新型コロナウイルス感染症の労災認定について~その労災申請、認定基準、注意点など~【講演録】天野理(NPO法人東京労働安全衛生センター)

 神奈川労災職業病センターは、一般社団法人神奈川県医療ソーシャルワーカー協会との共催で、医療従事者向けの労災職業病講座を毎年実施しています。今年は7月31日に「新型コロナウイルス感染症の労災認定について~労災申請、認定基準、注意点~」というテーマで、講師に天野理さん(NPO法人東京労働安全衛生センター)を迎えて講座を開催しました。講座はZOOMで行い、全国から多くの参加者がありました。講座の様子はこのWEBサイトでも視聴できますが、本号では講演録を掲載します(スライドは動画をご参照ください)。【鈴木】

自己紹介とお話の概要

 私は東京で日頃から労災職業病の方のご相談をお受けして、その手続きのサポートなどをしておりますNPO法人東京労働安全衛生センターの事務局の天野と申します。
 今日は「新型コロナウイルス感染症の労災認定について」というテーマで、実際に職場であるいは仕事に関連してこの感染症に罹ってしまい、労災請求をしたいという相談があった場合に、どう対応するのが良いのか。実際にどういう状況になっているのかをお話したいと思っております。最初に60分ほど説明をし、その後、皆様からご質問を受けたいと思います。内容によっては、医療機関等で実際にソーシャルワークをしている皆様のほうがお詳しい点もあると思いますので、私の講演内容で、いやそこは実際はこうだとか、こういうケースもあるとか質疑応答の際にご指摘ください。お互いに学び合える機会にできればと思っております。よろしくお願いいたします。
 まず、現在の、新型コロナウイルス感染症による労災、あるいは公務員の場合には公務災害、これらの請求や認定状況がどうなっているのか全体のお話をします。
 次に、どういう場合に労災認定されるのかという労災認定基準の話。実際に認定された実例について厚労省のデータを元にご説明します。日本の労災保険制度の補償内容についてもご説明したいと思います。
 また、新型コロナウイルス感染症に感染した方が労災請求をする時にどういうタイミングで手続きするのか、フローチャートを元にご説明したいと思います。請求する際の注意点や重要なポイントをご説明したい。公務員の公務災害は制度が複雑なので少し押さえておきたいと思っております。
 最後に、新型コロナウイルス感染症と労災保険をめぐる現在起こっている、あるいは今後予想される課題について触れたいと思います。

請求のほとんどが労災認定されている

 【スライド3】まず、新型コロナウイルス感染症の労災の推移です。21年6月24日までの、厚生労働省が発表している資料から状況をグラフにまとめてみました。このグラフは20年4月30日以降のデータです。青い折れ線が請求件数、赤い折れ線が認定件数です。ご覧いただくとわかるように、今年1月10日以降から数字が伸びております。感染拡大に伴い、また新型コロナウイルス感染症で労災申請できるという報道も出てくる中で請求件数が右肩上がりで増えている。それに伴い、認定件数も伸びてきています。ちなみに、決定件数のうち認定されている割合は90%台後半を推移しており、非常に高い認定率になっています。まだ調査中で決定が出ていない件数も結構ありますが、少なくとも決定が出たものについては、そのほとんどが認定されていると言ってよいと思います。
 下のグラフが認定数を表しています。厚生労働省は、「医療従事者等」と「それ以外」に分けて発表しています。やはり医療従事者等というカテゴリーの認定数が多いことが見てとれます。

 【スライド4】これは公務員が業務に関連して新型コロナウイルス感染症に感染した時の申請件数です。地方公務員災害補償基金の数字です。こちらも今年に入って以降、請求件数、認定件数ともに伸びています。一番上の折れ線を見ると、決定件数に占める認定件数の割合が100%となっています。公務外の決定は今のところゼロです。こちらも非常に認定率が高いということになります。

医療・介護・福祉の現場の労災請求が全体の86%

 【スライド5】業種別の労災請求状況です。厚労省のデータでは「医療従事者等」と「それ以外」とに分けられており、医療従事者等77%。それ以外の業種23%です。

 【スライド6】労災請求における医療従事者等の内訳です。厚労省の定義では医療従事者等は、社会福祉や介護施設で利用者に直接接して治療や介護を行う方や、教育、学習、複合サービス、製造業で実際に医療業務に従事している方も入ります。医療機関で実際に患者に接している医師や看護師は医療業で69%。社会福祉や介護事業の現場で利用者に接する業務をしている介護士などからの請求は30%。こういう現場からの請求が非常に多いと言えます。

