新型コロナウイルス感染症および罹患後症状でトラック運転手Aさん、労災認定!

 トラック運転手Aさんの新型コロナウイルス感染症の発症とその後に続いている罹患後症状について、いずれも労災認定された。Aさんの新型コロナ発症から労災認定に至る経緯、罹患後も長引いている様々な症状、そして罹患後症状をきちんと診ることの出来る医療機関がほとんどない事、更にAさんに対する周囲の差別や無理解の苦しみなど報告する。「動くとすぐに疲れてしまうし、筋力の低下も著しい。様々な症状も繰り返し続いている。まだまだ解明されていない病気なので、差別や偏見が無くなって欲しいし、この病気の研究と治療法の確立や保障制度の拡充を求めたい。」と、Aさんは訴えている。【鈴木江郎】

工場への配送業務で感染

 Aさんはトラック運転手としてB社に入社、荷物を配送先の各種工場に配送する業務に従事していた。20年11月6日頃、倦怠感、悪寒、節々の痛みが出現し、38度台の発熱、咳、頭痛、倦怠感などの症状が続き、11月9日に近所のクリニックを受診すると「かぜ(感冒)」と診断された。しかし39度台の発熱や倦怠感などの症状も治まらない。保健所に電話したところ、別のクリニックを紹介され、11月11日にPCR検査を実施、翌12日に陽性結果が出て新型コロナウイルス感染症の「中等症」と診断され、その日から民間ホテルでの宿泊療養および自宅療養となった。11月30日、症状が急激に悪化し呼吸困難な状態となり救急車で運ばれ、市内の新型コロナ感染症の指定病院に緊急入院。この時の胸部CT検査では両側肺野にすりガラス様陰影を認め、COVID19肺炎と診断された。

 12月7日に退院したが、倦怠感、咳、息切れ、嗅覚障害などの症状は治まらない。同院で通院治療を行っていたところ、新型コロナウイルス感染症後外来(罹患後症状 LONG COVID いわゆる新型コロナ後遺症)のある医療機関を紹介され、21年3月から現在に至るまで同院にて治療を継続している。

 Aさんは業務において不特定多数の顧客や同業者との近接作業や接触も多く、私生活での感染は明らかではない事から、労災保険の請求を検討し、新型コロナ感染症後外来の医療ソーシャルワーカーから神奈川労災職業病センターを紹介された。

労災申請へ

 Aさんは、トラック運転手の業務において感染経路は特定できないが、以下に挙げる作業等により新型コロナウイルス感染症に感染したと労基署に申し立てた。

 ①運転するトラックは固定ではなく、毎日違うトラックである。
 ②毎日の配送先は大規模工場で不特定多数が出入りしている場所である。
 ③積み荷場所ではタッチパネルまたは手書きで手続きし、入門証をうけとり、危険防止のために据え置きの手袋を使用する事になっていたが、それら不特定多数が使用する液晶画面、筆記用具、入門証、手袋を毎回消毒していたかどうか不明。
 ④積み込み作業(自動)においてに20分~30分くらい同業他社の運転手と対面で会話をしていた。
 ⑤配送先でも対面で受付手続きを行い、荷下ろし時にも伝票確認なども隣接の対面で行う。
 ⑥配送先の工場において新型コロナ感染症の陽性者が発生していた。
 ⑦毎日配送でいくつもの工場を回り、物を通じた感染や顧客等との近接や接触の機会が多い環境下での業務において新型コロナ感染症に感染した。

 しかし、Aさんの事業所は労災請求書の事業主証明を拒否した。理由は、『コロナウイルス感染経路等の明確な状況が確認できないことから「災害の原因及び発生状況」に詳細が記載できない為、請求書における事業主の証明をしない』。

 この証明拒否理由が端的に示しているように、Aさんの他にも新型コロナ感染症の相談で多く寄せられるのが、「感染経路が特定されていないから事業主が証明してくれない」という相談である。

 しかし本誌21年9月号「新型コロナウイルス感染症の労災認定について」で詳しく解説したように、厚生労働省は「新型コロナウイルス感染症の労災補償における取扱いについて」という文書で感染経路が特定されていれば言うに及ばず、特定されていなくても労災認定する基準を定めている。

 まず、医療従事者等については、感染経路が特定されていなくても業務外で感染したことが明らかでなければ原則、労災として認めている。また、医療従事者等でない場合も、⑴複数(2人以上)の感染者が確認された労働環境下での業務、⑵顧客等との近接や接触の機会が多い労働環境下での業務のいずれかに該当すれば労災認定している(業務外で感染したことが明らかでない場合)。

 この様に感染経路が特定されなくても業務における感染の蓋然性が高いとして厚生労働省は幅広く新型コロナウイルス感染者を労災認定している(医療従事者等は98・5%、医療従事者以外も98%の高い割合で労災認定されている。22年1月時点)。にも拘わらず、「感染経路不明だから事業主証明できない」と言われ、労災請求を泣き寝入りしている患者が多数いる。明らかに厚生労働省による事業主への労災認定基準の周知不足が原因である。早急に対策が必要である。

