派遣先のプレス工場で左手負傷したAさん CRPSに伴う精神疾患で労災認定

派遣先のプレス工場で左手負傷したAさん
CRPSに伴う精神疾患で労災認定

Aさんは派遣先の工場で労災事故にあい、その事故が原因で複合性局所疼痛症候群(CRPS)を発症。そして激痛を伴うCRPSが長期間続くことによってうつ病を発症した。その後、CRPSの療養中に薬物を大量服用して急性薬物中毒で死亡した。ご遺族は、Aさんの死亡は工場における労災事故がそもそもの原因であるとして労災遺族補償を請求。このたび労災認定された。なお、派遣先の工場は神奈川県内にあるが、Aさんの派遣元会社を管轄する三田労働基準監督署が決定した【鈴木江郎】。

■プレス機で左手を負傷

Aさんは30歳代男性で(死亡時は40歳代)、11年12月に派遣会社であるN社に入社後すぐにT社に派遣され、T社工場において自動車部品のプレス作業に従事。12年5月にプレス作業中に左手を負傷した。負傷の原因は、他の従業員が1000㌧のプレス機を操作中、プレス機のスライドの下死点を、本来とるべき高さより40㎝低く設定してしまい、プレスの下降によって圧迫された部品が破裂。破裂した部品が近くで作業をしていたAさんの左手を強打し、左母指・示指多発骨折(左示指中手骨解放骨折、左母指基節骨骨折・解放骨折)してしまう。即日入院し療養開始、同年8月に「左陳旧性長母指伸筋腱断裂」、「左母指基節骨偽関節」の手術をした。
なお、この左手の負傷は明らかな業務上災害なので労災認定された。

■CRPSを発症

手術は無事に終了するも同年11月より、骨折部周囲の痛みを訴え、CRPS、末梢神経障害性疼痛等と診断される。
ところで、CRPS(complex regional pain syndrome)とは、骨折などの外傷や神経損傷の後に疼痛が遷延する症候群の統一呼称である。従来RSDと呼ばれていた神経損傷がなく疼痛と自律神経症状様の症状を示す患者を「タイプ1」、カウザルギーと呼ばれていた明らかな神経損傷を認める患者を「タイプ2」と分類している。CRPSの症状は多様であり、患者によって痛覚過敏、皮膚色変化、発汗異常、皮膚温異常、浮腫、爪の異常、関節炎、骨萎縮、筋萎縮、不随意運動、尿道括約筋異常などの症状が認められる。CRPSの治療としては、機能障害に対するリハビリテーション、精神心理学的な治療、疼痛に対する治療などが行われている(『複合性局所疼痛症候群CRPS』(真興交易㈱医書出版部・眞下節、柴田政彦編)より。左図も同じ)。

■風にあたっても激痛

Aさんには、「左腕のしびれるような痛み、温度変化による痛み、服などにこすれると痛みが走る。熱湯をかけられたような痛み、やけどのような痛み。風があたるとチクチク痛む。痛みが強くて関節が曲げられない」「もともと寒がりだったが、真冬に薄着してなお暑いと言っていた」「日差しに当たると痛いと言って、暑くても長袖を着ていた」「日中はカーテン、ドアを閉め切る」「痛みで寝れず、苦しんでいる姿を子供に見られたくないので、夜中は頻繁に近くの公園で夜を過ごしていた」などのつらい症状が出ており、また、負傷していない右手にも強い痛みが発現していた。
CRPSの症状である、風が当たっても痛いほどの激痛、皮膚温異常、発汗異常などが表れているし、負傷部位以外の右手にまで痛みの症状が出ている。主治医からは「CRPSかも知れない。痛みが広がったら左手首や左腕を切断しないと治らない」と言われた。現在の激痛に加えて、それが将来どうなるか分からない(他の部位にも痛みが出る)Aさんの不安と恐怖はいかばかりであっただろうか。

■精神疾患を発症

Aさんは、右記のような激しい痛みの継続、またCRPS治療としての神経ブロック療法や脊髄刺激術の効果も乏しく、長期間療養するも痛みは改善せず、社会復帰が絶望的な状況において、遅くても15年4月頃に「うつ病エピソード」を発症してしまう。一般的に、CRPSと精神疾患の関連性は指摘されており、先に引用した「複合性局所疼痛症候群CRPS」においても次のように記載されている。

CRPS患者においてはストレスや不安、怒り、抑うつなどの情動の変化を含む心理学的要因は全身のカテコラミン活性の上昇とも関係しており、痛みはこれらの不安や抑うつを増悪し、さらにこれらの情動の変化は痛みを増悪させて悪循環になる(57~60頁)

抗うつ薬はCRPS群で51%にコントロール群で29%に投与されており(略)、三環系抗うつ薬がほとんどの症例で使用されていた。
慢性に経過し、長期的に経過をみる必要があるCRPS患者にはとくに精神医学的アプローチも必要である(152~157頁)

CRPS患者の抑鬱状態、不安、怒り感情が疼痛と疼痛に随伴する問題行動(疼痛顕示行動)に関連していることから、リハビリや疼痛に対する治療に並行して「心理面に対する治療」も同時に行うことが推奨されている(217~221頁)。

■まだまだ埋もれているCRPS患者

三田労基署が労災認定した理由を見てみると、具体的出来事として「重度の病気やケガをした」に該当し、「3年以上にわたる療養経過において、度重なる手術等によっても疼痛は改善されず症状固定に至っていない状態であり、業務上の傷病により6ヶ月を超えて療養し、当該傷病により社会復帰が困難な状況であったことから、心理的負荷の強度を「強」と判断し」労災認定した(「精神障害の業務起因性判断のための調査復命書」より)。
三田署の業務上決定はご遺族の納得のいく、まっとうな決定であり、私たちもほっと胸をなでおろした。
しかし、CRPSについては、Aさんの死亡後に負傷との因果関係を認めて業務上としたが、三田労基署は「療養状況報告書」等でAさんのCRPS発症を把握していながら、療養中に請求を促すなどして業務上決定することはしなかった。生存時にCRPSを労災として認めていれば、Aさんの将来における生活不安をいくらかでも軽減していた事を考えると、とても悔やまれる。
CRPSはあまり聞き慣れない疾病であるが、先が見えない痛みの持続やその心理的負荷は大きく、いまだ多くの患者が補償されずに埋もれていることを考えると、その対策は急がねばならない。