 【スライド7】一方、医療従事者以外は様々な業種から労災申請が出ています。建設業7%、製造業9%。運輸・郵便業12%。宿泊業、飲食サービス業や小売業など本当に様々な業種から請求が上がってきています。
 左側の太線で囲った部分に「医療業16%」と「社会保険・社会福祉・介護事業22%」とあり、先ほどの医療従事者等の内訳と同じような名称で混乱しますが、これは医療機関の医療事務や介護施設等の事務などの方々です。こういう方たちは医療従事者等以外のカテゴリーに入っていますが、職場としては医療機関や介護施設、社会福祉施設からの請求となります。

 【スライド8】厚労省の分け方がややこしいのですが、整理するとこのような円グラフになります。
 まず、「医療従事者等」の医療業。医療機関の医師や看護師からの請求が53%。「医療従事者等」の社会保険・福祉介護等は介護施設や社会福祉施設で実際に利用者の対応にあたる介護士などで23%。そして、医療機関や介護施設等の事務職等に就いておられる方の請求がそれぞれ4%、5%です。これは「医療従事者等以外」ですが、実際には職場の、現場という視点から見れば医療・介護・福祉など現場からの労災請求ということになります。
 これらを全部足すと、医療・介護・福祉など現場からの労災請求が全体の86%を占めます。これは今年6月時点のデータですが、そういったことが言えるわけです。逆に、それ以外の業種からの請求は14%にとどまります。これだけ労災申請が出ている業種に偏りがあるということは、埋もれている業種、労働の現場がかなりあると懸念されます。

 【スライド9~10】更に細かく内訳を見ていきます。今年6月11日時点の厚労省発表の業種別データです。最新のデータを見ると請求件数は全体で1万5千件。認定件数は1万件を超えています。それぐらい増えてきていますが、6月時点でも「医療従事者等」の請求件数は1万件を超えており、認定率は97%と非常に高い。「医療従事者等以外」の認定率も96%台とかなり高いが、「医療従事者等」に比べ請求件数はぐっとさがっていることが分かります。
 「医療従事者等以外」の項目は非常に多くの業種に分かれています。先ほど申し上げたように、医療従事者等以外の医療業や社会保険・社会福祉・介護事業は医療機関等の事務職なので、労災請求が出ている現場としては、医療機関や介護施設、社会福祉施設等になります。
 この他、海外出張者中に業務に関連をして感染して申請したケースも、6月の段階で18件。支給決定されたのが15件です。
 このようなデータは約2週間に1回更新され、厚労省のホームページで見ることができます。以上が全体の状況です。

「医療従事者等」の労災認定基準

 【スライド11】実際の労災の取り扱いの認定基準です。公務災害でも同じ認定基準を使っていますので、労災認定基準を確認することで、公務員の公務災害も同じように考えることができます。
 厚生労働省が20年4月に示した労災認定基準で、医療従事者等と、それ以外とに分けられています。医療従事者等とは、患者の診療もしくは介護・看護業務等に従事する人で、医療機関の事務職などは別の基準が適用されます。この医療従事者等の方々については非常に幅広い認定基準となっており、業務外で感染したことが明らかな場合を除き、原則、労災保険の対象になります。感染経路の特定も必要ないので認定される可能性が非常に高い。
 実際に認定された事例の概要を厚労省が公表しています。例えば、医療機関で多数の患者の診療や看護業務をしていた医師や看護師。介護施設で利用者へ介護業務をしていた方。理学療法士や放射線技師などもこの基準で認定されています。どのケースも感染経路は特定できていません。一般生活での感染も不明ですが業務外で感染したことは明らかでないので労災として認定されています。
 医療従事者等の場合に問題になり得るとしたら、家族から感染したのではないかというケースのとき労災認定されるかどうかが問題になるのかもしれません。それ以外のケースは非常に高い確率で認定されると思われます。

医療従事者ではない労働者の労災認定基準

 【スライド12】続いて医療従事者ではない労働者の場合。感染経路が特定されている場合と、特定されてない場合に分かれます。感染経路が職場であることが特定される場合は労災保険の対象です。保健所等の調査で感染経路が仕事と分かれば当然、労災になります。
 実際に認定された事案の概要を見ると、店内でクラスターが発生し、そこから感染したことが認められた飲食店の店員。園内でクラスターが発生し、そこから感染したことが認められた保育士や児童クラブの職員。病院の清掃業務に従事して、その病院でクラスターが発生した清掃員。建設作業員などもこの枠中で認定された事例があります。感染経路が仕事に絡むことが分かれば、労災認定されるということです。

