大工のアスベスト肺がん労災認定を求める裁判-原告側は藤井医師の証人尋問を実施、いよいよ結審へ

 大工として約30年間、木造家屋や鉄骨造り建物の工事に従事し、アスベストばく露した故松田光雄さん。54歳で肺がんを発症し、翌年に死去される。療養中から労災請求をしていたが、死去後に相模原労働基準監督署は不支給決定を行う。その後、審査請求、再審査請求を行うも、いずれも棄却されたため、2018年3月に横浜地方裁判所に労災不支給決定を取り消す裁判を提訴した。

 代理人弁護士は飯田学史さん(横浜はばたき法律事務所)にお願いをし、松田さんの所属していた建設組合(神奈川建設ユニオン)と一緒に裁判を進めてきた。そして2022年10月24日に、原告側から藤井正實医師(芝診療所)、被告国から酒井文和医師(埼玉医科大学国際医療センター)の2人の証人尋問を行い、いよいよ結審が見えてきた。【鈴木】

「石綿ばく露作業30年」に争いなし

 松田さんは1981年4月から1994年3月まで父親が経営する松田工務店で働いた。その後独立し一人親方として2014年まで大工工事に従事。大工工事では木造住宅の新築工事、改修工事や鉄筋鉄骨造りのビルやマンションの改修工事(木工事)などに従事する。地場の工務店からの大工工事の受注や個人の施主からの大工工事を請け負った。松田さんが大工仕事において石綿粉じんにばく露した期間は30年に及んだ。下記に示すような石綿ばく露作業は相模原労基署も概ね認めており、裁判でも大きな争いにはなっていない。

 石綿含有吸音天井板(吸音テックス)の貼り付けにおいて、現場で板のサイズ調整のためカッターで切断する作業、および改修工事において同部材を壊す作業。内装材や天井材として使用される石膏ボードをカッターで切断したり貼り付ける作業、および改修工事において同部材を壊す作業。

 主にキッチン周りなど内装材として使用されるフレキシブルボードを電動丸鋸で切断したり貼り付ける作業、および改修工事において同部材を壊す作業。内装材や外装材として使用される大平板を電動丸鋸で切断したり貼り付ける作業、および改修工事において同部材を壊す作業。内装材や軒天材、間仕切り材として使用されるケイカル板を電動丸鋸で切断したり貼り付ける作業、および改修工事において同部材を壊す作業。

 外装材として使用されるサイディングボードの貼り付け作業、電動丸鋸で切断する作業(サイディング工事は今でこそ専門職がいますが、80年代の出始め時は、大工がサイディング工事も行う場合が多かった)。洗面所やトイレの床材として使用されていたクッションフロア(CF)やビニル床タイル(Pタイル)の改修張替工事において同部材を裁断し壊す作業。

 改修工事において床下の根太の間や壁の間や天井裏にある石綿含有断熱材を除去する作業。毎日、作業の終了時に現場を掃き掃除するので、掃き掃除において再飛散した石綿粉じんにばく露。鉄骨造りの建物の改修工事において、天井の下地を組む作業等で、鉄骨と木材を固定させる際に、鉄骨に吹き付けられていた石綿を除去する作業。その他、鉄骨造りのビルやマンションの改修工事(木工事)では、吹付け石綿を除去しながらの作業であったし、吹付け石綿のすぐ間近での作業。

アスベスト疾患を長年診てきた医師の意見書

 問題は、松田さんのアスベストばく露の医学的所見の有無である。医学的所見のうち石綿肺所見はあるものの第1型以上かどうかは判断が割れ、石綿小体または石綿繊維の計測はしておらず、広範囲の胸膜プラーク所見があるとは言えないので、争点は「胸膜プラーク所見」の有無に絞られた。

 原告側は、労災請求時に斎藤竜太医師(十条通り医院)、審査請求時に故海老原勇医師(しばぞの診療所)、裁判提訴後に春田明郎医師(横須賀中央診療所)、久永直見医師(労働衛生コンサルタント)、水嶋潔医師(みずしま内科クリニック)、藤井正實医師(芝診療所)というアスベスト関連疾患の患者を長年にわたって診てきた経験と実績豊富な日本を代表する医師の方々に意見書を書いてもらう。いずれも胸部CT画像や胸部X線画像から「胸膜プラーク所見有り」との説得力のある意見である。

