労働基準監督署が、石綿関連文書を誤廃棄 廃棄文書の復元などに厚生労働省は真摯に取り組むべき

■労働基準監督署が、石綿関連文書を誤廃棄
廃棄文書の復元などに厚生労働省は真摯に取り組むべき

厚生労働省がこっそりと更に矮小化して報道発表したので世間では全く知られていないが、全国の労働基準監督署による石綿関連文書の廃棄事件について報告する。
ことの発端は、泉南アスベスト国賠訴訟の最高裁判決をうけて、原告となり得る複数の労災被災者が自身の労災業務上決定に係る「労災給付実地調査復命書」を情報開示請求したことに始まる。情報開示請求を受けた京都労働局、東京労働局が調べたところ、管轄の労働基準監督署において当該文書が既に廃棄されていた事が判明する。
この複数の廃棄事例を受け、厚生労働省が全国の都道府県労働局に石綿関連文書の保存状況の確認をしたところ、全国の労働基準監督署で合計59788件(13種類)もの石綿関連文書が廃棄されていたことが発覚した。『都道府県労働局における石綿関連文書の保存の取扱いの誤りについて』(厚生労働省2015年12月18日)
なお、この廃棄事件を受けて「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会・神奈川支部」では、神奈川労働局および神奈川管内12労働基準監督署と交渉を行った。 【鈴木江郎】

■全国で6万件弱が発覚

全国の労働基準監督署で廃棄された石綿関連文書とその件数は、以下のとおり。
【監督復命書】臨検監督の実施結果の概要を記録した書類=8001件
【安全衛生指導復命書】安全衛生指導の実施結果の概要を記録した書類=5314件
【建設工事計画届】耐火建築物・準耐火建築物に吹き付けられた石綿除去作業を行うに当り、除去業者が作成し届出た工事計画書及びその審査等に関する書類=4787件
【建築物解体等作業届】石綿を使用した保温材、耐火被覆材等の除去作業等を行うに当り、除去業者等が作成し届出た作業計画書及びその審査等に関する書類=979件
【労災保険給付等調査復命書】労災保険給付の支給又は不支給を判断するための書類(請求人、同僚労働者等聴取書、事業場調査結果、診断書等を添付)=250件
【労災保険審査請求関係書類】労災保険給付に係る審査請求について労災保険審査官が決定を行うための書類=5件
【健康管理手帳交付、書替再交付申請書】一定の要件を満たす者が離職する際又は離職後に健康管理手帳の交付等を受けるために都道府県労働局長に提出する申請書=3件
【特定化学物質等健康診断結果報告書・石綿健康診断結果報告書】石綿取扱業務に従事する者に対し事業主が実施した石綿健康診断結果をまとめた報告書=20600件
【じん肺健康管理実施状況報告(粉じんコードが石綿業務に係るものに限る)】 粉じん作業(石綿作業も含む)に従事する者のじん肺管理区分(じん肺進行度の区分)の状況を取りまとめた報告書=4148件
【その他石綿関連文書】石綿関連疾患の労災認定後、事業場が届け出た労働者死傷病報告=2件
【健康管理手帳による健康診断実施報告書】石綿業務による健康管理手帳所持者に対し健康診断を行った医療機関から、当該医療機関の所在地を管轄する都道府県労働局長に提出される報告書。健康診断の実施に係る費用を支払うために、報告を求めているもの=15336件
【平均賃金決定関係綴】被災労働者の離職時の賃金が不明な場合等における労災保険給付額の算定基礎となる額を決定する書類=237件
【その他の会議の開催関係資料等】上記以外の文書で、会議の開催復命書等=126件

なお、神奈川労働局管内の廃棄件数は2499件あり、労働基準監督署ごとに一覧表にまとめた。

■廃棄事件の背景と原因

廃棄事件の背景と原因については、厚生労働省によれば、『概要 将来の石綿に関する政府の検証に必要となることも考えられることから、平成17年に都道府県労働局(管下の労働基準監督署を含む)における石綿関連文書(石綿関連事業場に関する監督復命書、安全衛生指導復命書、労災保険給付等調査復命書等)を、本来必要とされる保存期間にかかわらず、当分の間保存するように指示していた』。
『発生原因 ?平成17年通達で、保存すべき石綿関連文書の範囲を具体的に列挙していなかったため、都道府県労働局及び労働基準監督署において「当分の間」保存すべき石綿関連文書の範囲が不明確であったこと。?石綿関連文書については、行政文書ファイルを別途作成し、当分の間、廃棄することなく保存すべきものとされていることが、職員に周知徹底されていなかったこと。特に、システムにデータが登録されていれば紙媒体の保存は不要であるとの誤った認識が職員にあったこと』とされている。
そして見過ごせないのが、『労災保険給付等への影響として、石綿関連の今後の労災保険法に基づく保険給付に係る認定業務及び石綿救済法に基づく特別遺族給付金に係る認定業務に当たって、請求された方々の労災認定に支障が生じることはない』と断定し、結論付けたことである。

■矮小化された厚労省発表

厚生労働省は、この廃棄事件を極めて過少に評価し、実害はないと言わんばかりであるが、本当にそうなのであろうか?
例えば、厚生労働省は、(1)文書は廃棄されているが、その主要な部分が労働基準行政情報システムに保存されているもの(17382件)、(2)文書としても労働基準行政情報システム上の情報としてもデータが残っていないもの(1957件)と数字を分け、あたかも①はさほど問題が無いように装って発表している。
しかしながら、全国労働安全衛生センターの厚労省交渉で初めて明らかになったのだが、(1)の労働基準行政情報システムに保存されている情報とは極々わずかな基本情報でしかない(発表ではそれを「主要な部分」と言い換えている)。具体的には、廃棄した「建設工事計画届」のうち(1)は4089件あるが、「主要な部分」として労働基準行政情報システムに保存されている情報とは「管轄局署」「受付年月日」「業種」「届出の種類」「事業場名」「所在地」「工事名」程度の情報である。

