肺がん労災認定 旭硝子の下請けで勤続35年

旭硝子鶴見工場の下請けK社で働き、石綿肺がんで亡くなったSさんの労災遺族補償給付が7月2日付で認定された。亡くなる直前の1月21日に、横浜市立大学付属病院でお会いしたのを昨日のように想い出す。

「1951年から1986年までK社の社員として働いた。旭硝子鶴見工場(現京浜工場)の構内のガラスの製造工程で原料、製品、運搬、事務部門等で作業した。板ガラスは、問屋から注文をとってカッターで切断する作業もあったが、マスクなしでやっていた。ガラスの原料は、船で運搬してくる。ガラスの原材料は、珪石、長石、クカイ石などで、パレットに乗せるときに材質を強化するためにソーダー灰やヒ素などを混入させる。このとき周辺にガラスの破片が飛び散ることもあった。山積みにされたガラスの原料をスコップで積み込み、コンベアーで構内に運搬する作業では、バラバラと破片が落ちてきて、粉じんがひどかった。珪石なのでピカピカ光って見えた。

石綿についてはよくわからないが、炉の下に耐火用マットのように敷かれていたのがたぶんそうだったと思う。構内の暗いところでも炉の周辺では、電気溶接の火花が散っていたのでよく見えたことを記憶している」

酸素吸入しているSさんからは、これだけ聞き取るのがやっとだった。その後病状が急変し、1月30日に亡くなられた。「俺はこんな仕事で石綿の病気になったのだ」と言い残すかのような切羽詰まった口調であった。ご家族もこの時初めて、父がどんな仕事をしていたのか知ったと言う。後に娘さんの一人は、「知らないことばかりだった。話を聞いて、家族のために頑張ってくれたのだと改めて父に感謝の気持ちで一杯になった」と語った。

2月5日、家族と共にK社に行くと、取締役統括部長は、「在籍期間は確認できるが、労働者名簿等はなく、当時の同僚など関係者もいない」「確たる証拠がなく、事業主証明できない」と回答した。また、死亡診断書には肺がんの原因が「不詳」となっていた。Sさんの証言や、会社に残されていた雇用保険被保険者資格喪失確認通知書から石綿取扱い作業従事期間が10年以上あることは確認できたが、主治医も、じん肺の肺病変は存在するが、「石綿所見」は明確ではないとし、結局、解剖して確定することになった。

旭硝子はホームページで、ガラス製品の原料の一部にアスベストを使用した製品があることを認め、アスベストが原因で労災認定された従業員に補償金支払規程があると公表している。すでに、中皮腫や肺がんで労災認定を受けた元従業員4名に補償したとしているが、下請けなど関連企業で発生したアスベスト被害にまで適用するものではないようだ。Sさんのように下請けなど関連企業で働いて肺がんや中皮腫で労災認定された労働者お多数いるに違いない。

Sさんは鶴見労基署に労災申請後、X線とCTにより石綿所見が確認され、解剖所見の結果を待つまでもなく因果関係は明確となった。旭硝子は、自社従業員ばかりでなく関連下請けで働いて石綿疾患に倒れた労働者にも補償金支払い規程の枠を広げていくべきだろう。【西田】