中皮腫患者に対するピアサポート活動と石綿ばく露調査

 中皮腫サポートキャラバン隊は19年度に引き続き、20年度も高木仁三郎市民科学基金の助成を受けて「中皮腫患者に対するピアサポート活動と石綿ばく露調査」を実施した。中皮腫患者の現状を患者自身の手で調査、集計、分析し、実態を明らかにすることで、社会保障制度や医療環境の改善や患者どうしの情報共有、励まし合いにつなげていくためである。本号では、高木基金に提出した調査報告書を掲載する。【鈴木】

研究の概要、取組の背景・動機

 中皮腫の原因は、そのほとんどが石綿(アスベスト)ばく露と言われており、我が国では1960年代~1990年代に石綿を大量に輸入・使用したことで多くの労働者や住民が石綿ばく露した。そして中皮腫は発症までに約40年の潜伏期間があり、そのことを踏まえると2000年代~2030年代は中皮腫患者が多く発症する可能性が考えられる。なお、全面使用禁止は2006年であり、現在も多くの既存建物には石綿が使用されているため、石綿の飛散や石綿ばく露の危険性は未だ解決されていない問題として存在している。
 一方で中皮腫は希少がんとして治療法の開発が他の癌と比較して遅く、治療法の選択が限られている。また中皮腫患者はその希少性から同一疾患の患者と会う機会も少なく、精神的に孤立しやすい状況と言える。また今まで定年を迎えた患者が多かったが、近年30歳代~50歳代(以下、現役世代)の中皮腫患者の相談も増えており、中皮腫という同じ希少がんを発症した患者同士が互いに励まし、支え合う「ピアサポート活動」の重要性・必要性は高まっている。
 また、石綿ばく露の経緯が不明とされる中皮腫患者が増えており、労働災害と認められず、石綿健康被害救済制度の支給を受ける患者も存在している。しかし救済給付は給付水準が低額なため、現役世代の患者にとっては経済的な困窮も発生している。そこで、本調査は石綿ばく露の経緯が不明とされた中皮腫患者の石綿ばく露の機会を聴き取り調査して石綿ばく露の原因を追究する。

研究・分析の手法、実施経過

 調査手法として、中皮腫サポートキャラバン隊(以下、キャラバン隊)のメンバーが中皮腫患者に会いに行き、現在の治療内容、日常生活の身体機能の制限、手術後のQOLの変化、治療における副作用や合併症の有無、就労状況と経済状況、石綿ばく露の原因を、質問票を用いて半構造化面接で聴取していく予定であったが、新型コロナウイルス感染症の流行により調査手法を郵送やオンライン面談による聴取に切り替えた。以下の分類に応じて17項目46個の質問を設けた。
⑴ 回答者について/性別、年代、居住地(都道府県)、中皮腫の種類

⑵ 治療内容について/現在と過去の治療の比較、手術の種類と術後のQOL(生活の質)、日常生活における身体機能の制限、治療における副作用と合併症、実施した補完代替医療、治験の有無

⑶ 就労状況と経済状況について/発症前と発症後の就労状況の変化、就労の理由、世帯の収入と支出の状況、生活の困窮の有無

⑷ 現在の気持ち/何をしたいか、支えとなるもの、気を付けている事、一番つらかった事、家族への想い、励まされた言葉、嬉しかった言葉、大切にしている事、医療従事者や行政に対する要望

⑸ 石綿ばく露の機会について/職歴、石綿ばく露の自覚の有無

調査の結果・分析と考察

 本調査の回答数は63回答であった。回答者の内訳は次頁の表1のとおり。本調査において明らかになった特徴的な点は以下の6点である。

胸膜中皮腫の手術後の身体的制限について

 胸膜中皮腫の手術には、胸膜を切除し横隔膜や心膜や肺を温存する胸膜切除/肺剥皮術(P/D)と、肺、胸膜、横隔膜や心膜ごと切除し人工の膜で横隔膜や心膜を再建する胸膜肺全摘術(EPP)とがある。
 そこで本調査では、P/DとEPPの術後で身体的制限が発生した期間とその程度の比較を行った。回答者63名のうち手術を施行した患者は28名で、本調査の有効回答数は18名(術式:P/D11名、EPP7名)であった。

