その病気、仕事が原因ではありませんか?ー病気の背景をつかむ・ソーシャルワーカーの役割ー(福神大樹さん/兵庫医科大学病院 医療社会福祉部)

医療従事者のための労災職業病講座(2022/2/12)

共催:NPO法人神奈川労災職業病センター/一般社団法人神奈川県医療ソーシャルワーカー協会

 本日の内容は労災・職業病についてです。先程、松田さん(神奈川県医療ソーシャルワーカー協会理事)がご紹介下さったように、私は兵庫医科大学病院で一般的なソーシャルワーク業務を行っています。主に退院支援ですが、当院はアスベスト関連疾患、中皮腫専門の診療部門を設けていますので、中皮腫やアスベスト関連疾患を発症された方々との面談や支援をすることが多いです。そこで得た経験によって労災や職業病の知見が深まってきた部分もありますので、皆さんと情報共有したいと思っています。

 前半では、職業病や今の社会情勢について説明します。ソーシャルワーカーが労災・職業病と関わるにあたって、対象者の社会背景を理解した上でどのように支援していくのかということが支援のウエイト(重要性)を占めていると思っているからです。後半では、実例を交えて支援内容についてお話させて頂き、今後の課題をまとめていきたいと思います。

 今日の講義の目的は、労働問題と社会福祉問題に関する情報整理です。近年の両立支援などで仕事と治療・福祉について関わる機会が増えてきましたが、そもそも労働問題と社会福祉問題は一緒に考えることができるものなのか。そして労災職業病における(医療)ソーシャルワーク機能の再考ということで、ソーシャルワーカーの役割について話したいと思います。

 講義内容の1つ目は、「労働者が置かれている立場、その変容」です。社会の中で労働者はどのような立ち位置にあるのか、過去から今にかけてどう変容しているのか。近年、働き方は多様化し、かなり変容しており、労働者の置かれた立場も変わってきていると思います。 2つ目は「社会政策と社会事業の関連性」、3つ目は「労災職業病に対するソーシャルワークの介入」、4つ目は「今後の課題」です。話の内容としては政策論や技術論が入り交じりますが、考えや思想に関しては少し置いておいて、歴史的背景を知るということで認識していただければ幸いです。

ソーシャルワーカーが持つべき知識と視点

 まず、労災職業病の定義を説明します。労働安全衛生法では「労働者の就業に係る建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等により、又は作業行動その他の業務に起因して労働者が負傷し、疾病にかかり、又は死亡すること」を労災職業病と定義付けています。労働基準法では「特定の職業に従事することによってかかったり、かかる確率が高くなったりする病気を職業病。労働基準法では職業病のことを『業務上疾病』、医学用語では『職業性疾病』」としています。 今回は労働災害ではなく、主に職業病、「作業条件に原因する健康障害」「作業方法に原因する健康被害」について話します。

 職業病の特徴は、「自然科学条件」と「社会・経済的条件」を発生原因とした病気ということです。「自然科学条件」とは、物理や化学、生物、作業加重や姿勢などが発生原因となります。「社会・経済的条件」とは、労働契約や社会経済因子などを原因として労働者が働いている生産条件、労働条件、働き方などによって労働者の健康が蝕まれ破壊されていく状態です。特徴として一般疾病と区別がつきにくく、一般疾病として見逃され、埋没してしまう傾向があります。今回、ソーシャルワーカーとして社会的部分に注目して社会・経済的条件を視点におき、どのように関わっていくべきかを考えていけたらと思います。

 孝橋正一氏は、ソーシャルワーカーが持つべき知識として、①客観的知識「対象者の方の歴史、社会的な状況、政治的な状況、経済的諸条件」を支援対象者の背景として見るべきと述べています。そして②主体的諸条件「対象者の性格や意識、心理、資質、能力、そして教育や健康状態、家族」があります。つまりソーシャルワーカーとは支援対象者の気質的側面と置かれている状況、その歴史的状況などを踏まえた上で、物事を見る必要がある。それがアセスメントに必要だと述べています。社会科学的、政策的立場によって初めて実践的科学として社会事業の方法、技術の在り方を正しく位置づけることができると述べています。ちなみに、「社会事業」と「社会福祉」とは異なる意味合いがありますが、今回の講義においては同じ意味と認識して頂ければと思います。

