被ばく労働交渉 緊急作業時の被ばく線量引き上げ問題について

11年3月の福島第一原発事故を受け、その収束作業や除染作業にあたる労働者の放射線被ばくその他の労働安全衛生の問題について、厚生労働省その他の省庁と交渉してきた。
11年5月2日に第1回を行い、12年10月11日までに計7回行った。主催は、全国労働安全衛生センター、原子力資料情報室、ヒバク反対キャンペーン、原水爆禁止日本国民会議、アジア太平洋資料センター、福島原発事故緊急会議など。
交渉内容は多岐にわたり、緊急時の被ばく上限の引き上げ、現場で労働法違反が多発していること、放射線管理手帳制度の問題、原子力損害賠償法、除染作業等について、交渉してきた。
本誌で、どのような紹介の仕方が良いか迷ったが、交渉での発言内容を追っていく形にした。厚労省担当者の発言において、起きてはならなかったこの大災害を受け、厚労省側も混乱しながらの手探り状態だったことが良く分かる。
今回は、「電離放射線障害防止規則」の緊急時の被ばく線量の上限を250ミリシーベルトに引き上げた問題について取り上げる。【鈴木江郎】

緊急作業時の被ばく線量を250ミリシーベルトに引き上げた根拠や経緯について明らかにせよ

11年3月の福島第一原発事故を受け、急きょ政府は、緊急作業(放射線による労働者の健康障害を防止するための応急の作業)に従事する労働者の放射線被ばくの限度を100ミリSvから250ミリSvへ引き上げた。これは人事院総裁、厚生労働大臣、経済産業大臣からの諮問を受け、「放射線審議会」が妥当としたので引き上げを決めている。

私たちはこの引き上げ措置に関して、厚生労働省に対し、11年5月2日付で次のように要請した。

3月14日に電離放射線障害防止規則における緊急作業時の被ばく線量を100ミリSvから250ミリSvに引き上げた根拠や経過について明らかにすること(具体的には政府から要請を受けた経過、放射線審議会に答申するまでの厚生労働省内部の議論、同審議会内部での審議過程など一切の情報も入手して開示すること)。

交渉で、厚生労働省の安全衛生部労働衛生課の片野係長の回答は、以下の通りだった(要旨抜粋)。

「電離則法文上では、通常の作業で受ける線量と緊急作業で受ける線量は別々にカウントされている。通常作業、緊急作業の両方を通算した被ばく線量の低減化を指導している。(250ミリSvに引き上げた)措置は東電福一の事故の収束のために何が必要かという観点から取られている」

「(250ミリSv引き上げは)大臣折衝のなかで措置された取扱いである。今後、緊急作業で50ミリSvを超える方が約1600人いると試算されている。これらの方が今後一切業務に就けなくなると他の原発技術者がいなくなる。そうすると安全性の確保が全体として困難になるということから緩和した」

また、経済産業省の企画調整課の西田課長補佐は、「国際的に緊急時の被ばくと平常時の被ばくは必ずしも合算した考え方ではない」と、回答した。

これらの回答を受け、この「250ミリSv引き上げ問題」についての私たちと担当官との交渉内容を質問ごとに見ていく。

-250ミリSvの引き上げは重大なことだという認識はあったのか。

厚労省 これはえらいことだと思った。官邸からの要請のなかで丁々発止があったのも事実。私としては自分のクビがかかるぐらいの話しだという認識はあった。

-今後の緊急作業で、50ミリSvを超える方が約1600人いるという。どのような経緯でそのような提起があったのか。

-1600人の根拠となる東電のデータと議論の過程を情報開示すべき。文書があるはずだ。

経産省 東電から経産省に提起があり、経産省から厚労省に提起した。4月の事。情報開示については確認して対応する。

-引き上げの根拠についてきちんとした検証が無いと、なし崩し的に300ミリSv、400ミリSvと引き上げられてしまう。場当たり的だ。議論の経過を示すべきだ。

厚労省 正直、250ミリSvへの引き上げは私個人としては反対。労働者保護の観点から決してあってはならない。引き上げたのは3月14日で1号機に続いて3号機も爆発した映像が流れた。何かしなければならない事態であり、その為には、ある一定の犠牲も厭わない。その意味で250ミリSvに引き上げた。本当の意味での緊急作業だからだ。これは最小限でなければならない。拡大解釈されることは反対だ。一担当官として全身全霊をかけて反対したい。この考えは厚労省の中での通底した労働者保護の考え方。

-いたずらに被ばく限度の上限を上げるのではなく、日本の原発を全部停止し、専門技能者を福島に集めて一人当りの被ばくを低くする事が必要だ。原発の定期検査では3千人規模の人が集まる。定期検査を中断すれば人員が確保できるはず。

厚労省 ご指摘の通り、他の原発、浜岡原発の停止や高速増殖炉もんじゅも停止したままで、要員を運べないかと申し入れを行っている。
経産省 福島原発以外の発電所を止めたとしても必要な人員がいる。安全規制当局がそこまでの判断はできない。定期検査を勧めるかどうかの判断は電気事業者だ。

