教員の公務災害をめぐる裁判事例

 現在、神奈川高等学校教職員組合と共に取り組んでいる教員の公務災害認定をめぐる裁判について、これまでの経過と訴訟の現状を報告する。【川本】

Aさん/解離性運動障碍

 神奈川県立養護学校の教諭Aさん(30代女性)は、2016年5月、教室で自閉症の男子生徒の指導を行っていた時、生徒が急に情緒が不安定となり、左前腕をかみつかれた。被災翌日に腫れがひどくなったために医療機関を受診した。その後、通院加療したが左上肢に力が入らなくなり、別の病院にかかったところ、「左上肢人咬傷後左上肢麻痺」と診断された。
 2017年3月29日付で地方公務員災害補償基金神奈川県支部は、「左前腕咬傷」については公務上としたものの、1ヶ月程度で治癒、残存する「左上肢人咬傷後左上肢麻痺」は公務外と決定。高教組から要請を受けて当センターも支援に乗り出し、処分の取り消しを求めて審査請求をすることになった。同年5月には、解離性運動障碍と確定診断した医師が、「受傷と障碍との関連が濃厚」とする診断書を書いた。そうした医学的資料とあわせて高教組顧問の岡田弁護士らの意見書も提出した。
 しかし、2018年7月、地方公務員災害補償基金神奈川県支部審査会は、審査請求棄却の不当な裁決を通知。すでに上記の通り医師が「確定診断」と明確に書いているにもかかわらず、「解離性運動障碍の『疑い』にとどまり、その治療についても、これまでのところ改善は得られていないとのことである。このような状況で請求人を解離性運動障碍と認めることは難しい」とした。例えば解離性運動障碍が、短期間で必ず改善する病気であるならともかく、改善が得られていないから診断を認めないというのは非医学的で、論理として全く成り立たない。
 Aさんは基金本部審査会に再審査請求したが、2019年10月に棄却。そこでも主治医が「発症機序としては受傷と障碍との関連が濃厚と考えざるを得ない」とした診断書について、「・・・とするにとどまっている」という政治家答弁を報道するジャーナリストまがいの「決めゼリフ」で因果関係を否定した。
 Aさんは2020年4月、横浜地方裁判所に公務災害認定処分取り消し請求訴訟を提訴した。すでに基金は事故の状況や医学的証拠を示してきたにもかかわらず、「これから医学的な証人に依頼して意見書を出す」という。ようやく2021年9月になって黒木宣夫医師の意見書が提出された。黒木氏はメンタル労災の認定基準の専門検討会の委員なども務めた「有名な」医師。黒木氏はまずAさんが解離性運動障碍であることは主治医の意見に賛同するとした。ところが、上記の事故は認定基準で言うような「強度の精神的又は肉体的負荷を受けた」とは言えず、Aさんは元々ストレスに弱いと決めつけ公務起因性はないとした。そもそも黒木氏は診療録や基金の書類しか見ていないので、事故やAさんのその後の勤務状況などを十分把握していない。現在弁護団は、主治医の先生とも相談しながら、反論を準備しているところである。

Bさん/左膝前十字靭帯断裂 内側半月板損傷

 Bさん(40代女性)は県立高校の体育教師で、バスケットボール部の顧問を務めていた。2016年6月、男子部活動の指導で、ディフェンスの練習に参加して膝を痛めて、「左膝前十字靭帯断裂 内側半月板損傷」と診断された。公務災害申請したところ、このような極めて単純な事故であるにもかかわらず、地方公務員災害補償基金神奈川県支部は、2017年3月、公務外とした。
 Bさんは2014年8月にハードルの実技研修の際に膝を痛めたことがある。これも明らかに公務災害である。同支部専門医は、どうしても公務災害にしたくないのか、なんと,その事故よりも、「もっと以前から左膝前十字靭帯断裂していたと考える」と何ら根拠を示さずに決めつけた。
 2017年6月、Bさんは基金支部審査会に審査請求を行った。手術にあたった主治医も、「半月板や前十字靭帯にダメージがあったとしても、半月板がロッキングに至ったのは受傷によってであり、学校内の仕事を行っていたために手術が必要になった」と意見書に記している。ところが支部審査会は2018年11月に請求を棄却。その理由は、上記専門医の判断をそのまま採用。そしてBさんのバスケットボールの動作は基本動作の範囲であり強度の負荷がかかったものではないと決めつけた。おおよそ高校の男子バスケットボール部の練習を理解しているとは思えない。
 Bさんは、2018年12月に基金本部審査会に再審査請求したが、2020年2月に同じような理由で棄却された。同年8月に横浜地方裁判所に提訴に至る。弁護団は、主張を整理して、2018年の事故だけで前十字靭帯断裂は生じ得るし、2016年のハードル事故で生じた前十字靭帯断裂が2018年のバスケットボール事故で悪化したこともあり得る、いずれにせよ公務災害であると主張した。これに対して基金側は、これから医学的な証人に意見書を依頼するとした。
 2021年9月、ようやく医師の意見書が提出された。そこではさすがに2014年のハードル事故の前から前十字靭帯断裂だったとは言わない。しかしながら、2014年のハードル事故と2016年のバスケットボール事故の間に前十字靭帯断裂になっていたのだとする。そして、Bさんのバスケットボールの動作は、「日常動作(例えば歩行中の方向転換等)でも生じ得る程度と考えられる」から公務外としている。そして、基金側は、2014年のハードル事故については2018年のバスケットボール事故の請求時に主張していないので判断対象ではないという。
 実は2014年のハードル事故について、Bさんは2016年6月に公務災害認定申請をし、そちらの方だけは2017年3月に公務上認定されている。それらのことも踏まえて反論を準備しているところである。