 【スライド13】次に、感染経路が特定されていない場合。この場合も二つに分かれていて、複数の感染者が確認された労働環境で業務していた場合は労災の対象になります。先ほどの事例と違うのは、その人の職場で他の社員などの感染者が確認されているが、その方から感染したとまでは特定できていない場合です。
 実際に、製造業の技術者で会社の事務室で他の同僚が感染した。感染経路の特定はされていないが、そういう環境下で働いていたので感染リスクが相対的に高いので認定されたケースがあります。同じように建設業で工事現場の事務室で同僚が感染して、そこから感染した可能性が非常に高く、感染経路の特定はされていないが認定されたという事例があります。
 このような事例は、労災認定の調査時に私生活等の行動の感染リスクについても確認されます。そこで言えることは、日用品の買い物や散歩程度であれば感染リスクは低いと判断され、仕事での感染リスクが高いということで認定されています。
顧客等の近接や接触の機会が多い環境下での業務

 【スライド14】感染経路が特定されていない、医療従事者ではない労働者の場合、2つめのパターンとしては、多くの客に接する労働環境の業務であれば、労災認定の対象になると言えます。
 厚労省の認定事例を見ると、港の荷物の上げ下ろしで多くのトラック運転手と業務上の接触がある港湾荷役作業員。多くの乗客が乗り降りし接客対応も発生するバスの運転手。数十人の処方箋の受付を毎日行う調剤薬局の事務員。こういう方たちは顧客等との接触機会が多い労働環境で感染リスクが相対的に高いということで認定されています。厚労省は、私生活での感染リスクについても調べた上で、感染経路は特定されていないが仕事での感染リスクが高いということで認定しています。ですから、感染経路がわからない、特定されていないので労災認定はダメだとあきらめる必要はありません。仕事の内容次第で十分、労災認定の可能性が出てきます。

 【スライド15】海外出張の労働者についても認定基準が定められています。出張先が新型コロナウイルス感染症の発生国で高い感染リスクがあるかどうか出張先の国の状況によります。それと業務との関連性が調べられて判断されます。今、新型コロナウイルス感染症の感染リスクが低い国はなかなか無いと思います。やはり海外出張の方も、どの国であっても、この認定基準に照らして認定される可能性は出てきます。

新型コロナ感染症の労災手続きのフローチャート

 【スライド16】次に基本的な労災保険制度の説明をします。新型コロナウイルス感染症に関する労災の場合、医療費に関する補償である療養補償給付と、治療などで仕事を休んだ期間の補償である休業補償給付があります。
 それぞれ申請時に使う様式が異なり、特に療養補償給付の場合は労災指定医療機関かどうかで書式と提出先が異なります。
 また、労災保険は障害補償給付、遺族補償給付など他の補償も充実しています。治療が終わっても何らかの障害が残った場合は障害補償給付の対象になりますし、不幸にして亡くなった場合には遺族補償給付として遺族へ年金が支給されることもあります。場合によってはそうした労災申請も考える必要があります。

