も否定できないのは、日本人が働き過ぎで、現に過労死が今でも戦後最高水準で推移しています。特に最近は非正規雇用が増加することの反面で、なんとか正社員になりたいという若者が長時間労働に逆らえずに、そこで命も落とす、いわゆる「ブラック企業」と呼ばれる、若者を使い捨てにする会社が社会問題になっています。私もいろいろ取り組みを進めていますが、ブラック企業で長時間労働に苦しむ労働者が現にいる中で、本来やるべきことは労働時間をきちんと制限する方向です。法律もより厳しくし、実際の運用もきちんと正す、それがあるべきところですが、残業代をゼロにして、違法状態を合法化する形で進められています。
注意喚起しなければならないのは、政府は1千万円以上の方の残業代をゼロにして、それだけで良いとは思っていないという事です。そこを突破口としてだんだん拡大しようとしている。労働者の命すらも落とすような、今の長時間労働の働き方に対して、まったく真逆の方向で進めようとしています。
命とお金とは天秤にかけられるのか? 労働時間規制の問題は、お金の話ではない
木村 そもそも1千万円以上の収入の方はどれくらいいるのでしょうか?
嶋﨑 政府が発表している統計だと非常に少ない。1割以下。そもそも1千万円以上の収入の方は少ない、ならなぜわざわざその方の残業代をゼロにする必要があるのかと思います。
木村 1千万円以上の収入があるから残業代ゼロで働かせて良いという訳ではありませんよね
嶋﨑 そうですね。実際に過労死をされた方や、もしくは死の直前で踏みとどまる過労疾病で倒れた方でも、私の依頼者でも1千万円に近い年収を得ていた方がいらっしゃいます。
1千万円というのはすごく大きな数字に思えますが、命とお金とは天秤にかけられるのですか?労働時間の規制の問題は、お金の話しではないのです。人の命を守るための規制なので、1千万円なら良いのか、1億円なら良いのかという話ではないのです。
自由な働き方で成果を出せば良いと、後はあたかも自由な働き方に委ねられるという幻想のもと、この残業代ゼロについての話があります。成果に着目して、労働時間について縛られない働き方をさせたいのであれば、今の制度でも出来るのです。
具体的な職場の現実の労働者の働き方を見れば、そこは成果を出すとは言っても時間に縛られて、自分の自由に働けない場面がいろいろ出てくるので、残業代をゼロにして労働者側には何もメリットはないし、企業側がフレックスタイム的な働かせ方をさせたいのであれば、いまの制度でも十分対応できるのです。
何よりも企業は本来、労働時間をきちんと管理して、残業代があるときほど、本当は労働時間を減らすことで企業はコストを減らそうとするはずです。日本の企業はそんなにコストに対して鈍感ではないので、本当に労働時間を減らす方向で考えるのであれば、労働時間をきちんと管理して残業代を払わせるほうが良いに決まっています。
企業は労務管理をきちんとして労働時間を抑制しなければいけないのに、労働者に成果を負わす成果主義で労働時間が減るなんて全くの幻想です。
残業代ゼロ案は、違法行為をしている会社を合法化する
木村 「成果」というのも曖昧で、会社側が成果を設定するのであれば、とうてい労働時間内で終わらないような成果を指定して、それが終わるまでずっと働かすこともできる訳ですね。
嶋﨑 そうです。そうなってしまいますね。残業代を払わなければならない方が、企業は真剣にコストを減らすために労働時間管理をするはずです。
木村 残業代が払われない、サービス残業という話も良く聞きますが、それはどうなのですか?
嶋﨑 それこそまさにある種のブラック企業ですが、残業代ゼロ案は違法行為をしている会社を合法化する事です。本当なら払わなければならない残業代を払っていない会社が、これで正々堂々と合法化されてしまいます。
木村 違法だったものが合法化され、もっと働かされてしまうという事ですね。
嶋﨑 合法化された会社が、労働時間を減らすために、いままで残業代不払いの違法行為、これは労働基準法上の犯罪行為でもありますが、そんな重大な違法行為をやっていた会社が合法化した瞬間に、労働者の命を守るために真剣に労働時間を削減すると思いますか?
木村 残業代ゼロ案は全く持って必要ないということですね。
嶋﨑 そうですね。理屈が合わない事を言っている、残業代を払わずに長時間働かせたいというホンネを隠して、偽りの制度導入理由を説明していると思います。
「ジョブ型正社員」を増やす「雇用ルール」の整備とは
木村 その他にも「労働法破壊」「雇用破壊」と呼ばれる問題について教えて頂けますか?