■実態は、1件につき、100枚以上の文書が廃棄

一方、廃棄された情報は石綿除去工事の関連書類すべてであるから、1件につきA4用紙約100枚以上の書類の束が棄てられている。なかでも石綿除去業者が作成し届け出た「工事計画書」には、建物のどこに、どんな種類の、どれだけの石綿が使用されていたかを写真入りで詳しく記録されているが、これがそっくり全部、棄てられたのである。
中皮腫や肺がんなどの石綿関連疾患は、石綿ばく露後から10~50年後に発症する。その労災補償手続きにおいて、何十年も前の石綿ばく露を調査し特定していくのだが、これがとても大変な作業である。実際、業務による石綿ばく露が特定できなければ労災保険は不支給にされる。だからこそ「工事計画書」にあるような石綿がどこにどれだけ使用されていたかの記録は極めて重要な情報なのであり、石綿ばく露の重要な証拠となるし、加えて今後の石綿被害発症の注意喚起にもつなげることが出来る。

■本当に、「労災認定に支障は生じない」?

厚労省は、労災保険給付等への影響として、『請求された方々の労災認定に支障が生じることはない』と断定しているが、それは怪しい。
例えば、石綿製品製造業や建設業や造船業など直接に石綿を扱い石綿ばく露する作業であれば、作業内容における石綿ばく露を特定していけばよい。しかし、働いていた建物からの石綿ばく露があった場合、建物のどこにどのような石綿が使用されていたかの特定が必要となる。
建物からの石綿ばく露では、これまでに131事業所から計175人の労災認定が出ている(厚生労働省『石綿ばく露作業による労災認定等事業場一覧表』。しかしこれは氷山の一角で、実態は相当数の被害者がいると推測される。
過去に働いていた建物に石綿が吹き付けられており石綿関連疾患が発症したとして、しかし建物に石綿があった記録等はまったく無い場合、厚生労働省は労災として認めないだろう。建物に吹付石綿があった事実を何らかの形で証明しない限り労災認定はされない。
だからこの建物からの石綿ばく露に関して極めて重要な証拠となり得るのが、大量に廃棄されてしまった「建設工事計画届」や「工事計画書」なのである。これらの文書にこそ、建物のどこに、どんな種類の、どれだけの石綿が使用されていたかが写真付きで記録されているのであり、これらの文書によって建物からの石綿ばく露が裏付けられるのである。
では、果たして建物からの石綿ばく露があったとして労災請求した際、その建物の石綿使用実態を裏付ける文書が厚生労働省によって廃棄されていた場合はどうなるのか?厚生労働省は『請求された方々の労災認定に支障が生じることはない』と発表した通りに、支障なく労災認定するべきであるが・・・。

■廃棄文書の復元を要求

さて、私たちは廃棄された石綿関連文書を「復元」するよう求めて、厚生労働省、神奈川労働局、神奈川管内の12労基署と交渉を行った。今後確実に起こる石綿被害の発症に備えるため、またそもそも石綿関連文書の長期保存の義務付けの理由である「将来の石綿に関する政府の検証に必要」だからである。
しかしながら、廃棄文書の「復元要求」に対する当局の回答はいずれも後ろ向きであり、一番ひどい回答は厚生労働省の安全衛生担当者の「石綿除去工事は既に終了しているのだから、文書の復元の必要性は無い」であった。この回答は論外としても(よって厚生労働省とは継続審議となった)、労働局や労働基準監督署の担当者も「必要性は認識したが、独自には動けないので、上部機関に上申する」という回答に留まった。
文書を廃棄したのは各地の労働基準監督署であるから、常識的に考えれば、外部からの指摘を待つまでもなく、各署が各署の責任において、廃棄してしまった文書の「復元」に努めてしかるべきだが、どうもそうはならない。これは神奈川だけでなく全国の労働基準監督署で共通すると思われるが、今後も被害が確実に広がっていく石綿問題に対する想像力・緊張感の欠如を感じる。
■文書の復元は、やる気さえあれば可能

最初に見たように今回13種類の合計59788件の石綿関連文書が廃棄されたのだが、その内「復元」が可能な文書はいくつもある。中でも「建設工事計画届」(耐火建築物・準耐火建築物に吹き付けられた石綿の除去の作業を行うに当たり、除去業者が作成し届け出た工事計画書及びその審査等に関する書類)、「建築物解体等作業届」(石綿が使用されている保温材、耐火被覆材等の除去の作業等を行うに当たり、除去等業者が作成し届け出た作業計画書及びその審査等に関する書類)は、除去業者にも作業記録の保存を義務付けている事もあり(石綿障害予防規則第35条-労働者が常時作業に従事しないこととなった日から40年間保存)、除去業者に再度「工事計画書」等の提出を求めれば、除去業者はそれに応じる可能性が高い。
廃棄文書の「復元」は、やる気さえあれば可能である。厚生労働省、労働局そして労働基準監督署は、今回の石綿関連文書廃棄事件を矮小化し、うやむやに事態を誤魔化そうとする態度を改めて、石綿被害の重大性を今一度思い起こし、廃棄問題に真摯に向き直るべきである。