関東の子どもたちの甲状腺エコー検査を継続しています

関東子ども健康調査支援基金
共同代表 兼 事務局 木本さゆり(千葉県松戸市在住・20歳と13歳の2児の母)

原発事故の影響

 2011年3月11日の東日本大震災による東電福島第一原子力発電所事故は、大地・水・空気に甚大で深刻な放射能汚染をもたらしました。放射性プルーム(雲)は風によって運ばれ、雨によって土壌に沈着して東日本に広く汚染地域をつくりました。福島原発から200km以上離れた東京・葛飾区にある金町浄水場の水からは220Bq/㎏(基準値100Bq/㎏を超えたため幼児の飲用を控えるよう自治体から指示が出ました)の放射性ヨウ素が検出され、250km以上離れた静岡の茶葉までもが汚染されたことは、当時ニュースで大きくとりあげられました。

 水も土も空気も、農作物も汚染されたのだから、人も被曝しています。とりわけ、放射線に対して感受性が高いとされる子どもたちの健康が心配でした。1986年のチェルノブイリ原発事故では、「小児甲状腺がんの多発」が確認されています。関東のホットスポットに住む私たちも「原発事故・子ども被災者支援法(以下『支援法』)」による健康調査への支援を訴えましたが、政府は「支援法」の対象地域を福島県内33市町村に限定したため、福島県外での公的健康調査は実現しませんでした。

つながっていく市民

 広範な汚染状況が明らかになるにつれ「放射能から子どもを守ろう」と、たくさんの「市民団体」ができました。そして県境を越えて広がった放射能に対峙すべく、自分たちも県境を越えてつながっていきました。2011年秋から2012年春に、茨城県守谷市にある「常総生活協同組合」が組合員・地域住民と行った「土壌汚染の測定調査」はそのきっかけの一つとなりました。茨城県南東部、千葉県北西部の「汚染状況重点調査地域」となった市町村を1㎢メッシュに区切り、1000サンプル以上の土を集めて測定し、大きな土壌汚染マップを作りました。これらの地域には年間被曝線量が1mSv(=公衆被ばく線量限度とされている)を超えて、「放射線管理区域」並みの汚染もあることが分かりました。汚染が可視化されたと同時に被曝を確信しました。しかし、その明確なデータを持って行政に申し入れても子どもたちの健康調査には至らなかったことから、「市民の力で甲状腺検診をしよう!」と2013年9月に設立したのが関東子ども健康調査支援基金(事務局/常総生協内)です。

甲状腺検診が始まるまで

 設立半年前の2013年3月に準備会が発足しました。常総生協の当時副理事長だった大石光伸さんの声かけで集まった茨城県・千葉県の女性5人が呼びかけ人となり(私もその1人です)、「寄付の呼びかけ用紙」を作ることから始めました。知人をみたら寄付をお願いする日々が続きました。8月には300万円のエコー検査機を購入することができました(福島県県民健康調査と同じ日立アロカ社のNoblus)。福島県いわき市で2013年3月から甲状腺エコー検査をスタートさせていた「いわき放射能市民測定室たらちね」で研修させていただき、自分たちはどんな検診をしたいのかを考えていきました。 福島県民健康調査では、保護者の付き添いはできず日が経ってから郵送で「ABC判定結果」のみ通知されるため不安がつのると聞いていたので、私たちは「医師がその場で保護者・受診者に説明し、エコー画像も手渡して不安を無くすこと」を目指しました。また、SPEEDIによる汚染観測データを隠したように、政府は「健康被害も隠すかもしれない」という懸念もあり、市民の手でしっかりと記録を残すことも重要と考えました。「無かったことにはさせないぞ」という思いがありました。

 数名の医師にボランティア協力の了解をいただき、つながりある市民団体との連携を経て、2013年9月1日「基金」を設立、翌10月ついに、つくば市内の施設で初めての甲状腺エコー検診が実現しました。この年の検診は①茨城県つくば市、②茨城県ひたちなか市、③千葉県流山市で2日間行ったのですが、わずか4日の間に総数567名が検査に訪れたのでした。これほど多くの保護者が検査を望んでいたことは衝撃でしたし、福島県外の被曝が放置されたことは大きな問題なのだと再認識しました。

個性豊かな検診運営団体

 基金の検診は、17の運営団体と連携して行っています。1台のエコー検査機と備品一式を車に積んで、栃木、茨城、千葉、埼玉、神奈川の各検診会場を年1回のペースで巡回します。運営団体は、原発事故当時子育て真っ只中だったお母さん達の団体が多いですが、「甲状腺エコー検診神奈川の会」は、原発事故前から原発や放射能の問題について活動していた市民団体や労働組合のメンバー、福島からの避難者支援団体、労災職業病に関心のある医療生協の医師やスタッフなどの有志が関わっています。年齢層も住んでいる地域も幅広く、1つの団体で神奈川県内4つの地域(川崎・横須賀・横浜・相模原)の検診を運営してきました。「人のつながり」に支えられていることは協力くださるスタッフ人数が大変多いことにも表れています。基金の運営団体の皆さんは「大切ないのちと健康を守りたい」という思いが共通にあり、どの検診会場もあたたかい雰囲気に包まれています。