労働者保護政策の変遷

 ソーシャルワーカーが関わる労働者は、労働基準法では「職業の種類を問わず事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」と定義づけられています。これに関しては様々な学術的な定義がありますが、法令では先程述べた方を労働者と見なします。ですから契約書を交わしていなくても、実質この条件に当てはまっていれば労働者になります。労働安全衛生法でも「労働基準法に規定する労働者」と定義付けされています。法律の性質や目的によって解釈が若干異なりますので、一概に労働基準法の労働者定義が使えない(使わない)場合もあるのでご注意下さい。労働者の雇用状況の実態を把握することが重要になります。

 労働者保護政策の変遷には様々な法律があります。まず、明治38年に鉱業法ができます。鉱山等で働く労働者を対象にした労働者保護政策が初めて出来ました。公務員(官吏)対象の法律はそれ以前にもありましたが、ブルーカラーワーカーと言われる労働者に関しては、この法令が初めてと言われています。この時期は職種(業界)によって労働保護規定が法令で定められており、明治44年にできた工場法で、製造関係の工場労働者の労働保護規定がなされました。昭和9年には労働者災害扶助責任法ができ、土木建設事業等の労災補償が規定されました。戦後、これらの諸制度が見直され、昭和22年に労働基準法ができて労働者の労働条件の最低基準が設けられました。そして今まで職種で異なっていた法令が一体化かつ対象者が拡大し、すべての労働者を対象とする制度となりました。その姉妹法として労働者災害補償保険法ができ、労働者全般の労働者保護法が成立。労働者災害補償保険法も、労働基準法の労働者定義と同一とされていますが、実態は未だ不明確な部分もあります。

 アスベスト関連疾患で関わる建設労働者の場合、請負という形で仕事をしているため労働者扱いされない場合が多いです(事業者性が高い)。しかしソーシャルワーク支援では、実態として、どの程度、使用者や事業主の影響下にいるのかが重要な視点になります。契約書が無くても、発注元(元請企業等)からの使われ方や、それをどう証明できるのかによって労災保険など制度の適用が異なってきます。ここは恐らく一般的知識だけでは支援しきれない問題になるかと思います。余談ですが、労働者災害扶助法では、建設労働者は請負でも直接雇用でも労働者保護の対象でした。しかし労働者災害補償保険法になった段階で保護対象が狭まり、つまり対象の幅が明確に制限されたために今まで労働災害の保護対象になっていた方々が補償されなくなって現在に至っています。これに関しても使用従属関係等の様々な議論がなされていますが、現在も労働者保護法に関しては反映されず、学術論として終わっている状況です。

 話を戻しますが、労働基準法と同年に職業安定法ができ、職業紹介や労働者供給など安定を図るための法令ができました。この法令では中間搾取禁止の規定がなされ、労働者の賃金や不条理な扱いをされないような制度が設けられました。この時期では労働者派遣は禁止事項にされています。

 昭和60年には労働基準法研究会報告があり、労働者性の判断基準が明確化されました。最高裁でも一つの判断基準の資料となっています。ただ、研究会報告書においても建設労働者に関しては総合的判断が求められると記述されています。この研究会の議事録等の資料を厚生労働省から取り寄せようと請求しましたが、既に資料は保管されておらず、当時どのような話し合いが行われたのか結局分からない状況も問題と思っています。そして昭和62年に労働者派遣法ができて派遣労働者保護が設けられ、中間搾取の禁止規定が緩和されることになりました。

労働者性の判断基準と雇用・就業形態の多様化

 先程述べた「労働者性」の判断にはどのような規定があるかというと、まず、指揮監督下の労働に関する判断基準。例えば仕事の依頼や業務従事の指示に関する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督の有無、拘束性、代替性の有無などです。つまり、労働者に対する上からの指示の影響力がどの程度発生していたのかが判断基準となっています。次に、報酬の労務対償性に関する判断基準。これについてはホームページ等をぜひ検索して頂けたらと思います。

 この条件によって労働者と個人請負ではかなり待遇が変わってきます。例えば、残業代に関して労働者なら支給されるが個人請負は支給されない。最低賃金や有給休暇、団体交渉権や年金、雇用保険などは労働者なら受けられる保護、保障ですが、個人事業主では使えない。最近では社会構造の変化により、フリーランスや個人事業主、ウーバーイーツやユーチューバー等、働き方の多様化で労働者性がとても分かりにくくなってきました。働き方の多様性はプラス面もあるかもしれませんが何も補償が受けられない、病気や怪我で働けなくなった瞬間にセーフティーネットが働かないという状況になっています。

