消防士Mさんの致死性不整脈を公務災害と認めさせよう!

地方公務員災害補償基金 茨城県支部審査会 口頭意見陳述
17年11月15日18時過ぎ、茨城県の消防署に勤務していたMさん(当時25歳)は、訓練中に倒れて病院に運ばれたが、致死性不整脈で翌日に亡くなられた。ご遺族が公務災害申請したところ、18年8月25日付で地方公務員災害補償基金茨城県支部は公務外と決定。まもなくMさんのお母様がメールをセンターにくださった。【下記参照】
センターがメールでお返事したところ、すぐにお電話を頂いた。お手紙も頂戴した。公務災害認定を求めるご遺族はもとより、現場の仲間の声もひしひしと感じる一方で、地公災基金の昨今の現状から、逆転の公務上認定は容易ではない現実がある。将来の裁判も見据えて、審査請求段階から弁護士さんと連携して取り組む必要があると判断。行政訴訟の経験も豊富で、自治労横浜消防協議会と共に、消防士の公務災害認定を勝ち取った経験もある、神奈川総合法律事務所の小宮弁護士にも代理人をお願いすることになった。
事実関係の再確認から始まり、医師や代理人意見書の作成、被災現場の再現調査およびビデオ撮影など約2年余り、やれることは全てやり切った。とくに、消防署関係者のみなさんのご協力には、心から感謝したい。
20年11月20日、地公災基金茨城県支部審査会の口頭意見陳述が実施された。お母様の意見陳述を紹介する。【川本】

お母様からのメール

こんにちは、はじめまして。Mと申します。この内容で相談して良いのか分かりませんがメールさせていただきます。
息子は消防士で高度救助隊をしておりました。去年11/15業務中、訓練中に倒れ、翌朝亡くなりました。25歳、致死性不整脈との病名でした。
公務外の災害と認定されたと9/3に電話を消防署より頂き知りました。死亡の前の業務上、勤務上に基金の規定の病気との因果関係が認められなかったのだろうと思いました。しかし、消防士として必死に体力鍛錬、消防の技術向上していた息子の名誉の為にも”公務外の災害”の認定に対し、再審請求をしたいと思っております。
アドバイスを頂けますでしょうか?再審請求に関し、こちらのホームページを始め、他も一生懸命読んでいたのですが、私の頭では理解が出来ません。どこに相談して良いかもわからず、メールをさせていただきました。宜しくお願い致します。

お母様の意見陳述

本日は息子の公務外の認定処分に関し、初めて発言する機会を頂きありがとうございます。
17年11月15日、高度救助隊として職務中、訓練で倒れて死亡した息子は25歳でした。怪我よりも重篤な状態になり死亡したのに公務外認定処分の通知を受け、家族は驚きました。どういう事だろうと、悲しみに打ちのめされました。これから家族の想いを話させていただきます。

まず初めに、息子は倒れる4日前、17年11月11日に消防署の代表として第28回茨城県安全運転競技大会に出場しました。当日は勤務日でしたので勤務時間中に大会へ出場し、優秀と表彰されました。大会前は消防署の名誉の為にぜひとも優勝したいと実地試験や学科試験の勉強をしていましたから、表彰されたと聞き私も内心ほっとしました。後日その様子が市役所のホームページに載りました。生きていたらそのホームページの写真を見て、頑張った事は実を結ぶんだねと本人に言ってあげたかったです。息子は家にいる時は布団に倒れこみ寝てばかりで、お祝いもしてあげられませんでしたから。

息子は地元で8歳より少年野球チームに入り、中学では部活で軟式野球をしておりました。高校で硬式野球を始め、3年の夏の大会では3番サードで出場し、初戦でホームランを放ち創部以来の4回戦まで進みました。部員、父兄、応援団共に暑い夏を一緒に戦ったのがまるで昨日のことのように思い出されます。社会人になっても消防の野球チームでプレーをし、地元では仲間と共に草野球チームを立ち上げ市民大会などに出場しておりました。身体を動かすことが好きで、チームプレーの野球が大好きな息子でした。

そんな元気な息子は、消防士として地元を守りながら、また長男として、私たちの面倒を見てくれるはずでした。が消防士を目指した理由は、「人命救助を一生の仕事にしたい」でした。高校を卒業してすぐに消防士になり「救助技術を磨き、市民の皆様の生命・財産を守る。日本一の消防士になる」との重厚な使命と高い志を胸に高度救助隊となる夢を叶え、仲間とともに職務に励んでおりました。消防署皆様の期待を受け、救急隊員として救急車での業務や、潜水士として水難救助活動にも出動し、多方面での経験を積ませて頂いていたようです。

私は常々「消防士は、市民の皆様の血税で生活をさせて頂いているんだからね」と言っておりました。公務員として、公私共に、市民の皆様に恥ずかしくない行いをしなければいけないと思っていたからです。そんなうざったいことを言う母親に、仕事の事は「守秘義務があるから」と多くは語ってくれませんでした。私は、家に持って帰ってきた水浸しで焦げ臭い消防服を見て「火災現場や、救助の現場で自分の身が危ない事はないの?」と、たずねたことがあります。「自分を守れない者は人の命を守れるはずはないから。その為に日々訓練をしているんだよ」「鍛錬しているから大丈夫! 災害現場で怪我をする事は無いんだよ」 と、誇らしげに言っておりました。私は、消防士の誇りとは何かを少しわかったような気がして、安心したのを覚えております。

