アスベスト肺がん労災「診断確定日」前の審査請求

Mさんのアスベスト肺がん労災
「診断確定日」前の不支給について審査請求した結果、給付が決定!

本誌2015年4月号で、Mさんのアスベスト肺がんの労災認定について紹介した。Mさんが患った「肺がん」は、仕事上のアスベストばく露が原因であるとして労災認定された。しかし、労災保険の支給については、肺がんを確定診断した医療機関の初診日からの支給に留まり、転医前の医療機関の療養費と休業補償については不支給決定された。そこで転医前の不支給について審査請求をしていた。この度、原処分(横浜南労働基準監督署)が取り消されて支給決定されたので、報告する。【鈴木江郎】

■Mさんのアスベストばく露作業

Mさんのアスベストばく露作業は次の通りである。1952年から少なくとも18年間、アスベスト製品を含む船舶用資材の仕入れ、保管、販売、加工を行い、主に外国船専門業者(シップチャンドラー)へ船舶用資材を販売していた。船舶用資材の運搬作業においては、トラックへの積み込み、トラックからの荷下ろし、自社倉庫への積み込み、倉庫内でのアスベスト製品加工作業等でアスベストにばく露。アスベストパウダーの袋詰め作業も行っていた。
船舶用資材の主なアスベスト製品は、ボイラー本体の高熱防護部分の剥離箇所の補修等に使われる「アスベストパウダー」、高温高熱の箇所やボイラー周辺、パイプラインの断熱のため巻き付けて使用する「アスベストクロス」、断熱保護が充分でない部分や火気に対する隔壁防護に使用された「アスベストボード」等。また、米軍からアスベスト製品を安く払い下げ、それを倉庫内で再生し、再販売する作業も行っていた。

■「発症年月日」はいつかについての争い

このようにアスベストばく露作業歴が10年以上あるうえ、医学的所見として胸膜プラークが確認され、Mさんの肺がんはアスベストが原因であるとして労災認定された。しかし、その「発症年月日」については争いがあった。時系列で追ってみると、

(1)咳や痰が続いたため、13年6月22日に自宅近くのA診療所を受診。
(2)喘息と診断され薬を処方された。その後同年12月19日まで概ね月1回受診したが症状は改善せず。
(3)同年12月11日に胸部レントゲン写真撮影の結果、肺がんが疑われた。
(4)同年12月20日に肺がん専門のB病院を受診し、精密検査を行う。
(5)同年12月26日、肺がんと確定診断され治療開始。

■横浜南労基署が不支給決定した理由

横浜南労働基準監督署は、(1)~(3)のA診療所における療養期間(13年6月22日~12月19日)を不支給とし、(4)からのB病院での療養期間のみ労災支給するとした。その理由は次のとおり。

『B病院において肺がんの確定診断がされていることから、初診日である13年12月20日が症状確認日と認められるものである。従って、B病院の受診前のA診療所においては、肺がんの確定診断はなされておらず、医学的所見も確認されていないことから(石綿肺、胸膜プラーク所見は認められず)、肺がんの療養とは認められないのでA診療所の療養費および休業補償給付を不支給とする』。

残念なことにMさんはこの決定後に死去された。Mさんご遺族はA診療所における不支給決定に納得がいかず、また他の同様の不支給事例掘り起しのため、審査請求をするに至ったのである。

■業務上疾病の発症年月日はいつなのか?

ところで、多くの労災職業病(業務上疾病)について、その発病の時期(発症年月日)をいつにするか問題になることが多い。『業務災害及び通勤災害認定の理論と実際(厚生労働省労働基準局編著)』の第4編「第1章・業務上疾病の認定の実務」から抜粋する。

『業務災害及び通勤災害認定の理論と実際』より
1、この発病時点は一般的には医学上療養を必要とすると認められるに至った時期であると考えてよいが、例えば、鉛等による慢性中毒等の場合、その発病までの過程において通常次の段階を経るものであることに注意しなければならない。①有害物にさらされる業務に従事し、これを体内に摂取する期間(摂取期)、②有害物が身体に作用し、未だ発病に至らない期間(作用期)、③中毒症状を呈し療養が必要となった時期(中毒期)。右の中毒期に至って始めて発病したといい得るのであり、この発病時期から業務上疾病として取り扱われるのである。

