被ばく労働の講演会と労働相談会を実施

昨年11月25日、福島県いわき市にて「被ばく労働を考えるネットワーク」主催による講演会&相談会を開催した。「被ばく労働を考えるネットワーク」とは、神奈川労災職業病センター他の全国労働安全衛生センター関係の団体、よこはまシティユニオンなどの労働組合、医師や弁護士、原子力資料情報室などの市民団体で構成し、被ばく労働問題に総合的に取り組んでいくネットワーク。準備会を経て、同じく昨年の11月9日に設立された。

今回の講演会&相談会は、福島第一原発事故の収束作業と除染作業において、除染作業の危険手当のピンハネ問題などの多重請負問題や不安定な雇用などの労働相談の観点から、そして線量計の鉛カバー問題などの放射線防護の安全衛生の観点から、現場で働く労働者に向けて開催した。全体で160人の参加で「被ばく労働」への関心の高さが感じられた。
労働相談には、現場で働く5名の作業員の方々が相談にいらした。除染作業における危険手当のピンハネ問題や健康診断や作業前の特別講習の未実施についての相談だった。今回のいわき市内での開催のように、作業現場に近い所で実施することで、現場の労働者の声に触れる事の出来た大きい意味のある「相談会」だった。

講演会は、阪南中央病院の村田三郎医師を講師として行った。村田医師は、広島・長崎の原爆被爆者の健康診断や診療、実態調査のほか、福島原発の下請労働者の実態調査など、労働者や住民の被ばく問題に長年関わってこられ、今回の原発事故以前から低線量被ばくによる放射線障害や内部被ばくの危険性を訴えてこられた。

村田医師は、原発事故による放射能汚染のなかでも、労働者の放射線被ばく問題について重点的にお話しされた。この間、医師を含めいろいろな専門家が講演会を行って来たが、私の経験から言うと、労働者の被ばく問題に焦点を絞って、ここまで詳しくかつ分かりやすくお話しされたのは村田医師が初めてだった。とても重要な講演会だったので、ここに詳しく紹介する(以下、講演会の村田医師のレジュメより)。【鈴木】

福島原発事故後の労働者被ばくについて
福島第一原発事故の収束作業で、作業員の安全確保のルールや手順がなし崩し的に緩和されている。通常、1日の作業で1ミリシーベルトを超す被ばくが見込まれる場合、元請け会社は、作業員の予想被ばく線量を記した作業計画書を労働基準監督署に届け出るが、それがないがしろになっている。その他、収束作業で被ばくした作業員3人は除染できず、体の絵とともに汚染部位が記載された「確認証」を東電から発行されただけで作業に復帰している等。

収束作業の作業員の総被ばく総量(11年3月11日~12年5月31日)では、東電社員と下請作業員あわせて22224人が累計で263シーベルト(26万3千ミリシーベルト)を被ばくしている。これは内部被ばくの影響を厳しく評価していないBEIRⅦ(米科学アカデミーの電離放射線の生物学的影響の報告Ⅶ)の報告から言っても「26人」が癌死亡する被ばく量である。また、悪質な被曝隠し(線量計の鉛カバーを持たずに被ばく作業)、被ばく線量が増えるととたんに仕事を失ってしまう、弱い者への被ばくの押しつけ等の問題は根深い。

原子の火でできた電気の影で、闇に消されてきた被ばく労働者
原発作業での放射線障害で労災認定に取り組んだ岩佐嘉寿幸さんとの出会い、その取り組みから学んだこと。事実を否定する「大学医学部の科学の論理」=大学の科学とは何なのか? 原発=巨大科学技術の陰に原始的被ばく労働が横たわっている。「環境中への放射線・放射能漏れはない」|報道されない被ばく労働(労働内容を被ばく線量で計る)。

政府・科学者が一体となって、事故影響に関する過小評価と事故対策。事物には補償しても人には補償しない(大泉さんの裁判から)。「放射線の影響はないが、不安を解消するために行う検診」に対して、長期的影響を視野に入れた検診が必要だ。被ばく労働者は分散され、長期的観察体制が無いことなど。
昨年までの原発作業員の被ばく実績では、実に90%以上が下請労働者に放射線被ばくが集中している。

原発作業員蓄積する被ばく量不安との戦い
年間50ミリシーベルトの線量限度を超えた人数が1000人以上いる(12年6月現在)ことに注意が必要。事故直後は熟練した正社員が高被ばく作業に従事(関連会社の社員も動員された)。年間20ミリシーベルト以上被ばくした正社員が多く(35%)、これ以上高線量区域で働かせられない。協力社員という名の下請労働者が多く従事し、被ばく線量も増加している。