 Aさんも業務以外での感染が明らかでなく感染経路は特定されないが、顧客等との近接や接触の機会が多い労働環境下での業務であると申し立て、労働基準監督署の調査の結果、業務による感染だとして労災認定された。21年11月中旬に労災請求書を労働基準監督署に提出して22年1月下旬に労災支給決定を受けたので、請求から2ヶ月強で決定された。

罹患後症状について

 Aさんにはもう一点懸案事項があった。21年3月からの新型コロナ感染症後外来における新型コロナ感染症罹患後症状(LONG COVID コロナ後遺症)治療と療養についても引き続き労災適用されるのかという点だ。新型コロナ感染症罹患後症状については、未解明な部分も多く、社会的に周知されておらず、労災認定事例もごく限られたものしか明らかになっていない。実際、調査した労基署の担当者が罹患後症状については否定的な言動を示したので担当を代えてもらう事もあった。

 Aさんは以下の通り多様な症状に苦しんでいた。①倦怠感、②咳、③息切れ、④嗅覚障害、⑤下痢、⑥頭痛、⑦脱毛、⑧注意力低下、⑨寒冷時の左上肢痛、⑩左手指のレイノー現象、⑪肺活量の低下、⑫不眠、⑬慢性疲労症候群など。具体的には、血液が鉛になったような感じ、疲れが突然発生し、行きは持てた荷物が帰りには持てない、昨日話した会話をすっかり忘れてしまう、夜中でも目が冴えて眠りに付けない、道路が赤信号でも普通に横断してしまう、治療のための通院など一日頑張ると翌日から2~3日は寝込んでしまうなど。

 そこで21年12月に「暫定版」として公表された『新型コロナウイルス感染症診療の手引 別冊 罹患後症状のマネジメント』、ひょうご労働安全衛生センターや名古屋労災職業病研究会による罹患後症状で労災適用された報道資料、世田谷区が独自に行った「新型コロナウイルス感染症の後遺症についてのアンケート調査結果」等の資料を提出し、Aさんの様々な症状は新型コロナ罹患後症状であると申し立てた。主治医も労災請求上の傷病名として「新型コロナウイルス後遺症」と診断し、労働基準監督署の専門医も上記症状から「(新型コロナ感染症後外来)もコロナ罹患後症状として労災として認める」という意見を出して、Aさんの罹患後症状についても労災として認めたのである。

「診療の手引」について

 『新型コロナウイルス感染症診療の手引 別冊 罹患後症状のマネジメント』(以下、「診療の手引」)は22年4月に正式に第1版として公表された。発行目的は『感染性が消失し主な症状は回復したにもかかわらず「後遺症」と呼ばれる症状あるいは新たな、または再び生じて持続する症状などに悩む患者が少なからずみられるようになりました』『これらに悩み不安を抱える患者に対する診療とケアの手順は国内では標準化されていないため医療者側も悩み「気のせい」と患者に伝えたり、「自分のところでは診られない」と診療を拒んでしまう、あるいは患者自身が医療機関を求めて転々とすることが生じてしまい、その結果さらに悪い方向に進んでしまうことが心配されるようになりました』『標準的な診療とケアについてまとめようという声が高まり、それぞれの分野で経験のある専門家に集まっていただき議論を重ね『新型コロナウイルス感染症:診療の手引き』の別冊として発刊することになりました』とある。

 つまり、Aさん同様に罹患後症状に苦しむ患者が少なからずいるが、医療機関がそれに応えられていないので、その現状を改善するために各分野の専門家が集まり、罹患後症状の治療に役立てる目的のために発行された。

症状と治療アプローチ

 「診療の手引」に代表的な罹患後症状として以下の症状が挙げられている。疲労感・倦怠感、関節痛、筋肉痛、咳、喀痰、息切れ、胸痛、脱毛、記憶障害、集中力低下、不眠、頭痛、抑うつ、嗅覚障害、味覚障害、動悸、下痢、腹痛、睡眠障害、筋力低下。そして病態機序について、「不明な点が多い」「諸説あるが、ウイルスに感染した組織(特に肺)への直接的な障害、ウイルス感染後の免疫調節不全による炎症の進行、ウイルスによる血液凝固能亢進と血栓症による血管損傷・虚血、ウイルス感染によるレニン・アンジオテンシン系の調節不全,重症者の集中治療後症候群など」と挙げている。

 また、罹患後症状を訴える患者へのアプローチとして「罹患後症状は、特別な医療を要さない軽度の症状から長期にわたるサポートを必要とする症状まで様々である。日本国内でも罹患後症状の専門外来を設置する医療機関が増えているが、そのため、かかりつけ医等が慎重な経過観察や対症療法を行い、必要に応じて専門医に紹介することによって対応することは十分可能と考えられる」とし、かかりつけ医と専門外来による総合的な対処が必要だと述べている。

