労災事件ファイル:飲食店の事務職、新型コロナ後遺症で労災認定 事業主は証明拒否 顧客等との近接の機会が多い労働環境下
経理事務として勤務
神奈川県内で複数の飲食店舗を持つ事業所の経理事務として勤務していた青山さん(仮名)が罹患した新型コロナ感染症とその罹患後症状(いわゆる後遺症)が労災認定された。
青山さんは事業所の経理事務所で不特定多数の接客を行う各店舗の従業員と経理上の事務手続きを行っていたが、22年2月に喉の痛みや頭痛を感じ、発熱。病院でPCR検査を受けたところ新型コロナ感染症陽性となった。隔離期間が経過した後も頭痛、不眠、記憶障害などの症状が継続したため、新型コロナ感染症の罹患後症状に詳しい聖マリアンナ医科大学病院を受診し「コロナ後遺症、ブレインフォグ、頭痛、不眠」と診断された。
また、同院の医療ソーシャルワーカーから当センターを紹介され、こちらで労災請求を支援する運びとなった。
顧客等との近接や接触機会が多い労働環境
青山さんは以下の通り、新型コロナ感染リスクの高い業務内容であった。「不特定多数の人の行き来がある店舗の従業員が、毎日12~13人位が伝票や前日の営業日報を提出に来ており、その際に確認などでその従業員たちと話し、また提出された書類に触るのでこれらからの感染の可能性が高い」、「店舗の従業員がコロナ感染していた。事務所が入っている同じフロアの人もコロナ感染していた」、「週に1~2回銀行へ行く業務があり、銀行の店舗内での感染の可能性もある」など。一方で一般生活上での感染は認められない。
これは新型コロナ感染症労災認定基準の「医療従事者等以外の労働者であって感染経路が特定されないもの」の「ア 複数(請求人を含む)の感染者が確認された労働環境下での業務」及び「イ 顧客等との近接や接触機会が多い労働環境下での業務」に該当するので、労災認定される可能性は高いと考えた。一方でこれまでの相談経験から、飲食店は風評被害を恐れて従業員の新型コロナ感染を隠したがる傾向にあるので事業主がきちんと証明するか不安であった。
事業主は労災証明を拒否
そして、その不安は的中し、労災用紙に事業主証明を求めたところ証明拒否の回答であった。「同じ職場(経理事務所)内で他に感染者はいない」「各店舗の従業員に対して感染対策を徹底していた、青山さんの発症月に傷病手当金を依頼した者はいない」という理由だった。
しかしこの主張は根拠が薄弱である。「同じ職場(経理事務所)内で他に感染者はいない」というのは、「同じ職場(経理事務所)」とあえて範囲を限定し狭めた回答であり、青山さんが主張している「同じフロア内の人(他の事業所)」や「銀行まわりの業務」については答えていない。また「各店舗の従業員に対して感染対策を徹底していた」は建前であり、従業員が実際に対策を徹底していたかどうか不明だし、現実的には対策をしていても感染する。「青山さんの発症月に傷病手当金を依頼した者はいない」についても、では労災請求の依頼ならあるのか、発症月に依頼がなかっただけではないのか(現に青山さんも発症から7ヶ月後に労災依頼をしている)。
そして、青山さんは泣き寝入りせず、事業主証明がないまま労災請求を行った。労基署の担当者は当初、労災認定に消極的な様子だったが、青山さんの業務実態における感染リスクが高いことを認め、労災と認定した。
また、青山さんは40歳代の働き盛りだが、頭痛や不眠、ブレインフォグなどの症状により今も治療を余儀なくされており、新たな職に就けない状況である。これら新型コロナ罹患後症状についても労基署は労災と認定した。
飲食店のコロナ労災が隠されている
センターが毎年行っている神奈川労働局交渉において、神奈川県下の新型コロナ感染症による死傷病報告書の業種別件数を公表するよう求めてきたが、今年度やっと業種別の件数が公表された。
神奈川労働局によると、22年度の業種別件数は8779件、うち医療保健業(4251件)と社会福祉施設(3880件)で全体の9割以上を占める。上記以外の業種では建設業131件、運送業115件、小売業62件のところ、飲食店はわずか22件である(6頁参照)。
一般的に飲食店は「顧客等との近接や接触の機会が多い労働環境下」という労災認定基準上も感染リスクが高い業務であり、事業所数も多いことを踏まえると、22件という数字はとても少ないと考えられる。これは青山さんのケースの様に、新型コロナ感染が明らかになり客数が減る事を恐れる事業主が労災請求をもみ消してきた結果ではないのか。その意味でも、神奈川労働局の業種別件数の発表は遅きに逸した。
事業主証明が得られないという相談はこれまでも頻繁にあった。コロナ罹患後症状で職場復帰できない患者は相当数いると思われる。青山さんのように事業主が否定的でも、積極的に労災請求を行って欲しい。【鈴木江郎】