差別される被ばく管理。放射線量を管理する線量計が足りず、180人が線量計を持たずに作業したこともあった。「これまでにどれだけ放射線を浴びたのかわからない」と不安を訴える。

劣悪な職場環境。食事は朝が乾パンと野菜ジュース、夜が缶詰めと非常食のご飯。作業の合間に床で雑魚寝。

測定できない内部被ばく。福島第一原発には内部被ばく量を計測するホールボディカウンターと呼ばれる機器もあったが被災して使えず、検査車両で代替している状態。
強要される被ばく。線量限度の1年50ミリシーベルト、5年で100ミリシーベルトが、今回の事故後250ミリシーベルトに引き上げられた。さらにICRPでは緊急時は救急隊員など総被ばく線量500~1000ミリシーベルト以内に抑えれば良いと勧告。そして福島第一原発事故の収束作業での被ばくを別枠、最大350ミリシーベルトへ。被ばく線量を超えても原発で働けるよう被ばく限度を上げるように使用者ならびに電力総連が要請。

無視される内部被ばく。緊急作業従事者7800人のうち内部被ばくを測定した人はわずかに1400人に過ぎない。

多重下請け構造で働く原発被ばく労働者
日本の商業用原発の労働者のうち、電力会社の社員は1万人弱なのに対し、下請労働者は7万5千人(09年度、原子力安全・保安院)。福島第一原発でも1100名強の東電社員に対して下請労働者は9千人を超える(同)。

元請け会社こそ、原子炉建設を担った日立製作所や東芝、電設工事の関電工など名だたる大企業だが、「実際に作業員を送り込んでいるのは7次、8次下請け会社であることもザラ」(関係者)だとされる。しかし原発作業のような危険業務を、多重下請けで担うことができるのだろうか。多重下請けは管理責任が不明確となり、労災発生につながりやすいとされる。東電は彼らの作業現場での高い放射線量を事前に把握しながらも、注意喚起を怠っていた。また本来必須であるはずの放射線量の管理責任者も、当初は不在だった。

なぜ原発で働く人の賃金は安いのか
日給は9千円から1万1千円。これは福島第一原発で事故が起きる前の地元のハローワークの求人から。「福島原発:仕事内容は原子力発電所内の定期検査・機械・電気・鍛冶溶接および足場作業」。求人欄を見て見ると「学歴不問、年齢不問、応募資格不問、スキル経験不問」とすべて「不問」。

下請け労働の構図を見てみると、まず東電の下に元請会社がある。元請会社は東証一部上場の大企業が並んでいる。ただ実際、原発に労働者を送り込んでいるのは1次~8次の下請けの会社。求人票に掲載されている会社はほとんどが社員数人の零細企業。原発で作業する上で特殊な能力があるわけでなく、ごく普通の人たちが作業している。

元請会社の下には8次下請けまで存在していた。元請会社が行っていたことは偽装請負(契約上は業務請負であるのに、実際には人材派遣になっている状態)で、限りなく違法行為に近い。今回の事故収束作業に係わった作業員の身元(行方)不明者が140名以上いるのは、このような多重請負構造があるから。

賃金のピンハネ問題も多重請負に原因。危険手当の支給をしていない実態が明らかに。除染作業者の汚染の危険性の程度に応じて危険手当が支給されるはずだが、支給されていなかった。請求すると総額は変更せずに「危険手当込みの支給だ」と言い換える。

除染作業という新たな被ばく労働
原発敷地外での被ばく。放射性汚染物質の自然の流出と移動。道路へ、溝へ、河川へ、地下水へ、ゴミ焼却施設での濃縮。除染作業による被ばく。従事する人は被災した住民も多い。もとの生活に戻りたい気持ちと、生活手段・仕事を奪われたため、二重の被ばくをする危険性を承知で、被ばく労働を受け入れざるを得ない実態がある。これは事故発生の責任と補償責任を曖昧にすることにつながる可能性がある。

危険手当が支払われていない、被ばく軽減の防護服の着用がなされていない、被ばく管理・健康管理が不徹底など、除染労働では問題が山積している。

原発労働者の被ばく実態調査
日本原子力施設で働く労働者の疫学調査結果によれば、調査の追跡期間が増えるにつれて原発労働者の死亡率が増えてきた。最近の調査では、全ガン死亡率が一般人口を有意に上回った。

下請被ばく労働者の実態調査から。原爆被爆者の数に匹敵する原発の被ばく労働者数。被ばく要員としての下請け労働者、不充分な安全教育と被ばくの管理(被ばくの重層構造)。健康実態は、原爆被爆者と極めて類似していた。「ぶらぶら病」症状が40歳代から50歳代の労働者に多い。働けない労働者、健康補償のない労働実態、隠ぺいされる健康被害(労災隠し・病名隠し)。被ばく者自身が名乗り出られない構造がある。被ばく・健康手帳の交付なし、本人にも知らせない中央登録センター。