 もう少し細かく言うと雇用や就労形態として、事業所と直接雇用契約を結ぶ労働者には、雇用期間の定めのない正社員もしくは雇用期間の定めのある非正社員。また外部人材ということで事業所と直接雇用契約を結んでいない労働者の3種類の典型労働者と非典型労働者に分けられます。
 スライド14は近年の正職員と非正規の賃金比較です。赤色が18年の正職員の一般労働者の給料。20~24歳の給料を0とした時、どれだけ伸び率が生じているかがわかります。相対的条件として青色が18年の非正規の給料。灰色は08年の一般労働者の賃金カーブです。ここでは現在の一般労働者に関しては20代~50代のカーブが08年と比較して緩やかな部分がありますが、賃金に関しては大差ない状況です。しかし非正規は一般労働者と比較してかなり低い(低賃金)状況です。

 このように同じ仕事や業種でも、雇用形態によって賃金にかなり格差が生じていることが社会問題にもなっています。

福祉レジームの変容

 少し専門的になりますが、福祉レジームの変容についてお話します。まず、1950年後半から1960年初頭に元々、日本には家族主義レジームが発達していましたが、企業による大量解雇などが相次ぎ、労働争議が起きました。そのような経過から、企業福祉を基盤とした伝統的企業内福利厚生が発展してきました。住宅手当、退職一時金、企業年金もこの企業内福利厚生が発展した結果です。一方で、介護や保育に関しては家族の責任ということで、一昔前の終身雇用形態がこの時期に形成されました。

 73年~79年は企業福祉が充実している一方で公的福祉の発展が止まっていました。拡充しないといけないと言われていましたが、第1次・第2次オイルショックがあり景気も悪くなり、高度経済成長が鈍化した状況でした。それが家族主義の再評価、自助努力や企業福祉の補完機能として公的福祉の抑制に繋がりました。さらにオイルショックを契機に企業経営が悪化して企業福祉が劣悪化し、今まで企業福祉に頼っていた労働者保護政策は歪みが生じます。

 90年以降は脱家族化で介護(ケア)の社会化ということで介護保険制度が成立。また、労働者派遣法ができて非正規労働者が増加、年金組合の解散などもありました。労働市場の規制緩和が進み、保障のない雇用の柔軟化に伴い自由化ということで非典型労働者が増加。今日まで労働者の福祉(保障)は少なくなり、さらに政府の責任も小さくなったという状況です。

 様々な社会背景もあり、職業病が発生した段階で雇用関係や指示命令、従属関係の有無が、同じ仕事をしていても労働者の雇用形態が変わる。この段階で労災補償対象の有無が変わるという問題に繋がります。雇用関係の実態を評価することは簡単ではありません。労働者自身も労働災害時には労災保険を使いたいと思っても、仕事を受給している元請け企業からの仕事が無くなる恐れや、労災保険を使用しない慣習になっている場合もあります。また、仕事内容が、雇用関係や指示がある業務とそうではない業務が混在している。手続きが手間だったり時間が無い、労災保険制度を申請するとしても会社との交渉や衝突の恐れがある場合は、問題をうやむやにして健康保険を使ったり、何も補償を受けずに治療を受けるという労働者も少なくないと思います。

労災保険制度の特色

 近年、脳血管疾患と虚血性心疾患が増え、労災認定が大きな問題になっています。年間約700件の労災申請がありますが、認定基準に該当し、労災認定された労働者は少ない印象があります。厚生労働省は「業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発生した脳・心臓疾患は業務上の疾病として取り扱われる」としています。それに「異常な出来事」や「短期間の過重業務」や「長期間の過重業務」、この3点で若干、判断基準は異なってきます。ここで注意して頂きたいのが、労災職業病には発症物質にプロモーター効果がある場合があります。例えば、アスベストによる肺がんは中皮腫とは異なり、アスベストばく露と喫煙の相乗効果があります。アスベストばく露と喫煙が組み合わさることによって発症リスクが大きくなるというものです。肺がんの多くは喫煙により発症すると言われていますが、アスベストがその促進因子を担ってしまうので病気の発症の主原因はタバコだが、アスベストが発症を促進しているということです。そのためアスベストは明らかな原因であると言い切れない状況になっています。

 中皮腫よりもアスベストによる肺がんの発症人数が多いと言われています。喫煙を主な原因として医師が診断したり、医療従事者がそのように考えていたり、中には患者やその御家族も同様に認識している場合もあるため発見されにくい状況です。他の疾病に関しても同様に原因や労災認定基準が決められていますが、それに該当しなくても労災職業病の可能性は否定しないこと。それがソーシャルワーカーの支援として重要であると思います。国は一般的(社会規範)な基準を作っているに過ぎないので、個別的な判断をするためには、その基準に該当しなくても可能性を否定しないこと。労災職業病の患者を支援するためには、どのような方法ができるのか模索することを念頭に置いておく必要があります。

