「メンタル労災・ハラスメントほっとライン」実施報告 (矢野雅世/ひょうご労働安全衛星センター)
はじめに
近年、職場での人間関係によるストレスや暴言、長時間労働に起因する精神的被害が急増しています。精神障害の労災補償状況(令和6年度)では、請求件数3780件、支給決定件数1055件と過去最多です。こうした状況を踏まえ、全国労働安全衛生センター連絡会議は、世界メンタルヘルスデー(10月10日)に合わせて「メンタル労災・ハラスメントほっとライン」を実施しました。本報告では、相談内容を共有し、ハラスメント相談対応について考えます。
実施の概要
・実施日/25年10月11日(金)・12日(土)
・主催/全国労働安全衛生センター連絡会議
・協力/コミュニティ・ユニオン全国ネットワーク
・設置場所/全国13ヶ所(札幌、東京、山梨、神奈川、
名古屋、三重、京都、大阪、兵庫、岡山、広島、徳島、福岡)
・相談件数/全国計 54件
相談者の属性と分布
・性別/男性28件(52%)、女性26件(48%)
・年齢層/40代13件、50代14件、60代7件、10〜20代3件、30代4件、非回答13件
・雇用形態/正規25件、非正規15件、その他5件、
非回答9件
・業種/医療・福祉13件、製造業6件、事務職4件、
運輸業4件、公務・金融各2件、その他(林業、飲食、教育など)複数
・性別差はほとんどなく、誰もが被害を受ける状況。
・年齢は、働き盛りからベテラン層(40〜60代)が中心。→ 長年勤続してきた職場で孤立・圧力を受けるケースも。
・非正規労働者の相談も多く、「契約更新を考えると何も言えない」という声がありました。
・医療・福祉分野の相談が最多。令和6年度の業務災害に係る精神障害の請求件数の多い業種においても医療・福祉分野が最多。生命や健康を預かる職場である医療・福祉分野において、厳しい指導が「業務上の必要な指導」と判断される可能性が高いと考えられます。
行為の類型と特徴 (複数回答あり)
・精神的な攻撃(怒鳴りつけ、人格否定、暴言、過度な叱責等)34件
・人間関係からの切り離し(無視、隔離、情報を回さない、排除等)12件
・身体的な攻撃(殴る、物を投げる等)4件
・過大な要求(不可能なノルマ、過剰な責任負担)4件
・個の侵害(プライバシー侵害、私生活への干渉等)4件
・過小な要求(仕事を与えない、降格等)3件
これらのうち「精神的攻撃」が全体の6割超を占め、暴力よりも「見えない暴力」が職場で広がっている実態が確認されました。また、行為の類型が複数に重なるケースも多く、複合的ハラスメントが特徴でした。
具体的な相談事例(行為類型別)
① 身体的な攻撃/暴行、暴力的行為
・患者から暴力を受け、急性ストレス症状を発症し休職中。労災申請を行い、病院に安全配慮義務違反があったのではないかと考えている(看護師、40代女性)
・喉を締められる暴力があったが、組合からは喧嘩両成敗と言われた(製造業、60代男性)
・娘が体を触られるなどのセクハラを受けた。上司に相談したが対応されず、相手は「覚えてない」と返答(鉄道会社、女性)
② 精神的な攻撃/暴言、叱責、侮辱など
・商品の検査をしている。不良品が出るたび上司より「納品先に謝罪しに行け」などと長時間叱責される。過呼吸の診断を受け休職中(製造業、女性)
・20代若手社員から「こんなこともできないのか」などと他の社員の前で叱責をうけた。動悸やめまい、睡眠不足が続いている(製造業、50代男性)
・施設長が女性利用者にセクハラ発言を日常的に行う。それを見ていて体調が悪くなった(看護師、40代男性)
・上司からのパワハラが原因で適応障害を発症し休職中。内部監査室に通報したが形式的な調査のみ。その後、行為者が逆恨みしてパワハラが酷くなった(事務職、50代女性)
・非正規の看護助手。看護師資格を持つ正職員の上司から悪口を言われる。会計年度職員だが、時給を下げられ、労働時間も短くするよう言われている(看護助手、30代女性)
・行為者は勤務態度も悪く、私含め他の職員に対する侮辱的発言や無視、いじめもひどく、鬱になり休職した職員も。施設長に指導を要請しても対応してくれない(ケアマネ、50代女性)
③ 人間関係からの切り離し(無視、排除など)
・同部署の先輩社員から些細なことで怒られたり、情報を回してもらえなかったりしている(女性)
・同僚から臭いと言われる。教育係の上司からは仕事をはずされた(製造業、40代男性)
・退職勧奨後、自宅勤務を命じられたり監視カメラや録音機を席の近くに設置され嫌がらせを受けている(建設業、女性)
・新人でミスしたらすごく怒られる。10人程の職場で、自分だけ仲間外れにされる(福祉関係、女性)
・部下にパワハラを行ってしまい、弁護士も入り謝罪し解決済みとの認識。その後、職場の自席だけパーテーションで仕切られ隔離され辛い(事務職・男性60代以上)
④ 過大な要求/過重労働、過剰ノルマ
・部下2人が相次ぎ退職し、3人分の仕事をすることに。人員も補充されず、仕事のミスや手が回らないことをあげて「仕事をやっていない」と言われ、退職勧奨も受けている(医療事務、50代男性)
・月100時間以上の長時間労働があるうえ、後輩から「バカ」「なめとんのか」と言われたり、責められたりしている(製造業、40代男性)
⑤ 過小な要求/仕事を奪う、干す
・仕事がないので掃除すると、周りから「掃除なんかするな。放っておけばいいんだ」と反発される(漁業、30代女性)
・勤続24年。センター長などから呼び出され、長時間業務の叱責を受け、派遣社員同列の研修を命じられた。勤続の長い社員が相次ぎ退職している(オペレーター、50代女性)
⑥ 個の侵害/プライバシー干渉、個人情報漏洩
・上司が職員の悪口や個人情報を広め、被害者がうつ状態で休業。
