アスベスト肺がんで労災認定 NECにて真空管製造のための電子炉製作作業による石綿ばく露
日本電気株式会社(NEC)玉川事業場で働いていたOさんが、作業中の石綿(アスベスト)ばく露により肺がんを発症し、労災補償を求めていたが、このたび労災認定された。石綿による肺がんの労災認定の基準が2012年3月に改訂された後だったため、どうなるか心配されたが、「胸膜プラークあり」という診断のもと労災認定された。厚生労働省の「石綿労災の認定事業場」では、NECでの石綿労災は2例目(いずれも玉川工場)。【鈴木江郎】
きっかけはホットライン
Oさんは、中皮腫・じん肺・アスベストセンターが行った「アスベスト・ホットライン」で私たちと繋がりました。Oさんは既に「石綿健康管理手帳」を取得していました。「石綿健康管理手帳」とは、石綿ばく露作業に従事した方が離職後に健康診断を無料で受けられる国の制度です。Oさんは健康診断で「要精査」と言われたので、心配になって相談されたのでした。
すぐに十条通り医院の斉藤医師に診てもらうと、「肺がん」と診断されました。石綿健康管理手帳によりOさんの過去の石綿ばく露の事実が分かっていたので、石綿との関係を診てもらうと、「胸膜プラーク」が微妙だが有りという診断でした。
電気炉製作で石綿ばく露
Oさんは、1957(昭和32)年から1977(昭和52)年まで約20年間、川崎にあるNEC玉川事業場で働いていました。厚生労働省公表の「石綿ばく露作業による労災認定事業場一覧」によれば、Oさんと同じNEC玉川事業場で労災認定されている事例が過去に1件あります。石綿製品製造業や造船業や建設業における石綿ばく露による被害の陰に隠れがちですが、NECのような電気製品製造関係業務での石綿ばく露における労災認定件数は約200件にも及んでいます(労災認定の事業場公表された分だけで)。
Oさんは、電気炉の製作及びメンテナンス作業に従事していました。主に真空管を製造する電気炉で、炉そのものを製作したり保守点検する業務がOさんの仕事でした。電気炉の内側には断熱・絶縁材として石綿板を多量に使用していました。Oさんは、電気炉を製作する際、石綿板を倉庫から持ち出し、電気炉のサイズに合わせて切断や穴あけし、電気炉内に貼り付ける作業等で石綿にばく露してきたのです。
また、電気炉に接続しているガラス管が高温になることから、ガラス管に石綿リボンを巻き付ける作業をしたり、倉庫内で石綿板の在庫管理なども行っていたため、様々な作業において石綿にばく露され続けたのです。
これら電気炉製作や保守点検の現場では電動ノコギリなどを使用して石綿板の切断等を行っていたため、粉じんが多く舞っていましたが、会社からは粉じん防護のためのマスクや防護服などは何も支給されませんでした。
このような事からOさんは石綿に多量にばく露し「肺がん」を発症してしまったのです。
石綿肺がん労災認定基準の改訂をめぐって
石綿による肺がんの労災認定件数は少ないのが現状です。認定基準のハードルが高いことが一因であると考えられます。つまり、石綿にばく露することによって生体に起こる変化は個体差があり、また石綿の種類によっては肺内に石綿繊維が蓄積されないことから、医学的な証明には限界があるのですが、厚生労働省は医学的な証明に固執しています。仕事により石綿ばく露したことが証明されれば労災認定するべきと考えます。石綿関連疾病に関する国際的な専門家会議でも、医学的な証明の限界とともに、職業歴を調べることの重要性が提言されています。
そのような中、2012年3月、石綿肺がんの労災認定基準が改訂されました。
当初、「従事歴10年+胸膜プラーク」という基準をなくすという改訂案が出されましたが、これでは補償を受けるべき被災者が更に補償を受けられなくなるとして、「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」や各地の安全センターが粘り強く働きかけ、また、石綿関連疾患の専門医師459名による連名意見書において批判し、撤回させました。
結果として、新しい労災認定基準では、①石綿肺所見、②従事歴10年+胸膜プラーク(10年未満は個別検討)、広範囲の胸膜プラーク所見の場合は1年以上、③従事歴1年+肺内の石綿小体5000本以上もしくは石綿繊維200万本以上(1年未満もしくは石綿小体1000本~5000本は個別検討)、④びまん性胸膜肥厚、⑤石綿紡織品製造、石綿セメント製品製造、石綿吹付け作業の従事歴5年(医学的所見は不要)の五つに形式化されました。
②の「従事歴10年+胸膜プラーク」の基準を残せたことは私たちの取り組みの成果であり、新しく取り入れられた⑤については、従事歴5年は長すぎますが、石綿の高濃度ばく露である3つの作業では医学的所見を不要としたことは改善です。しかしながら、③「石綿小体5000本以上もしくは石綿繊維200万本以上」は非常に問題があると考えています。
不当な労災補償課長通達
従来の認定基準では、「従事歴10年+石綿小体・石綿繊維」であり、石綿小体・石綿繊維に本数の限定はありませんでした。「但し書き」として、従事歴10年に満たない場合でも、乾燥肺重量1g当り5000本以上の石綿小体(もしくは200万本以上の石綿繊維)が認められれば労災認定するという本数の基準が設けられていました。つまり、「従事歴10年+石綿小体・石綿繊維」で労災認定されるが、従事歴10年に満たなくても、肺内に石綿小体5000本以上(もしくは200万本以上の石綿繊維)があれば、高濃度の石綿ばく露が確認されるので労災認定するという基準でした。
しかし、2007年に「石綿小体5000本から明らかに少ない場合は本省検討」という労災補償課長通達が出されて以降、石綿肺がんの労災請求が相次いで不支給決定されました。つまり、「石綿小体5000本以上(もしくは200万本以上の石綿繊維)」という、従来は従事歴10年未満の場合のみの基準を、従事歴10年以上の方にも当てはめるという本末転倒の通達でした。
労災不支給決定を取り消す裁判判決
この通達により、以前なら労災認定されてきた方々が多く不支給決定される事態となり、不支給決定取り消しを求める裁判が全国で相次ぎました。
そして、原告の方々の熱意とご苦労や、支援者の努力が実を結び、労災不支給決定を取り消す判決が立て続けに出されています。判決でも明確に2007年労災補償課長通達は合理的でないとし、厚生労働省の主張を退けています。厚生労働者は敗訴を真摯に受け止め、速やかに新基準の③従事歴1年+肺内の石綿小体5000本以上もしくは石綿繊維200万本以上(1年未満もしくは石綿小体1000本~5000本は個別検討)を見直すべきです。
ユニオン加入と団交要求
Oさんは「従事歴10年+胸膜プラーク」で労災認定されました。この認定基準は、先に触れたように「患者と家族の会」はじめ様々な方々が粘り強く厚生労働省に働きかけを続けて来た結果で残った基準です。そう考えると、厚生労働省の当初の認定基準案はいかにずさんで補償すべき被災労働者を簡単に切り捨ててしまう誤った判断だったことが良く分かります。厚生労働省は猛省すべきですし、もっと「患者と家族の会」や安全センターなど被災労働者の声に真摯に向き合い、耳を傾けるべきです。
Oさんは現在、療養中ですが、アスベストユニオンに加入し、ご自身同様に石綿にばく露したであろう同僚の健康管理などを求めてNECに対し交渉を要求しました。会社との交渉については改めてご報告できればと思います。