嶋﨑 図3の⑤ジョブ型正社員の雇用ルールの整備についてお話しします。「ジョブ型正社員」とは働く時間や地域を限定した形での正社員で、長時間労働でない自分の自由な時間を使いたいという労働者、ブラック企業で働くことは嫌なので人間らしい働き方ができるという幻想のもとに、政府はこのジョブ型正社員という制度を進めています。
でも政府は、端的に結論から言えば、解雇の規制を緩和しよう、もしくは賃金等の部分について待遇の切り下げを前提にした制度を作ろうとしています。特に「雇用ルール」を、地域や職場を限定する代わりにその仕事が無くなれば雇用を失うことを認めさせるような形での「雇用ルール」を作ろうとしています。
木村 それは「解雇」を前提ということですか?
嶋﨑 そういう議論が進められています。「ジョブ型正社員」という言葉は聞きなれないと思うのですが、実はいまでも多くの会社で、いわゆる「総合職」に対応する形で転勤する地域が限定されていたり、職種が限定されている正社員とか、実際に多くいらっしゃいます。
今の制度でも実際に多くの方が働いているのに、なのにあえて雇用ルールを整備するのかと言うと、ジョブが無くなれば仕事が無くなって当然だというルール作りをするのが政府の狙いですね。
木村 現行の仕組みでもジョブ型正社員は出来るということですね。それを新たに定義して雇用ルールを整備するって言うのは、「解雇のルール作り」なのですね。
嶋﨑 裁判での判例を分析すれば、ジョブ型正社員だからジョブが無くなれば解雇が有効になる訳ではありません。でも、あたかもジョブが無くなれば解雇は有効になる、しかたがないじゃないかという幻想をもとに、いま無い新しい制度を作ろうとしています。
一定の金銭で企業が解雇しやすくなる「解雇の金銭解決制度」
木村 正社員とアルバイトやパートとの間にもう一つ格をつけるということですか?
嶋﨑 本来あるべき姿は、正社員であっても自分の家庭生活と両立させる働き方に反した長時間労働、もしくは配転と言うのは許されないはずだし、そういう法制度を目指すべきです。長時間労働の規制はしないで、むしろ長時間労働を推進する方向で法律をつくり、逆に長時間労働に耐えられない人はジョブ型正社員になって下さい、その代り仕事が無くなれば解雇をしやすくし、かつ待遇も下げようというのがこの狙いです。
木村 これで切り分けられて、逆に純粋な正社員と言うのは労働時間など労働条件が厳しくなっていくのですね。
嶋﨑 過労死が起きる現場は色々ありますが、よく見られるのは、多数の非正規労働者に囲まれて、ごく少数の正社員の方が長時間労働をさせられるパターンです。このパターンが現にあるわけですが、ジョブ型正社員と言う類型を作ることで、より少なくなった正社員に長時間労働がより拡大してしまうのだと思います。この「ジョブ型正社員」というのは解雇の規制を緩める突破口にする狙いがあります。
もうひとつ、その流れで進められているのは、「解雇の金銭解決」の制度です。これは今の日本の裁判だと、労働者が解雇をされて、不当解雇だと勝訴すれば職場に戻さなければならない。それをやめて、仮に労働者が裁判に勝っても、企業は一定のお金を払えば、職場に戻さなくても構わないという内容で制度を整備しようという動きが進んでいます。
木村 それはいざと言うときには裁判で闘って勝っても意味が無くなってしまいますね。
嶋﨑 実際いまの裁判で勝訴しても全員がいまの職場に戻るわけではなく、違法解雇に見合うだけのお金を労働者に支払うことで事件が解決する例も多くありますが、解雇の金銭解決の制度が出来てしまえば、一定の金銭で企業が非常に解雇しやすくなっていきます。
いざ裁判になって敗訴すれば大きなお金を払うかも知れない、もしくは労働者を戻さなくてはいけないというリスクがあるから、乱暴な解雇というのは企業が踏みとどまる大きな要因になっています。しかし仮に解雇をして裁判で負けても一定のお金を払えば解決できるとなれば、これはリスクなく乱暴な解雇が増えていくようになります。
これはジョブ型正社員の雇用ルールの整備による解雇の抜け道と合わせていくと、今まで正社員は長時間労働の見返りで雇用の安定が言われましたが、そこも突破されようとしています。
「私は正社員だから安泰」だと思っている方も他人事ではない
木村 企業からすればクビにしやすくなる、労働者からみればクビにされやすくなるので、会社に命じられ長時間労働しなければいけない、成果を出さなければならないとなり、働く人にプレッシャーがかかります。
