消防士Kさんの中皮腫が公務上災害認定 消火活動、残火処理、火災原因調査、石油ストーブ検定試験による石綿ばく露

 Kさんは消防学校を経て1971年に消防士として消防署に入職。その後、8つの消防署と1つの消防科学研究所に所属し、2008年に消防司令として定年退職するまでの37年間を消防士として公務に従事してきた。定年退職後は民間の会社で働いていたが、2017年7月に胸膜中皮腫を発症し、2018年11月に同病で死去された。

 私たちは2018年2月にKさんと面談し、業務内容を詳しく伺い、消防に係る各種の業務により石綿ばく露が明らかであったので、公務上の災害として同年7月に地方公務員災害補償基金へ認定請求を行い、2019年9月に公務上災害として認められた。【鈴木江郎】

消火活動における残火処理、破壊活動による石綿ばく露

 Kさんの消防士としての業務で石綿ばく露した作業は多岐にわたる。まず火災建物が鉄筋コンクリート造や鉄骨造り等の耐火建築物であった場合、梁に吹付けられていた石綿が剥離しており、鎮圧事と鎮火後は目視と素手で確認をしていたので、その際に石綿ばく露。また消火活動における残火処理、破壊活動でも石綿ばく露があった。残火処理というのは火災の鎮圧状態から鎮火状態に至るまで、再燃火災の危険がないかどうか確認し、火種を絶やす作業である。火災現場で表面上は燃えていなくても、天井裏や壁の内部や火災の残骸に火種がある場合があるので、火種を探して消火する。その際に屋根や天井や壁を壊すので、吹付石綿や建材からの石綿が飛散していた。消火活動時は必ず防火衣、防火帽、空気呼吸器を装着して出場していたが、残火処理時には空気呼吸器やマスクは着用していなかったので、残火処理や破壊活動により飛散した石綿にばく露した。

火災原因調査における石綿ばく露

 更に火災現場では鎮火後に火災原因調査を行うのだが、これは鎮火後の残存物や灰等を掻き出しながら調査をする。火災現場に残った膨大な灰を限られた人数で急いで掻き出さなければならないので、現場には灰が巻きあがって黒い煙が立っていた。現場から戻る時には、鼻の穴が真っ黒に汚れてしまうほどであった。そしてこの残存物や灰等の中に、焼け落ちたり剥がれ落ちた石綿が混在しており、掻き出し作業においてかなりの量の灰を吸い込んだので、同時に石綿にばく露していた。この作業でも空気呼吸器やマスクの着用は無かった。

石油ストーブの芯からの石綿ばく露

 加えて、Kさんには火災現場によらない石綿ばく露作業もあった。Kさんは2年間、消防署から離れ、消防科学研究所に研究員として所属していた。この研究所で各種メーカーの石油ストーブの検定試験(耐震検査)を行っていた。これは耐震安全装置付き石油スト―ブの安全装置が正常に作動するかの検定試験である。

 検定試験では振動装置の上に石油ストーブを置き、点火し、振動を加え、自動消火装置が働くかどうかを検査する。当時の石油ストーブの芯には石綿が使用されていたので、振動によって芯が落下した際の衝撃により石綿が飛散。芯から近距離での目視による確認が必要であったので、この検定試験においても石綿ばく露していた。

建設工事現場における石綿ばく露

 上記の通りKさんの公務災害請求では、消火活動、残火処理、火災原因調査、石油ストーブ検定試験による石綿ばく露を申し立て、後述するように当時の所属消防署も石綿ばく露作業があったと「推認」し、公務上決定に結びついた。

 一方でKさんの石綿ばく露の作業はもう一つあった。それは、予防係長として鉄骨造りや鉄筋鉄骨造りの新築工事現場へ出入りし、中間検査や完成検査に立ち会うのだが、その際工事現場で飛散していた吹付石綿などに間接ばく露する作業である。この新築工事現場における石綿ばく露について、所属消防署も「工事中の新築建物の検査において、アスベストが使用されている場合、ばく露する可能性はある」と認めている。