 労災保険制度の特色についてです。労災職業病になった場合、労災保険制度を申請することが経済的な困窮を解決する手段だと思われている方も多いのですが、労災保険制度は、全額損害ではなく、一定割合を補填するものであり、民事の損害賠償と切り離しているものです。労働基準法における使用者に対する無過失責任補償を根底としており、完全な損害賠償を意図した給付ではありません。本来であれば会社や企業が被災者の生活を完全補償しないといけないが、そうなるとかなり時間がかかったり、場合によっては補償が受けられない労働者もいます。なので、迅速な補償を目的として労災保険制度は設けられています。つまり経済的な困窮に陥らないためのセーフティネットと捉えるべきであり、決して支援のゴールではないということをソーシャルワーカーは認識しておくべきだと思います。

社会政策と社会事業概念の編成

 なぜ社会福祉教育において労働問題が取り上げられないのか。社会福祉士を受験された方はご存知と思いますが、労働問題に関する試験問題が無く、学校で学ぶ機会はかなり少ないと思います。全国の大学で、社会福祉教育で労働問題を取り上げているところは日本女子大学が講義をしていたと思いますが、他の大学ではそこまで勉強に含まれていないのが現状です。

 この話を掘り下げていく中で政策論の話になってしまうのであくまで歴史上の経過としてご理解頂きたいのですが、まずは大河内一男先生。この方は東京大学総長を務めるなどかなり著名な方です。大河内先生は、社会政策は生産者を対象にしたもので、経済秩序の中での存在を保障するもので、庶民や労働者、生産者の福祉を対象とした施策だと言っています。一方、社会事業とは経済秩序外の存在。保健・衛生、教育庶民、無産者つまり無職や仕事ができない人を対象とした救済措置的なものとしています。救護性の相違ということで社会政策の限界に対して社会事業が補完・代位している。つまり、主に労働者を対象にした社会政策があるが、社会政策は経済的な問題もあり無限には行えないことから、それを補完するために社会事業が存在していると述べています。この考えは戦後の失業が大きな社会問題になっていた時期で、そこを労働問題として捉えていたようです。

 次に孝橋正一先生です。孝橋先生は、社会政策を社会の基礎的・本質的課題を対象としたもので、主に賃金問題などの労働条件に関する労働問題と捉えています。それに対し社会事業は、社会における関係的・派生的課題であり、労働能力から除外された方々、失業者や疾病・障害、被災、ひとり親など、そのような人を対象にした救恤的な部分もありますが、社会的人間が担っている課題の性質であると。対象者は同じ人間だが、その方が置かれている状況に応じて社会政策や社会事業が関連するとしています。

 そして、一番ケ瀬康子先生は、社会政策は労働問題だと。資本主義社会の矛盾が労働力の消費過程すなわち職場での労働条件や労使関係において明確化することを社会政策と述べています。それに対し、社会福祉事業は生活問題であり、労働力の再生産の部面、生活面で問題になっていることが社会福祉事業であると述べています。

社会政策と社会事業の効果・範囲

 大河内先生は、社会政策は庶民、労働者、生産者を対象にしており、社会事業は保健・衛生・教育庶民・無産者を対象にしています。孝橋先生は、社会政策は社会の本質的な課題を対象としているのに対して、社会事業は、それに関係して派生的に生じた課題を社会的問題としています。一番ケ瀬先生は、社会的問題を生活問題として述べているという経緯があります。そのためソーシャルワーカーが関わるような生活問題が労働問題と住み分けされていった経緯には恐らくこの流れがあるのではないかと思います。

 社会政策と社会事業の効果と範囲を図面にしました。労働者を対象にした社会政策、そして困窮者を対象とした社会事業が発生していたのが、働き方の多様化によって、その対象が限定的になった。年収200万円以下の派遣労働者やアルバイト、非正規雇用労働者が増えてきた分、ワーキングプアと呼ばれる労働者が増加した。個人事業主やフリーランス等の独立された労働者も増え、そこに対する、貧困に陥らない根本的予防政策が今のところ作られていません。面談や相談業務をしている人は経験があると思いますが、フリーランスの人が怪我や病気をして、利用できる制度はありませんかと聞かれた時、「生活福祉貸付制度や生活保護制度しかありません」という状況です。支援しきれない現状が起きているかと思います。

