アスベスト肺がん訴訟が始まる(横浜地裁)

松田さんのアスベスト肺がん訴訟が始まる

 故松田光雄さんの石綿肺がん労災裁判が横浜地方裁判所で始まった。
 松田さんは1981年4月から2011年3月までの約30年間、大工工事に従事し、木造家屋や鉄骨造りのビル等の新築工事、改修工事を行いアスベストにばく露した。まだ現役であった54歳(2014年)に肺がんを発症し、翌年に死去される。療養中からアスベスト肺がんであるとして労災請求をしていたが、死去後に労災不支給の決定となる(相模原労働基準監督署)。
 ご遺族ならびに松田さんが加入していた建設組合(神奈川建設ユニオン)と審査請求、再審査請求を行ってきたが、いずれも棄却され、本提訴に至った。訴訟代理人は「センターを支える人々」(2018年4月号)にも登場した飯田学史弁護士(横浜はばたき法律事務所)にお願いした。提訴に至るまでの経過を報告する。
 次回の期日は2018年9月5日(水)10時30分から場所は横浜地裁502号法廷で行われる。多くの方の傍聴参加を呼び掛けます。(鈴木江郎)

■松田さんの石綿ばく露作業について

 松田さんは81年4月から94年3月まで父親が経営する松田工務店の従業員として、その後独立し一人親方として14年まで大工工事に従事した。大工工事では木造住宅の新築工事、改修工事や鉄筋鉄骨造りのビルやマンションの改修工事(木工事)などに従事する。地場の工務店からの大工工事の受注や個人の施主からの大工工事を請け負っていた。そして松田さんが大工仕事において石綿粉じんにばく露した期間は30年近くあり、ばく露作業としては次のようなものがあった。

 石綿含有吸音天井板(吸音テックス)の貼り付けにおいて現場で板のサイズ調整のためカッターで切断する作業、および改修工事において同部材を壊す作業。内装材や天井材として使用される石膏ボードをカッターで切断したり貼り付ける作業、および改修工事において同部材を壊す作業。

 主にキッチン周りなど内装材として使用されるフレキシブルボードを電動丸鋸で切断したり貼り付ける作業、および改修工事において同部材を壊す作業。内装材や外装材として使用される大平板を電動丸鋸で切断したり貼り付ける作業、および改修工事において同部材を壊す作業。内装材や軒天材、間仕切り材として使用されるケイカル板を電動丸鋸で切断したり貼り付ける作業、および改修工事において同部材を壊す作業。

 外装材として使用されるサイディングボードの貼り付け作業、電動丸鋸で切断する作業(サイディング工事は今でこそ専門職がいますが、80年代の出始め時は、大工がサイディング工事も行う場合が多かった)。洗面所やトイレの床材として使用されていたクッションフロア(CF)やビニル床タイル(Pタイル)の改修張替工事において同部材を裁断し壊す作業。

 改修工事において床下の根太の間や壁の間や天井裏にある石綿含有断熱材を除去する作業。毎日、作業の終了時に現場を掃き掃除するので、掃き掃除において再飛散した石綿粉じんにばく露。鉄骨造りの建物の改修工事において、天井の下地を組む作業等で、鉄骨と木材を固定させる際に、鉄骨に吹き付けられていた石綿を除去する作業。その他、鉄骨造りのビルやマンションの改修工事(木工事)では、吹付け石綿を除去しながらの作業であったし、吹付け石綿のすぐ間近での作業。

■斉藤竜太医師の意見書「石綿所見あり」

 そして、54歳(14年)で肺がんを発症してしまう。松田さんは建設組合の役員を長年務めており、アスベストについても認識していたので、石綿肺がんとして労災請求する事を組合と相談し、当センターが支援する事になった。

 アスベスト疾患の労災認定基準では、肺がんで特定3作業(石綿紡織製品製造、石綿セメント製品製造、石綿吹付)以外の作業については何らかの医学的な所見が必要とされる。そこで松田さんの胸部X線写真と胸部CT写真をアスベスト疾患について詳しい斉藤竜太医師(十条通り医院・神奈川県大和市)に読影してもらったところ、「胸膜プラーク所見あり」「第1型以上の石綿肺所見あり」との診断を得た。

 更に、大工工事を受注していた工務店T社の常用大工Oさんも、じん肺管理区分2続発性気管支炎の石綿肺で労災認定されている。松田さんとOさんは常時同じ現場で働いていたわけではないが、T社からは同一のアスベスト含有建材が支給されるのであり、Oさんも松田さんも同様の大工作業にて石綿ばく露した事は間違いない。実質的な同僚Oさんの石綿肺労災認定の事実は重要である。