嶋﨑 そうですね。現場では、そんなに嫌なら辞めれば良いじゃないかと乱暴な事を言う方がいます。とくにブラック企業などでは、働く若い労働者にそういう言葉をぶつける方がいるのですが、辞められないから困っている訳です。特に若年労働者では、正社員の道がとても狭まっている中ようやく見つけた正社員で、また若者はすぐに辞める、根性が無いという偏見があり、すぐに辞めると次も見つからない、そういう現実でなかなか辞められずに、なんとかそこで正社員としてキャリアを作るしかない、そういう状況の中で使い潰され心を病むまで働かされているのです。同じことで、解雇の規制が緩み、雇用が不安定になれば、いわれるがまま働くしかない。パワハラやセクハラなどの問題も決して無関係ではいられないと思います。
木村 正社員を辞められない、もしくは辞めたら非正規になってしまうので、言われるがままに働かなければならないという悪循環になってしまいますね。
嶋﨑 この一連の規制緩和の動きですが、派遣の問題も派遣労働者が増えることで正社員が少なくなるのですから、いま正社員で働く方も関係があります。政府はあわせて労働時間の規制を緩め、そして解雇の制度にも抜け道を作ろうとしているので、いま私は派遣じゃないから、正社員だから安泰だと思っている方も、決して全体で見れば他人事ではないのです。労働者全体の待遇が下がっているという問題だと分かって頂きたいです。
嶋﨑 派遣の方もブラック企業の方も、その働き方を好き好んで選んでいるのではなく、社会全体の労働環境が全体として劣化しているので、そういう働き方を選ばざるを得なくなっている。いつ切られるのか分からない立場でも、派遣労働をあえて望んでいる人がいると、だから派遣は自由にすべきだという意見がありますが、そもそも派遣を選ぶしかない労働環境全体の問題で、本当はもっと厳しく規制をかける方向で考えなければいけないのですが、なぜか逆方向で進められています。
労働法の規制緩和が実現した社会に、経済成長はない
木村 現在はまともな正社員で働いている方も派遣で働いている方も、これらの問題点を理解した上で、何に気をつけるべきなのでしょうか?
嶋﨑 現在はまともな正社員で働いている方が、派遣の実質自由化の報道に接しても自分に影響があるとは思われないでしょう。でも今日の説明で他人ごとではないと分かって頂けると思います。何よりもこの労働法の規制緩和のすべてが実現した社会と言うのは決して経済だって成長しないのです。若者のブラック企業の問題について自分のお子さんの就職を心配したり、使い潰されそうになっている我が子を見て相談に来られます。若者の非正規労働が増え雇用の質が劣化しているのに、長時間労働が強いられていて、しかも残業代も出ないのに、これでどうして少子化の問題が改善されるのでしょうか。
新卒採用から非正規と言う方、もしくは正社員と言う名がついているけど限定正社員で不安定だし待遇も低い仕事であり、一方でごく一部の無限定の正社員は残業代ゼロで長時間労働に苦しむことになる。非正規雇用が増えて、長時間労働が許されれば、ブラック企業は今まで違法だったのが合法化されて、しかもなんとか正社員になりたい被害者予備軍が増えていくわけですから、正社員への登竜門が狭まれば狭まるほど、ブラック企業は人を集めやすくなるので、ますます使い潰される人も増えていくでしょう。
いまは正規・非正規の二重構造で労働者が分解されていますけど、さらに3分割されて3層構造でいろいろ問題が出てくるでしょう。安倍氏はこんな社会で本当に経済成長すると思っているのでしょうか? 安倍氏が生きている間にすら、本当に日本経済が破綻するのではないかと危惧しています。竹中氏や人材派遣のパソナは喜ぶかもしれない、ブラック企業は使い潰す人が増えて人が集まるかも知れませんが、日本経済全体が本当にこれで成長すると思っているのかを問いたいです。そうすると、皆さんも、これは他人ごとですか?と言う事をお伝えしたいです。
木村 このような状況で働きたいと思いますか?幸せですか?と言う事ですね。
嶋﨑 いまそれほど酷い環境で働いていない方も、お子さんだったり親戚など、身近な若年層の方を思い浮かべ想像して頂いて、こんな将来、未来予想図で果たして本当に豊かなのかと。働くことに対して恐怖感であるとか、否定的な思いを強いられる社会ってちょっとおかしいと思いませんか。
労働法の知識をもっと世の中に浸透させる必要がある
木村 最後に、嶋﨑さんは、この労働者の環境を改善するために、どのような政策が必要だと思いますか?
