神奈川県内12労働基準監督署&神奈川労働局交渉

 7月19~29日に神奈川県内にある12の労働基準監督署と、8月4日に神奈川労働局との交渉を行った(要求内容は10~13頁)。毎年のことだが、準備される資料も口頭での説明も署によってかなり違いがある。労基署は日常的に、相談に来た労働者や労災被災者に解説し、事業主らに監督指導を行っているのだから、役立つことを少しでもわかりやすく丁寧に説明してもらいたいと思う。もちろん多くの署が、複雑な労災事案や労働相談活動を行っているセンターや労働組合に敬意を払っていただき、率直な情報交換を有意義な時間と考えてくださっていることは明記してきたい。【川本】

まず労災件数を把握し、コロナ対策を講じよう

 昨年は全ての監督署で労災職業病の発生件数が増加しており、その理由は新型コロナウイルス感染症の感染拡大である。今年は第13次労働災害防止推進計画(5ヶ年)の最終年度。各署は労災を減らすことを目標値として定めてきたが、この数年は各署とも大きく増加。原因はコロナの感染拡大である。
 ところが厚生労働省は、本省で労災補償給付件数を業種ごとに発表しているだけで、局や署は、通常の労災のように分析等は全くしていない。業種ごとの数字も明らかにしない。一部の署(2ヶ所だけ)は全体の数字すら明らかにしない。ある監督官は、他署の対応を紹介すると「よく出しましたね」と言う。一体どこを向いて仕事をしているのか、非常に残念である。

 局全体では昨年は休業災害が1840件増え、うち新型コロナ労災は1108件。なぜ、業種別の数字を明らかにできないのかと尋ねると、「特定されてSNS等で風評被害を受ける可能性があるから」という意味不明かつ不合理な理由だ。1000件を超えるものを業種別に分けたぐらいで、一体誰がどう特定できるというのか?

 センターは、職場で感染したにも関わらず労災を請求しない人が多数いると予測している。医療や福祉以外の職場、建設や製造やサービス業でも多数の労働者が労災請求し認定されていることがあまりにも知られていない。労災件数の増加分はほぼ新型コロナの数という署もあれば、それを引いても増えている署もある。こうした分析すら阻む悪しき秘密主義は有害無益である。

特別加入者の労災を無視するな!

 労災保険の特別加入制度には、建設業の「一人親方」と呼ばれる人の多くが加入している。労災事故で被災したのが「労働者」であれば、使用者は労働安全衛生法に基づき労働基準監督署に死傷病報告書を提出する義務があるが、被災者が「一人親方」であれば報告する義務はない。つまり、社長や一人親方が建設現場で労災事故にあっても労災件数に入らないのだ。これはどう考えてもおかしい。建設業の労災は法違反が原因で起きることが多いことからも予防対策を進める意味でも問題だ。労災保険給付データと照合すれば簡単なはずだが、システム上の理由で署でも局でも集計は容易ではない。給付と監督の連携はしているという回答にとどまった。

 今年5月、厚労省の「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」で「特別加入者に係る災害の状況」が資料提出された。20年度に休業4日以上の労災被災者数は、労働者11835人、一人親方、特定作業従事者7588人、中小事業主等2737人に上る。つまり、被災者数で言えば、監督署に報告されている数とほぼ同じ(9割弱!)だけの把握していない労災事故が起きているのだ。特別加入していない一人親方も少なくないことを考えれば、半分以上の建設労災が「隠されている」と言っても過言ではない。

精神疾患の労災認定とSAT特別処理班

 監督署の職員は全員が労働基準監督官ではない。監督官が少ないことはしばしば報道されるが、労災保険給付担当の職員も少な過ぎる。精神疾患の請求が増加したにも関わらず職員数は増えるどころか、減らされてきた。一時期は監督官が労災保険給付業務を手伝っていたが、「働き方改革」で監督官の本来業務に引き上げてしまい、労災保険給付担当職員は膨大な業務量を担うことになった。そこで神奈川労働局は精神疾患の労災請求を専門的に対応する職員を配置し対応している。このSAT特別処理班のおかげで早期に業務上認定が実現するのなら問題ないが、実態は逆だ。精神疾患の業務上認定率はこの5年間で全国平均31・8~32・8%に対し、神奈川は21・8~28・9%と明らかに低い。

 センターは、請求人の聴取は署が、関係者の聴取はSATが行う役割分担(大規模署以外の署)を止めるよう要求した。労働時間にせよハラスメントにせよ、客観的証拠が十分ではなく労使の言い分が大きく異なる場合、同じ人物が労使双方の言い分を聞かないとおかしい。少なくとも、請求人と会ったこともない職員が事実認定を行うのはおかしい。一般の労働相談ではあり得ない対応だ。

 ところが今年度から大規模署も含め全ての監督署で本人聴取を署が行い、あとはSATが調査することになったという。署でも局でも本当にそれで真実に近づけるのか。使用者側であれ被災者側であれ、同じ人物がうまく質問するからこそ、ごまかしや嘘がわかることもあるのではないかと批判するが、黙り込むばかり。一部のまじめな職員は、「個人的には意見もありますが、局の方針なので・・・」と言葉を濁した。