■相模原労働基準監督署による不支給決定

 しかしながら、相模原労働基準監督署は不支給決定を行った。不支給の理由を確認すると、石綿ばく露期間と作業については相模原署も概ね認めている。問題は医学的な石綿所見の有無についてであった。

 まず、神奈川地方労災医員の小倉医師は「CT画像上で、胸膜肥厚はあるが、胸膜プラークとは診断できない」「石綿肺の所見はない」とし、更に、相模原署が意見を求めた石綿確定診断委員会も「第1型以上の石綿肺の所見を認めない」「胸膜プラークの所見を認めない」と診断した。この2つの意見によって医学的所見なしにて不支給決定となったのである。

■海老原勇医師の意見書を提出

 そして労災請求中に残念ながらご本人がお亡くなりになり、遺族である妻が松田さんの意思を引き継ぎ審査請求を行う事になった。相模原署も石綿ばく露期間と作業については認めており、審査請求では医学的所見が唯一の争点となる。そこで、長年にわたり数多くのアスベスト患者を診てこられ、またご自身で解剖も行い、大工を含めた建設従事者とアスベスト疾患について造詣の深い海老原勇医師(昨年他界された)に胸部X線と胸部CT画像を読影してもらい、以下の通りの意見を頂いた。

 「(胸部CT写真上)肋骨内面に認められる線状陰影は解剖学的に肋間動静脈や肋間筋の分布とは異なっており、レントゲン的濃度からもextrapleural fat(胸膜外脂肪:筆者注)とは考えにくい。これまで実施した胸膜肥厚斑例に関する多数例についての剖検所見とレントゲン写真、胸部CT所見とを対比した多数の研究から、松田光雄殿に認めた上記の陰影は胸膜肥厚斑であると診断できる」「胸部CT肺野条件で軽度ながら胸膜下曲線状線状陰影(SCLS)を伴う間質の線維化は標準写真で石綿肺1型には届かないが、胸部CT縦隔条件で認められた胸膜肥厚斑と合わせて松田光雄殿の肺癌は石綿関連肺癌と診断される」。

 そして同意見書で参考図書として挙げられた海老原医師による二つの論文「胸膜肥厚斑(Pleural Plaques)胸部レントゲン写真、胸部CT写真との対比」および「肋間静脈との鑑別を中心とした胸膜肥厚斑の診断」も併せて提出した。

■審査官及び労働保険審査会による棄却決定

 加えて中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会・ひょうご支部が取り組んだ石綿肺がん労災不支給処分の取消判決(大阪高等裁判所判決確定)を引用し、「同僚O氏の石綿肺発症に加え、現実に大工一般に相当数の石綿被害が出ている事を踏まえれば、松田光雄が受けた石綿ばく露は肺内に胸膜プラークを形成するに十分な程度に至っていたものと認めるのが相当である。加えて松田光雄に胸膜プラークが存在するとの意見を述べる医師が複数おり、胸膜プラークが存在する相当程度の可能性があることまで否定できない。これを併せ考慮すると松田光雄の肺がんは認定基準を満たす場合に準ずる評価をすることができる」と意見を述べた。

 しかしながら神奈川労働局の保住労災保険審査官、その後の再審査請求について労働保険審査会はいずれも相模原署と同様で医学的所見が認められないとして請求棄却の決定を行った。だが棄却の理由を読んでも、海老原医師の意見に真正面から向き合う根拠は示されず、原処分で意見した地方労災医員の小倉医師による「今回指摘の右肋膜内面に認められる線状陰影も肋間動静脈か肋間筋の可能性が高い。少なくとも胸膜プラークとは診断できない」という意見を追加で示した程度であり、とうてい納得できる内容ではなかった。

■建設従事者みんなに繋がる取り組みを

 そこで松田さんの遺族と建設組合と相談し、飯田学史弁護士(横浜はばたき法律事務所)が代理人となり、横浜地方裁判所に労災不支給の取消訴訟を提訴するに至った。提訴日は18年3月26日で、第1回口頭弁論期日が6月6日に開かれた。神奈川建設ユニオンから24名、中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会・神奈川支部から9名が法廷に駆け付け、傍聴席が埋まる勢いであった。そして提訴では新たな証拠として春田明郎医師(横須賀中央診療所)の「胸膜プラーク有り」の意見書および同僚でもある実父の大工工事における石綿ばく露の意見書を提出した。

 大工を含めた建設従事者のアスベスト肺がんの労災認定の取り組みは、まだまだ埋もれている課題であり、また今回の胸膜プラークの有無をめぐる争いは非常に重要な取り組みである。松田光雄さんもご遺族も、これは本人だけの問題ではなく、建設従事者みんなに繋がる取り組みである事を強く意識され、諦めずに頑張ってきた。これからも裁判経過については定期的に報告していく。多くの皆さまのご支援をお願いしたい。