国鉄・JR大船工場退職者会とアスベスト

国鉄・JR大船工場退職者会とアスベスト
五十嵐 哲(国鉄・JR大船工場退職者会事務局長)

今年、国鉄民営化30年の節目を迎えるJRは、合理化に次ぐ合理化で鉄道輸送の安全性が問題となっている。アスベスト問題もしかり。神奈川では、2008年12月25日に旧国鉄・JRアスベスト裁判が和解してからも、アスベスト被害は絶えることなく増え続けている。国鉄とJR両社にまたがった退職者の石綿健康管理手帳取得で掘り起こしを継続している国鉄・JR大船工場退職者会に、取り組みの経過と今後の展望について原稿を寄せてもらった。【池田】

■会の発足について

国鉄・JR大船工場退職者会は、旧国鉄大船工場(JR鎌倉総合車両センター)が06年3月31日に廃止になり、「国鉄大船工場退職者会」と「大船工場OB会」が合併し同年9月2日に発足し現在に至っている。発足時は約250名の会員がいたが現在は約160名。

■国鉄大船工場について

国鉄大船工場(JR鎌倉総合車両センター)は、鎌倉市の深沢地域にあり、戦争中に海軍の魚雷製造工場として出発。その後鉄道省、国鉄、JRへと移行し、国鉄分割民営化のあおりを受け06年3月31日にその機能を停止し工場廃止となった。
主に、東海道線、横須賀線、総武線等の電車および客車寝台車(ブルートレイン)等の検査修繕(車でいう車検)と、冷房装置の設置や更新工事等の改造工事を行っていた。多い時には約800名の作業者がいた戦後から約60年間稼働していた。
主な作業は、車体外板等の腐食部分の溶断溶接作業、車内の椅子、ドアー、窓等電気部品、台車部の解艤装修繕及び車体の内外と部品の洗浄と塗装作業等多くの種類に分かれ、それぞれの専門の作業者により行われていた。

■アスベストと鉄道車両

電車、寝台車(ブルートレイン)の車両には、断熱材として屋根と天井の間、外板と内壁の間等にアスベストが多く使われ、椅子の下にある暖房用ヒーターの断熱材として板状のアスベストを使用、車両の床下にアンダーシールの含有物、台車部の摩耗材として多量に使われていた。また、電気溶接、ガス溶接の作業時に断熱材として使われ、寝台車(ブルートレイン)では電源車に搭載されていたディーゼルエンジンにも多く使われ、検査、修繕時に直接手で扱ったり清掃時の気吹き作業によりアスベストが含まれる粉じんを大量に吸引していた。また、工場敷地内の建物の建築材や暖房用ストーブ、暖房用蒸気パイプの耐火被覆材として使用し、これらの取替え修繕を行っていた。
この時点では、アスベストの怖さを知らず労働組合も問題にせず、何の抵抗もなく安価で使いやすいということで毎日使用していた。検査、修繕時には布製のマスクや耐火作業着を使用していたが、防塵マスクは配られていなかった。

■アスベスト問題との関わり

04年12月に胸膜中皮腫で亡くなった加藤進さん(電気職場でばく露)の裁判闘争時に具体的行動はできなかったが、同僚の証人の紹介の場の設定を行ってきた。
その後、11年10月30日に中皮腫で死亡した砂川敏郎さん(享年79歳・旅客車職場でばく露、11年4月14日に業務災害認定)の件で、10年10月の国労神奈川地区本部のアスベスト相談の会議で五十嵐事務局長が状況現認書の作成に参加した。
12年2月17日に中皮腫で死亡した田島喜春さん(享年83歳・国鉄浜松工場と大船工場鉄工職場でばく露、12年12月20日に業務災害認定)の件では、11年11月の国労神奈川地区本部アスベスト対策委員会で藤曲副会長と五十嵐事務局長が状況現認書の作成に参加した。
このような相次ぐ被害を受け、アスベスト問題の深刻性をあらためて認識し、組織を挙げての取り組みが必要と実感。退職者会の総会でアスベスト問題の重大性を訴え、健診と健康管理手帳の取得に向けての運動に取り組むことになった。

■健診と健康管理手帳取得の取り組み

健康管理手帳の存在に気が付き、神奈川労災センターと国労神奈川地区本部の「旧国鉄・JRアスベスト基金事務局会議」の力を借りながら、手帳取得に向け、取り組みを開始した。
まず、同基金による健康診断を基本に、鉄道・運輸機構(国鉄清算事業管理部)の無料の「アスベストに関する健康診断」を港町診療所で12年2月から開始し、職歴の聞き取りから始めた。最初は、なかなか対象者が見つからず苦労したが、砂川さんや田島さんの例を出し、総会での訴え、入社時の同期や同僚に話をしながら徐々増えてきた。
記念すべき第1号の手帳は12年7月26日に発行された。その後、13年5月までに22名が手帳を取得した(第1陣)。総会でも実績を報告し、申請書類の書き方も馴れてきた。特に、工場の特性として20年も40年も同じ職場で働き退職しても繋がりが強かったため、同僚証明も意外とスムーズにとれる環境にあったことも強みだった。また、手帳を取った人が「俺も取ったからお前も取れよ」という声が広がり、アスベストの怖さを知らずに何十年も吸っていたことの危機感から、健診と手帳取得に多くの人が関心をもってきた。
港町診療所で行う健診には基本的に藤曲・五十嵐が同行し、健診後に経歴や作業内容の履歴の聞き取りを行ってきた。皆一様に「異常なし」と言われれば安堵するが、「念のためにCTを撮る必要が有る」と言われた時の心配そうな顔が印象的で、それだけ皆が心配しているなと毎回感じた。聞き取り時には昔話に花が咲きなかなか進まない時もあるが、楽しい時間でもある。
そして第1陣から第9陣まで52名が手帳を取得した(17年2月28日現在)。先にも記したが、工場では修繕内容により専門職に分かれていてアスベストを使用する機会が多種多様になっている。この間の手帳取得者は事務職以外ほぼ全般にわたっている。

■手帳取得後のアフターケアについて

手帳取得後の年2回の健診では、今まで最高9回の健診を受けている人がいる。健診結果は任意で報告を受けている。その内容に「アスベスト症」「胸膜プラーク」「胸膜肥厚」「不正形陰影」や医師所見による「ばく露所見」「精密検査必要」等の報告があり、心配で連絡してくる人もいて、その度に相談しながら進めている。
この間2名の「精密検査が必要」との医師所見があり、セカンドオピニオンとして港町診療所で健診を受けた。
アフターケアの活動の中で今感じているのが、大事なことが漏れてしまうことがこの間あり、お互いの信頼やきめ細かい連絡ができずに多いに反省している。

■今後の取り組み

今後、手帳取得者が高齢になるに従い、病気の発症が出てくるはずで、その時に退職者会としてどう対処するのか、どのような活動ができるのかを具体化しなくてはならない時期にきている。
工場退職者はまだまだ多くいる。退職者会の会員や(非会員も含め)今後退職を迎える人たちに取得者の手を借りながら広めていく活動が必要だ。その一環で今年5月27日(土)に「石綿の健康被害についての学習会」を手帳取得者、退職者会会員を対象に開催する。

■むすびとして

筆者自身も約30年にわたりアスベストを扱ってきたのでいつ発症するのか不安と怖さがある。今後も退職者の役員として、また個人として、精一杯「命の問題」としての活動していくつもりである。