産業保健の目(天明医師)学校給食調理職場

産業保健の目医師
神奈川労災職業病センター所長 天明 佳臣今月から産業保健に関するトピックスを連載します。産業保健は予防医学の一分野です。一次予防(健康増進、健康障害予防、環境改善など)、二次予防(疾病の早期発見、即時対応)、三次予防(疾病の悪化防止、リハビリテーション、職場復帰など)から構成されています。「予防」の前に「職場における」を入れれば、産業保健の活動分野ということになります。
この連載では主に一次予防のトピックスを取り上げようと考えています。ただ、一次予防という用語は一般の方にはわかりにくいため、病気を早期に発見するための「人間ドック」にならい、「職場ドック」と言い換えて取り組む事業所も増えてきています。表1をご覧ください。今日ではほとんどの労働現場で急速な技術革新が進み、新しい機械や化学物質も入り労働態様も多様化しています。職場の安全衛生対策は法規を守っていれば十分とはいえなくなり、改善すべき「状況」の後追いになる恐れが出てきました。
改めて労働安全衛生への経営者の責任を明確にした上で、増大し変化してゆく職場の安全衛生のリスクに対して、現場を最もよく知る労働者の安全衛生対策への積極的な参加が不可欠です。現場ごとの労働者の作業負担や有害物質を把握しつつ、適切な対策を立てていくために、産業保健専門職の技術面での支援も必要になっています。
私が産業保健専門職の一人として産業医として関わった事例を紹介します。現場の労働者たちが、作業条件改善を担う主役は自分たちだとする改善指向型になっていく契機となった事例です。10年以上前になりますが、K市の学校給食職場で「労働科学研究所」(現「公益財団法人大原記念労働科学研究所」)の同僚研究者と取り組みました。
学校給食調理職場には、食材や調理器具など重量物の運搬作業がいろいろあり、繰り返し行われていました。荷姿や持ち手の形状が作業者に合っていないこと、腰・肩・腕・手指などに負担のかかる作業も多くありました。法律では、労働時間のように数字で何㌔以上の物を持たせてはいけないというような規制はありません。腰痛の予防対策指針では重量物取扱い作業として体重の40%という数字がありますが、体重の重い人なら重いものを持ってもよいとは限りませんのであまり参考になりません。そこで私たちはそれぞれの重量物を計算しました【表2】。そして重量物対策として、次のような提案をしました。
①全身にかかる負担の軽減策として、小分けによる軽量化、食材の搬入見直し(業者への指導も含む)、かごの小分け、二人持ち、台車の活用
②手指にかかる負担軽減策として、持手の改良、調理器具の材質や形状の見直し(後に道具置場や収納ケースにキャスターをつけて移動する改善も)
この提案に基づいて、それぞれの給食職場での話し合い、検討が進みました。給食調理の方々が改善指向型になっていくために大きく役立つ取り組みになりました。

【表1】技術革新と労働態様の変化
① 働き手に求められているのは手順通りの操作や監視であって、
創造的な関わりではない。
② 労働負担:「過大」と「単調」の同居。
③ 相互援助や共同作業の減少、「職場」の意味合いが薄れてきた。
④ 労働時間・勤務制の変化:高価な機械の償却を急がなくてはならない。
広がる生産ネットワーク、自分のところの都合だけでは決められないなど。
⑤ 機械化と自動化の増大により作業ペースは早まり、個々の作業割り当てを
より多様化している(人間工学的な視点の不足-作業を作業者の能力に合
わせて必要を満たす視点の欠如)。

【表2】給食調理場における食材、物品など
30Kg以上豆腐、鶏肉(プラケース)、でんぶんや小麦粉などの袋物

20Kg~30㎏大ざるに入ったジャガイモ、こんにゃく、マカロニ、プラ容
器に入った残菜、玉葱(段ボール)、油揚げ、ヨーグルト

10Kg~20㎏段ボール箱に入った野菜類(にんじん、玉葱、キャベツほか)、
1クラス分の食器、米袋、石けん粉の入った段ボール箱

10Kg未満食缶に入った副食品、1クラス分の米飯、牛乳、缶詰、調理器具