青函トンネル工事に従事し、じん肺合併症で労災認定

青函トンネル工事でじん肺になったHさんから、「神奈川に移ってきたので(道南じん肺)訴訟の原告団から漏れてしまった。今からじゃ補償は無理ですかね」と相談があったのは〇八年七月のことだった。Hさんのじん肺の健康管理手帳には、「管理3」とあるが、職歴が空欄になっていた。詳しい職歴が記載された手帳を紛失し、再交付してもらったが、青森労働局に記録が残っていなかったため現在の手帳には職歴が掲載されていないと言う。とりあえずHさんには、合併症があれば労災で補償されるので港町診療所を受診するよう勧め、Hさんの職歴探しに着手することにした。

じん肺の合併症で労災申請する際、粉じん職場に指定されている職歴を「じん肺健康診断結果証明書」に記載して提出しなければならない。事業主証明も必要だ。そもそも事業者がわからなければ労災申請すらできない。

じん肺合併症で労災認定

青函トンネル工事の当時の事業主体は旧鉄道建設公団で、現在は独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構北海道新幹線建設局となっている。問い合わせると、Hさんは一九六九年六月三日~一九八三年一月五日に旧鉄道建設公団青函建設局竜飛鉄道建設所の直轄臨時職員として就労していたことがわかった。

竜飛(たっぴ)と言えば、海底よりも深い地下にある青函トンネル内の駅として有名な場所だ。NHK番組「プロジェクトX」の「挑戦者たち 友の死を越えて~青函トンネル二四年の大工事」にも出てきたが、死亡事故が続出する中、岩盤に細かな注入穴を開け、特殊セメントを高圧で流し込み地層を固めて堀り進む工法で大規模な出水事故を乗り切った地点である。工事関係者には、「たっぴ」という地名は特別の響きをもって記憶されているようだ。

Hさんの職種は機械号令補で、TBM(トンネルボーリングマシン)等の岩盤掘削機の分解・補修や整備・組立作業だった。大型スチームでの洗浄作業では粉じんが大量に出る。マスクはあったが、トンネル内は暑くて、着けていられなかったと言う。青函トンネル工事以前に尾太鉱山での作業歴もあるが、その頃にじん肺の症状は全くなかったというから、やはり、掘削機の分解・補修作業の粉じんが、Hさんのじん肺の大きな原因と考えられる。

青森労基署は一一月一〇日付で、「じん肺管理3のロの続発性の気管支炎の合併症」として労災認定した。港町診療所の沢田医師の意見書(結果証明書)で、珪肺に特徴的な粒状影や石灰化があるばかりでなく、「続発的な気管支炎」があることが決め手となったようだ。

トンネル工事が残したもの

北海道新幹線は、青函トンネル内の三線軌条工事が完了し、新青森~新函館まで進み、現在は中断。年末に工事再開の陳情が民主党本部にされたと報道されたが、民主党政権下では再開は難しいだろう。莫大な工費と二七年間もの歳月を費やした青函トンネル工事が何を残したかは、改めて省みられるべきであろう。この難工事で、三四人もの尊い命が犠牲になった。そして、いまなおHさんのようにじん肺で苦しむ被災者が少なからずいるのである。 【西田】