厚生労働省は、メンタル労災被災者に対し、 一律打ち切りをするな!~三菱電機で9年ぶりの職場復帰~

「画期的」な職場復帰

 神奈川県鎌倉市にある三菱電機情報技術総合研究所に勤務するAさんは、過労やパワハラが原因のうつ病で休業を余儀なくされていたが、23年4月に休職から約9年ぶりに職場復帰することになった。会社は当初、長時間労働もパワハラも認めようとせず、休職期間満了で解雇を強行してきた。Aさんが加入するよこはまシティユニオン(以下「ユニオン」という)は、労災認定を勝ち取って解雇を撤回させた後も、職場改善とAさんの一日も早い職場復帰を目指して交渉を重ねた。会社も、労働時間管理の見直し、ハラスメントを許さない職場づくりなどを進めてきた。そして、1年余にわたりAさんの復帰に向けた研修等の準備、上司や産業医等とのオンライン面談などを重ね、ついにAさんは職場復帰の日を迎えることができた。

 一方でユニオンの組合員の中には、発症から8年近く経つが復帰のめどが立っていない被災者がいる。彼女は厳しいノルマも達成していたが、部下が退職したことなどを管理職に咎められるなどのパワハラを受けて発症したのである。こうしたトラウマを解消する治療はまだまだ進んでいない。同じく、社長のパワハラと長時間労働が原因で発症した別の被災者も7年間の治療で落ち着きつつあるとはいえ、勤務先に通じる電車にすら乗れない状態が変わらない。

 彼女らの会社は、ユニオンの粘り強い交渉や本人の努力もあり、一定の発症責任を認めたり、パワハラ防止等の研修内容を見直すなど、決して対応がひどいわけではない。それでも職場復帰、社会復帰については本当に難しい状況が続いている。

厚生労働省労災補償課の不当な補償打ち切りの動き

 残念ながら、精神障害の労災認定者数は増え続けている。また、労災認定されたものの自ら退職したり、在籍はしているものの復帰が実現していない被災者も増えている。ところが、厚生労働省は、単純に長期療養者が増えているというマクロ的視点のみで、早期の症状固定、不当な打ち切りを正当化しようとしている。 実際、長期療養者全体に占める精神障害の割合は、「1年以上」は4・6%(H27年度末)から4・3%(R2年度末)に、「3年以上」は4・1%(H27年度末、実数739人)から7・7%(R2年度末、同1337人)になったに過ぎない。ちなみに、3年以上療養している被災者は、じん肺4938人、振動障害4448人、骨折1943人にのぼる。(労働者災害補償保険事業年報令和2年度から)。

 現在開催されている「精神障害の労災認定基準を巡る専門検討会」で厚生労働省事務局は、「療養期間の目安について、あらかじめ被災労働者や主治医に示しておくことは、被災労働者が療養の見通しを立て円滑な社会復帰を促進するために重要ではないか」、「適応障害の症状の持続は遷延性抑うつ反応(F43・21)の場合を除いて通常6ヶ月を超えず、また遷延性抑うつ反応については持続は2年を超えないことを示すことができるか」、「職場復帰が可能とならない場合も含め医学的知見を踏まえ、療養開始から1年6ヶ月~3年経過した時点で症状固定の有無等に係る医学的判断を求める必要があるのではないか」という問題提起を行った(23年12月20日、第10回専門検討会)。

 同専門検討会の議事録によると、症状固定の時期を数字で出すことは困難であるとしながらも、障害年金や国民年金の認定時期が1年半経過後であることを引き合いに出すなどして、長くとも2~3年で症状固定すべきだと言う意見(荒井委員/東京臨海病院統括産業医・特任精神科医)に反対する者はなく、スクーリングをすべきという意見も出された(三柴委員/近畿大学法学部教授)。一方で「労災保険給付の打ち切り時期を示すように受け取られてしまわないか。必要な給付まで打ち切られてしまうのではないかという懸念を抱かれないような書き方を留意してもらいたい」と言う意見が出された(中野委員/名古屋大学法学研究科教授)。

