東日本建設アスベスト訴訟代理人・有野優太弁護士の意見陳述

事案の概要

 本訴訟は、原告らが石綿粉じん曝露により、石綿肺・肺がん・中皮腫などの石綿関連疾患にり患したことについて、石綿(アスベスト)の危険性を知りながら必要な規制を行わなかった被告国に対し、国家賠償を求めるとともに、有害な石綿含有建材を製造して利益を得ながらアスベストに対する警告などの安全対策をとらなかった被告企業に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めるものです。

アスベストの危険性

 アスベストは、安価で、かつ耐熱性や防音性など特性にも優れていたことから、建築資材や工業製品などに幅広く利用されてきました。しかしながら、アスベストは、その繊維が極めて細く、必要な対策を行わないと飛散して人が吸入してしまうおそれがあります。そして、アスベストを吸引すると、10年から40年といった長い潜伏期間を経て、石綿肺・肺がん・中皮腫などといった石綿関連疾患を発症します。特に、中皮腫は、少量・短期間の曝露でも発症することが知られています。石綿関連疾患の予後は、極めて悪く、一度発症してしまうと、多くの方が5年以内に亡くなってしまいます。

 このようなアスベストの危険性は古くから指摘されており、海外では次々と規制されていきました。そうであるにもかかわらず日本では1971(昭和46)年、旧特化則によりアスベストが規制対象となって以降も、長い間、十分な対策がとられず放置され、使用が継続されてきました。

 その結果、多くの人々がアスベストの危険性を知らないまま石綿含有建材を取り扱って石綿曝露し、健康被害に苦しむことになってしまったのです。

被告企業の責任及び主張立証の方針

 ⑴ ご存じのとおり、建設アスベスト被害については、既に多数の判決が積み重なっており、たとえば、京都1陣訴訟(最決令和3 年1月28 日)、大阪1 陣訴訟(最決令和3年2月22 日)、神奈川1 陣訴訟(最三小判令和3 年5 月17 日)において、建材メーカーらの責任が確定しています。

 つまり、最高裁においても、建材メーカーらが、アスベストの危険性を認識することができたにもかかわらず、容易にできるはずの、石綿含有の事実や石綿の危険性等を表示するという警告表示義務さえ怠ったとして、損害賠償責任を負うことが認められているのです。さらに、神奈川1陣最高裁判決では、自社建材だけでなく、他社建材と相まって、累積的に石綿曝露する可能性についても予見することができたとはっきりと認定されています。

 ⑵ 建設アスベスト被害の特徴として、石綿関連疾患が数十年といった長期の潜伏期間を経てから発症するものであること、建材メーカーらが警告表示義務に違反し石綿含有の事実すら十分表示していなかったことから、各建材メーカーと各原告の石綿曝露とを結びつけるという個別の因果関係の立証が困難であるという点があります。

 このような点を踏まえ、神奈川1陣最高裁判決は、被害者保護の公益的観点から立証責任を転換し、各建材メーカーの市場に占めるシェアを用いた因果関係の推定を認めました。

 本訴訟においても先行訴訟同様、概ね、

 ①被災者の職種における一般的・類型的な作業内容や取扱い建材に加え、個別の作業実態及び曝露実態をも踏まえた上で、当該被災者の疾患発症について主要な原因となった建材(主要曝露建材)を特定する

 ②主要曝露建材の種類に応じ、概ね10%以上の市場シェアを有する企業を特定する

 ③製造期間と被災者の就労期間との重複や経験現場数を確認する

 ④そのほか、被災者の記憶など個別事情に基づく製品やメーカーの特定する

 といった過程により、各被告企業の石綿含有建材の製造・販売といった加害行為が、各被災者に対し、多数回にわたって到達した高度の蓋然性(少なくとも相当程度の可能性)があり、因果関係が推定され、被告企業らの責任が認められることを主張・立証しているところです。

給付金制度の創設と問題点

 前述の国の責任を認める最高裁判決を受け、建設アスベスト給付金制度が創設され、国との関係では、訴訟を経ることなく、賠償がなされる仕組みが整えられました。

 もっとも、給付金の支給対象者は「建設業務」に限定されており、石綿含有建材を取扱っていたものの、必ずしも「建設業務」の定義に含まれるか否か明らかでない職種も存在しています。本訴訟においては、私たちは、被害者救済という不法行為法の趣旨に鑑み、石綿含有建材を取り扱った者は形式的な職種にとらわれることなく、広く救済されるよう求めていきます。

建材メーカーの対応

 これに対し、建材メーカーは、確定原告に対し賠償金を支払うのみで、係争中の事件については依然として全面的に争う姿勢を崩していません。まして、国が創設した給付金制度に拠出して、全面的な被害救済に協力しようという姿勢は全く見せていません。国と企業とが共同して被害者補償を行っている例として、公害健康被害補償制度があり、建材メーカーらが歩みよりを見せれば、実現できない話ではないはずです。

最後に

 2021年10月、本訴訟第1陣を提訴した際にはご存命であった原告番号9番の館山亮さんは、22年7月、全面解決を見ることなく亡くなりました。館山さんは生前、陳述書において以下の通り、本訴訟にかける思いを述べています。

 「アスベスト被害についての私の気持ちを述べておきたいと思います。アスベストの潜伏期間は数十年と言われていて、どこでアスベストを吸ったのか、今から特定をするのはとても難しいです。何十年も前にした作業のことを思い出しながら裁判に臨まなければならないのは、被災者にとってとても不利で不合理だと悔しく思いました。

 私は43歳で悪性胸膜中皮腫を発症し、当時まだ未成年の子供がいました。扶養しなければならない家族がいるのに、病気で自分の命を脅かされ、経済的にも不安で、鬱になったこともあります。

 私は医者からもう治療方法がないと言われてしまいました。腫瘍がだんだん大きくなって、打つ手がないと言われ、緩和ケアに移行することになりました。

 私が働いていたときに、建材メーカーが、アスベストが危険であると周知してくれていたら、建設現場でアスベスト対策も進んだでしょうし、アスベストの資格のある業者しか請け負えないようになっていたかもしれず、私たちは無防備に防塵マスクもしないで現場には行かなかったし、会社も受注しなかったと思います。

 どこでアスベストに暴露したとか分からなくとも、建材メーカーが石綿建材を売って、その結果多くの人が被害に遭っているのですから、建材メーカーはアスベスト被害に遭った人に対して責任を認めるべきだと思います。1日も早い解決を望みます。」

 生存原告らは、懸命に闘病しながら訴訟を闘っておられます。遺族原告のみなさんも、高齢の方が多い中、全面解決のため闘っています。

 建材メーカーを巻き込んだ全面的な被害救済を実現するためには、建材メーカーの責任を認める判断を積み重ね、建材メーカーに歩みよりを促すしかありません。

 以上を踏まえ、裁判所におかれましては、1日も早くアスベスト被害の救済のため、公正な判断及び適切な訴訟運営を行っていただくことを求めて、私からの弁論といたします。