過重労働によるクモ膜下出血の業務外決定について

過重労働によるクモ膜下出血の業務外決定について
新店舗開業と繁忙期における業務量の激増

長時間労働ならびに労働時間以外の負荷要因が原因でクモ膜下出血が発症したとして労災請求していたが横浜北労働基準監督署により業務外決定された。その後、神奈川労災保険審査官の島野氏により審査請求が棄却され、被災者の労働実態を軽視した不当な決定に対して、現在は労働保険審査会において再審査している。本件は労働時間以外の負荷要因と合わせ特に過重な労働であったと認めるべきだが、労働時間偏重の調査・決定に留まってしまった。簡単に経過をまとめて報告する。【鈴木江郎】

■勤務状況について

被災者は私立大学の学食レストランでパートとして接客や調理補助業務をしていた65歳の女性で、93年5月に雇われ、基本的には週4日、週30~40時間程度の労働時間であった。しかしながら13年10月に同大学内で新店舗が開設されたことを機に労働状況は一変した。まず、週6日勤務になり、夜間勤務も増えた。休日は極端に減り、最長21日連続勤務するなど異常な勤務形態が続いた。新店舗は学生だけでなく近隣住民も利用でき、桜並木の名所だったこともあり、14年3月から4月は歓送迎会や新入生や近隣住民の花見客でごった返す異様な混雑状況があった。そのような過酷な労働環境のもと、被災者はついに14年4月14日朝、自宅でクモ膜下出血を発症。その後ほとんど意識が戻ることなく残念ながら15年9月27日に死去された。

■労働時間について

当センターには発症後に相談があり、被災者の夫と娘と一緒に労災請求手続きを進めてきた。事業所は労災請求の証明に応じたが、被災者本人の申立は困難なため、被災者と一緒に働いてきた新店舗の店長の協力を得て当時の過酷な労働状況について申し立てた。労働時間については、被災者が発症直前まで手帳に手書きで記録していた時間を申し立てた。労基署はこの本人の手書き記録の労働時間を認めたが、休憩時間として1日あたり30分を控除された。それでも発症前1ヶ月の時間外労働(残業時間)は67時間43分に及んだ。これは脳・心臓疾患の労災認定基準の「長期間の過重業務」の基準を満たすものではないが、後述するように、パート労働者にとって時間外労働の計算方法が不利に働いた。

■パート労働者の認定基準上の不利益について

脳・心臓疾患や精神疾患の労災認定基準における時間外労働については週40時間を基準とし、これを超える時間を計算する。これは正規労働者を基準とした考え方が根底にあり、パート労働者の場合は時間外労働の計算が不利に働く。
例えば、月曜14時間(9時~24時)、火曜3時間(9時~12時)、水曜14時間(同)、木曜3時間(同)、金曜14時間(同)、土曜3時間(同)働いた場合、計51時間となる。よって、1週間の時間外労働は51引く40で11時間であり、これを4週間続けても44時間。つまり、9時~24時の労働日が4週間のうち12日間もあったとしても時間外労働は44時間であり、「発症前1~6ヶ月平均で月45時間以内の時間外労働は発症との関連性は弱い」(脳・心臓疾患の労災認定基準)とされてしまうのである。一方で、時間外労働した日にちに限って計算すれば、14時間引く8時間×3日×4週間=72時間の時間外労働時間となる。
今回のケースも同様で、1日8時間に満たない労働日が週40時間の計算上マイナス処理された。実際には通勤時間もあるし、1日8時間に満たない労働日があってもそれで十分な休息が取れたとは言えず、長時間労働の積み重ねによる著しい疲労の蓄積が生じていた。

■業務の過重について

被災者には労働時間以外の負荷要因も大きかった。まず、新店舗開業に伴い多種多様な業務があった。被災者は責任感が強く、勤続20年以上のベテランパート。新入社員が新店舗の店長に就き、他の従業員はコックを除きすべて未経験のパート従業員であったため、自然と被災者に仕事が集中した。例えば、調理器具等の確認と不足物の調達、テーブルや椅子など調度品の配置やその変更、客の動線の不備と混乱による行列の交通整理など、通常業務をはるかに超える業務の連続であった。
店長が労基署に提出した申立書には、「最初はとにかく現場は大混乱状態で、何をどうすればよいのか、何が最善策なのかわからない状況のまま、ただ目の前の事をこなすのに精一杯でした。このような中で一番よく働いていたのが被災者でした。現場を走り回って、次々に起こるトラブルに臨機応変に対応し、パート従業員のフォローなどもしていました」とある。
加えて、新店舗開業後は連続勤務が多発し、休日は極端に減った。10日間以上の連続勤務は表2の通り。最長21日間の連続勤務など異常な勤務形態が発症前6ヶ月間続き、著しい疲労の蓄積をもたらしたと言える。
更に、被災者に追い打ちをかけたのが発症1ヶ月前の3月中旬からの店舗の異常なまでの混雑状況であった。この時期は大学関係者はもとより近隣自治会等の団体の送別会や歓迎会が頻発する。同店舗は大学内の桜並木が鑑賞できる名所であり、近隣地域からも花見客が押し寄せる。更に新入生は店舗の勝手が分からないため説明と整理の対応業務が加わる。これは開店以来経験したことない状況で、混雑が制御できない状態であり、異常なストレスと精神的負荷の強い労働密度の高い過重業務であったと言える。3月中旬以降の売り上げは以前の倍近くにのぼっていた。この間の異常な混雑状況は売上高によっても裏付けられていた。

■動脈瘤について

しかしながら横浜北労基署は不支給決定し、島野審査官もそれを追随した。不支給の理由は、時間外労働時間が認定基準を満たしていない、新店舗開業や3~4月の異常な繁忙期などの労働時間以外の負荷要因も「日常的に行っていた業務」であるとした。また被災者には前交通動脈に4ミリの動脈瘤があり、破裂リスクは5年間で2・1%(1年間で0・4%)であり、自然に破裂したとする推定は間違いで、長時間労働を含めた過重労働が原因であるという主張をしたが、「被災者のクモ膜下出血は以前から存在した前交通動脈瘤が自然経過の中で破裂したと考えるのが妥当(神奈川地方労災医員の山本氏)」とされた。
これまで書いてきたとおり、新店舗開業や3~4月の繁忙期の業務の過重性は明らかで、これを「日常的に行っていた業務」とは到底いえないが、労基署と審査官は基本的に時間外労働時間が認定基準に満たない事にとらわれ、労働時間以外の負荷要因が特に過重であるとは認めなかった。
現在は、この不当な決定に対して労働保険審査会にて審査中である。審査会は単に時間外労働時間だけで判断せずに被災者の過酷な労働実態を直視した正しい決定をしてもらいたい。