2、業務上疾病については、じん肺に合併した肺結核等のようにその疾病の特殊性から自覚症がない場合、化学物質による中毒等のようにその症状が他の私病と誤認され易い場合等があるため、実際の発病時点より後において当該病名の診断がなされることが少なくないのである。この場合、発病の時期は後に至って当該業務上疾病であることが診断された日ではなく、現実に療養(医療)が必要となった時期である。しかしながら、業務上疾病の現実の療養開始は必ずしもその発病時期に一致しているものでなく、例えば、私病と混在していたようような場合等も考えられるので、具体的には諸般の事情を勘案して決定することが必要である。

■ご遺族の主張

この『業務災害及び通勤災害認定の理論と実際』の「発病の時期は後に至って当該業務上疾病であることが診断された日ではなく、現実に療養(医療)が必要となった時期」を素直に読めば、Mさんの場合、肺がんを確定診断したB病院の初診日(13年12月20日)ではなく、咳や痰の症状が出て療養が必要となったA診療所の初診日(13年6月22日)を発症年月日とするのが適当である。また、不支給の理由である「石綿肺や胸膜プラークの所見が認められず」は、明らかに間違っている(医学的所見はアスベストばく露の指標であり、本件「肺がん」発症年月日の問題とは関係ない)。
Mさんご遺族のこの主張が通じ、審査官は、横浜南労働基準監督署の不支給処分を取り消し、A診療所の療養費及び休業補償を支給する決定を行った。以下、その決定書より抜粋する。

『肺がんの発症時期について。本件の療養の経過を見ると、Mは13年6月頃から咳や痰が出るようになり息苦しい身体状態になったことから、同月22日に近所のA診療所を受診したところ、喘息と診断され、一般感染症薬、気管支拡張剤、鎮咳剤、アレルギー用剤、気管支喘息用剤が処方された。その後、対症療法にておおむね1ヶ月に1回程度の受診を行っていたが、症状が改善せず、同年12月11日に胸部レントゲン写真を撮影したところ、肺がんが疑われたため、同月20日、B病院を紹介受診し、同月26日に実施した組織診により、原発性の扁平上皮がんと確定診断されたものである。
右記の経過において、横浜南監督署長は、請求人の陳述を基にA診療所ではアレルギー性喘息として治療をしていたものであり、A診療所で撮影したレントゲン写真では、胸膜プラークも石綿肺の所見も認められなかったことから、肺がんを確定診断したB病院の初診日をもって、発病日とすべきであると意見を述べている。
しかしながら、A診療所では喘息や急性気管支炎といった傷病名で治療をしていたことは認められるが、アレルギー性喘息と診断された証拠はなく、一方、Mは10年以上の石綿ばく露歴を有し、労災医員によって、CT上、胸膜プラークが認められたことにより、Mに発症した肺がんが業務上疾病として認定されているのであるから、A診療所で撮影したレントゲン写真上、胸膜プラークや石綿肺の所見が認められないことは、当時、肺がんが発症していたことを否定する根拠にはならないものである。
経過を見ると、B病院では、Mの疾患名として肺がんの確定診断がなされたに過ぎず、Mの症状所見は、その程度の差はともかく、A診療所とB病院受診時において相違は認められない。A診療所では、咳や痰の症状所見に対する原因を特定するには至らず、上述した通り、Mの症状所見に応じた対症療法を実施していたものであるが、同年12月11日にレントゲン撮影を実施した結果、肺がん所見が疑われたというものであるから、MがA診療所を受診した時には、既に肺がんの症状を呈していたというべきである。
この点に関し、地方労災医員は「肺がんの陰影が確認されたのは、同年12月11日であるが、同陰影所見が確認された時期や咽頭の乾燥感があり、咳、痰の症状を呈してA診療所に受診した経過から、同年6月22日には、すでに肺がんを発症していたと考えることに矛盾は生じないと思われる。」と意見を述べていること、A診療所とB病院の治療は継続的に行われていたことからすれば、A診療所を初診した同年6月22日をもって、現実に肺がんの療養が必要となった日として認めるのが相当である。』

