センターを支える人々:山本有紀弁護士(湘南合同法律事務所)

「あんたに話してない」

 大阪にいた頃、私は、とある法律事務所の事務局でした。またある時は、とある百貨店に派遣された派遣社員でした。電話が鳴ったらすぐとって、決められたとおりの受け答えをし、決められたところへつなぐ。あるいは、会ったこともない人へ、決められた通りのセリフで電話をかける。与えられた仕事を日々一生懸命こなしていました。

 もっとも、断るようにとあらかじめ指示された相手の要求を、決められたとおりに断ると案の定、浴びせられる憤り。受け答えに自分自身の裁量がない中で、断ればどうなるかの予想はついても、それを回避できず、否応なく突き刺さってくる相手の言葉をできるだけ心の奥へ入れないよう、浅い所で留まるように苦心していた記憶があります。

弁護士として労働環境の問題を扱い始めて

 弁護士として働き始めてすぐの頃から偶然にお声がけをいただき労災事件に関わることになり、現在は3件を担当しています。いずれも、職場において当然払われるべき敬意を欠く扱いが繰り返されたハラスメントの事案です。よくこんなことを人に言うなぁ、よくこんなひどい扱いをしたなぁと驚くような事案ばかり。私もここまで言われたことはなかったな…。

 そして、ある職場の、ある人に対する一つの事件を見つめるとき、その後ろにもっと大きな職場全体の問題、そして「社会」が控えているのが見えます。その「社会」の未熟な部分、歪んだ部分が見えます。相手へ敬意を払うことを学ぶ機会がない。あるいは、敬意の払い方は知っているのに実践する余裕がない。相手の立場の弱いことを見て、わざとそういう態度にでている。

 当時の私は、なんとか自分の心を防御するので精一杯で、自分の置かれた環境を俯瞰する目はありませんでした。そして、私自身もまた、敬意のない言葉を浴びることで、人の傷つけ方を知ってしまったように思います。

労災事件に取り組む中で思うこと

 労災申請の手続きは、残念ながら起きてしまったことの手当てです。ハラスメントで傷つく前のご本人に戻せないことにはやるせなさもあります。他方で、後ろに控える職場環境、ひいては「社会」に向けては、事件を梃子になんとか良い方向へ向かってほしいと祈るような気持ちでいます。

 人の傷付け方と反対の、人への敬意の払い方も、人は知り、実践することができると信じています。