ストレスチェック制度 事業所での取り組み
神奈川労災職業病センター所長 天明佳臣(医師)
労働安全衛生法の一部改正(14年6月25日公布)により、新たにストレスチェック制度が創設された。50人以上の従業員がいる事業所で、ストレスチェックと面接指導の実施等が事業者に義務付けられ、50人以下の事業所では当面の間、努力義務(15年12月1日施行)。
この制度創設は、98年以降、年間3万人以上の自殺者が続き、精神並びに行動の障害による3ヶ月以上の休業者も増加していることを背景に、10年に当時民主党の長妻厚労大臣の発案に始まった。事業所による従業員のうつ病探し等できるはずもなく、厚労省の各種審議会でさまざまな検討を経てストレスチェック制度となった。この制度を1行でいえば、「働く人々のメンタルヘルス(心の健康)不調発生の未然防止(1次予防)を目指す」(厚労省文書から)となる。
この制度については、上述の各種審議会での検討結果を含め、すでに全国センター機関誌「安全センター情報」4月号と10月号に当センター川本事務局長が詳細に紹介しており、制度導入を機にそれぞれの職場での作業環境改善の活動と結びつけるべきだとする提言もされている(川本氏は本誌11月号でも当面の方針を提起)。ここでは、私が産業医をしている2つの事業所におけるストレスチェック制度の取り組みの現状について報告する。
ストレスとは何か 1次予防の意義を再確認
一事業所では、まずストレスとは何かについての説明・討論から始めた。働いていてどのようなストレスがあるのか、従業員たちの当事者としての「気づき」こそが重要だと考える。
ストレスとは身体に負荷がかかった状態、生理的緊張状態である。そんな緊張状態を起こす職業生活上のあれこれがストレッサー(ストレス原因)だ。たとえば「今一番のストレスは・・・だ」というときのストレスは、ストレッサーの意味で使われている。
米国に「テクノストレス」と題する本を書いた学者がいる(グレイグ・ブロード、1984年、邦訳本は新潮社)。コンピュータ・テクノロジーに適応すべく並々ならぬ苦労と闘う個々人の実情に目を向け、人と技術の微妙な関係が崩れたときに生じる病気とその対策の記録だ。サブタイトルは「コンピューター革命が人間につきつける代償」、第2章には「知的労働搾取工場」とある。執筆意図がうかがわれる。人は労働によって疲れるが、コンピューターは疲れない。G・ブロードは、各職場でコンピューターが果たす役割の在り様について改めて検討することを提起した。ストレスチェック制度の目的は、まさにコンピューター・ストレスを発生させるようなストレッサーをあぶり出し、その結果を踏まえて職場環境を改善することにある。
むろん働く人たちに掛かってくるストレスは、テクノロジーだけではない。社会全体が置かれている状況そのものから発生するストレスもある。とくにバブル崩壊後は、銀行の貸し付け削減、企業は安易に雇用の非正規化による人件費削減に走った。そうした潮流のなかで、中小零細企業は懸命に生き残り策をさぐってきた。こうした社会の有り様は、どの事業所に働いていようと、働く人々にとって多かれ少なかれストレスになっている。老婆心ながら申し上げれば、考え出されたストレス対策そのものが、非正規労働者や中小零細企業への押しつけになっていないかも考えるべきだろう。
ストレス原因のうち、暑さ・寒さのような物理的原因は程度の問題もあるが少しずつ慣れていくが、職場の心理的・社会的原因、なかでも慢性化した精神的ストレッサーは慣れにくく、「たまりやすい」という研究がある。ストレスに上手に対応する努力をせずに放置していると、ストレスを基とする反応が発生する。そのストレス反応は大別すると身体的・情緒的・行動の3つ。精神的ストレッサーだから反応は心の症状ばかりとは限らない。むしろ、はじめは目のショボつきや頭が重いなど、身体的自覚症状がでてくる。後段で示す厚労省の「職業性ストレス簡易調査票」の「B 最近1ヶ月間の貴方の状態について」の質問は29項目あるが、うち20項目は身体的自覚症状だ。
もう一つは、1次予防の意義の確認。
まず、1次予防と2次・3次予防の違いはどこにあるのか。1次予防について、厚労省の「メンタルヘルス対策における基本的考え方」から引用しると、「1次予防は職場ストレス要因の把握・予防です。全職員を対象に、心身の健康の保持・増進を図る」とある。「2次予防は早期発見・早期対応。メンタルヘルス不全に陥った職員を早期に発見し治療等の適切な措置を講じる」、「3次予防は職場復帰・再発予防。メンタルヘルス不全のため療養していた職員の円滑な職場復帰を図るとともに、再発を防止する」とある。違いは歴然。1次予防の活動のターゲットが職場全体にあるのと、1・2次予防は個人(メンタルヘルス不全者)とあります。ストレスチェック制度は、メンタルヘルス不全者の未然防止であり、メタルヘルス不全者捜しではない。そして、1次予防活動を進めて行く上でもう一つ重要なのは、従業員がストレッサー調査への参加によって、テクノストレスに晒されていることへの「気づき」を引き出すことだ。
ストレスチェックをどのようにを進めるか
私が産業医をしているもう一つの事業所では、ストレスチェックについてはまだ職場衛生委員会レベルでの話し合いの段階にある。残念ながら、インフルエンザやノロウイルス感染についての話し合いほど活発な討論が行われているとはいえない。
調査の概要と職場での役割分担
衛生委員たちとこの制度をどうやって進めていくかについては確認した。要点は次の通り。
①事業者にはストレスチェックの実施義務があるが、労働者にはチェック検査の受検義務はない。事業所の健康診断は労働者にも受診義務がある(事業所が実施する健診を受診拒否できるが、他の保健医療機関で健康診断を受け、その結果を事業者に提出しなければならない。
②回収された質問票をもとに、実施者はストレスの程度を評価し、医師の面接指導が必要な高スストレス者を選ぶ。面接結果は実施者から本人に通知。事業者は、結果を通知した後に当該労働者の同意を得ない限り、結果を知ることはできない。
③「高ストレス者」には、面接指導を受けるよう勧奨する。申し出のあった者に対してのみ面接指導を行う。面接指導の申し出をした場合は、ストレスチェック結果の事業者への提供に同意したものとみなされる。
実施に向けての役割分担
A 事業者/制度の実施責任、その方針決定
B 制度担当者/制度の実施計画の策定、実施の管理
C 実施者(医師、保健師など)/守秘義務有り
D 実施事務従事者/実施者の補助(調査票の回収、データ入力など)、守秘義務有り
E 面接指導担当医師(事業所の状況を日頃から把握している当該事業所の産業医がストレスチェックおよび面接指導などの実施に直接従事することが望ましい。
制度導入前に事業所の衛生委員会で話し合う必要のある主な事項(厚労省資料から)
① ストレスチェックを誰にさせるか
② ストレスチェックをいつ実施するのか
③ どんな質問票を使ってストレスチェックを実施するのか
④ どんな方法でストレスの高い人を選ぶのか
⑤ 面接指導の申し出は誰にすれば良いのか
⑥ 面接指導はどの医師に依頼して実施するのか
⑦ 集団分析はどんな方法で行うのか
⑧ ストレスチェックの結果は、誰がどこに保存するのか
衛生委員会では「③どんな質問票を使って・・・」が課題になった。私は、厚労省モデルを基に、主に記入し易さ、集計し易さを考慮し、案(7~9頁参照)を作って提出した。まだ本格的な議論はしてない。この後の活動は改めて報告する。