産業保健の目:財務省官僚トップのセクハラ
産業保健の目:財務省官僚トップのセクハラ
センター所長・医師 天明 佳臣
通常国会が7月22日に閉会しました。財務省関連では森友学園をめぐる決裁文書改ざん、加計学園問題では元首相秘書官の「首相案件」発言の浮上、さらに事務次官のセクハラ、防衛省による日報隠ぺい等、いずれも安倍政権の姿勢が問われる問題です。とくに国会審議の最大の焦点だった森友・加計問題では、安倍昭恵氏と「腹心の友」とする加計孝太郎理事長の国会招致について、安倍首相は「国会が決めること」とはぐらかし、与党も「民間人だから」などと、首相に不利な事案には拒否の姿勢を通しました。
ここでは、あえて財務省前事務次官福田淳一氏のセクハラ問題を取り上げます。5月28日から6月8日にかけてスイス・ジュネーブで開催されたILO総会で、セクハラなどの働く場における暴力、ハラスメントを根絶するための条約を目指す方針が決まりました。日本では、働く場でのセクハラについては、男女雇用機会均等法で事業主に防止措置義務が課せられていますが、セクハラ行為そのものへの規制ではありません。ちなみに国家公務員の場合、人事院の指針で、セクハラの行為者は免職や減給などの懲戒処分を科すことができるとされているようです。厚生労働省の労働政策審議会で、セクハラやパワハラ対策について審議が始まりました。私たちとしても、その現状をしっかりと把握しておく必要があります。
福田氏のセクハラの経過
福田氏とテレビ朝日の女性記者は、16年から複数回2人で取材目的の会食をした。その際福田氏からセクハラ発言があり、女性記者は録音を始めた。
今年4月4日、福田氏が女性記者を呼び出し、その際もセクハラ発言があり録音した。女性記者は上司にセクハラ被害を相談したが、上司に「難しい」と言われたため、週刊新潮の取材を受けた。
週刊新潮は4月12日発売号に福田氏のセクハラ発言を掲載。「浮気しようね」「胸触ってもいい?」「手をしばってもいい?」「エロくないね、洋服」。
週刊新潮は4月19日発売号で、セクハラが行われた店の場所や時間を明らかにし、福田氏のセクハラ発言を続報。「好きだからキスしたい」「好きだから情報を・・・」。
新聞労連は4月17日に、財務省の対応を批判。「セクハラは人権侵害だとの認識が欠如していると言わざるを得ない」「財務省の顧問先の弁護士事務所に被害者本人が名乗り出るように求めるのは被害者への恫喝で、報道機関に対する圧力、攻撃に他ならない」。
財務省記者クラブも4月18日に、「本人の特定など二次被害につながる恐れがあり、(調査の)協力要請は受け容れられない。(財務省の調査は)被害女性のプライバシーや取材記者としての立場がどう守られるのかが明確ではなく、本人に不利益が生じ、二次被害につながる懸念が消えない」と抗議。
4月18日、ずっと辞任を渋っていた福田氏が麻生財務大臣に辞任を申し出た。「ハラスメントの事実を認めないまま辞意を表明したことを残念に思う」と述べた(人事院規則が頭に浮かんだのか)。
4月19日未明、テレビ朝日の上司が記者会見で「優越的な立場に乗じた行為は当社として到底看過できません」など、同社の女性記者が取材過程において福田氏から度重なるセクハラ被害を受けていたと公表。財務省に抗議文を出した。この日の朝、福田氏は自宅前で記者たちに、「あれ一部でしょ。全部ではない。全部を見ればわかるから」。
「麻生節」の連発
福田氏のセクハラ発言について、麻生財務大臣は「(女性記者に)はめられた可能性もある」「セクハラ罪って罪があるの?」「(財務省記者クラブを)女性記者ではなく男性記者にすればいいのでは」などと発言しています。
麻生財務大臣は、森友学園問題をめぐる決裁文書改ざんについて、財務省の「書き換え」と表現し、国会で指摘されると、「バツをマルにしたとか、白を黒にしたとかいうようないわゆる改ざんとかそういった悪質なものではない」と答え、野党の批判を受けると一転して「白を黒に変えたって駄目な時は駄目」と謝罪(?)しました。改ざんについて麻生財務大臣は、「どの組織だってあり得る。個人の問題。」とも発言。安倍首相は麻生財務大臣をかばい続けています。間違いなく改ざん問題の是正よりも政権の維持を優先しています。このような麻生財務大臣が59名もの派閥の長でいることも到底理解できません。
セクハラの背景に迫る
読売新聞は、女性記者が福田氏とのやり取りの音源を週刊新潮に渡したことを問題視しています。しかし、女性記者が録音したのは取材活動の内容ではなく、セクハラ被害者の自己防衛のための記録です。笹山尚人弁護士は、「セクハラは1対1の密室で行われるケースが多く、立証が難しい。書面の言葉だけで裁判官を納得させるのはハードルが高く、音声データは裁判では貴重な証拠になります」としています。
そもそもこの事案のような1対1となるケースがなぜ生じるのか。各省省庁に記者クラブがあって、そこに登録して面談設定すれば定められた時刻に官僚に会いに行けるシステムで、上へのアクセスは非常によく、「アクセス・ジャーナリズム」といいます。官僚は「エサ」(情報)を持っています。また、記者が書きたい「ネタ」(情報)をぶらさげたりすると食いついてしまうことがあったと、東京新聞社会部の望月衣塑子記者は書いています。外国人特派員協会は、日本のジャーナリズムが、強くそこに執着することが多く、権力をきちんとチェック・批判する市民型のジャーナリズムができないのだと指摘しているそうです。つまり日本のマスメディアと取材先との構造的な問題を、福田氏のセクハラは改めて浮き上がらせたのです。
職場におけるセクシャルハラスメントとは、「どう定義されようとも最優先される原則が一つある。それはセクハラを受ける側が望まない行為であることだ。」(欧米企業の実践事例:ILO調査 アイリン・ラインハルト著 ILO東京支局監訳)「相手の意に反する性的言動」です。全国の労働局に寄せられる職場のセクハラを含むハラスメントの相談件数は増え続けています。特定個人の問題ではなく職場の問題だからでしょう。労使双方が基本的に人間として対等という意識が欠けていることが原因です。また、労働者の中で非正規雇用者の占める割合が増え続けて4割に達している点で、その多くが女性です。
港町診療所の労災患者をみても、今では腰痛などの運動疾患よりも、精神疾患の患者さんが増えています。患者の性比はほぼ同じです。加害者は使用者や上司に限りません。同僚や顧客などの言動が被害者の深刻な精神疾患につながっています。
国会審議について追記
先の国会で安倍首相が最も力を入れたという「働き方改革関連法案」のうち、裁量労働制の拡大は不適切データを引用した答弁で撤回に追い込みましたが、高度プロフェッショナル制度を含む法案は強行採決されました。それには大きな問題があります。「年収1075万円以上」で専門性の高い「金融ディーラーやコンサルタント」を想定しているという対象業務や年収適用要件など具体的事項は今後の労働政策審議会で議論し、国会審議を経ずに厚労省の省令で決まります。残念ながら、労働政策審議会における労働組合代表の力量は強くありませんが、国会と同じかそれ以上に注目する必要があります。