ストレスチェック義務化を活用して働きやすい職場を

14年6月の安全衛生法改正を受けて、ストレスチェック制度を義務化するにあたって、厚生労働省は、同年夏から、「ストレスチェック項目等に関する専門検討会」、「ストレスチェックと面接指導の実施方法等に関する検討会」、「ストレスチェック制度に関わる情報管理及び不利益扱い等に関する検討会」、計3つの検討会を開催し、12月に合同の検討会を開いて「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度に関する検討会報告書」(以下「報告書」という)をまとめた。それらの検討会の議事録や資料が今年3月にようやく全て公開された。そこでは報告に至るまでの経過、議論が非常に興味深い内容を含む(実際には議事録を全参加者に確認して修正、構成している。誤解を招く表現や、言い間違いなどは修正されることになる。そのわりには誤植が目立つ)。
厚労省は今年4月に、省令、告示、「心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに面接指導結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」(以下「指針」という)を、5月には「ストレスチェック制度関係Q&A」と「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル」(以下「マニュアル」という)を作成し発表した。ここでは必要に応じてそれらも紹介しながら、主に検討会での委員らの発言を紹介、解説する形で、職場での取り組みへの示唆としたい。
ちなみに、マニュアルは、法的義務も努力義務も好事例も併せて実務的に詳細に解説している。このとおり実施できる会社が、一体どれぐらいあるのだろうかと思うぐらいにきちんと書かれてある。印象としては、心の病気で休業を余儀なくされた労働者の職場復帰の手引きと同じように、あまりにも「出来過ぎている」。ストレスチェック制度を会社に悪用させないために、労働組合関係者は、ぜひ有効に活用すべきである。ただし、極めて膨大で複雑である。ポイントの指摘など活用方法は別の機会に譲りたい。

1 ストレスチェック制度を、労働者を、「会社」がどう考えているか
「ストレスチェック制度に関わる情報管理及び不利益扱い等に関する検討会」の第1回検討会で、ある委員は次のように述べた。「今回私は使用者側の代表として参加しており、その点をまずお見知りおき頂ければと思います」(増田将史・イオン(株)グループ人事部イオングループ総括産業医)。
増田委員は、同第3回検討会で、報告書案の「労働者にとって不利益な扱い」という表現に異論を唱えた。会社には、産業医に会いたくない、健康診断も受けたくないという労働者もいるのだから、受診勧奨までもが不利益な扱いだと拡大解釈されかねない等と「労働者にとって」という表現を削除するよう意見を述べた。
それに対して、連合の委員はもとより他の委員も座長も、これでいいのではないかと言ったが、それでも「せっかくこちらは一生懸命やろうとしているにもかかわらず、逆手にとられることにつながりかねない」と食い下がる。それに対し、ある委員が左記の通り述べた。

この議論を紹介したのは、増田委員を批判するためではない。ある意味で、彼は発言の通り、会社の素直な気持ちを代弁しているに過ぎない。労働者によっては、職場改善はおろか自分の健康すら気に留めない、なぜ使用者ばかりが義務を課せられるのか。こうした実態論に対して、岡田委員は、理路整然と自らの理想論をぶつけた。
私たちが求められるのは、労働者や会社にだけ責任転嫁するのではなく、岡田委員が述べたような、少しでも働きやすい職場づくりをしていこうという「志」なのではないか。

2 やはり職場改善を義務化しないのはおかしい
ストレスチェックの後の面接指導だけが義務化されて、集団的分析や職場改善が努力義務にとどまったことは、どう考えても理解しがたい。この点は、「ストレスチェックと面接指導の実施方法等に関する検討会」で相当の議論がなされた。
第2回検討会で厚生労働省産業保健支援室長は、「集団的分析については、必要だということでは、皆さん同意を頂いていると思っております。この集団的分析について、分析を実施し、これを活用した職場環境改善を行うように努めなければならないとしてはどうかと。努力義務という形にしてはどうかという御提案です」と述べた。これに対して、左記のとおり異論が多数出された。