検診結果の概況

 基金は、2013年の設立から8年間で、事故時18歳以下の方延べ10389名の検査を行いました。《所見なし、所見あり、要専門医》は「基金の判定基準」によるもので、《A1、A2、B、C》は同じ年度の受診結果を「福島判定基準」で判定した場合の人数を併記しています。各基準の違いは判定表を参照ください。この《要専門医》の判定だった方は「医師が病院受診をすすめた方」です。全員の病院受診結果は把握していませんが、アンケート等により、これまでに2人が甲状腺がんだったことが分かっています。が、検診数が少ないため疫学的な判断や、福島県との比較はできないと考えています。

 なお、直近は、8年次(2020年10月~2021年9月)ですが、コロナ禍で検診実施は2県のみだったので、「県別・検診結果」は全県のデータがある7年次までのグラフを示します。

県民健康調査でわかった「小児甲状腺がん」

 福島県の甲状腺検診は、事故時18歳以下の38万人を対象に2011年10月から始まり、現在5巡目です。30年継続することを前提に国と東京電力が合わせて約1000億円の資金を出して福島県が運営しています。関東ではニュースになりませんが、「県民健康調査検討委員会」が数ヶ月ごとに「甲状腺がんの罹患者数」等を公表しています(資料は福島県のホームページから誰でも見ることができます)。直近の2021年10月15日発表によると、これまでに県民健康調査で「甲状腺がんまたはその疑い」とされた方は266人。このうち甲状腺がんが確定した方は221人にものぼります。(手術後に確定するため手術前は「がん又はがんの疑い」とされます)。

「多発でも被曝影響ではない」とする検討委員会

 福島の甲状腺がん罹患者数について検討委員会が2016年に出した「1巡目検査についての中間とりまとめ」では、「統計より数十倍のオーダー(桁数)で多い」としながらも「被曝の影響とは考えにくい」としています。理由として、チェルノブイリより総じて被ばく量が少ない点、チェルノブイリで多発した5歳以下の罹患者がいない点を挙げていますが、がん確定者と個人被ばく線量の突き合わせが行われたわけではありませんし、その後、5歳以下の甲状腺がんの方が発覚して後者の論拠は覆ったはずですが、訂正もされていません。

 甲状腺がんは進行しないと自覚症状が出ないため、これを確認するには検診を行うほかありません。が、この委員会の一部の委員に「過剰診断のおそれがあるので甲状腺検査はやめるべきだ」という意見が根強くあり、「事故が起きた以上、検診は必要だ」とする専門医・臨床医の委員と、かみ合わない議論がずっと続いています。「甲状腺がんは予後がいい」と言われますが、それはしかるべき治療をしたあと(=予後)のことです。

『甲状腺検査って受けなきゃダメなの?』と問いかける「甲状腺通信」

 福島では対象者に「甲状腺通信」が送られているそうです。
 イラストのドクター役が「主なメリットとしては、検査を受けることで甲状腺に異常が無いことが分かれば放射線の健康影響を心配している方にとって安心できる材料になります。主なデメリットとしては、将来的に日常生活や命に影響を及ぼすことのないがんを発見し治療する可能性があります」と語り、治療が必要な人が早期に異常を見つけられるという本来のメリットはここでは語られていません。『見つかれば必要ない治療をされるかもしれないから受けない方がいい』と受け取れる誘導的な内容になっています。動画のQRコードもついており、子どもをターゲットにしているところも許しがたいと思いました。福島では検査縮小のための施策が加速度的に進められています。

 さらに、去年12月22日、新聞で「2013年より検討委員会の座長を務めてきた星北斗氏が2022年夏の参院選に自民党から出馬」と報じられました。検討委員の多様な意見について十分な議論が尽くされるよう、中立で偏りのない進行が求められる立場にある人が、です。政権与党自民党は、早々に避難者の住宅補助を打ち切り、避難指示区域の基準値を年間20mSvまで引き上げて(公衆被曝線量限度の20倍)、住民に被ばくを強いて帰還を促す政策を推し進めてきたというのに。

 私たちは子どもたちを被曝から守ろうとする社会を求めていかなければならないと思います。

私たちはこれからも検診を続けていきます

 あの時、県境を越えて関東を汚染した放射性セシウム137の半減期は30年。また、事故直後に放射性プルーム(気体)として吸い込んだ放射性ヨウ素(半減期8日)によって初期被曝をしたことも確かです。被曝の健康影響は、時間が経ってから現れることがありますので、長期にわたって見ていくことが必要だと考えています。検診を受けて、甲状腺の異常が早期にわかれば、病院にかかって適時に治療ができます。異常がない事を確認することも、大切なことです。何もなければそれが一番いいのです。

 原発事故が起きて、私たち大人が、放射線被曝から子どもを守るために、「思う」だけでなく「行動」としてできることの一つが「甲状腺検診」ではないでしょうか。私たちはこれからも検診を続けていきます。市民で地域の子どもたち(だんだんと大人になってきます)を見守る活動にご支援・ご協力をお願いします。関東子ども健康調査支援基金のホームページは次のとおりです。

https://kantokodomo.info

ご寄付は大変助かります。