 ▼海老原勇医師/これまで実施した胸膜肥厚斑例に関する多数例についての剖検所見とレントゲン写真、胸部CT所見と対比した多数の研究から、松田光雄殿に認めた上記の陰影は胸膜肥厚斑であると診断できる。

 ▼久永直見医師/石綿曝露歴があり、胸膜下曲線様影も存在することを総合すると、胸膜プラーク様所見は胸膜プラークと判断すべきである。

 ▼水嶋潔医師/野田医師の意見書によると胸膜肥厚が消失しているとされる。しかし当方でCT写真をパソコンで読み込むと、明らかに同部位に胸膜肥厚が存在する。デジタル画像はプリント時点で恣意的に濃度を変化させることができるので、もし野田医師が恣意的にこの胸膜肥厚を画像処理で「消した」のなら大きな問題だ。

 ▼藤井正實医師/これまでの石綿曝露者の病理解剖所見と画像所見を対比した経験から胸膜プラークが存在していることは確実と考え、松田光雄殿が罹患した原発性肺がんの発症原因は石綿曝露であると考える。

 一方、被告である国は、野田和正医師(神奈川県予防医学協会)と酒井文和医師(埼玉医科大学国際医療センター)の意見書を提出し、「胸膜プラーク」ではなく「肋間動静脈」や「肋下筋」や「炎症性変化」や「体液貯留」や「間質性肺炎の所見が軽減」等々と、裁判の進行に応じて意見が転々とするも、とにかく「胸膜プラークではない」という事だけは一貫して主張してきた。

藤井氏と酒井医師の証人尋問

 そこで「胸膜プラーク」の有無の審理のため原告側から藤井正實医師(芝診療所)、被告国から酒井文和医師(埼玉医科大学国際医療センター)の2人の証人尋問を行う運びとなった。場所は酒井医師の体調に合わせ、横浜地裁ではなく、酒井医師の最寄りの名古屋地裁となり、裁判官、書記官も一緒に名古屋地裁まで赴き、それぞれ主尋問50分、反対尋問40分、再主尋問15分の時間を使って実施した。

 藤井医師の証人尋問では、故海老原勇医師によるじん肺症の患者さんの死亡解剖に助手として多く立ち会ってきたこと、毎年じん肺健診の胸部レントゲン写真の再読影を3万人診ていること、石綿関連疾患の患者さんを毎年100人名くらい診ていること、医師になって30年以上アスベスト関連疾患の患者さんと向き合ってきたことを述べ、豊富な経験と実績に裏付けられた高い専門性の見地から、松田さんの胸部CT画像には「胸膜プラーク有り」とした根拠を改めて述べた。

 一方の酒井医師の証人尋問では、放射線の画像診断の専門医として胸部画像を30年診てきた経験から、この「胸膜プラーク様」の陰影は胸膜プラークではない何かであると改めて述べた。しかし、飯田弁護士の反対尋問により、「あくまでも専門的見地から画像を診て診断しただけ」「胸膜プラーク様の陰影がある事は認めるが、胸膜プラークであると確実に判断できるものではない」「胸膜プラーク様の陰影は1ヶ所だけであり、1ヶ所だけの胸膜プラークはたいへん稀であるから胸膜プラークであるとは診断できない」と述べ、少なくとも1ヶ所は胸膜プラーク様の陰影がある事は認めるという意見を引き出した。そして裁判官も、この1ヶ所の「胸膜プラーク様」の陰影に関心を示し、改めて藤井医師と酒井医師に主張の確認をした。

建設労働者全体のアスベスト被害補償のすそ野を押し広げる裁判

 建設ユニオンは制限いっぱいの人数で傍聴参加に駆け付け、藤井医師の説得力のある丁寧な説明にしきりに頷いていた。また、名古屋労災職業病研究会の成田さんにも傍聴参加を頂いた。

 証人尋問終了後に簡単な報告会を行ったが、その際、藤井医師から「今回の松田さんの裁判は、故海老原先生が遣り残された仕事と思っており、海老原先生に良い結果報告できるように頑張ります」との言葉を頂いた。本当にその言葉のとおりで、今回の裁判はアスベスト肺がん被災者の胸膜プラークの安易な切り捨てを問う裁判であり、松田さんに限らず、長年にわたりアスベストばく露してきた建設労働者の肺がんを労災として認めさせるという、建設労働者全体のアスベスト被害補償のすそ野を押し広げる裁判である。

 23年1月25日は横浜地裁に戻り、結審する予定。年度内には判決という見通しであるので、今後ともご注目頂きたい。