第3回検討会で、千頭氏は、「分析」と「それを活用した職場改善」の両方の義務化を強く主張。羽島氏も両方義務化に賛成。岩崎氏は、分析は義務化、「職場改善」は努力義務を主張。
一方で、下光輝一氏(東京医科大学医学部公衆衛生学名誉教授)は、片方を努力義務では中途半端なのでという理由で両方努力義務。
相澤好治座長(北里大学名誉教授)から発言を求められた渡辺委員は左記の通り述べた。
非常にわかりやすく、精神科医としての高邁な姿勢が感じられる。この後も議論が続くが、中村純(日本精神神経学会理事)は、努力義務にすると企業は何もしないのではないかと危惧する意見を述べたりした。羽島氏も受動喫煙の件を持ち出して、同様の危惧を述べて、将来は義務化すると明記してほしいと述べた。

ところが、第4回の報告書案で厚労省事務局は、両方とも努力義務とする原案を提示。前回出席していない川上委員(東京大学大学院精神保健学分野教授)が、それでいいと発言。
これに対して、千頭委員が両方の義務化を再度主張した。事務局の産業保健支援室長が、普及が第一で、努力義務でも進んでいるものもあるなどといろいろと述べた。さらに前回唯一両方努力義務を主張した岩崎委員も賛成意見を述べる。
すると、渡辺、中村両委員も、とりあえず賛成と言い出す。千頭委員もそれ以上何も言えない。
ちなみに、最後の第5回検討会(合同)では、増田委員が「奮闘」して、集団的分析の努力義務自体にかみつく。「手法が確立・周知されている状況とは言い難い」のに、あたかも因果関係があるかのように努力義務が生じるというのは、違和感がある。さらに、「コストに見合った確実な成果が得られるのか」「法律の条文に書かれていないのに」などといろいろ主張。逐一反論される。

3 高ストレス者の具体的基準は労使合意で決めるべきだ
第2回「ストレスチェックと面接指導の実施方法等に関する検討会」で、渡辺委員が、「非常に重要なのは、高リスク者でありながら手を上げなかった人と言うのは一番大事だと言うこと。こういう人たちに対する対応をきちんと決めることが非常に重要だと思います」と述べる。同じ第2回検討会のヒアリングで参加した公益社団法人全国労働衛生団体連合会は、高リスクという結果が出ながら受診がない場合の企業の安全配慮義務について質問され、「企業として取り得る道は、やはり職場環境の改善なのではないかと思います」と答えた。
第5回検討会(合同)でもいろいろ議論となり、「心身のストレス反応」だけではなく、「仕事のストレス要因」や「周囲のサポート」まで判断基準となっている中で、面接指導の対象となる、に高ストレス者の選定基準をどのように定めるかは、非常に難しく、経験も乏しいことがわかった。結論として、検討会の報告書では、「国が示すことが適当」、「国の示す基準を参考としつつ、各企業が科学的な根拠に基づいて基準を定めることが適当」とされた。一部の委員も参加して、「マニュアル」を作成中ということで議論は深まらず、非常に不透明なままであった。
この点について、4月に発表された「心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに面接指導の結果に基づき事業者が講ずべき指針」において、「実施者の意見及び衛生委員会等での調査審議を踏まえて、事業者が決定するものとする」となった。これでは、面接指導やその後の措置など適切に行う気がない事業者が、選定基準を高くすれば対象者が少なくなり、逆に低くしてしまうと多数の労働者が対象になってしまい対応ができなくなってしまいかねない。職場によって状況などが異なるとはいえ、安全衛生法上の義務なのだから、残業時間規制の36協定のように労使の合意の上で基準を定めるべきである。
5月7日、上記のマニュアルが発表された。本文121ページ、資料をあわせると171ページにのぼる膨大なもの。作成委員は検討会とほぼ同じ人たちであり、12月~2月に作成委員会が4回開催されたそうだ。そこの議論は全く公開されていない。こちらこそもっと公開して議論されるべきであり、何らの批判も受け付けない非民主的かつ非科学的なやり方である。 ちなみに高ストレス者の具体的基準については、一定の基準をいくつか例示しつつ、やはり「各企業において適切な基準を定めてください」とある。また、マニュアルでは、10%が高ストレス者とされる基準の設け方が例示された。
とにもかくにも第5回検討会(合同)での有意義な議論を紹介しながら、若干のコメントを加える。
上記の通り、下光委員はあくまでも研究者、医師の立場から高ストレス者の選定方法を国が示すことに疑問を呈している。マニュアルは厚労省が「総合健康推進財団」なる組織に委託して作らせた形をとっているが、実施手順を「例示」しているものであり、何よりもそれに至る議論は全く秘密裏である。いわば法違反の基準を企業任せにしているようなもの。全く納得できないし、ストレスチェック制度が悪用される恐れはますます強まったといえよう。
下光委員の問題提起を受けた相澤座長は、何とか行政的にまとめようと事務局に発言をふろうとするが、下光委員は議論が十分ではなかったと納得せず、他の委員にも発言を求める。
これだけ現場に混乱を持ち込むものを「そっとスタートしてほしいなあ」とは、「全く無責任だなあ」と感じるのは私だけだろうか。それはそれとして、座長は労働衛生課長に発言を求め、マニュアルで決めて、見直しを約束する形で議論を終わらせようとするが、そうはならない。
この後も細かい議論が続くが省略する。検討会のまとめは、いつものことだが座長預かり(議長は誤植)となった。座長が何を言いたいのか今ひとつわからないが、高ストレス者の選定について「実績があまりない」し、「一つの方法であるかな」といった程度のものしか、これだけの専門家が何度議論しても示しようがないというのが歴然たる事実である。
繰り返しになるが、私は、各委員の発言の責任追及や揚げ足取りが目的ではない。あくまでもストレスチェック義務化を無理矢理に行おうとしている厚労省のひどさを認識しつつ、労使できちんと協議し、本当の意味で働きやすい職場を作るためのストレス対策を推進してゆきたいだけである。労働組合はもとより、多くの安全衛生関係者の議論と実践を強く希望する。