 【スライド17】実際に新型コロナウイルス感染症に感染した場合、どのタイミングでどういう労災手続きの可能性があるのかを説明します。フローチャートをご覧ください。
 まず、新型コロナウイルス感染症と思われる症状を発症した、あるいは濃厚接触者になったケースはPCR検査を受けます。その結果が陰性だと、新型コロナではないから労災は関係ないと思いがちですが、実は厚労省は、偽陰性の場合もあるのでPCR検査が陰性であっても慎重に調査するという方針です。ですから陰性でも労災は全く関係ないという話にはなりませんので注意が必要です。
 検査結果が陽性の場合。特に症状が重い場合は当然、入院治療になります。基本的に入院中の医療費は、健康保険と感染症法の入院医療費公費負担制度の対象となり、原則自己負担はありません(但し世帯所得額によっては自己負担が発生します)。後からその治療費について労災保険に切り替えることは可能です。
 入院治療等で休業を余儀なくされて給料が出ない場合、休業期間については労災の休業補償を請求することになります。
 最近は入院できずに自宅療養やホテル療養を余儀なくされる方もいます。中には医者の往診等を受けられないまま自宅やホテルで療養するケースもあると聞いています。その場合に困るのは、労災の休業補償は主治医に療養期間を証明してもらわなければいけないが、医師の診察を受けられないとなると証明ができません。この場合、厚労省は、保健所から就業制限期間証明書など、仕事に就くことを制限されていた、休業を余儀なくされていたという証明書を出してもらえれば、それで休業補償請求できるという方針を示しています。ですので、医師の診察を受けられないまま自宅療養やホテル療養をして仕事を休んだ方でも労災の休業補償請求ができます。
 また、退院後に微熱や倦怠感、痛み、息切れ、気持ちの落ち込みやうつ症状に悩まされる方が結構います。まだ医学的には新型コロナウイルス感染症の後遺症と定まっていないので、我々は継続する症状という言い方をします。こういう症状に悩まされ通院している方や仕事に戻れず休業が続く方は、その期間の医療費や休業補償は労災の対象になり得ますので労災請求を検討して欲しいと思います。実際に、新型コロナに感染して労災認定され、退院後も症状に悩まされ働けず、通院が続いている方で労災保険の補償受給が続いている方はいます。このように治療や休業が続いている方も労災請求を考えて頂きたいと思います。

事業場や医療機関から労災証明を拒まれた場合

 【スライド18】労災保険を請求する際の注意点です。まず、労災保険の請求用紙には事業主の証明が必要ですが、「うちの職場は関係ない」と証明を拒否する事業場があります。実際、新型コロナに関して職場に証明を断られて困っているという相談が、私どものセンターにも寄せられています。こういう場合、あきらめる必要はありませんと我々はお答えしています。事業主が証明を拒否しても、その理由書などを付ければ労働基準監督署は請求を受理し、調査の結果、先ほどの認定基準に当てはまれば、事業主が否認していようとも労災認定されます。ですから、事業主が協力してくれなくても労災の手続きは進めることができると憶えておいて下さい。
 【スライド19】次に、医療機関の証明について説明します。労災指定医療機関の場合、様式第5号に事業主証明を記載した書類を医療機関に提出します。労災非指定医療機関の場合は様式第7号を使い、患者本人が窓口で自己負担した上でその費用を労基署に請求する流れです。この場合、医療機関の証明が必要です。休業補償(様式第8号)についても医療機関の証明が必要になります。
 医療機関は診断書や証明書について基本的に応じる義務があるという医師法の定めがあります。それから、主治医の休業補償の証明は、療養と休業の事実の証明であって、業務と病気の因果関係を証明するものではありません。もし主治医から、この病気と仕事の関係は分からないから証明できないと言われたら、「それは誤解です。この証明は因果関係ではなく、療養と休業の事実を証明してもらうためのものです」と説得して下さい。
 また、感染症法の入院医療費公費負担制度などを使っている方は、後から労災保険に切り替えることになります。切り替え方法ついては労基署、感染症法の入院医療費公費負担制度に関しては保健所や各自治体窓口と相談しながら進めて下さい。

発症前14日間の行動履歴が重要

 【スライド20】労基署は請求を受理すると調査を始めます。労基署が請求人(被災労働者)に聞く内容は主に発症前14日間の行動についてです。その内容を元に労基署が仕事との因果関係を判断します。先述の労災認定基準に当てはまるかどうかを調べていきます。
 会社から労災ではないと言われてもあきらめることはありません。自分自身の感覚として仕事で感染したと感じているのであれば、労災請求を検討するのがベストです。

 【スライド21】これは労災請求した場合に労基署から提出を求められる申立書です。数ページに及びますが、大事な点は発症前14日間の行動についての記録です。できれば請求前に思い出してメモを作っておくと良いと思います。出勤の有無、人との接触歴、行動歴、当時の仕事の状況、体調不良の方が周りにいたか等の記入を求められます。これらの内容を見て労基署は認定基準に当てはまるかどうか判断します。

