産業保健の目:職場のストレスの「気づき」とコーピングについて

センター所長・医師 天明 佳臣

ストレスと言う言葉は多くの人たちが日常的に使っています。本稿では改めてストレスの語義を確認し、今広く受け入れられているストレス対処法の基本となる事項について言及したいと考えております。

ストレス学説は、周知のように1935年にハンス・セリエが提唱しました。ストレスとは「心身の適応能力に課せられる要求(demand)、およびその要求によって引き起こされる心身の緊張状態を包括的に表す概念である。前者をストレッサー(ストレス因)、後者をストレス反応またはストレスインと呼ぶことも多い」(岡安孝弘)。その後さまざまなストレス研究が行われていますが、1960年代の後半にはストレッサーとなる生活環境の変化や生活上の出来事と、ストレス反応にともなう心身の疾患との関係性についての研究が行われてきました。1980年代になって、米国の心理学者R.S.ラザラスとS・フォルクマンは、コーピング(Coping)という個人的変数を導入して、環境と個人との相互作用を強調する心理的なストレス・モデルを提唱しました。個人が環境からの要求(demand)に直面した場合、それがその個人にとって、苦しめるものと評価され、かつその要求についてのコントロール不可能性の評価がなされることによって、はじめてその要求はストレッサーとなり、ネガティブな情動的ストレス反応(抑うつ、不安、いら立ちなど)を引き起こすものとなります。

つまりストレスに対するストレス反応は、人それぞれです。例えば、「仕事が多過ぎる」という職場の状況でも、ある人にとってはそれがストレスとなり、ある人にとっては「まさにいろいろな仕事を覚えるチャンス」と張り切る原因になったりして、「仕事が多過ぎる」のがストレッサーになることはなく、もちろんストレス反応も生まれません。

ストレスは極めて個人的な経験であって、したがって「こういう問題にはこう対処しなさい」と一般化できないものとみます。あくまでも自分にとっての「ストレッサー」と「ストレス反応」に気づくことが、ストレス対処の第一歩になります。

自分のストレスに気付くことを、心理学では「セルフモニタリング(自己観察)」というようです。ストレス、すなわち「ストレッサー(ストレス因)」と「ストレス反応(心と体の反応)」のセルフモニタリング、とくにストレス反応に対しては、「認知」(職場にあるストレッサーを頭に浮かべてみる)、「気分・感情」(心に浮かぶさまざまな気持ち、既に述べたネガティブな情動―不安、イライラ、怒り、ゆううつなど)、「身体反応」(体に現れるさまざまな生理現象―動悸、めまい、不眠、発汗、怒り、悲しみなど)、「行動」(ストレッサーに対して自分の取った振る舞い―飲酒、喫煙習慣の変化、衝動買い、喧嘩、わめく、インターネットをする、家庭内不和など)。「認知」が「気分・感情」につながり、やがて「身体反応」を引き起こします。それぞれの相互作用によって、どんどん増大し、それぞれの反応が限界に達した時に、最後のストレス反応である「行動」が現れるとされています。

コーピング(coping)について、ラザラスとフォルクマンは、情動的な苦痛を低減させるための焦点型コーピング(回避、静観、気晴らしなど)と、外部環境や自分自身の内部の問題を解決するためになされる問題焦点型コーピング(問題の所在の明確化、情報収集、解決策の考案やその実行など)に分類しています。これらのコーピングは同時に、あるいは継時的に行われ、相互に影響し合うことが多いのです。

コーピング計画の実行は、周囲からの支えがあれば、各個人の負担は少なくすることができます。ライン(日常的に労働者に接する職場の管理監督者をいう)や業務上の管理にあたるスタッフが、ラインさらには職場全体で支え合う体制を作り上げていくことが重要になってきます。ソーシャルサポート(周りの支え)です。ただし、現在の技術革新の下で、一人一人の作業者が孤立し、職場の解体とも称される状況にある職場環境では、作業者が声を出さなければ到底望めないことかもしれません。

厚生労働省が2000年に発表した「事業場における労働者の健康づくりのための指針」では、メンタルヘルスケアの具体的な進め方として、①セルフケア、②ラインによるケア、③事業場内産業保健スタッフ等、④事業場外資源(例えば私たちのセンターなど)によるケアをあげています。

セルフケアは7項目からなっていますが、その3つ目に「ストレスへの気づき」があります。そのための労働者への教育研修及び情報提供が事業者に求められています。ところが2015年12月に義務化されたストレスチェック制度について、非正規職員について対象外にした事業場がありました。総務省統計局の2018年1月のデータによると、雇用者数は5880万人で、そのうちの正規の職員・従業員は3447万人、非正規の職員・従業員数は2119万人です。非正規労働者はもちろんのこと、大企業の正規労働者からも、労災職業病センターにはストレス関連の相談が多数寄せられています。