 労働問題に関して社会福祉概念のみで、ソーシャルワーク概念では議論は発展しなかったのかという疑問を抱き、いろいろ文献を探してみました。 まず、岡村重夫先生は「個人と社会制度が結ぶ社会関係に不調和(生活困難、生活問題)が生ずる場合にその社会関係の不調和を調整するのが社会福祉である」と述べています。恐らく多くのソーシャルワーカーがこのように認識していると思います。岡村先生は社会福祉分野の提案をされていて、今回はそのうち4つを抜き出しました。①経済的安定・保障制度に関する社会福祉、②職業の安定・促進制度に関連する社会福祉、③人事ソーシャルワークや労働基準に関する個別的及び集団的社会福祉、④病院で働くソーシャルワーカーは医療・保健制度に関連する社会福祉、④教育制度に関連する社会福祉、学校ソーシャルワーク。これ以外にもありますが今、問題となっているスクールソーシャルワークに関しても岡村先生は述べられており、職業に関するソーシャルワークに関しても提案をされています。ただ、それ以降の文献等では未だ確認できておらず、この段階で議論は深まることがなく、現在に至っているかと思います。

なぜ病気になったのか?病気の程度や原因

 話を労災職業病に戻します。労災職業病は労災保険制度が関連するものであり、社会政策と社会福祉政策(社会事業)のちょうど中間地点にあると思います。ここで労災補償をどう活用したり、受けるための支援をするかによって、職場復帰がしやすかったり生活面が安定する等、かなり重要な位置付けだと思います。

 労災職業病がソーシャルワーク機能と関与が今まで無かったのかというと、そうではありません。R・キャボット博士はアメリカでソーシャルワークを初めて導入した医師です。キャボット博士は「ソーシャルワーカーは、問題として医師の目の前に現れない病、患者自身さえ全く気がついていない病、だが、一国の保健上、重要である病を探し出さなくてはならない。患者の訴えから正しく彼(彼女)の職場の条件に帰すべきものと、病に帰すべきものとを区別することの難しさである」と、著書で述べています。ソーシャルワーカーの役割として、なぜ病気になったのか、その病気の程度、何が原因かということをアセスメントする能力。これが本来の医療ソーシャルワークに含まれているかと思います。

 ソーシャルワーカーがアセスメント業務をしていたかということですが、これはたまたま兵庫医科大学に保管されていたデータから探し当てたものです。昭和50年1月~3月の医療社会福祉部というソーシャルワーク部門での業務内容を示したもの(割合)です。業務内容の52・9%が医師からの依頼によって病歴の聴取や生活歴の聴取、環境状況の調査を行っています。残りは、医療費や入退院に関する相談、複雑で長期にわたる問題へのケースワーク援助です。ソーシャルワーカーが、今とは異なり、診療におけるアセスメント能力に対して認識されていたという意味だと思います。

 アセスメントがどのような効果をもたらすのか、本当に必要なのかということですが、私が以前調査を行ったデータを用いて説明します。肺がん患者がアスベストに関する知識をどの程度持っているのかという調査を19年に行いました。これは日本肺がん学会、日本肺がん患者連絡会、中皮腫サポートキャラバン隊も関わった共同調査です。ウェブアンケート調査を行い、アスベストやその健康被害、労災保険の知識や、石綿ばく露の有無に関して質問しました。

 とても見づらいのですが、クラスタ分析を行った上で各項目の有意差を比較しています。結論としては、「アスベストの名前や存在」「アスベストで健康被害が生じている事実」に関しては、肺がん患者は多くの人が理解されていました。次に「健康被害が生じた際の情報として中皮腫や肺がんになる」ことも、比較的多くの患者が理解していました。「労災保険制度や石綿健康被害救済制度の存在自体」も知っていました。ただ、健康被害が生じた際の判断基準になる情報では、「間接ばく露」といって家族間でばく露したり、アスベストがある場所に立ち入ったことによって、仕事以外でもアスベストばく露してしまうという情報はあまり知らず、それに伴って自分がアスベストばく露したかというような診断や検査(石綿の医学的所見)は受けずにいることとの関係が生じていました。つまり、肺がん患者はアスベストに関する一般的な知識は有していますが、自分の肺がんはアスベストが原因かどうかの判断基準を持ち得ていないという結果になりました。

