パワハラ長時間労働による労災認定

07年11月、神奈県内のサークルKサンクスのアルバイト店員Oさんは、「神経衰弱状態」で「家族以外との会話は避けることが望ましい」(診断書から)状態で働いていたところを親族に救出された。夕方から翌朝までの2人分のシフト勤務で、月160時間をはるかに上回る時間外労働を余儀なくされていたのだ。その後、生活保護を受給しながら治療に専念、現在は授産施設で「働く」まで回復し、09年9月には、「統合失調症」で業務上認定された。個人情報保護法の開示請求により、病気になった経過など詳細が明らかになったので、紹介したい。【川本】
●統合失調症で労災認定
Oさんは当初、「神経衰弱状態」と診断され、病名は明らかでなかった。開示請求でわかったが、二〇〇四年に「うつ病の疑い」と診断され、この間の治療の結果、「統合失調症」とわかり、順調に回復してきた。Oさんが親族と初めて事務所に来た時はほとんど会話ができず、何か尋ねても、うなずくか首を横に振るだけだった。今では普通に会話をし、表情もおだやかで明るくなっている。
「統合失調症」での労災認定は非常に珍しい。少なくとも報道されているものでは皆無だと思う。Oさんのケースは、労災か否かを事実上判断する、神奈川労働局の地方労災医員協議会精神障害専門部会で何度か協議されたが、特に病名が問題となったわけではないようだ。心の病気の労災認定基準でも、統合失調症だからと特別な調査をするわけではない。厚生労働省が病名ごとの認定数を公表しないため知られていないだけで、実は相当数が業務上になっているのかもしれない。一般には「原因不明」とされ、医師や本人も家族も、「私傷病」ととらえがちである。プライバシーの問題があるとはいえ、厚生労働省は、もっと積極的に精神疾患の労災事例について発表してもらいたい。

●サークルKサンクス本部の責任
労災請求の手続きで、監督署に、発症年月日を〇五年一二月にしてくださいと言われた。Oさんの話では、〇七年頃から労働時間が長くなり、店長からのいじめもひどくなったという。医師にかかった記憶もないので、どうしてそんなに遡るのかよくわからなかった。実は、監督署の調査の結果、〇五年一一月に遺書のようなものがあり、自殺企図したことが判明したようだ。さらに〇四年にかかった医師が「うつ病の疑い」と診断していたこともわかった。そこで一一月以前の半年程度の勤務状況が調べられた。
サークルKサンクス本部への上納金が支払えないオーナー店長に強要され、Oさんが強盗にあったという話をでっちあげさせられたのがその四月であり、すぐに警察にばれて、本部の指導があったようだ。五月に店長が交代し、本部から応援の店員が来たしばらくの間だけOさんの残業時間は激減しているが、その前後は月一六〇時間を超えた。これらは本部に残されたレジ打ち記録から明らかになった。つまり、本部は誰がどのぐらい働いているのかを把握し、店長を交代させたり応援の店員を派遣する権限があるのだから、Oさんの労働時間是正もできたはずだ。本部の責任は明らかである。いずれにせよ、改善されない長時間労働に従事したことが統合失調症の原因であるとして、Oさんは業務上認定された。

●店長の恐喝や暴行
Oさんは、店長から平手打ちされたり、その夫である前店長からも暴行を受け歯が折れたこともある。しかし、監督署は、加害者側が否定していること、それ以前から発症していることから、暴行に関する事実認定を避けた。さらに〇七年夏には店長から「月三万円の仕事しかしてない」と難癖をつけられ、本部から振り込まれる賃金三〇万円のうち二七万円を奪われた。恐喝以外の何ものでもない。Oさんはやむなく店のお金を取ったり、ヤミ金に手を出したりした後、親族にSOSの電話をしている。本来であれば刑事告発すべき事件だ。ただ、Oさんは順調に回復し、介護の資格も取得し、社会復帰に向けて着々と歩んでいる。あまり嫌なことを思い出したくないという、本人の意志を尊重したい。
メンタルヘルスが、職場や社会の大きな課題の一つであることは言うまでもない。しかしながら、現実に当事者が声を上げることは難しい上、うまくいった場合ですら、それを宣伝することは稀である。有名人が、「実は私はうつ病でした」と告白するようになったのが、ようやくここ数年のことであろう。一方で、最近の若い人は批判されたことがないので、ちょっと上司から注意されただけで具合が悪くなる、うつ病の診断を出して休むというような専門家の意見もある。こうした決めつけは、問題の隠ぺいになっても、改善にはつながらない。当事者の立場に立った、職場全体での地道なメンタルヘルス対策が大きな課題である。