腹膜中皮腫で労災認定 造船所で40年間、足場の組立・解体作業に従事
腹膜中皮腫でお亡くなりになられたKさん(享年78歳)の労災請求が支給決定されました。
Kさんは、1953(昭和28)年から2009(平成4)年まで約40年間、旧日本鋼管㈱の浅野造船所や鶴見造船所で働いていました。新造船や船舶修理の工事に際し、船舶内での高所作業における足場の設置や解体作業を専門に行っていました。足場の設置や解体作業中に、船舶内で多量に使用され、飛散していたアスベスト(石綿)にばく露し、腹膜中皮腫を患ってしまったのです。【鈴木江郎】
「いったい何の病気?」
Kさんがお腹が痛いと言い、最初に病院に行ったのが2012年7月21日です。腹部のCTを撮るとお腹に水が溜まっており、7月24日に精密検査をし、即入院が必要と言われました。主治医は当初、腹水と腹膜周囲の腫瘤という症状から「悪性腹膜炎」を疑いましたが、確たる診断はつきませんでした。
そんな中、ご家族が「一体何の病気だろう?」と考えるうちに、ふと、「アスベスト」という文言が思い浮かんだと言います。と言うのも、厚生労働省が公表した「石綿ばく露作業による労災認定事業場」を数年前に新聞で見て、その中に「日本鋼管の鶴見造船所や浅野造船所」の名前を見つけ、父が気に留めていたのを思い出したのです。そこでインターネット等で調べる中で、神奈川労災職業病センターを知り、お電話を下さったのでした。8月17日のことでした。
ご家族への聴き取り
早速、Kさんのご自宅を訪ねると、ご本人は入院中で、お体も衰弱されていて話すのも困難な状態ということでしたので、ご家族から仕事の内容等を伺いましたが、詳しくはわかりませんでした。Kさんの場合は幸い労災認定されましたが、認定にあたり、かつての作業内容と今の病気との因果関係を明らかにすることは非常に重要です。その意味でも、ばく露して後、数十年たってから発症してしまうアスベスト疾患のような病気は、元気なうちに作業内容や職歴を明らかにしておくことが本当に必要だと改めて意識しました。
Kさんは、辰己興業という会社(船舶工事の足場専門の下請け業者、現在は廃業)の従業員として、浅野造船所や鶴見造船所で、新造船や船舶の修理工事における船内や船外にかける足場専門の仕事に従事していました。船舶の工事はボイラー、溶接、配管、電気、塗装、各種艤装、吹き付けなどあらゆる高所作業において足場を組みます。Kさんが足場を組んだりばらしたりしているすぐ隣で、ボイラーや配管の断熱、鉄骨の吹き付け、溶接や溶断の火よけ等の用途でアスベストが多量に使われ、周囲に飛散していたのです。つまり、Kさんは、アスベストを直接取り扱う作業には従事していませんでしたが、周りで多量に使用され飛散していたアスベストに間接的にばく露し、腹膜中皮腫を発症したのです。
主治医への説明
ご家族からうかがったKさんの造船所内での仕事内容から「労災」と確信し、ご家族と共に主治医のもとを訪ねました。
主治医はアスベストは専門外でしたが、私たちの説明を聞き、アスベスト疾患についていろいろ学ばれ、細胞診断や臨床所見から「腹膜中皮腫」と診断されました。
後日、労災の決定にあたり労働基準監督署が意見を聞く地方労災医員も、この主治医診断は是であると述べており、私たちの主治医に対するアスベストについての丁寧な説明が良かったのだと思います。また、Kさんは胸部CTで胸膜プラークの所見があり、これもアスベストばく露の証拠として労災決定に有利な判断材料となりました。
全造船機械労組日本鋼管分会も協力
また、全造船機械労組日本鋼管分会が、当時の浅野ドックや鶴見ドックの作業現場の実態について意見書を出して下さいました。造船所での各種工事には足場工事が密接に関わっている事、現場ではアスベスト粉じんがもうもうたる状況でありアスベストばく露は間違いない事などを、現場を知る者ならではの視点で述べて下さいました。この意見書も労災認定にあたり、とても大きな意味を持ちました。本当にありがとうございました。
加えて、労働基準監督署の担当官に、Kさんの作業内容を説明する際、『横須賀石綿じん肺訴訟報告集 立ち上がった造船労働者たち』の造船所内でのアスベストの使用状況のイラストを使わせて頂きました。アスベストの使用実態が分かりやすく描かれており、作業現場の実態をイメージできなかった労基署の担当者も、「大いに参考になります」と言っていました。この場をお借りして、造船所におけるアスベスト被害を掘り起し、行動し続けて来た先輩方の大変なご苦労とご努力に深く感銘を受けました。
行政や企業の責任は重い
残念ながら、Kさんは入院中の2012年8月29日にお亡くなりになりました。腹痛の自覚症状が出てからわずか40日後でした。食欲がなくなり衰弱し、入院してからあっという間でしたと、ご家族は無念の気持ちを強く持たれています。ご本人にとってもご家族にとっても突然の事態であり、あっという間に命まで奪っていくアスベスト問題は本当に不条理なことだらけです。アスベスト問題に対する行政や企業の責任は果てしなく重いことを肝に銘じました。
私は病室でKさんのお顔を一度拝見しただけですので、「労災認定されました」とKさんの墓前にきちんと報告しに行きたいと思っています。ご家族も、今回の労災認定を通じて、家族のために働いてきたKさんの造船所内でのお仕事の大変さ、そしてお仕事の重要さを知ることになりました。ご家族も「お父さん、お仕事大変だったね。ありがとう」と感慨深く思いを寄せられていました。Kさんのお墓の前では「大変なお仕事、お疲れ様でした」と、改めて感謝の気持ちもお伝えしたいと思います。