労災事件ファイル:『船員保険』アスベスト肺がんで遺族年金の支給決定。請求手続きで判明した船員保険の問題点

ボイラー室や機関室内配管の保温材補修作業

 巨大船に給油するための船舶であるバンカー船および砂利を運ぶガット船の甲板員や機関長、船長として作業に従事していた石巻さん(仮名)の肺がんによる死去はアスベストが原因であるとして、ご遺族に船員保険の遺族年金が認められた。

 石巻さんは1962年2月から1972年2月までと1992年1月から1993年6月まで計11年6ヶ月間、4つの船会社に勤務し、船員保険に加入していた。

 バンカー船とは接岸できない巨大船に燃料を給油するための船であり、洋上のガソリンスタンドと言われている。バンカー船自体は100トンの船舶であり、数名の乗組員が乗船して巨大船への給油作業を行う。

 石巻さんは機関長や甲板員として、ボイラー室や機関室内の配管周りの保温材の補修作業やサビをサンダーで削り取る作業などを行い石綿ばく露していた。作業中は防塵マスクは使用せず、簡易なマスクやタオルで口を覆う程度だった。

 そして1993年6月に船上での船員業務を終えた後は、陸上にて船舶関係の業務を続けたが、石綿ばく露作業ではなかった。

請求から3ヶ月強で遺族年金が支給決定

 石巻さんは1996年に退職した後に肺炎や呼吸不全などに度々苦しむ中、2017年に肺がんを発症され、翌2018年9月に肺がんで死去されてしまう。

 そこでご遺族が中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会のホットライン電話相談に連絡したのであった。

 まず、ご遺族に医療記録のすべての開示請求を行ってもらい、胸部X線や胸部CTの画像を港町診療所の沢田医師に読影してもらう。すると、明らかな珪肺所見と石綿肺所見、石灰化を伴う胸膜肥厚斑が認められた。珪肺所見は若い頃に九州地方の炭鉱やトンネル工事に工夫として従事しており、それが原因だと考えられるが、残念ながら勤務記録がまったく見当たらなかった。

 また、厚生労働省が公表している石綿労災認定等事業場の船員保険の事業場リストには石巻さんの船会社は無かったが、船員時代の配管補修等における石綿ばく露作業は明らかであったので、船員保険に遺族年金の給付請求を行った。そして、請求からわずか3ヶ月強で遺族年金が無事に支給決定された。

請求手続きにおける問題点

 請求から3ヶ月強で支給決定された事はとても良かったが、船員保険の審査過程でいくつか問題点があったので指摘しておく。

 まず、本件の石巻さんの場合、「船員手帳」は処分していたので提出できなかった。船員手帳とは船員の身分証明書であり、船員の履歴などを記載するので、どんな船でどんな職務を行っていたかの証明となる。船員手帳があれば大きな証明となるのだが、退職後、年月が経ってからのアスベスト疾患発症や遺族請求の場合など、船員手帳を処分してしまっているケースも多々ある。

 本件の場合でも最初に船員保険の手続の窓口に問い合わせると、「船員手帳がなければ作業内容の証明が出来ないので、請求できません」と言われる。それは明らかにおかしいので、請求手続きを進めてきたのだが、まずこの窓口の対応で請求自体を諦めてしまった方が大勢いるのではないかと危惧する。

 実際に本件では、船員手帳がなくても、同僚の証明書や年金記録、遺族が本人から聞いていた事、現場の写真などから石綿ばく露作業について申し立て、無事に認められたのである。

 次に、今度は船員を辞めた後に民間の会社で働いていたので、労災保険を適用すべきとして労災保険の決定を先行させろと言う。しかし先にも書いた通り、船員を辞めた後は陸上の業務で石綿ばく露作業ではない。よって労災請求しても不支給決定は明らかであり、時間の無駄なので労災請求はしない旨を伝えるも、らちが明かず、結局は管轄の労基署から船員保険の窓口に説明してもらい、かつ労災請求しない旨の申立書を提出するはめになった。これは請求権の侵害ではないのか。

審査医への認定依頼事項の問題点

 最後に、今回の支給決定にあたり船員保険内部でどんな調査が行われたのかを確認するために、船員保険が作成した調査書類等の情報開示請求を行った。そして情報開示された文書によると、船員保険は本件石巻さんの肺がんにつき、アスベストが原因とする医学的な所見を確認するために、船員保険の医師(審査医)に認定依頼をしている。
 船員保険のアスベスト関連疾患の認定基準は、労災保険の認定基準に準拠している。石巻さんについても、アスベスト肺がんの労災認定基準、①第1型以上の石綿肺所見、②胸膜プラーク所見(+10年以上の石綿ばく露作業)、③広範囲の胸膜プラーク所見などの医学的所見が必要となるが、いずれか一つを満たせばよい。しかし、船員保険が審査医に認定依頼した事項を見ると、①第1型以上の石綿肺所見と③広範囲の胸膜プラーク所見については項目があるが、②胸膜プラーク所見(+10年以上の石綿ばく露作業)については項目がなかった。
 本件石巻さんのケースは①があったので認められたのだが、労災保険におけるアスベスト肺がんで労災認定されるケースは、①や③が無くても②によって認められるケースが非常に多い。だから船員保険の認定依頼事項に②の項目がないという事は、本来は②によって認定されるべきケースが見逃されてしまっているのではないかという疑念につながる。

アスベスト患者と家族の会で、全国健康保険協会と交渉

 そこで、中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会が行う各省庁との交渉において、船員保険を管轄している全国健康保険協会の担当者にも来てもらい、この問題について確認した。

 すると、全国健康保険協会の回答では、審査医への認定依頼事項には②の基準を入れていなかった。しかし審査医は労災認定基準を熟知しているので、②の基準についても当然審査している。過去の不認定事例を調べたが、①や③がなくて②の基準を満たしたケース(見逃されたケース)はない。ただ、今後は誤解無いように、②の基準についても審査医への認定依頼事項に追加したいという回答だった。

 ②によって見逃されたケースは過去に無いという事なので、ひとまずそれを信じるしかない。今回の一連の手続きを振り返ると、船員保険のアスベスト疾患の審査については問題が多々あると判明した。窓口での誤った相談対応で請求自体を諦めてしまった方も知れないので、是非とも患者と家族の会や支援団体に相談してほしい。【鈴木江郎】