ソーシャルワーク・アセスメントにおける機能

 ソーシャルワークのアセスメントは、まず患者が「~ですよ」ということでソーシャルワーカーに相談する中で、単にその患者が言っている内容を考察するだけでなく、分析や解釈の機能をソーシャルワーカーが持ち得ていると考えると、その問題の構造や歴史、背景にある心理や動機、理論の論理的構成や様々なデータ、ソーシャルワーカー自身が持ち得ている知見、技術に応じてその問題の本質が結果として導き出される可能性があります。研究とプロセスがとても似ていると思いますが、ソーシャルワーカーが対象患者からのデータをどのように分析するかによって、その問題の本質が明らかにされるかどうかが変わってくることを考えると、ソーシャルワーカーの社会背景や政策に関する知識の有無によって異なる結論が導きだされるということです。それが経験年数やソーシャルワークの知識量によって技量の差が出てくる。このようなところから繋がってくると思います。

 これは決して職業病や過去のソーシャルワーク機能に限った話ではなく、現在も重要とされています。ジェネラルソーシャルワークにおけるアセスメントというものがあります。ソーシャルワーカーは第1段階として、クライエントの生活問題へのアセスメントを行い、それが実践活動方法へのアセスメント、行政施策へのアセスメント、立法化や政策決定に繋がっていきます。実線は実践展開過程ですが、破線はアセスメント構成過程です。いわばミクロからメゾ・マクロのほうにアセスメントは繋がる。そこまで意識した上で、アセスメントしていかなければいけないと考えると、そういう社会政策や対象患者が置かれている基盤を理解しておくことがアセスメントに繋がっていく。知識が無い場合、アセスメントで繋がらない可能性もありますので、現在におけるソーシャルワーカーにも求められる技能だと思います。

中皮腫サポートキャラバン隊の全国の患者調査

 アセスメントの必要性は、言語化というか、その効果が評価しづらい部分があるので調査結果を掲示します。19年に中皮腫サポートキャラバン隊という患者団体が行った「中皮腫を発症された方の療養生活の実態調査」の結果です。医師やソーシャルワーカー、がん相談支援センターから、制度導入に伴う助言や案内があることで、労災保険制度や石綿健康被害救済制度の申請率(認定率)を比較したものです。100名と、データとしては少ないですが参考にして頂けたらと思います。

 ①医師からの制度に関する説明について、②アスベストの情報提供があった場合、なかった場合がちょうど半々位です。スライド38の表の「適した機関」は、ソーシャルワーカーも含め労働基準監督署や行政、労働安全センターなどに紹介された場合の結果です。説明があった患者のうち労災保険制度に繋がった患者は10件。救済制度に繋がった患者は3件です。それに対して、説明が無かったと答えた患者の場合、労災保険制度は14件で救済制度が21件。両者を比較すると、情報提供がなかった場合の救済制度の割合が多くなっています。

 同様に、ソーシャルワーカーに関して比較すると、すべて対応があった場合、労災保険制度に繋がった患者は12件、救済制度は4件。それに対し、対応がなかった患者は、労災保険制度の申請率はかなり高めで25件ですが、救済制度も27件と割合が高くなっています。

 これは、説明がなかった患者はアスベストばく露に関して自覚や知識があったり自分自身で判断できる人が多いのではないか。ただソーシャルワーカーや医師から説明がなかった場合、救済制度の申請数が上がっているで、関わることによって救済制度ではなく労災保険制度に繋げることになるのではと思っています。

 どういうところでアスベストを吸ったか、また、どういう職業がアスベストにばく露しやすいかということをアセスメントの時に情報提供することによって、労災保険制度に繋がりやすくなる可能性があります。逆に、ソーシャルワーカーや医師が関わらなかったら、それを知らずに救済制度だけを申請してしまっている状況が懸念されることとして、このデータから考えられるかと思います。

建設労働者の石綿ばく露に伴う心理社会的問題の調査

 次に、石綿ばく露に伴う心理社会的問題の発生状況についてお話します。19年に建設労働組合に所属している一人親方を対象に調査しました。調査にあたっては建設労働組合に協力を求め、建設業一人親方に、アスベストを吸うことで生活面の問題、心理社会的問題がどのように発生しているのか調べました。この2つのデータ分析(有意差検定/Fisherの正確検定・χ2乗検定)は同じ結果を示しています。アスベストばく露の有無で心理社会的問題の発生件数に有意差が生じているかを調べています。
 この結果は「アスベストばく露の自覚があって、心理社会的問題が発生している人」と「石綿ばく露の自覚は無いが、心理社会的問題が発生している人」の年齢差をt検定を行っています。年齢は、アスベストばく露の自覚がある人は59歳、自覚がない人は49・9歳と有意差が明らかになりました。つまり、この調査を行った建設業一人親方は建設業に長年従事している年齢層が高い人が石綿ばく露の自覚があり、心理社会的問題が生じやすい傾向が明らかになったという結果です。