 ①術後の身体的制限が発生した期間1ヶ月ごとの身体的制限の程度を4段階で評価してもらったところ、術後1ヶ月未満の身体的制限はP/DとEPPではどちらも非常に感じているものの、期間を経ることで身体的制限は軽減されていた。ただ、術後6ヶ月間の段階ではP/DがEPPより身体的制限の回復は早いことがわかった。

 ②手術後の日常生活での身体機能についての質問では、「軽度の症状があり肉体労働は制限を受けるが、歩行、軽労働や座業はできる状況」がP/D8名(73%)に対してEPP4名(57%)、「歩行や身のまわりのことはできるが、時に少し介助が必要なこともあり、軽労働はできないが日中の 50%以上はベッド周辺を離れて生活できる状況」がP/D3名(27%)に対してEPP3名(43%)と割合が逆転している。
 また、手術後の運動時の身体機能については、「平坦な道を早足で歩く、あるいは緩やかな上り坂を歩くときだけ息切れがある」P/D3名(27%)に対してEPP1名(14%)、「息切れがあるので同年代の人より平坦な道を歩くのが遅い、あるいは平坦な道を自分のペースで歩いている時、息切れのために立ち止まることがある」はP/D6名(55%)に対してEPP4名(57%)、「平坦な道を約100m、あるいは数分歩くと息切れのために立ち止まる」はP/D2名(18%)に対してEPP2名(29%)と、こちらも割合が逆転しており、P/DよりもEPPの方が手術後の身体機能により強い制限がかかっていることが伺えた。

 ③術後に制限が発生した日常活動について質問したところ、制限があまり生じていない動作は「座位」程度であり、P/DとEPPともに30~60%の割合で「床等からの起き上がり」「寝返り」「入浴」「更衣(下半身)」について制限が発生しており、更にP/DとEPPともに80%前後が「歩行」と「更衣(上半身)」に制限が発生していた。また、総合的には、P/DよりもEPPの方が日常動作に制限が生じている割合が高いという傾向も明らかになった。

発症前後の就労状況の変化と就労理由

 回答時点での就労状況を確認したところ58回答のうち事業主3名(5%)、正社員8名(14%)、アルバイト・パート3名(5%)、休職中9名(16%)、無職35名(60%)であり、発症前後の就労状況の変化については52回答のうち「中皮腫の発症前と同じ職場で同じ雇用形態で就労している」9名(17%)、「中皮腫の発症前と同じ職場に所属しているが休職している」11名(21%)、「中皮腫の発症後は退職して、現在は就労していない」19名(37%)、「中皮腫の発症後は業務負担の軽減で、雇用形態や勤務先を変更して同じところで就労している」2名(4%)、「中皮腫発症前は就労しておらず現在も就労してない」11名(21%)であった。中皮腫発症後も就労状況に変化のない方が9名(17%)に対し、発症後は休職もしくは退職された方が30名(58%)であった。
 また、就労継続している理由について質問したところ、27回答のうち「経済的な理由のため」が7名(26%)おり、現役世代の中皮腫発症後の経済的支援の必要性が改めて浮き彫りになった。

経済状況について

 昨年に引き続き、経済状況についても質問し、就労と年金受給の関係から「60歳未満」と「60歳以上」の2区分で集計した。「60歳未満」は、収入が増加した3名(23回答のうち13%)、減少した17名(同74%)、変化なし3名(同13%)。「60歳以上」は、収入が増加した11名(36回答のうち31%)、減少した17名(同47%)、変化なし8名(同22%)であった。経済的な困窮について、「60歳未満」は、感じている12名(20回答のうち60%)、感じていない8名(同40%)。「60歳以上」は、感じている15名(35回答のうち43%)、感じていない20名(同57%)であった。
 数字に表れている通り、「60歳未満」の収入の減少は74%と顕著であり、半数以上が経済的な困窮に繋がっている。

治験について

 中皮腫の治療について現状では選択肢が少なく、新薬に対する期待が大きい。そこで本調査では治験について質問を行った。まず、治験に「参加したことがある」5名(60回答のうち8%)、「参加したことはない」55名(同92%)と、ほとんどの方が治験に参加していない状況だった。一方で「治験に参加したい」43名(51回答のうち84%)、「参加したくない」8名(16%)と、治験に参加したいが、実際には参加できていないギャップが伺えた。更に、治験に参加できていない理由を質問したところ、「医療機関から情報提供を受けていない」が39名(52回答のうち75%)と圧倒的に多く、主治医からの治験情報の提供不足が明らかとなった。