 【スライド22】社会保険・公費との関係です。新型コロナウイルス感染症は感染症法における指定感染症なので入院医療費は公費負担制度の対象になります。従って、後から労災保険に切り替える方も多いと思います。
 退院後も症状が継続して治療が続く場合は、入院医療費公費負担制度の対象外ですので自己負担分が発生します。労災の可能性が考えられる方は、積極的な請求を考えた方が良いと思います。
 休んでいる期間の休業補償について。健康保険の傷病手当金制度を利用している方がいるかもしれません(新型コロナの場合、特例で、国民健康保険でも傷病手当金が支給される)。この傷病手当金と労災保険の休業補償は重複してもらうことはできませんが、請求自体は並行して行えます。労災認定を受けた場合は支給された傷病手当金を後から返金するという手続きになります。ですから、既に傷病手当金を請求した、もらっているので労災保険は請求できないというのは誤解です。労災保険の休業補償も請求できると説明して頂ければと思います。

非正規雇用や移住労働者の場合の注意点

 【スライド23】労災請求の注意点の最後のポイントです。アルバイトの場合や兼業で複数の事業場にお勤めのケースです。労災保険は非常に幅広い制度ですから、パート・アルバイト、日雇い、派遣など雇用上の地位や名称に関わりなく、実態として雇用されていれば、労災保険が適用されます。最近多いのは、あたかも個人事業主であるかのような、労働者ではないという形式で働かされているケースです。実態として労働者であれば労災保険の適用になりますので、実態を重視する必要があります。実態として労働者と認められれば、どんな雇用形態であっても労災保険が適用されます。
 労災保険は国籍や人種の差別なく適用されます。外国籍であろうが日本で働いている方はすべて労災保険の対象です。たとえ外国籍でオーバーステイの状態でも、労災保険の受給資格はあります。
 それから、会社が労災保険に入っていない、労災保険料を納付していない会社もあります。労災請求したいと会社に相談したら、「うちは労災保険に入っていないからムリだ」と言われるケースもあります。そういう場合でも、労働者が労災保険を請求すれば、遡って会社に労災保険に加入させて、労働者に対し労災補償を支給することになっています。ですからあきらめる必要はありません。請求して認定基準に当てはまれば労災補償が受けられます。
 今は、複数の会社で働く方が増えています。これまでは、被災した会社の賃金を基礎に休業補償給付額が計算されていました。ですから複数の会社から給料をもらっていても、休業補償でもらえる金額は1つの会社の分だけでとても低い額になってしまうという問題がありました。しかし20年9月から、複数の会社でもらっている賃金額を合算して休業補償額を決める法制度に変わりました。詳しくはこのリンク(https://joshrc.net/archives/5884)を見て、兼業の方も安心して労災請求して頂きたい。
 それからよくあるのは、アルバイトや兼業でいろいろな職場で働き、どの職場で感染したか分からない場合です。そういう方もひとつひとつ、自分が勤める職場の状況を見て、労働環境、感染状況が先ほど申し上げた労災認定基準に当てはまる可能性があれば当然、労災対象になるわけですから請求を検討して頂ければと思います。自分で特定できなくても、労災請求してみて、労基署が調べて認定基準に当てはまれば労災の対象になります。

 【スライド24】公務員の場合はなかなか複雑です。公務員は働く場所や雇用契約の内容等によって、対象になる制度が変わりますので注意が必要です。
 保健・衛生事業、教育・研究、現業事業場にお勤めの非常勤職員については労災保険が適用されます。公務員であっても労災保険の対象になります。
 区役所、市役所、県庁など本庁で勤務されている会計年度任用職員といういわゆる非正規の公務員は、各自治体等で公務災害に関する自治体条例の対象になりますので、お勤めの自治体の条例を確認する必要があります。
 常勤の地方公務員の場合は、地方公務員災害補償基金の対象になります。この基金は都道府県と政令指定都市に支部があり、申請を受けて調査・認定をします。リンク先(https://www.chikousai.go.jp/)を見て頂くと情報が載っております。この地方公務員災害補償基金の請求手続きは、所属部局の長の証明が必要です。もし証明してくれない場合は、基金支部に相談して直接手続きを進めることが可能です。これは最近、制度改正がなされました。所属部局の長の証明が得られなくとも手続きは進められるので、あきらめないでください。
 国家公務員については、国家公務員災害補償制度があり、公務災害補償を受けることができます。
 このように公務員の場合は対象になる制度がいくつも考えられるので、まずは仕事の内容などから対象になる制度を見定める必要があります。