 しかし地方公務員災害補償基金の認定事実においてKさんの工事現場での石綿ばく露については何も言及しておらず、現実的に建設従事者のアスベスト被害が膨大に発生している事を考えれば、この工事現場における石綿ばく露の事実認定もきちんとすべきであった。

所属消防署や基金本部専門医の意見

 Kさんの場合も石綿ばく露が今から30~50年も前であり、当時の資料(火災現場や消防活動の記録など)も残っていない。それでも公務上として認定したのは、所属消防署が「破壊活動により、石綿が露出、飛散した可能性はある」「消防隊が破壊活動を行った後、鎮火状態を確認する際、石綿が露出、飛散した可能性はある」「石油ストーブの検定試験時に、芯に使用されていたアスベストが飛散し、ばく露したと思われる」と認めた事、また当時の同僚が「建築時期、構造から石綿の建物かと予想はされます」「石綿の含有物が含まれていないと、断言することはできません」と証言したことが認定につながっている。

 加えて、公務災害補償基金の本部専門医による以下の積極的意見が公務上認定を後押しした。『本人は、昭和46年(1971年)から平成20年(2008年)3月まで、消防士として勤務しており、昭和40年代、50年代の建物については、石綿が盛んに使用されていたため、火災現場での活動中に石綿にばく露した可能性は高い。また、本人は、昭和47年11月から昭和49年11月まで消防科学研究所の研究員として、石油ストーブやボイラーの検定試験に従事しているがが、任命権者も「芯に使用されていたアスベストが飛散したと思われる。」としているとおり、当時はストーブの芯に石綿が使用されていたことから、当該業務においても石綿にばく露した可能性は高いものと考えられる。』『本人は公務で石綿をばく露したことにより悪性胸膜中皮腫を発症したものと考えられる』。

基金の認定率は依然として超低水準

 このように、Kさんの場合は所属消防署や同僚、そして基金本部専門医の肯定的意見があり、公務上として認められた。

 しかしその一方で、地方公務員災害補償基金の石綿関連疾病に係る公務災害の認定割合は依然として超低水準にある。公表されている地方公務員災害補償基金の2019年度までの認定状況を見ると、中皮腫の場合の認定割合は、①電気・ガス・水道事業職員は81・8%(27件)、②義務教育学校職員・義務教育学校職員以外の教育職員は15・2%(5件)、③消防職員52・6%(10件)、④それ以外の職員45・2%(38件)、全体を合計すると、中皮腫の公務上の認定割合は47・3%(80件)と、労災保険の中皮腫の認定率(約95%)と比べて圧倒的に低い。また消防職員の石綿肺がんでの認定割合は0%(申請4件で認定0件)、職種全体では21・1%(わずか4件)と、石綿肺がんの認定状況は更に悪い(地方公務員災害補償基金の認定制度運用のおかしさについては本誌17年10号を参照)。

消防職員、消防団員の石綿被害の健康調査

 消防職員のすべての石綿関連疾病の認定割合は43・5%(10件)と請求の半分以上が切り捨てられている。尼崎市のクボタショックを契機に、消防庁は2005年に、既存建物に使用されている吹付石綿等の調査と情報共有の必要性についての通知を出し、消防活動における石綿対策を実施した。また同じ2005年に総務省が消防職員と消防団員の石綿被害の健康実態調査をしている。この健康実態調査によれば、1995年7月から2005年7月までの間に消防職員の3名が中皮腫、498名が肺がんを発症しており、また消防団員の17名が中皮腫、458名が肺がんを発症している。総務省の発表では、いずれも消防活動における石綿ばく露との因果関係は不明としているが、Kさん同様に消防活動時に石綿ばく露があったと考える方が自然である。消防職員や消防団員の石綿ばく露による健康被害はまだまだ埋もれていると考えられるので、心あたりがあれば是非ご相談頂きたい。