息子の死亡後に、救助隊の皆様や同じ消防署に勤務するフィアンセからの激しい訓練や鍛錬の様子、職務に対する熱い想いをたくさん聞くことが出来ました。常日頃「俺達、高度救助隊は最後の砦だから」と言っていたことがより理解できました。所属していた高度救助隊は公私ともに仲が良く、日本一の消防士の証として消防技術大会でのロープブリッジ救助という種目での入賞を目指しておりました。「厳しい訓練はきっと俺らの力に変わるはず。ちょっとだけ無理なことに挑戦していこうぜ」とチームで頑張っている彼らに、私は親として、「仕事なんだからそんな無理はするものではない」と言ったほうが良かったのではと、今でも何度も考えてしまいます。

消防技術大会とは、消防士にとって名誉・誇り・技術のすべてをかけた、一生に一度出れるか出れないかの晴れ舞台です。息子にとって最後の出場となってしまった17年度の消防技術大会のロープブリッジ救助は全国大会に行くと思われておりました。しかし、息子のミスでタイムが遅れてしまい、チームは涙をのみました。ですから倒れた際の訓練は、次回こそは!と肉体的に負荷をかけ、精神的にもギリギリに追い込んで張り詰めていました。チームとしても、日本一の消防士に挑戦できるラストチャンスだということを周囲の方々も知っておりましたから。

前頁の写真(省略)は17年6月15日、最後になってしまった消防技術大会、競技直前の一コマです。職務としてだけではなく、男としてチャレンジの機会を頂けた事には感謝しておりました。

本日は消防署皆様のご厚意で、消防技術大会の訓練に使用している引きマシーンを支部審査会の委員の皆様にも見て頂きたいと持参させて頂きました。息子が倒れた当日も使っていました。この引きマシーンは、提出させて頂いた模擬訓練資料や再現DVDで使ったものと同じです。

息子のロープブリッジ救助での主な役目は30mのロープを一気に引き切るという担当でした。ですからこの引きマシーンで30mのロープを負荷をかけて引く訓練はの為にあったと言っても過言ではありません。そして倒れた時の訓練は、さらに20㎏の重りを頭上後方で上下させるという負荷をかけたものでした。引きマシーンを見ていると、今日は審査会には来られませんでしたが高度救助隊のへの思いや応援の気持ちを感じます。

訓練中に倒れてからずっと心臓マッサージを、救助隊、消防署の方々が交代で約6時間もしてくださいました。後に病院のドクターに聞いた話ですが、心臓マッサージは30分位で最後となるケースが多いそうです。理由の一つに、「心臓マッサージは強く・早く・的確に心臓に刺激を与えなければならない為、行う側も受ける側も大変なんだ」ということを知りました。現に、息子への心臓マッサージは消防士でも一人3分位が限界で、何人もが交代しながら行ってくれました。署長のご配慮もあり、一緒に勤務していた消防士のフィアンセが臨終の最後の心臓マッサージをしてくれました。

「やっぱり強かった、6時間もの心臓マッサージに耐え抜いたのだから」「普通だったら肋骨がボロボロに折れてしてしまう人もいるの」と、彼女は誇らしげに言ってくれました。私にとって息子の臨終という訳のわからない時間の中でその言葉がとても嬉しかったです。救助隊が一生懸命に心臓マッサージをしてくれている姿を見て、私は消防士としてのこれが運命なんだと受け入れるしかないと悟りました。

お葬式には消防署関係の方々、消防団の方々だけではなく、茨城県消防学校の生徒さん達も参列して下さいました。教官として消防学校にも行っていたとの事でたくさんの消防士達に敬礼で見送って頂きました。こんなに消防人として愛され、自分の誇りとする救助隊の証、オレンジの制服で旅立って行った。職務上、運悪く負荷をかけた訓練で生死の一線を越えてしまい、短い人生になってしまいましたが、私は、息子は最後まで消防士として「人命救助」という職務をまっとう出来たと思っております。

訓練中に死亡したのですから、公務外認定処分については、私の生涯をかけて何が何でも反論をさせていただきます。

このご時世、私から見れば公務員は安定した身分・給料です。しかし、公務員の中でも消防士は、誇りをもって厳しい訓練や鍛練に向き合ってもらわなければ、もしもの時に困るのは市民です。私は、真面目な消防士ほど人命救助の為にと厳しい訓練・鍛練をしていると思います。彼らは謙虚で気高い為、たとえ怪我をしても声を上げません。このままが公務外認定処分だと、他の消防士達は厳しい訓練や鍛練中に怪我やもっと重篤な状態、死亡など体調に急変があった場合はどうでしょうか? 今回と同じように職務中の体調の急変は何も認めてもらえないのではないかと、本人や家族は基金の仕組みに、不信感や不安を持ち、消防職務に集中できるでしょうか?

世の中の流れからいっても公平な判断・保証は必要だと思います。ですから公務認定にすることは、今も職務を遂行しているフィアンセの為にも、事情を知るすべての消防士達の為にも、意義があります。消防士達を見守る事しかできない、消防士の家族を安心させてください。

繰り返しになりますが、支部審査会の委員の皆様、本件をこのまま公務外認定処分で終わらせないでください。職務と認められている、負荷をかけた訓練中に怪我以上に重篤な状態、死亡した消防士に対して、誇りと名誉を奪わないでください。「公務と、相当因果関係をもって、発生したことが明らかではない」と、簡単に片付けないでください。

この事情を知る多くの消防関係の方々や私達は到底、納得が出来ません。息子は、高度救助隊として死亡したのですから。