懸念されている課題と今後の課題について

 【スライド25】ここからは、新型コロナウイルス感染症と労災について、懸念されている課題と、今後の課題について触れていきます。
 私たちは、まだまだ労災請求が埋もれているという懸念を持っています。はっきりしたデータをつかむことは難しいのですが、例えば20年12月末までに提出された死傷病報告書の数字があります。死傷病報告書とは、それぞれの事業場で労災などが発生した場合に事業主が管轄の労働基準監督署に提出する書類です。その中で、新型コロナに感染したと報告があった事例は6041件。それに対し、同時期の労災請求は2653件と半分以下です。その後の状況はまだ数字が見えませんが、実際に職場で起こった新型コロナの労災事案は6000件を超えているのですから労災請求が追いついていないと懸念されます。
 実際に、どういう業種、どういう仕事の現場の労災請求が埋もれているのか。私たちが懸念するポイントは3つです。
 ひとつは、医療や福祉関係以外の方の請求が埋もれているのではないか。労災請求の全体状況でも説明しましたが、請求数を見ると、医療・福祉等の現場からの請求が大半を占めています。他の業種でも、報道ベースで判明しているだけでも大規模クラスターが発生した工場の事例などいくつも報道されています。つい先日も、ある小売業の現場で大規模クラスターが発生したことが報道されました。そう考えると、医療や福祉関係以外の業種の労災請求が埋もれているのではないかと懸念しています。
 2つめは、医療・福祉関係で、現場で実際に患者や介護の利用者に接している方以外の事務職員などの請求が埋もれている可能性があります。私どもに寄せられる相談でも、医療機関の事務職で、新型コロナに感染したが仕事での感染の可能性があるので労災請求したいと相談したら事業主証明を拒否され困っているという相談がありました。
 3つめは、非正規、派遣、下請労働者、移住労働者(外国人労働者)の請求が埋もれているのではないかという懸念があります。職場で構造的に弱い立場に立たされている方は、事業主の意向を気にしてなかなか労災請求できない、あるいは労災隠しの被害に遭う。移住労働者の場合は、そもそも日本の労災保険制度を全く知らされていないという方も少なくありません。また、労災請求は基本的に日本語の書類しかないので、日本語の読み書きができない外国人は請求すること自体が非常に困難となります。ですから大幅に請求が埋もれている可能性が、新型コロナの場合でも考えられます。

 【スライド26】私たちは、厚労省に対し、きちんと周知して欲しい、そのための工夫、様々な施策をとって欲しいと要求してきました。厚労省も、埋もれている事例があるのではないか、労災申請されていないケースが多いのではないかということは認め、リーフレットを作成して周知作業を進めています。ここから(https://www.mhlw.go.jp/content/000698300.pdf)pdfファイルでダウンロードできますし、医療機関には労働局から送られてきているはずです。このリーフレットを使って労災請求を社会に拡げていく必要があります。また、私たちの要求をうけて厚労省が中国語、ベトナム語、英語、スペイン語など13ヶ国版リーフレットを作りました。これも厚労省のホームページから取れますので活用してください。

労災請求をためらっている方へ

 【スライド27】今、労災請求をためらっている方へお伝えします。事業主から証明を拒否されて途方に暮れている方は、労災の認定基準そのものが非常に広い、認定されやすい内容となっていますから、仕事による感染が考えられる、仕事以外での感染の可能性は低い、消去法で仕事が原因ではないかと思われる方は積極的に労災申請を検討して頂きたいと思います。
 また、新型コロナの症状が長引いたり、退院後も継続して症状に苦しんでいたり、身体に障害が残った場合も労災補償の対象になり得るので仕事が原因と思われる方は積極的に請求して欲しい。
 労災請求したことよって申請者の個人情報が公表されることはありません。労働基準監督署には守秘義務があります。安心して請求して頂きたい。
 実際にいろいろな職場や業種の方が請求して認定されれば、認定状況という形で厚労省から個人が特定されない形で情報が公開されます。それを見て、私も請求できるのではと思う方が増えるという効果もあります。ですから自分の補償面だけでなく、社会で労災が使いやすくなって、多くの方が労災補償を受けられるようにするという意味でも積極的に労災請求を考えてほしいと思います。
 繰り返しになりますが、労災請求をしたことを理由に会社がその請求者に不利益な取り扱いをすることは法律で禁止されていますし、会社は労災手続きに協力する法的義務があります。事業主が労災を隠すことは犯罪です。労災手続きに協力しない、妨害する会社があれば、それは違法です。労災請求をあきらめずに、私たちのような労働団体や労働組合に相談していただきたいと思います。
 労災認定されて休業中の方は法律上、解雇してはいけないことになっています。労災保険制度は、労災に遭った方をいろいろな形で保護し、しっかりと補償する制度です。そういう意味でも、この労災補償制度が活用されるべきだろうと思います。

