講演・建設工事におけるアスベスト被害とその対策:永倉冬史さん(中皮腫・じん肺・アスベストセンター)

アスベスト(石綿)の基礎知識と健康被害

 アスベストは自然界では原石として採取されますが、非常に細かい繊維状の物質です。この繊維は肉眼では見えにくく、容易に粉じん化(発じん)します。匂いもないため人間が感知することが難しく、避けることが困難です。アスベスト繊維は極めて細く、その直径は花粉(約30µm)の1500分の1程度とされています。そのため花粉を防御する一般的なマスクではアスベスト繊維の吸入を防ぐことはできません。吸入された繊維は肺の奥深くまで入り込み、体外へ排出されにくく、潜伏期間が30年から50年と極めて長いという特徴があります。

 アスベストの吸入は以下のような重篤な疾患を引き起こします。肺がん、中皮腫(胸膜、心膜などを覆う中皮細胞から発生するアスベスト特有の悪性腫瘍)、アスベスト肺、胸膜プラーク(胸膜が硬くなる病変)。アスベストによる年間死亡者数は世界で約22万人と推定されており、大規模な健康被害を引き起こしています。

アスベストばく露とリスク

 アスベストによる疾患には閾値がないとされ、ごく微量の吸入でもリスクが生じる発がん性物質です。リスクは「曝露量」で測られ、「曝露濃度」と「曝露時間」の積で算出されます。濃度が高く、曝露時間が長いほど発症リスクは高まります(量反応関係)。労働環境では、1000人に1人が発症するリスクを基準とすることが多いです。また、濃度単位として、空気1ミリ㍑当りのアスベスト繊維の本数(ファイバー/ミリリットルf/mL)で示されます。


 2019年度の日本国内におけるアスベストによる死亡者数(中皮腫と肺がんの合計)は4398人と、同年の交通事故による死亡者数(3215人)を既に上回っており、この差は今後も広がると予測されています。

建設現場におけるアスベストの飛散

 過去の建設現場の調査では、非常に高濃度のアスベスト粉じんの発生が確認されています。電気丸ノコによる石綿建材の切断は平均214000f/L(214f/mL)。石綿建材を剥がす作業は 4350f/L。屋内での丸ノコによる切断と釘打ち作業は 3500 f/L。大工など建設作業員はこれら高濃度アスベスト粉じんが飛散する環境で作業してきた実態が分かります。


 アスベスト建材を直接扱う作業以外でも、高濃度の飛散が確認されています。アスベスト建材が使用された倉庫での搬入・搬出作業では、何もしない時の約20倍となる61・8f/Lの濃度を観測。倉庫での清掃(掃き掃除)作業では576f/Lと、さらに高濃度を観測。清掃作業など一見して危険性が分かりにくい作業でも高濃度のアスベストを吸入するリスクがありました。


 主なアスベスト含有建材です。かつて使用された建材の中で、アスベスト含有量の約78%を占めていたのは波型スレート、化粧スレート、スレートボードの3種類です。これらは工場の屋根や壁などに多用されました。その他、耐火被覆材としての吹き付け材、床材のPタイル、ケイ酸カルシウム板などが身近な場所で使われていました。

建設アスベスト訴訟と給付金制度

 アスベスト訴訟の経緯です。建設労働者らは、アスベストの危険性を知りながら建材を製造・販売し続けた建材メーカーと、規制を怠ってきた国に対し、損害賠償を求める訴訟を提起しました。始まりは2008年、神奈川訴訟(第1陣)が提訴。国の責任について2021年5月の最高裁判決により国の責任が確定し、国は謝罪しました。


 国の責任確定を受け、建設アスベスト給付金制度が設立されました。また、2023年5月の東京高裁など、多くの判決で建材メーカーの責任も認められています。


 給付金制度は、国が謝罪し、国から給付が行われるものですが、被害額の半分に留まります。残り半分は建材メーカーからの賠償となります。

建設アスベスト給付金の支給条件

 次の条件を満たす方が給付の対象となります。対象期間と作業は、1972年10月1日~1975年9月30日に石綿の吹き付け作業に関する業務を行った方。1975年10月1日~2004年9月30日に屋内作業場での作業(建設、改造、修理、解体など)に関する業務を行った方。


 対象疾患は中皮腫、肺がん、著しい呼吸機能障害を伴うびまん性胸膜肥厚、石綿肺管理2~4、良性石綿胸水など。給付額は病態区分によって550万円~1300万円です。

建設アスベスト給付金の問題点

 給付金制度には以下の問題点があります。対象期間が限定的で、1975年以降も吹き付け作業は行われていたにも関わらず給付対象期間が狭く区切られています。対象作業場が限定で、屋内作業従事者に限られており、屋外作業従事者(屋根工など)は対象外です。


 給付対象外の期間について、2004年10月以降も建材の改修・解体作業は続いていましたが、この期間の被害者は救済対象から漏れています。

アスベスト建材メーカーとの和解

 2025年8月、東京高裁および大阪地裁で建材メーカーとの間で和解が成立し、計約467名の被害者に対し和解金総額約64億6460万円が支払われることとなりました。


 今後もアスベスト問題は、建設業だけでなく社会全体にとって重要な課題であり続けます。私たちは、負の遺産を子供たちに残さないよう、引き続きこの問題に取り組んでまいります。