派遣労働者が有機溶剤中毒で労災請求:「自律的な管理」からほど遠い中小企業の実態

化学物質の法規制を止め事業者に任せる?

 厚生労働省労働基準局安全衛生部は7月19日、「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会報告書」(化学物質への理解を高め自律的な管理を基本とする仕組みへ)を発表した。そこでは、「現状認識」として、以下の通り説明する。
 「化学物質による休業4日以上の労働災害のうち、特定化学物質障害予防規則等の規制の対象外物質を原因とするものは約8割を占める。国のリスク評価により特定化学物質障害予防規則等への追加が決まると、当該物質の使用をやめて、危険性・有害性を十分確認・評価せずに規制対象外の物質を代替品として使用し、その結果、十分な対策が取られず労働災害が発生している」つまり、法規制をしても、安易に代替品を使うだけで十分な対策を講じないために多くの労災が発生しているというのだ。
 そこで化学物質規制体系を以下のように見直すと言う。
「国はばく露濃度等の管理基準を定め、危険性・有害性に関する情報の伝達の仕組みを整備・拡充し、事業者はその情報に基づいてリスクアセスメントを行い、ばく露防止のために講ずべき措置を自ら選択して実行することを原則とする仕組みに見直すことが適当である」
 このこと自体は必ずしも悪いことではないが、事業者にばく露防止対策を「自ら選択して実行する」能力や意欲があるだろうか。やはり「現状認識」として、「企業規模が小さいほど法令の遵守状況が不十分な傾向にあり、必要最低限の措置すら行われていない中小企業も多い。特に中小企業において有害作業やラベル、SDSに対する労働者の理解が低い」としている。「労働者の理解が低い」のは、「必要最低限の措置すら行わない中小企業」の責任である。にもかかわらず、検討の結果、以下のように報告書はまとめている。「なお、特定化学物質障害予防規則、有機溶剤中毒予防規則、鉛中毒予防規則、粉じん障害防止規則、四アルキル鉛中毒予防規則(以下「特化則等」という)は、自律的な管理の中に残すべき規定を除き5年後に廃止することを想定し、その時点で十分に自律的な管理が定着していないと判断される場合は特化則等の規制の廃止を見送り、さらにその5年後に改めて評価を行うことが適当である」あまりにも拙速すぎるのではないか。
 こうした中で、以下のような相談が寄せられた。検討会や厚生労働省は、こうした現場の実態を、全く把握していないのではないかという疑問を抱かざるを得ない。

有機溶剤の使用すら知らされなかった派遣労働者

 派遣会社スタッフサービスの派遣労働者Uさんは、今年2月からA社で、接着剤を使用した部品組み立て作業に従事。3月中旬から頭痛、めまいなどの症状が出始めた。手が震えることもあったが、原因はわからなかった。同じ作業をしていたSさんも3月下旬頃から頭痛の症状があった。
 2人とも有機溶剤の入った接着剤を使用するということは全く聞かされておらず、健康診断はもとより安全教育も一切なかった。何度も現場で不調を訴えたが、6月になってようやく現場管理者の判断で、局所排気装置のある作業場に移動した。そしてそこで有害性を指摘する掲示などを見て、有機溶剤を使用していたことを初めて知った。
 2人は労働基準監督署や東京労働安全衛生センターなどに相談。使用していた物質の安全データシートを入手し、その有害性に驚くとともに、1人でも入れる労働組合「よこはまシティユニオン」に加入して労災請求、会社の責任を追及することになった。

誠意のない会社の姿勢

 7月7日、第1回団体交渉が開催された。 A社とスタッフサービスは、事実関係を認めながらも、症状の訴えはなかった、大した使用量ではなかったと主張。健康被害を発生させたことの責任を感じている態度ではなかった。
  A社は、9月3日、労働基準監督署から、健診や安全教育を実施しなかったとして、安全衛生法違反で是正勧告を受けた。それでも A社は、大した使用量ではなく、2人の症状と業務との因果関係は労働基準監督署の判断を待ちたいという姿勢を崩さない。 
 スタッフサービスも、9月15日、安全教育をしなかったことで是正勧告された。派遣労働者が従事する A社での作業内容を十分に把握していなかったのである。機械や薬品を使用する現場だということを認識した時点で、製造業をメインとした同一グループの別の派遣会社が対応するべきだったという。しかしながら、やはり労災認定ついては監督署任せの姿勢である。

早期労災認定と安心して働ける職場を

 幸いSさんは現在、別の職場に復帰して働くことができているが、Uさんは今も休業を余儀なくされている。早期に労災認定を勝ち取りたい。
 有機溶剤など化学物質による病気について、「使用量が少ない」「本人の病気ではないか」等の主張は多くの中小企業にみられる。健康被害が起きる前に出来る限りリスクを低くし、十分に情報提供し労働者が安心して働ける職場を作ろうという「自律的な管理」とは程遠い。有機溶剤中毒予防規則等の廃止ではなくて、逆に罰則の強化と、「自律的な管理」に取り組まないことに対する厳しい規制が、今こそ求められている。