放射線管理手帳制度
手帳制度は、全国統一様式の放射線管理手帳(放管手帳)を用いて、原子力発電所等の原子力施設に立ち入る者の被ばく前歴を迅速、かつ的確に把握すること及び原子力施設の管理区域内作業の従事に際して必要な放射線管理情報を原子力事業者等に伝達することを目的とする。事業者は放管手帳の記入内容等を本人に提示し、間違い等のないことを確認する。

放管手帳は本人の所有物になるが、業務中は、被ばく線量の記入など必要な放射線管理情報を最新、かつ適切な状態に保つため、事業者が預かり保管管理する。

なお事業者は、手帳所持者が退職等で事業所を離れる時には、本人に放管手帳を返却する。再度、他の事業所で放射線業務に就く場合には、作業者本人がこの放管手帳を提示し、必要な手続きを行う(中央登録センターHPより)。

福島原発事故後、50ミリシーベルト以上の被ばく労働者に放管手帳を交付して、離職後もがん検診を実施することになった。

非常に困難な放射線被ばくによる労災認定の現状
労災認定が可能となった条件。被ばく線量の記録があること。作業所が存在すること。病気と被ばくとの関連を思いついたこと。診断書を書く医師がいたこと。これまでに放射線被ばくが原因として労災認定された事例はわずか10数例しかない。

Nさんの労災認定事例(多発性骨髄腫)。多発性骨髄腫は従来は放射線作業に関連する業務上疾病として認定されたことはなかった。Nさんの5年間の総被ばく線量は70ミリシーベルトで、年間平均は16・47ミリシーベルト。これは白血病の年平均被ばく線量の基準(5ミリシーベルト)の3倍以上の量であった。認定基準の「慢性被ばくにおける相当量」を機械的に適用するのではなく、白血病に関する業務上認定基準に則って判断するのが妥当。

Kさんの労災認定事例(悪性リンパ腫)。Kさんは、他の労働者と比較して、短期間に非常に多くの被ばく線量を受けている。総被ばく線量は6年4ヶ月間で99・76ミリシーベルト、年間平均で15・76ミリシーベルト。悪性リンパ腫を白血病との類縁疾患(一連の疾患)、骨髄のガンであると考えると、Kさんの総被ばく線量は外部被ばく線量だけを見ても従来の認定基準に適合する。

Sさんの労災認定事例(慢性骨髄性白血病)。Sさんの総被ばく線量は8年10ヶ月で50・63ミリシーベルト。「5ミリシーベルト×従事年数」の労災基準を超えており労災認定された。会社(中部電力)は因果関係を否定。また会社は「Sさんの死に関して異議を述べず、一切の請求をしない」ことを条件に弔慰金を支払っていた。
被ばく労働者の健康管理の原則=「健康管理手帳」を交付し生涯にわたり健康管理をするべきである

「無用な放射線被ばくはできるだけ避ける」「避けることの出来ない放射線被ばくは、被ばく線量をできるだけ低くする(=ALALA)」の放射線防護の原則的立場をとるべき。

被ばく労働者に関して、長期間の追跡が必要であり、健康管理手帳の交付、国・東電の責任で、健康管理と被ばく線量の低減、管理が必要。

情報の公開と明示。被ばく線量の確認と管理、被ばく歴の記載と確認。すべての被ばく労働者に健康管理手帳の交付と健康診断。被ばくは下請労働者に集中している=被ばく要員として使い捨てられる。手帳には放射線の危険性や労災の例示疾患などを明記すべき。

被ばくとの関係を否定できない疾患が出現した時の責任を明確にして、国・東電の責任のもとに補償を行うこと。

核・原子力との共存は出来ない。被ばくをしないためにはこれらを止めるしかない
放射線被ばくの後障害(確率的影響)は40~50年以上に及ぶ可能性がある=原爆被爆者の経験から。救済・補償の判断は、専門家のみで行ってはならない。被害者も参画するべきである。加害者が判断することは、被害の過小評価につながる。

放射線被ばくに安全な値はない。許容線量(線量限度)とは、被ばくさせることが出来る我慢線量である。被ばくは少なければ少ないほど良い。原発事故での被ばくは無用な被ばくである。

放射線による急性障害が「直ちに影響が現れないレベルでの被ばく」の場合でも、晩発性障害(ガン、白血病などの悪性腫瘍、また非ガン疾病)が増加する。

被ばくと被害は社会的弱者に集中する。差別と切り捨ての構造がある(原発立地場所・下請労働者・住民)。核・原子力との共存は出来ない。被ばくをしないためにはこれらを止めるしかない。