講演・アスベスト被害と向き合った家族の歩み:影山小百合さん(中皮腫サポートキャラバン隊)

夫の経歴とアスベストとの接点

 私の主人は高校卒業後、地元の建設会社に就職いたしました。10代の頃は解体作業や増改築、新築工事など、多岐にわたる現場に従事していたようです。私とは主人が24歳の時に結婚し、3人の子供を育てながら、大工一筋で家族を支えてくれました。33歳で独立して一人親方となってからは、新築工事を専門としていました。中皮腫の原因となるアスベストを吸い込んだのは、おそらく様々な工事に関わっていた10代の頃ではないかと推測しています。

胸膜中皮腫の発症と診断の衝撃

 自宅を建て直し、25年の住宅ローンを完済したちょうどその月、主人に胸膜中皮腫が発覚しました。主人は57歳でした。一人親方として加入していた建設組合の健康診断で「胸水が溜まっている」と指摘されたことがきっかけでした。職業柄、アスベストによる中皮腫の疑いが早くから持たれ、診断は比較的スムーズに下りました。当時、中皮腫という病気について全く知識がありませんでしたが、医師から「癌よりも質の悪い病気だ」と告げられ、夫婦で呆然としたことを覚えています。

闘病生活と重なる別れ

 私たちは必死に病気について調べ、セカンドオピニオンを求めて日本で最も中皮腫患者を診ている兵庫県の病院を訪ねました。19年3月に胸膜剥離手術を受け、術前術後には抗がん剤治療も行いましたが、1年足らずで再発。再手術しましたが、折悪しく新型コロナウイルスの蔓延と重なり、外出もままならない日々が続きました。20年暮れには肺炎を発症し、酸素吸入が必要な状態となりました。21年は私たち家族にとって非常に過酷な年でした。6月に主人の母、7月に父が相次いで他界。主人も腹水が溜まって衰弱が進み、同年11月、60歳で息を引き取りました。

家族としての思いと教訓

 主人の闘病期間は丸3年でしたが、中皮腫は本当に理不尽な病気だと痛感しています。家族のために懸命に働いてきた結果がこれなのかとアスベストの恐ろしさを呪わずにはいられません。アスベストの影響は、吸い込んでから20年から40年という長い潜伏期間を経て現れます。また、喫煙者は非喫煙者に比べ肺がん発症リスクが50倍にも跳ね上がると言われています。私たち夫婦も以前は喫煙していましたが、病覚後はすぐに断ちました。

NPO法人中皮腫サポートキャラバン隊の活動

 現在、私は患者団体である「中皮腫サポートキャラバン隊」の活動に携わっています。この団体は、以下の3つのミッションを掲げています。
①中皮腫療法の確立/適切な医療情報の提供
②ピアサポートネットワークの構築/毎週水曜日の
 「ZOOMサロン」などを通じた患者・家族の交流
③石綿健康被害救済制度の改善/環境省・厚労省へ
 の制度改正交渉
 中皮腫は、患者本人だけでなく、支える家族にとっても大きな不安と孤独を伴う病気です。人との繋がりや正しい情報、良質な医療、そして安心できる保障。これらが揃うことで救われる思いがしました。

結びに代えて

 主人と最後に行った旅行先が、ここ山梨県の甲府でした。武田信玄の里で、二人で「病気に負けないように頑張ろう」と励まし合った思い出の地です。そのような場所で今日こうしてお話しできることを光栄に感じています。主人は亡くなってしまいましたが、今の自分があるのは主人のおかげだと日々感謝しています。同じ思いを抱える方々が少しでも安心できるよう、これからも活動を続けてまいります。