4 産業医のキャパシティについて
面接指導とその後の意見を述べることは非常に難しい。精神科医だから、産業医だから可能というわけでもないといった指摘があった。第3回「ストレスチェックと面接指導の実施方法等に関する検討会」でのやりとりは次のとおり。

第4回「ストレスチェックと面接指導の実施方法等に関する検討会」検討会でも、羽鳥氏から、コストの問題が提起された。現場ではコスト削減で身を削る思いを労使ともにしているのだが、法律を施行する結果生じるであろう100万円レベルの話を、「民民の話」と逃げる行政担当者や、「説得していただいて」などと言える専門家は気楽なものである。

5 職場でどのように対応すべきか(提案)
① 労使共にストレス対策に熱心に取り組む姿勢を持っている場合
ストレスチェック制度の義務化を積極的に活用し、職場改善に取り組むために、どのようにすればよいか。
まずは、ストレスチェックの項目を、個人のチェックではなく、職場の分析、改善を中心にすべきである。手順や分析方法などはマニュアルに紹介されている。仮に、個人として自分がストレスを感じていれば、あるいは仲間の様子が気になるのであれば、こんな複雑な制度を採るまでもなく、労働組合や当センターに相談し、会社に改善を要求してゆけばよい。

② 会社があまり熱心に取り組もうとせず、労使に信頼関係がない場合
会社に情報を提供することに何ら意味を見出せない場合は、堂々とストレスチェックを拒んだ方がよかろう。ただし、現実的に拒むことが難しい、会社から目を付けられかねない場合もある。適当に書いて済ましてもいいだろうが、本当のところは自分や信頼できる仲間内で実施して、自分たちで分析することもできる。マニュアルに詳細にやり方が書いてあるので、それらに基づいて、職場改善を会社に要求してゆくことを目指そう。
なお、厚生労働省がストレスチェック制度に関して作成したポスター、リーフレット、Q&A、マニュアルなどの資料は、上記のサイトに掲載、入手できるので、ぜひご確認を。【川本】