新型コロナの継続する症状について

 【スライド28】継続する症状の問題です。新型コロナウイルス感染症に感染・発症した方が急性期の肺炎の症状が収まっても様々な症状に苦しむ事例があります。実際、そういう相談が私たち安全センターに寄せられています。これは長期症状とか後遺症とかいろいろな名称で呼ばれており、医学的にまだ明らかになっていません。厚労省も研究班を作って研究中です。こういう継続する症状で通院したり休業が続いている場合、元々の新型コロナが、仕事が原因で感染し労災認定され得るものであれば、こういった継続する症状に関しても、療養補償や休業補償の対象になりますので安心して労災請求をして下さい。
 それから症状に伴って気分の落込みや鬱といった精神症状を発症される方も少なくありません。こういった精神症状に関する治療費や休業も労災の対象となり得ますから、労災請求を検討していただきたいと思います。

 【スライド29】PCR検査が陰性でも労災請求をあきらめる必要はありません。この図は、私どもが開示請求して開示された厚労省の資料です。PCR検査で誤って陰性の結果がでる事もあり得るので、結果だけで労災請求を受け付けないとか不支給にする対応はしませんという内容です。
 PCR検査が陰性の方から労災請求があった場合、厚労省は、その症状がコロナと疑われる症状であるかどうか、発症前後の経過や感染経路等を調べます。そして症状からみてコロナの可能性がある、感染は仕事が原因の可能性があるとなれば認定される可能性があります。ですから、PCR検査が陰性の方もあきらめずに、その症状の内容、発症前後の経緯などを見て申請を検討して下さい。

コロナ感染症に関連して起こる精神障害について

 【スライド30】新型コロナウイルス感染症に関連して起こる精神障害の問題です。例えば、職場で新型コロナ感染が発生し、その対応に追われて過重労働になったケースは労災で認められる可能性が出てきます。この場合、精神障害の労災認定基準に当てはめて判断すると厚労省は言っています。職場でクラスター対応に追われ、悲惨な事故や災害の体験をした、あるいは非常に業務量が増えた場合は、精神障害の労災として認められる可能性があります。そういう方も請求を検討してほしいと思います。ちなみに厚労省の話では、実際に新型コロナの労災認定を受けて、その後に精神障害の労災認定を受けた方は4月時点で2件あるということです。
 また、感染症の症状に伴い、一時的に気分の落込みや鬱的な症状が出ている方も労災補償の対象になります。お悩みの方がいれば、請求を検討して欲しいと思います。

 【スライド31】最後に、ワクチン接種に関する労災の話です。ワクチン接種によって健康被害が生じた場合に労災の対象になるのか、これについては厚労省が明確に方針を示しています。ワクチンの接種は自由意思に基づくもので強制ではありません。業務命令で行われるものではないという建て付けですから基本的に労災補償の対象外ですが、医療従事者については、業務遂行に必要な行為ということで「医療従事者等」のカテゴリーに入る方がワクチン接種を行って何らかの健康被害が生じた場合は、労災保険の対象になります。高齢者施設等の従事者についても同様の取り扱いになります。
 医療従事者の方がワクチン接種業務を行い、針刺し事故などによって疾病を発症した場合は、他の医療業務での針刺し事故と同様に、労災の対象になります。

困った場合は各地域の安全センターへ

 【スライド32】新型コロナウイルス感染症で労災請求できるかどうか迷っている方、請求したいが事業主が協力してくれないなどで困っている方は、私ども安全センターにご相談いただければと思います。こちらに(https://joshrc.net/localcenter)各地の安全センターの連絡先も載せています。
 厚労省も、様々な労災認定に関する資料の全部をホームページに掲載しているわけではありません。新型コロナと労災に関する最新の情報や、我々が開示請求などして得た情報を、全国安全センターの特設サイト(https://joshrc.net/archives/category/covid19)に載せておりますのでぜひご覧ください。

 【スライド33】特設サイトに載せている情報の一例として、職場におけるCOVID-19予防対策の表です。カナダ労働安全衛生センターが作ったポスターを日本語訳したものです。職場での予防対策はこういう順番で進めてみてくださいという国際的な指針を示しています。
 報告は以上です。ご静聴ありがとうございました。