 なぜそういう結果になったのかを考察すると、まず、アスベストが使用された背景は日本で戦災や戦後の都市火災の被害がありました。そこで都市不燃化という課題が与えられ、都市開発が進められていました。写真にあるように木材建造物が多く、火が燃え移りやすい状況でアスベストがどんどん輸入されています。この写真は「石綿ばく露歴の把握のための手引き」から引用したものですが、このように色々なところにアスベストが使われ、建設業に関しては身近にあったことがわかります。

 近年では建設アスベスト訴訟がいったんは決着という形で、このように新聞報道されています。22年1月16日からアスベストばく露して疾病を発症された建設労働者に対して、建設アスベスト給付金の申請が開始できるようになっています。

建設アスベスト問題における労働組合の被害者支援の現状と課題

 話は戻りますが、石綿の健康被害に関わる労災保険制度と救済制度には差があります。労災保険制度が補償制度として存在しており、それに対して石綿健康被害救済制度は本来原因者が被害者にその損害を賠償すべき責任を負うが、アスベストが①長い潜伏期間であること、②石綿が広範な分野で利用されてきたため因果関係の立証が困難であることから、民事責任とは切り離して救済するという考え方です。

 給付内容も、労災保険制度はあくまで補償ですが、救済金は見舞金扱いで、格差も大きい。例えば、一人親方は請負という形になっているので労働者扱いされない、つまり労災保険制度が使えない人が多い。そうなると救済制度を使う形になり、最低限の見舞金だけで生活しなければいけない。また、労働者ではないということは厚生年金に加入していない人も多く、病気を発症したときに傷病手当金もなく、何も補償が受けられないという問題が起きてしまいます。

 一人親方は不安定就業と認識されています。これは岩手県立大学教員の柴田徹平先生の書籍です。賃金調査によると、43%の一人親方が生活保護の支給額よりも少ない中で生活しているという結果があります。生活保護費より月当たりの賃金が低い方は不安定就労です。そうでなくても就労時間が週60時間以上であれば不安定就労者に含まれる。この調査結果から、かなりシビアな状況で勤務していることが明らかになっています。

 つまりアスベストばく露したリスクは、病気の発症から仕事ができなくなる、身体的機能の不安、そこから経済的な問題に繋がる。不安定な経済基盤が存在していることが考えられます。なので、その懸念事項の内容だけではなく、アスベスト関連疾患を発症した際には、このような問題が生じやすい危機的状況という認識が求められます。

 最後の調査報告です。「建設アスベスト問題における労働組合の被害者支援の現状と課題」ということで、18年に建設労働組合の事務局員にインタビュー調査を行いました。アスベスト問題はソーシャルワーカーが関わる機会がなく、労働組合が被害者支援に取り組んでいる現状がありますので、その課題をフォーカスグループインタビューで聞き取りしています。

 ここではカテゴリー化、サブカテゴリー化して、構造化しました。1つ目、「アスベスト問題で浮き出る建設労働者の置かれている社会的立場」で不安定就労の建設産業や不明確な雇用形態の労働者であり、それが生活困窮に相互的に関わっています。「アスベストへの不安」に関しても、一時的な注目などもありますが、労働者の問題意識の低さ、震災アスベストの可能性の不安などがあります。

 さらに「国のアスベスト問題」の位置付けということで、アスベストを輸入していたことや国の関連性、国の規制効果もあって被害者が増減ということと相互的に関わっています。また、「補償に関する不平等さ」は労災保険制度が使えるか使えないかによって格差が生じていることも建設労働者が置かれている状況に繋がっています。

 「建設労働組合としての取り組みの現状」では、社会でのアスベストの危険性を知る機会を作ったり、早期発見したり、被害者救済支援を行っていますが、ただ被害者との直接の関わりが少なかったり、労災保険制度の特別加入者が増加している、いわば一人親方が増えているということが課題としてあげられています。また、「アスベスト関連疾患の診療や支援体制が課題」として残されていることが、この調査で明らかになりました。

労働組合とソーシャルワークの今日的モデル

 労働組合だけの支援では被害者と関わる機会がとても少ないという問題もあるので、ソーシャルワーカーと連携すべき部分と思います。ただ、労働組合とソーシャルワーカーの違いが明確化しにくいので資料を提示します。これは淑徳大学の秋元樹先生が作られた労働組合とソーシャルワーカーの相違点です。労働組合は「労働者の抱える問題の解決し、その地位を向上するために労働者自らによりなされる集団的努力また活動」。ソーシャルワーカーは「環境の中にある個人の社会的機能に焦点をあて、職業としてソーシャルワーカーによってなされる努力または活動」となっています。組織について、労働組合は「労働者(中所得階級・低所得階級)、労働組合加入者、未組織労働者」ですが、ソーシャルワーカーは「社会的機能上の問題を抱える人々」を対象にしています。