嶋﨑 今むしろ取り組むべきは、過労死に代表されるような働き過ぎによる労働災害など現にまだ起きているのですから、むしろその労働時間の規制を強める、労働時間の上限をきちんとする、労働行政は現場できちんと取り締まりをすることです。そして残業代はもっと割増率を上げる事で、長時間働かせることに対して企業にコストを負わせ、長時間労働を抑制させること。また過労死を出した会社に対しては企業名を公表すること、これは費用もかからない抑止策です。労災事故を起こした現場、アスベストの被害があった現場は公表しているのに、なぜ過労死の被害があった事業所を公表しないのか。行政自らが公表するべきです。本気で過労死を防ごうとするのであれば、今日にでもできる簡単な施策です。
「過労死等防止対策推進法」が成立しましたが、過労死防止を実現するためにやるべきことは、まず長時間労働の規制、労働時間規制です。しかし安倍政権は、過労死防止法を成立させる一方で、長時間労働を促進して過労死推進法を作ろうとしている、まったく矛盾する制度を作ろうとしています。まずこういう実態をきちんと多くの方に知って頂くことが大事だと思います。
木村 就職したら実はブラック企業だったとか、残業代が出ないけど正社員だからしょうがないと思って働いている方が多くいると思います。
嶋﨑 そうですね。ワークルール=働くために必要な労働法の知識をもっと世の中に浸透させる必要があります。ブラック企業で被害に遭っている方と言うのは、基本的に労働法の知識を知らない方が圧倒的多数です。またブラック企業の加害者である使用者も、本当に労働法の基本的な知識を知らないのです。労働法は日々働いている多くの方にとって、きわめて身近で自分に関係する法律なのに、その法律をまったく知らないまま社会に出て被害に遭い、命まで落としてしまう方がいるのです。行政は、きちんとしたワークルールを教育現場もしくは社会に出てからも学ぶ場を積極的に与えるべきです。
木村 法律ではなく、会社のルールはこうだからと言われることが多いですね。
嶋﨑 そうですね。「うちは有給がない会社だから」とか「うちって残業代ゼロだから」とか、それが通るなら労働法はいりませんが、本気でそう思っている使用者が現に数多くいます。やはり労働法の知識をきちんと社会に広めることが重要で、私の所属している日本労働弁護団では、ワークルール教育を推進する法律を作り、行政に積極的にワークルール教育に関与させるという運動が動き出しました。過労死防止法の理念に沿った形で、こういう法律こそむしろ作るべきです。
働くための基本的ルールについて教育すべき
木村 労働法については、働く前から早めの教育が大事なのでしょうか?
嶋﨑 そうですね。すごく基本的な部分については、学校教育で学んでから社会に出る。就職活動でも、どういう会社に就職するのか、募集要項をどう見るのか、どういう労働条件なのか等、労働法のごく基本的なルールについて学校で学んでいれば、これほど多くの被害に苦しみ、泣き寝入りを強いられる方はぐっと減ります。これは企業にとっても、労災事故を含めた色々な労使紛争を減らすことなので、十分メリットがあります。
木村 嶋﨑さんが取り組まれている『ブラック企業対策プロジェクト』のWEBサイトから、大学生向けの『知っておきたい、内定・入社後のトラブルと対処法』という冊子、『企業の募集要項、見ていますか?こんな記載には要注意』という冊子、『ブラック企業の見分け方、大学生向けガイド』という冊子が無料でダウンロードできますね。
嶋﨑 ぜひ大学生の方とか、再就職も含めて就職活動をしている方、お子さんが就職活動をしている親御さんなども、これらは無料で閲覧・ダウンロードできます。『ブラック企業対策プロジェクト』のWEBサイトを知って頂きたいです。
木村 日本労働弁護団から『生涯低賃金・ハケン切りイヤだ!!』という冊子も配布されていますね。
嶋﨑 はい。派遣労働者の実際の声を載せたリーリーフレットも出しています。これは日本労働弁護団のホームページでもダウンロードできますし、お問い合わせ頂ければお送りしますので、ぜひご覧頂きたいです。
木村 労働法についてはこれからもこの番組で情報提供を続けていきたいと思います。嶋崎弁護士さん、有難うございました。