労災患者の職場復帰は、真の「働き方改革」(=職場改善)と合理的配慮が大前提

 厚生労働省の労災補償課は、精神疾患の労災被災者が職場復帰・社会復帰できないのは、あたかも本人や主治医が労災補償制度を十分理解していないからであり、「一定期間」で症状固定にして全ての給付を打ち切り、障害一時金を給付したりアフターケア制度の利用を促そうとしている。職場復帰については、同省の職業安定局など担当部署との連携を検討すらしていない。

 上記検討会で出された資料(黒木委員らがまとめた)でも、労災受給者の主治医や産業医の見解を問うだけで、職場復帰の絶対必要条件である事業場側の意向や努力については全く触れられていない。また、診断名や発症時期について、主治医と労働基準監督署の判断が異なる場合も少なくないと言う事実が全く考慮されていない。いくら被災者や医療従事者、行政が努力しようとも、事業場の積極的な協力がなければ職場復帰など不可能である。私たちの経験では、多くの会社が、精神疾患に限らず、「100%治ってから戻ってもらいたい」と言う。あるいは「長くなっているので辞めてもらいたい」と言う。

 やはりユニオンで、上司のパワーハラスメントが原因で適応障害を発症し休業を余儀なくされた組合員について、会社と団体交渉を開いた。ただちに上司を当該職場から隔離する措置を実施し処分を行うとともに異動させ、本人の原職復帰が実現した。上記の通り現在検討されているが、現行のパワハラ労災の認定基準が不当に厳しいこともあり、あえて労災請求等はせずに早期解決に至った。こうした職場の実態を厚生労働省は、調査しようとすらしていない。

 障害者雇用率の引き上げもあって、「本来能力のある」精神障害者を雇用しようとする大企業は少なくない。労災補償課が連携しようとしない様々な就労支援制度や仕組みが存在する。実は、2~3年もたたなくても、ただちに職場が改善され合理的配慮さえあれば、治療中(症状固定前)でも復職は十分に可能である。健常者以上に「元気に」働いて活躍している障害者も多い。労災被災者の場合、仕事が原因であるからこそ、薬や心理療法だけではなかなか回復せず、休業を余儀なくされていることは明らかである。

 三菱電機でも、Aさんのおかげで職場の疾患者がきちんと休めるようになり、治療しやすくなったとのことだ。これは、三菱電機の産業医が精神疾患の疑いがある社員に対して紹介する医師から聞いており、Aさんはその患者の一人である。さらに、人事によると全社における休職者へのサポートが劇的に改善した。具体例として、①復職の際にすぐに異動できるようになった。②休職者及びその家族への人事による直接訪問が行われるようになり、休職経緯・休職制度・治療の為の具体的行動内容及び家族のサポート方法・復職に向けての具体的プランが丁寧に説明されるようになった。③休職中の人事及び復職場所とのウェブによる定期面談が行われるようになった、等が挙げられる。さらに休職者だけでなく、より本質的に予防にも力を入れるようになった。具体的には、①労働時間の徹底把握による労務管理改善、②ハラスメント研修の強化、③前時代的な新入社員研修の改善、等が挙げられる。以上によって、休職者はより復職しやすくなり、患者は無理せず、よりスムーズに休職しやすくなり、そして健康な労働者が疾病に陥らないための抑止の一つとなっている。それまでは休んだら退職を余儀なくされると決めつけてしまい、無理をして働いたり隠れて治療しようとしたのであろう。退職(転職)を選択した人もいた。自殺に追い込まれた人もいる。厚生労働省は、安易に症状固定の時期を提示するのではなく、むしろ一人一人の被災者に寄り添い、職場復帰・社会復帰を進めるための施策を積極的に講じるべきである。【川本】