 目的としては、労働組合は「労働者の抱える問題の解決、労働者の地位の向上」を掲げています。ソーシャルワーカーは「問題を抱える個人の社会的機能の回復」を目的としています。目標は、労働組合は集団の地位向上を主にしているのに対し、ソーシャルワーカーは個別ケースに対する支援を行っているので、それぞれ役割が異なっています。ただどちらも重要な役割です。つまり協働する必要性があると思いますが、労働組合とソーシャルワーカーは繋がりが少ないのが現状です。こういう地域連携も今後の課題として考えていく必要があるかと思います。

制度の認定基準という壁で線引き(区別)される

 最後に、私が過去に経験した印象に残ったエピソードです。患者さんの家族からメールで頂いたもので「日本という国は、やはり、強い国なんだと思います」と述べられていました。中皮腫と診断された患者さんで、既に末期の状態で抗がん剤の効果は薄いと医師から言われました。家族は緩和ケアを選択し、労災保険制度は対象にならないとして救済制度を申請。本人は3ヶ月後には亡くなりましたが、家族のもとに救済制度の不認定の通知が届きました。この結果に愕然とし、救済制度の審査録を取り寄せたら、病理検査で「肺がんの可能性が否定できない」と書かれていました。家族としては、中皮腫ではなかったら違う選択もあったかもしれない。診断ミスなのか、それとも別の原因があるのかを知りたいということでソーシャルワーカーに相談が舞い込みました。正直こういう相談は少なく、私自身もどう対応したら良いのか悩みました。関わった医師に意見を伺うと、臨床医は「臨床所見、画像診断は中皮腫で間違いありません」と言い切っていました。ただ、病理医は「腫瘍マーカーでは肺がんが否定できない」という結果だったようです。かなり珍しい、なかなか無い症例ですが、このように臨床と病理で結果が違った。もし再申請する場合、不服申立をするか、再審査請求を行うかのどちらかになってきます。ただ、不服申立をしても結果が覆ることが少ないという状況もあり、臨床医の協力を得て診断書を作成し再審査請求した結果、その方の居住地の地域性が考慮された可能性があって認定されました。審査録を見ても断言はしていません。「この方が住まれている地区はかなりアスベストが使われていましたね」と話されていて、結果、認定になったので、根本的な要因はわからなかったのですが、結果が変更になった一つの事例かと思います。

 ここで言いたいのは、労災保険制度や職業病問題が制度の認定基準という壁で線引きされているということです。病院で中皮腫や労災職業病と診断されても、国が設けた基準に該当しなければ制度を利用できない。それだけでなく、病気自体が否定されたと認識されやすいと思います。このような加/被害問題が生じる疾病に関しては、公害病や原爆被害、薬害などと同じ問題かと思います。そこで線引きされること自体が社会福祉を考える上でなんとかしないといけない問題だと、このエピソードから学びました。日々そのような思いを持ち、アスベスト問題や労働問題と関わるようにしています。

片手にケースワーク、片手にソーシャルアクション

 まとめです。1点目は、社会福祉は社会政策と関連性があり、ソーシャルワーカーは、現在、日本で起きている状況や社会政策の情報整理をまず行わないといけない。それが無いと有効的に実践できないと思います。

 2点目は、労働に関する諸問題は多様化していて、今は過渡期だと思います。労働問題におけるソーシャルワーク概念は、考えられてはいたが、そこまで発展せず今に至っているので、今の状況を踏まえ、改めて考える必要性があるかと思います。

 3点目に労災職業病の早期発見やクライエント理解、どんな状況に陥るのかの判断は迅速にしないといけないので、労働組合や当事者団体、労働安全衛生センターと連携体制を構築することが、人々の救済や支援をしていく中では必要な資源になると思います。

 最後に、知って頂きたい言葉があります。「片手にケースワーク、片手にソーシャルアクション」という言葉です。これは児島美都子先生が日本医療ソーシャルワーカー協会設立時に実践のモットーになっていたと論文で語られています。人を支援するというのは簡単ではなく、それだけでは終わらず、ソーシャルアクションにどうつなげていくのか。両方に対しソーシャルワーカーは意識して支援する役割があると思います。そういうことを皆さんと共有しながら今後も連携をとっていけたらと思います。