中皮腫発症後の気持ちについて

 中皮腫発症後の気持ちについて、質問ごとに自由記入してもらったのでそのまま紹介する。

①あなたは今、何をしたいですか?
 ・身体が自由に動けるようになりたい
 ・平凡な日常生活を取り戻したい
 ・以前の様に歩きたい。運動もしたい。家の用事をしたい
 ・何もない健康だった時に戻って働きたい

②あなたは今、何を支えに頑張っていますか?
 ・家族や友人たちからの応援と必要とされている事
 ・まだ生きていける、まだ色々な事が出来るという心持が支えになっている
 ・趣味を続けていく事と野菜作りで頑張っています
 ・家族との時間

③中皮腫を発症してどのようなことが一番つらかったですか?
 ・余命が短く、有効な薬も少ないという事で希望が全く持てなかった事、
  健康な人と全く別世界にいるような心境になった事
 ・家族に心配をかけている事、貴重な時間を使わせている事、多くの出費をさせている事
 ・効果のある治療法がない事。専門の医者が少ない事。治らない病気と思われている事
 ・なぜ自分が発症したのか分からないからつらい。アスベストをいつ、どこでと考えても、
  はっきりとまだ分からないから、まさか自分がなるなんて。

④治療中の励まされた言葉や嬉しかった言葉
 ・いつもそばにいるよ(孤独から解放された事が大きかったです)
 ・やはり同じ立場、同じ病気の方から掛けてもらった言葉、声掛けは何より重みがあり、
  同じ病気と闘う仲間として心強かった
 ・家族に頑張ろうと言われた事
 ・医療は日進月歩だよという言葉。
  細く長く生きていれば、いつか良い薬(治療)に出会えると信じてきた

⑤大切にしている事や誰かに伝えたい事
 ・自分を大切に、一日を楽しく笑って過ごす。食生活のバランス。
  会いたい人に会ったり、食べたいものを食べる
 ・やりたいと思ったことに挑戦する!中皮腫サポートキャラバン隊の活動
 ・命は無限ではない、限りある命。
  今を楽しく、今に満足し、今に幸せを感じ、1日1日を大切に積み重ねていく
 ・諦めてはいけない。どんな時も

労災保険適用されてない方の石綿ばく露状況

 業務上の石綿ばく露とされていない方の石綿ばく露機会についても質問を行った。29回答あり、内訳は、「石綿製造工場の周辺住民」1名、「家族が仕事で石綿ばく露して、作業着などにより家庭内ばく露をした」2名、「自宅の天井や壁に石綿が吹付けられていた」1名、「石綿が吹き付けられていた建物に出入りしていた」4名、「通っていた学校の教室や廊下や階段裏、体育館などに吹き付け石綿があった」2名、「ベビーパウダー(天花粉、シッカロール)を頻繁に使用していた」7名、「石筆(ろう石)を頻繁に使用していた」1名、「まったく自覚がない」11名であった。
 学校を含めた建物の吹付石綿からの石綿ばく露が7名、ベビーパウダーの頻繁な使用が7名と多く注目に値する。建物ばく露については勤務先の建物の場合は労災保険が適用されるので注意喚起していきたい。ベビーパウダーについては、アメリカでは製造メーカーに対し大規模な訴訟が展開されているが、日本ではその様な状況ではないので今後の課題である。

今後の展望

 本調査の集計・分析結果は、我々が運営しているウェブサイト等で発表し、患者同士のピアサポート活動や情報共有、今後の療養生活に役立ててもらいたい。
 また「第2回日本石綿・中皮腫学会学術集会」に本調査の結果を発表した。中皮腫の専門医等の医療従事者に対して、患者が置かれている実態について深く周知、診療の質の向上に繋げたい。そしてキャラバン隊メンバー2名が日本肺がん学会の中皮腫ガイドライン作成委員会に委員として参加しており、本調査で明らかになった問題点をガイドラインに反映させていきたい。
 さらに、本調査結果で明らかになった現状の問題点を、厚生労働省、環境省に提示して、制度の改善を要求していく。特に21年度は「石綿健康被害救済制度」の5年に1度の見直し年度なので、本調査の「経済状況」についての調査結果を提示し、現役世代の給付水準の向上を求めていく。