完全是正事業者数と完全是正率について

 毎年、労働基準監督年報が出され、本省のホームページにも載っている。そこに再監督実施状況の表があり、業種ごとに「再監督実施事業場数」「完全是正事業場数」「完全是正率」が記載されている。例えば、製造業では各々4071、1503、36・9%。建設業では2250、1582、70・3%など。これを見て、業種よりも条文ごとに出した方が、再監督を受けても是正しない、できない条文が判明するのではないかと考えた。過労死等の認定数と同様、局や署ごとの違いも知りたいところだ。署と局に要求したが、両方とも、そんな数字は把握していないとの回答。つまり、集計しないまま本省に数字をあげているだけのようだ。ある署では「再監督はもちろんしていますが完全是正事業場数? 何か統計資料にあるのですか?」と言う監督官もいた。労働基準監督年報を見たことがないのだろう。本省に、現場で役立つ統計と分析を行うよう要求する。

それぞれの労働基準監督署の特徴

【川崎北】新型コロナに限らず、第三次産業の労災が増えている。事業場や労働者の絶対数が多いこともあるが、製造業と比べて管理者も含めて労働者の入れ替わりが激しいことから、安全衛生の取り組みが定着しにくい。

【厚木】新型コロナもあるが、それ以外の労災も各業種で増加している。コロナの影響で設備などは変わらないが、人の配置面でのしわ寄せが安全に影響している可能性も。物流拠点、倉庫が増加しており、対策が重要。申告事案も増えている。

【横浜西】保健衛生業が多いこともあり新型コロナが増えた。今年になってさらに増加。一方で申告数が減り、多くを占める未払いの相談も減った。コロナの影響でとりあえず雇用を確保しておきたいという人が多いのかも。労働時間の客観把握に関する法違反が多い。

【藤沢】新型コロナを除くと労災件数はほぼ横ばい。新型コロナは56件で病院・介護施設が4分の3を占める。昨年度に限ったことではないが、規模の割にはメンタル労災と上肢障害の請求、認定数が多いのが特長。とくに上肢障害については、業種、職種、医療機関等の特別な理由も見当たらず、なぜ多いのかは不明。

【小田原】労災件数は新型コロナを除けば横ばいだが、6件もの死亡災害(製造業1、建設業5)があったことは由々しき事態。観光や食料品製造が目立つが、物流貨物、倉庫業も多く、駅前の再開発も進みつつある。

【横須賀】新型コロナを除いても労災が増加傾向。保健衛生業、建設業の災害も多い。コロナの影響で安全衛生活動が低調とならざるを得ない面もある。ユニオンヨコスカが、技能実習の監理団体への指導を強く要請。

【横浜北】労災増加傾向が続く。19年1022件、20年1125件、21年1283件、22年は6月末ですでに700件。ところが、新型コロナ労災件数を明らかにしないため議論が進まない。なお、建設業では昨年同期33件が、すでに58件。過労死等の労災請求も多く、脳・心臓疾患が局全体の25%、精神は同20%を占める。

【川崎南】労災が増加、死亡災害は7件も発生。石綿除去工事も多いが、それも含め化学工業が多く検査等に相当な時間を割かざるを得ない。一方で今年になって申告が同期比で21件から59件と急増している。職員を増やすように、もっと要求してもらいたい。

【鶴見】担当者が替わっても毎年豊富でわかりやすい資料が提供される。今年は安全衛生推進キャラクターつる美ちゃんが登場! 法違反の指摘や指導も必要だが、好事例の水平展開も重要と考える。実際の現場の写真をチラシに入れ、更に「リスク摘み取りの取り組み」も収集中。

【相模原】労働災害件数は増えたがコロナ労災の75件を引くと少し減少。一方で労働相談件数は増加している。運送業の運転手からの相談も多い。

【平塚】労災発生状況は、21年は558人で20年の456人から大幅に増加。コロナの51人を差し引いても大幅増。一方で死亡災害はゼロ。小売、社会福祉、飲食などの第三次産業で増加している。40代以上の割合が高いのは事実だが、30代の事故も増えている。熱中症対策で平塚市等との連携も。

【横浜南】労災事故が約100件増加したがほぼ新型コロナの数。死亡災害が3から5人に増加。中皮腫患者に症状固定の通知がきた(例を見ない)ため個別交渉することに。

【神奈川労働局】労働相談件数等の報道発表が例年より遅く7月28日だったため各署では全く議論できなかった。個別労働紛争における相談件数は「いじめ・嫌がらせ」が大幅に増加し、5383件で25・2%を占め、10年連続で最多。「助言・指導」申出や「あっせん」申請に至るものも多い。

 労災補償では新型コロナの申請が急増し、業務が逼迫。SATなど「その場しのぎ」ではない抜本的な増員が必要だ。
 議論できなかったが、局の外国人労働者相談コーナーでの相談は1018件のうち労災請求に関するものが322件を占め、被災者に労災保険制度が周知されてないことが伺える。「その他」の180件に含まれると思われるが、「いじめ・嫌がらせ」相談が少ないことも意外。言葉の壁が大きな要因ではないか。
 新型コロナの労災請求・決定件数が資料提供されたが数字だけであり、増加しているということしかわからない。21年度は請求1464件だったが、22年度は6月末時点で1384件。