・10年前から、職場の先輩から、業務に関係ない私的な連絡ラインが昼夜問わずくる。機嫌が悪い時はそれをぶつけるような内容が送られてくる。執着も強く怖い(団体職員、40代男性)
相談結果から見える課題
職場のパワハラを防止するために講ずべき措置
⑴ 相談制度の実効性の不足
相談の多くで共通していたのは「会社に相談しても改善されなかった」という声です。相談窓口は設置されていても、調査が形式的に終わる、または行為者への注意だけで終わり、再発防止に結びついていないケースが見受けられました。相談後の「二次被害」を恐れて声を上げられないという指摘もあり、制度を実際に機能させるための第三者性・透明性の確保が課題です。
パワハラ防止法では、「事実関係を迅速かつ正確に確認すること」「速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと」「事実関係の確認後、行為者に対する措置を適正に行うこと」「再発防止に向けた措置を講ずること(事実確認ができなかった場合も含む)」とされています。相談窓口の設置は義務付けられていますが、相談窓口の第三者性については義務づけられていないのが現状です。
⑵ 早期相談ができない職場環境
ハラスメント相談の内19件が体調不良を訴えており、休職中やすでに退職しているケースも見られました。また、体調不良を訴える方の中には、すでに病院を受診し、うつ症状や適応障害、自律神経失調症、急性ストレス障害など診断されているケースもありました。
相談時点で既にメンタル不調に陥っており、「限界に達してからでないと相談できない」現状が確認されました。これは、職場内に相談しづらい雰囲気がある、加害者が相談対応者になってしまっている、「我慢するように」と促される文化がある、などが背景にあり、早期相談を促す職場風土づくりが求められます。
パワハラ防止法では「相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること」「相談窓口担当者が、相談内容や状況に応じ、適切に対応できるようにすること」とされています。
⑶ 非正規雇用や弱い立場の労働者の脆弱性
非正規職員や契約社員からの相談もあり、勤務時間の一方的な短縮、時給引き下げ、契約更新への圧力など、立場の弱さを利用した不利益扱いが見られました。雇用形態によらず、誰もが安心して相談できる体制が必要です。
パワハラ防止法では、「相談したこと等を理由として、解雇その他不利益取り扱いをされない、旨を定め、労働者に周知・啓発すること(※労働者が事業主に相談したこと等を理由として、事業主が解雇その他の不利益な取り扱いを行うことは、労働施策総合推進法において禁止されています。)」とされています。
⑷ 管理職のハラスメント理解・マネジメント能力の不足
精神的攻撃の相談が最も多かった背景には、管理職の指導スキル不足、叱責と指導の境界が曖昧であることが挙げられました。また、若手がベテランを叱責するなど「逆パワハラ」のような事例も確認されました。管理職教育の見直しと、組織全体のコミュニケーション能力向上が今後の大きな課題です。
パワハラ防止法では、「職場におけるパワハラの内容・パワハラを行ってはならない旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発すること」「行為者について、厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等文書に規定し、労働者に周知・啓発すること」とされています。
⑸ 制度(労災・内部通報)へのアクセスの難しさ
メンタル不調に関する労災申請や内部通報制度は存在しているものの、手続きの複雑さ、会社の協力不足、相談者の心身の負担などが障壁となり、制度を十分に活用できていない実態があります。制度利用のハードルを下げる工夫と支援体制の強化が求められます。
相談を受ける上で私たちが大切にすべきこと
ハラスメント相談の背景には、個人の問題にとどまらず、制度の弱さや職場風土、雇用形態による格差といった構造的な要因があります。こうした職場環境や人間関係の問題を正しく把握することが最も重要です。
ユニオンは、職場で声を上げられない人にとって、唯一と言える安全な相談先です。相談者の多くは不安や孤立感を抱え、限界に近い状態で窓口にたどり着きます。だからこそ、最初の接し方=ファーストコンタクトが、その後の相談の流れを大きく左右します。
相談を受ける私たちは、まず安心して話せる雰囲気をつくることが大切です。相談者の気持ちを否定せず、「つらかったですね」「大変でしたね」といった言葉で感情を丁寧に受け止める姿勢が、信頼関係の土台になります。話が整理されていなくても問題にせず、相談者自身のペースで話せるように耳を傾けることが求められます。助言が必要な場面でも、「こうすべきだ」と押しつけるのではなく、相談者の自己決定を尊重しながら関わっていきます。
相談で語られる内容は、事実と感情が複雑に混ざり合っています。相談者の気持ちを受け止めたうえで、起きた出来事や背景、相談者が置かれた立場を丁寧に整理し、理解しやすい形にまとめていくことが必要です。また、継続的な支援や専門機関連携を行うためにも、内容を適切に記録して残すことが求められます。
秘密保持と安全配慮を徹底し、「ここなら安心して話せる」と感じてもらえる環境を整えることは、相談対応の質を高めるために不可欠です。さらに、必要に応じて医療機関や労災窓口、法律相談などの専門的支援へつなぐことも、ユニオンの重要な役割です。
労働組合として大切なことは、相談者に寄り添いながら、職場環境を害している事実を要求化し、職場環境の改善につなげることではないでしょうか。相談者が求める改善策を一緒に探し、働きやすい職場環境を作り上げることが求められています。そのことが、ユニオンの組織化・拡大につながっていくのではないでしょうか。
