産業保健の目 飲酒関連障害をめぐって

神奈川労災職業病センター所長・医師 天明 佳臣

仕事を終えて、とくに夏、よく冷えたビールをゴクゴク飲む人の幸せを、私は残念ながら傍からみているばかりです。実は、アルコール不耐症|要するに下戸だからです。少量の酒を飲んでも、私は顔が紅潮し、心臓がドキドキとなるなどの症状が出てしまいます。アルコールについては、下戸の他に、「強い人」と「弱い人」がいます。しばらく嗜んでいるうちに多少強くなる(「耐性の獲得」)人もいます。

アルコールの急性作用

飲酒による急性の精神的・身体的な変化は、次の3つのステージに分けられます。まず、血中のアルコール濃度が高まるにつれて、「精神的発揚(気分の高まり)、多汗、行動の活発化」が起こります。これは高次神経中枢による低次中枢の抑制・調節の結果とされています。さらに飲酒が続くと、「思考力低下、運動失調(動きの鈍さ)」―大脳、小脳などの高次中枢が抑制されるのです。最終的には昏睡と呼吸抑制が起こってきます。
新人歓迎会の酒席で、幹事役が酒に強い人であったりして、新人の飲酒量を誤る。その上「一気飲み」を囃し立てられ、判断力の落ちている新人がその気になって飲んでしまう。そのうちに彼や彼女が突然、昏睡状態に陥り、救急搬送となってしまう例が毎年あります。

アルコール健康障害とアルコール依存症

酒類の長期常用の結果として、肝臓病、すい臓病、循環器疾患、高血圧・高脂血症(脂質異常症)・高血糖、うつ、認知症、癌(がん)、歯科疾患、消化管への影響、肝炎と非アルコール脂肪性肝炎、痛風などの多くの健康障害が発生してきます(厚生労働省のまとめ)。これらの健康障害が起きていれば、当該疾病の基盤としてアルコール依存症があるか否かの見極めが必要になります。アルコール専門機関の医師の助言が不可欠です。
ここでアルコール関連障害の中でも肝・胆に関わる血液検査のうち職場定期健康診断の項目に入っているGOT(=AST)、GPT(=ALT)、γ|GTPについて少し触れておきます。アルコール性肝障害ではGOT/GPT比が上昇します(特に2・0以上)。特にγ|GTPはアルコール摂取によってGOT、GPTに先立って上昇し、禁酒により減少、飲酒再開によってすぐに再上昇しますので、禁酒・飲酒のよいマーカーになるとされています。

アルコール依存症

疾病の診断にあたっては血液、超音波、CTやMRIなどの客観的な検査が広く普及してきています。しかし、アルコール依存症では、病者のアルコールに対する主観的状態を把握することなしには診断できません。そこに「依存」という現象の特徴があるといえます。
主観的状態の変化のはじまり―飲酒や酩酊への耐えがたい願望が、飲酒をやめようとしたり制御しようとするときに、最も一般的に認められます。そのために飲酒がやめられず、飲酒量をコントロールもできなくなります。また、飲酒による精神的、身体的障害が悪化していても飲酒がやめられません。飲酒を、他のどんな行動よりも最優先してしまう体験をします(「飲酒中心性」と言います)。
それから「離脱症状」の出現。酒が長時間体内にあり、生体の諸機能がその状態に適応しているため急に飲酒量を抑制すると身体機能のバランスが失われ、適応失調をきたしてイライラ感、不安、抑うつなどの症状がみられる状態のことです。米国の精神疾患の分類と診断の手引き「DSM-Ⅳ-TR」では8項目の症状をあげ、うち2つ、またはそれ以上がアルコールの中止または減量した後、数時間から数日以内に発現した場合をアルコール離脱としています。
アルコール依存症の治療は非常に難しいようです。誰よりも病者自身の治療意欲が必要不可欠であり、医療機関が関与する断酒会やミーティングへの参加が治療の一環として行われています。
アルコール関連の産業事故が増加傾向にあるとされています。事業所のなかには、アルコール関連障害のために短期及び長期欠勤者を把握して対策を講じているところも少なくありません。実は、その背景には様々な職場ストレスがあるのは間違いありません。飲酒―アルコールに代わるストレス解消法や、ストレスを生まない職場の改善を検討する必要があります。