■確定診断前についても労災請求しよう

A診療所では「肺がん」ではなく「喘息」と診断され、その治療を行っていたが、これはMさんには責任はない。にも関わらず「肺がんの確定診断がされていないから不支給」というのはMさんにとって不合理であり納得できない。そうではなく今回の審査官の決定は、「A診療所を初診した13年6月22日をもって、現実に肺がんの療養が必要となった日として認めるのが相当である」として、「発病の時期は後に至って当該業務上疾病であることが診断された日ではなく、現実に療養が必要となった時期」という業務上疾病の発病年月日の一般原則を正しく適用した決定である。特に強調したいのは、A診療所では肺がんの治療はしていないが、本人の自覚症状からすでに肺がんが発病していたと認めた点である。
業務上疾病の発病年月日の一般原則に正しく依拠した当然の決定であるが、今回のような確定診断を受ける転医前の労災請求について不支給とする事例は他にもあると思われる。そもそも転医前の療養については労災請求をしていない被災者が大勢いると思われる。その意味で、この不支給処分の取消決定は大きな成果だと思われる。

■大阪労働局の不可解な事務連絡

ところで本件と同様の事例に関して見過ごせない文書がある。それは大阪労働局(労災補償課長)が大阪府内の各労働基準監督署長に通知した「石綿による中皮腫をはじめとする業務上疾病の診断確定日について」(04年7月12日)という事務連絡である。
この事務連絡は、じん肺・合併症の診断確定日が検査日とされる取り扱いが中皮腫に適用されようとしたので、関西労働者安全センター(下記URL参照)が抗議し、新たに出された事務連絡である。この事務連絡には次のように書いてある。
1、 業務上疾病の診断確定日(発病年月日)の捉え方の一般原則は、一般的には、医学上療養を必要とすると認められるに至った時期である。
(1)業務上疾病は、実際の発病時点より後において、当該病名の診断がなされることが少なくないが、この場合、発病の時期は後に至って当該業務上疾病であることが診断された日ではなく、現実に療養(医療)が必要となった時期である。よって、一般的には、当該傷病名を診断した医療機関の初診日をもって診断確定日=発病年月日とする。

(2)なお、当該傷病名を診断した医療機関への転医前の療養までは、一般的には遡及しないが、検査所見や治療内容から明らかに当該疾病を疑い、関連する治療が行われていた場合には、転医前の医療機関の初診日を診断確定日と認め得る余地も否定されない

■補償を狭くするためにあえて誤った解釈を示したのか?

この大阪労働局の事務連絡の不可解な点は、『発病の時期は(略)現実に療養(医療)が必要となった時期である。よって、一般的には、当該傷病名を診断した医療機関の初診日をもって診断確定日=発病年月日とする』の、「よって、一般的には」以降である。
Mさんの場合だと、「現実に療養(医療)が必要となった時期」とは「当該傷病名を診断した医療機関(B病院)の初診日」ではない。「当該傷病名を診断した医療機関(B病院)の初診日」前であっても、「現実に療養(医療)が必要となった時期(=A診療所の初診日)」を「発症年月日」として労災支給決定したのである。
従って、この事務連絡にあるように「よって、一般的には」で前後の文章をつなげて、「当該傷病名を診断した医療機関の初診日をもって診断確定日=発病年月日とする」と結論付けるのは間違っている。また、②で「転医前の医療機関の初診日を診断確定日と認め得る余地も否定されない」と例外的に認めるような書き方も間違っている。『発病時期は後に至って当該業務上疾病であることが診断された日ではなく、現実に療養(医療)が必要となった時期である』だけで必要十分であり、これに付け足された①「よって、一般的には」以降の文言と②の文言は、補償の幅を狭めるものでしかない。この事務連絡は補償を狭くするためにあえて誤った解釈を示したと詮索せざるを得ない。直ちに訂正すべきだろう。
ちなみに、この大阪労働局の事務連絡問題については、前述の関西労働者安全センターの『関西労災職業病04年8月341号、11-12月344号』に詳しい。