-被ばく線量限度を上げてリスクを個人に集中させるやり方は改めるべき。内部被ばくの管理についても後手後手の対応だ。 経産省は常に東電の言うことを聞いてきた。人員確保について、全国の原発を止めてでも人員を回すことを決めなければならないのは経産省・保安院の責任ではないのか。

経産省 頂いた意見は持ち帰らせてほしい。

私たちは、被ばく限度の上限を上げ被ばくを個人に集中させるのではなく、他の原発を止めて事故収束作業に人員を集めるべき、そして250ミリSvに引き上げた根拠をただしてきた。厚生労働省の担当者も、経産省や官邸からの要請もあり、苦渋の選択だった事がうかがえる。

緊急時被ばく限度250ミリシーベルトの特例措置を廃止するにあたり検討過程の詳細を明らかにすること

その後、緊急時の被ばく限度250ミリSvの引き上げ措置を廃止することになり、「11年8月30日の厚生労働大臣の記者会見で、特例で認めている被ばく線量の限度250ミリSvを下げる検討をする、という趣旨の発言があった。そこで、11年10月7日付で「現在の検討過程の詳細を明らかにすること」という要請を行った。以下は交渉でのやりとり。

厚労省 いつ引き下げるのかという話は、厚労省だけではなく、経産省の保安院や原発担当大臣との話もある。事務方を飛び越えて完全に政務レベルでの懸案になっている。厚労省としては、作業員の方々の健康確保という観点から、できる限り早く引き下げを実施するのが望ましいと考える。

-東電が収束作業に従事している作業員数と被ばく量に関して発表しているが、内容をみると不整合な部分がある。11年3月以降、延べ何人が従事していて、その一人一人が累積何ミリSvの被ばくをしているのか資料がないと、私たちは労働者の権利や健康の問題を考えることはできない。政府もしかりだろう。
東電の発表内容に関し、具体的に何月の在籍は何人でそのうち新規入所者は何人である。そして延べ何人が従事していて、それぞれの累積被ばく量がいくらかという形での指導を求める。

厚労省 東京電力の発表資料は確かに分かりづらい。各月に新しく従事した人のその月の被ばく量が分かれば、現在の作業でどのくらい被ばくするのかが分かってくるので、それも引き下げの判断材料の一つになる。私たちも東電に対して正確な数字を分かりやすく出せと言ってきた。具体的な数字が無ければ電離則の目的も達成できないので、しっかりやっていきたい。

-福島第一での収束作業では2つのメーカー、東芝、日立で全国から3300名の熟練技術者を動員している。メーカーによれば100ミリSvを超えるのが約320人、50ミリSvを超えるのが1600人ということを根拠に、経産省は対処方針を出している。そのメーカー側の根拠となるデータを情報開示すべきだ。

原子力安全保安院 いま一度、公開できるかどうか、先方の話しもあるので調整させて欲しい。

-電力会社側のプランを政府が丸のみするのではなく、政府がチェック・精査を行ったはずなので政府としての認識と資料は出すべき。
上限250ミリSvの根拠をめぐる非常に重要な問題。仮にプラントメーカーが民間企業として公表を控えて欲しいと言ったとしても、政府としての資料を出してほしい。

-労働者の立場から言えば、被ばく線量の見積もりをきちんと立てるという議論の基礎が無ければ、線量を上げたり下げたりできないというのが基本的な問題意識。被ばく線量の見積もり方が位置付けられていないのならば改善すべき。そういう基礎的な数字の土台に基づいて労働者の被ばく対策を考えるべき。将来の見通しを含めて全体の数字を出させて議論すべき。

厚労省 厚労省としては明日にでも下げたい。その一点に尽きる。数字が無いので現存の被ばく線量をベースに考えると、記憶によれば11年8月の新規入場者の平均が1・8ミリSvと聞いている。この値ならもう下げられるのではというのが私たちのスタンスだが、色々な所に抵抗されている。それに抗する根拠が欲しい。

-繰り返しになるが、250ミリSvへの引き上げ後、経産省は対処方針を決め、それが東芝や日立の労働者の被ばく線量の見積もりに基づいている。それをちゃんと出すべき。回答になっていない。

労働者の健康と安全、権利を守る厚生労働省よ!もっと頑張れ!

その後、私たちは情報公開請求を行い、250ミリSvに上限を引き上げた経緯の文書を取り寄せた。
その文書によると、東電や日立、東芝などの原発事業者が、原子力安全保安院等と緊密に交渉を重ね、今回の緊急事態に対応するためには被ばく上限を上げないと収束が困難であること、また、福島原発の収束作業で浴びた被ばく線量は別枠として計算して欲しい。つまり、同じ労働者を他の原発でも電離則の従来の規定(年50ミリSvかつ5年で100ミリSv)で働かせて欲しいという申し入れをしている。この被ばく線量の別枠問題は別途、交渉で取り上げたので改めて紹介する。

これら原発事故当初の動きをみると、労働者の安全や健康と権利を守るべき厚生労働省が、「緊急事態」という掛け声でもって、東電などの原発事業者の思惑を優先する経産省や官邸の力に引きずられてきたこと。東電や原子力安全保安院が出してくるデータの信頼性が損なわれているにもかかわらず、厚労省側の調査能力が足りないので抵抗できなかったことなどの問題点が浮かび上がってきた。もっと頑張れ!厚生労働省!!