「派遣型」運転手の過労死、逆転労災認定!
「派遣型」運転手の過労死、逆転労災認定!
労働基準監督署が、時間外労働月160時間を50時間とみなす!
ご遺族に対し、「審査請求をしても無駄」と言った労基署担当者!
ハイヤー・タクシー運転手の長時間労働をなくす規制の強化を!
役員車等の運行管理請負などを行う東京都にあるS社の従業員で、神奈川県内のF社に役員付運転手として「派遣」されていた男性が、「心筋梗塞」で死亡したのは過労が原因だとしてご遺族が労災請求していた件で、東京労働局労災保険審査官は、17年3月28日付で、新宿労働基準監督署の不支給処分を取り消した。新宿労働基準監督署は、S社が賃金を支払っていた労働時間のうち待機時間をほぼ休憩時間とみなし、発症前の時間外労働を月50時間前後と決めつけて、業務外とした。東京労働局労災保険審査官は「車両運行管理報告書」の通りに労働しており、発症前の時間外労働をほぼ3倍の月150~160時間として、過労死と認めたのである。
本来、長時間労働を取り締まるべき監督署が、賃金を支払っている労働時間すら認めようとしなかった責任は重大である。また、不支給決定の理由を尋ねにいったご遺族に対し、担当者は、審査請求をしても無駄だと諦めさせようとし、上司である労災第一課長や副署長が出席した審査請求手続きにおける口頭意見陳述の場でも、あくまでも待機時間を労働時間から除外すべきだとしたことなど、監督署の姿勢には、非常に問題が多い。
長時間労働の規制を含んだ「働き方改革実行計画」において、自動車運転手については、その不十分な規制すら猶予案が示されている。会社役員や一般消費者を乗車させていることからも、むしろ真っ先に規制を強化すべきハイヤーやタクシー運転手の労働時間について、会社すら認めているものすら労働時間と認めない監督署の姿勢は、国が本気で働き方改革を進めようとしてないことを示す象徴的な事実である。【川本】
■発症の経過
Aさんは、大手タクシー会社のハイヤー運転手として定年を迎えた後、13年にS社に採用され、同社と請負契約しているF社の役員付運転手として勤務した。Aさんは、自宅の近くにある駐車場からS社の車に乗ってF社の社長宅に迎えに行く。昼間は社長らの運転手として就労し、終業時刻後も役員らの会食のための移動を担い、結果として帰宅は深夜になることがほとんどであった。休日もゴルフ場への送迎を行うことが多かった。上記の通り、時間外労働は月160時間前後に及んだ。
15年10月10日午前5時頃、Aさんはいつものように社長宅に迎えに行った。6時30分に社長が自宅前で動かない秀臣さんを発見し、病院に搬送されたが、8時30分に死亡が確認された。死因は心筋梗塞であった。
■労災不支給の経過
娘さんは、父の過労死を確信して労災請求の準備を進めた。神奈川労災職業病センターにも相談した。センターは、月150時間もの残業をしているのであれば間違いなく労災になるでしょうと、今から思えばアドバイスにならないアドバイスをした。娘さんは、労働実態や労働時間の詳細な記録を意見書にまとめ、管轄の新宿労働基準監督署に提出した。ところが16年6月末に不支給決定の連絡をうけた。
不支給の理由は単純である。Aさんの拘束時間は1ヶ月平均334時間に及ぶが、うち待機時間(遺族には「手待ち時間」と説明)は113時間であり、実働は198時間に過ぎないという。待機時間のうち何時間かは労働時間に算入したが結局、月の時間外労働は50時間程度というのが監督署の評価であった。そして、監督署の担当者は審査請求をしても難しいとご遺族に述べるなどしている。
審査請求で主張したこと
ご遺族とセンターは、請負契約という法的側面からも拘束時間をそのまま労働時間と認めるべきだと主張。また、待機時間が労働時間であるという具体的な事実関係について、Aと妻のライン記録などを提出し、夕方になっても夜の予定がわからない実態や会食の次の予定が突然入るなどいつでも運転せざるを得ない、かつ予定がはっきりしない現実を示した。そもそも監督署はこのような調査すらしていなかった。
審査請求手続きで導入された監督署への質問の場も大いに活用した。口頭意見陳述の際に監督署に質問したところ、労災第一課長は、自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準)を軽視し、脳・心臓疾患の労災認定実務要領(実務要領)を独自の解釈で運用していることがわかった。具体的に言えば、改善基準では、拘束時間を「労働時間」と「休憩時間」に分け、労働時間を「作業時間」(運転・整備等)と「手待ち時間」(客待ち等)に分けている。つまり、手待ち時間は労働時間に含まれる。ところが監督署は、「手待ち時間」は過重性の評価にならない時間、すなわち休憩だと決めつけている。
確かに労働時間等を取り締まる監督官と労災保険給付担当者は部署や役割が異なるが、労働時間に対する法的解釈や表現がかけ離れたまま署長が決定するのは許しがたい。
■本件の問題と課題
①監督署のあり方を変える
月160時間を超える時間外労働を3分の1にしてしまった監督署の認識は許しがたい。確かに職員不足だろうが、そんな間違いを犯す職員が増えても百害あって一利なし。ましてや民間委託などもってのほかだ。労災保険給付部署の者も監督官と同じように徹底した研修を実施し、監督官と連携して法律や通達を学び運用してもらいたい。 それにしても、審査請求をしても無駄だと言われたという話は何人もの相談者から聞いたことがある。ちなみに、弁護士や当センター職員が支援していることがわかっている場合は絶対言わない。
②真の労働時間規制を
新宿労働基準監督署は、運転手は待機時間が長くて大した仕事ではないと考えていたようだ。実際、調査の過程で調査担当者から「医師などとは違う」と言われたという。医師であれ、建設労働者であれ、自動車運転手であれ、労働時間規制は必要である。S社も賃金さえ払って入ればよいだろうという態度で、労働時間を短縮しようという姿勢は全くなかった。請負と言いつつ実際は車付きで運転手を派遣しているだけで、顧客であるF社の指示通り働かせていたのだから労働規制をすることは不可能に近いだろう。そうした意味でも、職種や雇用形態にかかわらず一律の客観的な労働時間管理と規制が求められる。
③会社の責任も重大
実は、監督署のみならずS社も、Aさんが朝、社長宅に行く時間は一般労働者の通勤時間と同じだ、F社での待機時間は休憩と変わらないなどとして必ずしも長時間労働を認めようとしなかった。また、F社の社長は監督署の要請にもかかわらず、義務ではないからと、たった10分の電話聴取すら拒んだようだ。いずれも個人情報開示請求や審査請求をしたことで判明した事実であるが、両社とも全く責任を回避している。Aさんのご遺族は、まずはS社に対して、賠償や再発防止策などについての交渉を求めている。