 そして、各症状ごとの対応について章が続く。「3 呼吸器症状へのアプロ―チ」「4 循環器症状へのアプロ―チ」「5 嗅覚・味覚症状へのアプロ―チ」「6 神経症状へのアプロ―チ」「7 精神症状へのアプロ―チ」「8 痛みへのアプロ―チ」「9 皮膚症状へのアプロ―チ」「10 小児へのアプロ―チ」「11 罹患後症状に対するリハビリテーション」「12 罹患後症状と産業医学的アプロ―チ」。

復職復帰支援について

 「12 罹患後症状と産業医学的アプロ―チ」の章では主に職場復帰支援の重要性について述べている。基本的な考え方として「就労継続が困難な労働者が一定数いると考えられる。罹患後症状を抱えていても罹患前の社会生活に戻られるよう支援が必要である」と述べ、職場復帰支援の意義として「業務により疾病が増悪しないよう一定の仕事に対する配慮(就業上の措置)や治療に対する配慮は重要である」とし、職場復帰時の配慮として3点挙げている。①患者の健康や安全を脅かす状況への配慮(例/筋力低下のある患者の高所作業を制限)、②環境調整や障壁の変更・除外をする配慮(例/疲労感の続く患者に対し休憩所利用許可)、③本来業務を行う能力が損なわれた場合の配慮(例/味覚障害のある患者の調理作業制限)。

 更に、職場復帰に関連した具体的事例を4ケース挙げている。⑴呼吸機能障害が継続する粉じん作業者、⑵人工呼吸器管理後の筋力低下が継続する販売員、⑶味覚障害が続く調理人、⑷ブレインフォグが続く看護師の職場配慮の事例である。

 罹患後症状の労災給付については「一般的には改善が見込まれることから療養補償給付等の対象となると考えられる」としつつ「十分な治療を行っても症状改善の見込みがなく症状固定と判断され、後遺障害が残存する場合は療養補償給付等は終了し、障害補償給付の対象となる」と述べている。

 従って、罹患後症状についても一般的には労災給付の対象となるので積極的に労災請求を行うべきである。また、罹患後症状は「十分な治療」がまだ確立していないので、厚生労働省には、安易に労災給付を打ち切らず、患者が安心して療養できる制度運用が求められる。

新型コロナウイルス感染症による罹患後症状の労災補償

 厚生労労働省は「診療の手引」を踏まえ、「新型コロナウイルス感染症による罹患後症状の労災補償における取扱い等について」という通達を出した(令和4年5月12日基補発0512第1号)。この通達も基本的考え方として「罹患後症状については業務により新型コロナウイルスに感染した後の症状であり、療養等が必要と認められる場合は労災保険給付の対象となる」とし、「診療の手引」に記載されている症状(感染後ある程度期間を経過してから出現した症状も含む)、「診療の手引」以外で本感染症により新たに発症した傷病(精神障害も含む)、本感染症の合併症と認められる傷病は労災給付の対象とした。

 また、労働基準監督署等における窓口での相談対応として、「罹患後症状の労災保険給付に関する相談等があった場合には、上記取扱い等の懇切丁寧な説明に努めることとし、罹患後症状がいまだ不明な点が多いこと等を理由として、労災保険給付の対象とならないと誤解されるような対応は行わないよう徹底すること」と注意喚起した。実際、Aさんの労基署の担当者は当初、罹患後症状の労災給付に対し否定的な言動を示した。罹患後症状に苦しむ患者を更に鞭打つような実態があることを肝に銘じて欲しい。

無理解や差別について

 実は、Aさんは新型コロナ感染症の発症から今日まで病気の症状以外にも社会的な無理解や差別・偏見に苦しんでいるので最後に触れておきたい。

 Aさんは、隔離解除となった陰性後も医療機関から診察を拒否され、職場の同僚からも同乗を拒否された。会社からは事業主証明を拒否され、医療機関や薬局は労災請求書を受け取らず(費用の取り損ねを回避するためか)、労基署の窓口でも労災申請に否定的で消極的な対応をされ、労災請求断念に傾いてしまう出来事の連続であった。

 また、罹患後症状について良く知らない医師に「適度な運動」を勧められ、その通りにしたら逆に体調が悪化した(後遺症外来で初めて筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)を知る)、協会けんぽの対応も酷く、医療費精算について丁寧な説明がない、家族にも理解されず怠けて仕事をさぼっていると思われる、会社も罹患後症状に対する知識不足で復職に向けての話し合いの土俵に付けない等の悩みが現在も続いている。

 罹患後症状が続く患者に対する治療費や生活費など公的な保障制度が皆無であること、罹患後症状に対する行政の相談窓口が機能していないこと、「診療の手引」が出来ても現実の医療が全く追い付いていないこと等、今後の問題点も山積している。

 そもそも新型コロナ感染で労災請求に至るケースが少なく、ましてや罹患後症状で労災請求するケースはごくわずかであると思われる。ひとたび労災請求をすれば比較的幅広く認めているのが現実なので、未請求の方は積極的に労災請求を行って頂きたい。罹患後症状に苦しむ患者の実態が公に知られていけば、患者を支援する諸制度への創設に結びついていく。