東京都労働委員会が、竹中工務店に、団体交渉応諾の命令:原発下請け労働者の労働条件改善への出発点
川本浩之(原発関連労働者ユニオン副委員長)
25年1月29日、東京都労働員会は、福島第一原発の収束作業の元請け会社「竹中工務店」が、下請け会社の労働者あらかぶさん(ニックネーム)が所属する労働組合「原発労働者関連ユニオン」の団体交渉要求に応じないのは、労働組合法で禁じられた不当労働行為であるとして、同社に団体交渉に応じることを命じた。その経過や意義について解説する。
目次
あらかぶさんが損害賠償裁判に至る経過
福島第一原発の収束作業に従事したあらかぶさんは、九州在住の労働者である。11年3月当時は大手造船所で安定した仕事をしており、事故を起こした原発の仕事に行く必要性は全くなかった。しかし、何度も報道される東北の、そして福島の状況を見るたびに、コンビニでお釣りを募金箱に入れることぐらいしかできないことに忸怩たる思いだったという。そんな時に福島第一原発の事故収束作業の話があり、家族の反対を押し切って、なんとか仲間も確保して、11年11月から福島の原発で働くことになった。竹中工務店が元請けの福島第一原発4号機カバーリング工事に従事したのは12年10月から13年3月末までの間のことである。
13年12月、あらかぶさんは、いわゆる危険手当が下請け会社によって異なることに憤慨して退職を決意する。そのことで一緒に働く仲間同士の信頼感が崩れるのがいやだったからである。地元に戻ったあらかぶさんは、14年1月に、急性骨髄性白血病と診断された。医師の勧めと元請け会社の協力もあって、労災請求したところ、15年10月20日に労災認定された。闘病生活が原因で精神疾患になったが、16年5月、それも労災認定された。
一方、東京電力は、あらかぶさんの労災認定について「当社はコメントする立場にない」とコメント。常識的に考えて、事故を起こして収束作業をしてもらっている労働者が労災職業病になればお見舞いの一言ぐらいあってもよいはず。このままでは労働者は使い捨てになる、原発で働く仲間の労働条件が少しでも良くなればという思いから、あらかぶさんは16年11月、東京電力を相手取る損害賠償裁判を提訴。原発の場合は「原子力損害の賠償に関する法律」(原賠法)により、全て電力会社が賠償することになっている。あらかぶ労災裁判の目的はお金だけでなく、現場の労働条件、環境を良くしたいというものである。
ユニオンが東電に団交要求、中央労働委員会で和解
原賠法では、因果関係さえ認められれば賠償義務が生じることになっている。あくまでも原子力事業者、あらかぶさんの場合で言えば、東京電力が賠償しなければならない。従って、東京電力が労災認定(=法的因果関係がある)に従えば、すぐに解決する。ところが東京電力は、因果関係が科学的に認められたわけではないとして全面的に争ってきた。あらかぶさんは、どのような作業でどのぐらい被ばくして白血病になったのかを立証する必要がある。裁判は長期化を余儀なくされた。
19年7月、あらかぶさんは原発関連労働者ユニオンに加入し東京電力に対して団体交渉を要求した。労働組合法では、使用者は労働者を代表する労働組合と団体交渉に応諾する義務があるとされている。応じないことは不当労働行為として禁止されている。ユニオンは、あらかぶさんをはじめとする被ばく労働者を管理しているのは東京電力であるとして団体交渉を申し入れた。すると東京電力は、「使用者ではなく、あくまでも発注者である」という理由で団交を拒否。ユニオンは東京都労働委員会に救済を申し立てたが、発注者は使用者ではないという判断であった。中央労働委員会に再審査申し立てしたところ、強く和解を勧められた。
23年1月6日、中労委であらかぶさんは、東電の法務担当者も出席する中で、約10分間にわたって意見を述べた。そして東電も以下の通り述べて、事件は和解に至った。「只今、本件申立が行われた理由等に関する当該組合員の意見陳述を拝聴しました。その上で、本日、組合が本件再審査申立を取り下げることにより、事件が終了するに至りました。東京電力福島第一原子力発電所の事故収束作業等に当該組合員がご尽力頂きましたことにつきまして、感謝申し上げます。また、事案を担当された中央労働委員会の委員、事務局のご尽力に感謝するとともに、東京電力福島第一原子力発電所の廃炉作業につき、労働関係法令等を遵守し適切に進めることを表明します」。
ユニオンが竹中工務店に団体交渉を要求:不当労働行為救済命令勝ち取る
ところで東京電力とは裁判所でもやりとりができるが、元請け会社は訴訟の当事者ではないので、裁判所の手続きでやりとりすることはできない。とりわけ、元請け会社の一つである竹中工務店の労務管理は、他社と比べてずさんであった。
ユニオンは22年10月、竹中工務店に対して、放射線管理の実態、危険手当、労災認定の評価などについての団体交渉を要求した。しかし、竹中工務店は、内容に踏み込むことはなく、過去の問題である、雇用主ではない、裁判所手続きでやるべきだ、という3つの理由をあげて団体交渉そのものを拒否した。過去の問題について裁判しながら団体交渉をすることは決して珍しいことではない。
竹中工務店は確かにあらかぶさんの雇用主ではないが、使用者であるから団体交渉に応じる義務がある。最高裁の判例で、「雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて『使用者』に当たる」とされている。竹中工務店のような元請け会社こそが、あらかぶさんの被ばく労働を「現実的にかつ具体的に支配決定することができる地位にある」使用者に当たる。
23年4月7日、ユニオンは、東京都労働委員会に不当労働行為救済を申し立てた。都労委は調査の過程で、竹中工務店が資料を提供するなどして、一定のやりとりをしてはどうかと和解を勧めた。当時ユニオンは、あらかぶさんが裁判で必要な資料や必要なやりとりができればそれでもかまわないと考えたが、竹中工務店は一貫して和解を拒否。
24年2月には、審査(証人尋問)が開かれ、竹中工務店からは現場の事務長が、ユニオン側からは、あらかぶさんと当時の同僚が証言した。事務長は、普段は駅の近くにある事務所で仕事をしており、原発の現場にはほとんど行ったことがないと述べた。一方で、あらかぶさんや同僚は、現場での竹中工務店の責任者らとの関わりについて詳しく説明した。その結果都労委は、「被ばく労働管理などの作業管理について労組法上の使用者と認められる竹中工務店」は団交に応じなければならないとした。
この命令は、下請け労働者が、労働組合に加入すれば、実質上使用者としての役割を果たしている、果たしていた元請企業と団体交渉で解決する道を切り開く、極めて画期的な命令である。少なくとも、原発内の下請け労働者が加入する労働組合が、直接雇用主ではない元請企業との団体交渉権が認められた初めての事例ではないかと考える。
竹中工務店が都労委命令取り消しを求め、裁判提訴
竹中工務店は都労委命令に従うことなく、その取り消しを求める訴訟を東京地裁に提訴した。被告は東京都である。ユニオンは補助参加人申請して訴訟に参加するとともに、一日も早く団体交渉を行うように竹中工務店に求め続ける。みなさんの注目とご支援をよろしくお願いします。