パワハラ・過重労働による精神疾患の体験談

パワハラ・過重労働による精神疾患の体験談

近年、過労死等が大きな社会問題として取り上げられ、対策を立てることが急務となっている。過労死等を根絶するためには、過重労働や職場におけるセクハラ・パワハラの防止が必須であり、それには健全な労務管理が不可欠とされる。しかし、自己申告制を悪用したサービス残業や、『指導』と称したハラスメントが職場に蔓延しているのが現状である。今回、自分が被害にあった実例を元に労務管理のどこに問題があるのかを指摘したい。

1、はじめに

近年、日本における過労死や過労に伴う疾患等が大きな社会問題となっている。また、過労死等は、本人だけでなく、その家族のみならず社会にとっても大きな損失であることから、厚生労働省は過労死等の防止のための対策を推進し、仕事と生活を調和させ、健康で充実して働き続けることができる社会の実現を目指している。そのため14年6月に『過労死等防止対策推進法』が成立し、11月より施行された。ところが、同法は社会に浸透しておらず、いまだに過重労働やパワハラ・セクハラが蔓延し、過労死等が出続けているのが日本の労働環境の現実である。
今回、過重労働・パワハラによる精神疾患の具体例の一つとして、自身における過重労働とパワハラ被害の体験を語り、現在の労務管理における問題を指摘したい。

2、うつ病になった経緯と解雇

まず、自身の事例を報告する。入社1年でパワハラと過重労働により、うつ病を患う。その後、ユニオンを通して会社に労働環境の改善を求めるも拒否され、更に休職期間満了により解雇された。現在、労災を申請中である。以下に詳細を述べる。

■入社当時について

私は27歳の時、大学院博士課程修了後、13年4月に三菱電機株式会社に新卒採用で入社した。同7月に神奈川県にある情報総合研究所、光・マイクロ波回路技術部、レーザ・光制御グループ(情報総研、マ光部、レーザG)に配属され、研究・開発職員として働いていた。マ光部では長時間残業や休日出勤が常態化しており、さらに過重労働を強要するため上司によるパワハラが頻繁に行われる職場であった。

■疾病

配属当初は定時に退社していたが、同12月頃から残業が増えはじめ、月80時間の残業が当たり前となった。特に14年2月の残業時間は160時間を超えている。さらに、長時間労働を隠蔽するため基本的に40時間以上の残業はサービス残業にされた。
また、残業時間が増えると同時に上司からパワハラを受けるようになった。具体例として、毎日朝から怒鳴られ、人格を否定された。何度も狭い会議室に閉じ込められ2時間近く叱責を受けた。
14年3月に会社で実施されているメンタルヘルス診断を受けたところ、心療内科を受診するよう勧められ、同4月より通院を始める。薬を飲みつつ仕事をしていたが、仕事の量は以前と変わらなかった。同4月に教育担当者が異動となり、さらに上司からのパワハラがエスカレートした。叱責の回数が増えるだけでなく、恫喝や、深夜に仕事の電話がかかってくることもあった。それに伴い病状も悪化し、ついに同7月には休職した。

■会社からの解雇

休職当時の13年7月に人事より「休職期間は17年6月まで」と説明されていたが、16年2月に急遽、「社内規則を読み間違えていた、実際は16年6月までが休職期間である。それまでに復職できない場合は解雇する」と通知された。うつ病が完治していなかった事に加え、職場に過重労働とパワハラの改善が見られなかったため、16年6月までの復職は不可能であった。
そこで、労災申請で協力頂いている弁護士に相談したところ、地域の労働組合である「よこはまシティユニオン」を紹介された。ユニオンの勧めで、まずは三菱電機労働組合東部研究所支部の執行委員長に対し、会社と交渉するよう求めた。しかし、委員長は、「規則は規則である。休職期間の延長は難しい。がんばって元気になって職場に復帰して下さい」と言い、会社との交渉を拒否した。そのため私は三菱電機労働組合を脱退し、以後、よこはまシティユニオンを通じて行動している。
三菱電機に対して、「会社が提示する期間までの復帰は無理である。また、現在申請中の労災が認定されればとなれば、解雇はできないはずである」と伝えたが、「過重労働もパワハラも存在しなかった。労災ではなく私病による休職である」として労災申請結果を待たず解雇された。

3、自己申告制について

20世紀末、過労死が世間に注目され始め、厚生労働省は、過労が原因の労災に対する意識を改める事になった。1995年には脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く)の認定基準を改正した(01年にさらに改正)。
精神疾患においては、1991年に起きた電通過労自殺事件等の反省より、厚生労働省は「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」という通達(通称4・6通達)を01年に作成した。ところがこの通達は社会に浸透せず、無視されている。三菱電機においても4・6通達に反した労務管理が行われていた。以下、その具体例を説明する。
三菱電機においては、セキュリティチェックのため、入退館をICカードによって行い、誰が・何時・何処にいたのかを管理していた。ところが、労働時間の把握は自己申告制を採用していた。具体的には、社内ネットワーク上で、ICカードにより記録された前日の出社時間及び退社時間を確認し、自分自身で勤務時間を入力するシステムであった。
基本的に残業時間は月40時間未満で済ませるように指導されていたが、とても終わるような仕事量ではなく、前述の通り月80時間の残業が当然となった。しかし、上司から残業時間の申請を月40時間未満に過少申告するよう強要された。団体交渉の際、このことを人事に訴えたが、「会社に長時間居たことは認めるが、『業務』ではなく『自己啓発』のために会社に残っていたので問題はない」とされた。
4・6通達においては、ICカード等による労働時間把握を原則としている。やむなく自己申告制を採る場合、「2 ? イ 自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて実態調査を実施すること」とある。しかし、自己申告時間と在室時間に最も大きな差がある部の一つである私の職場ですら、A社は正確な実態調査を行わず、『自己啓発』としてサービス残業を隠蔽した。さらに、「2? ウ 労働者の労働時間の適正な申告を阻害する目的で時間外労働時間数の上限を設定する等の措置を講じないこと」とあるにも関わらず、月の残業時間を少なく自己申告する事を強要された。
また、入社した13年4月からの労働時間の記録の提出を求めたが、最も残業が多かった13年4月~14年3月の記録は自己申告時間のみを提出し、入退館記録の提出は「残っていない」として拒否された。
4・6通達において「2?労働時間の記録に関する書類について、労働基準法第109条に基づき、3年間保存すること」とある。記録の提出を求めたのは16年5月だったので、13年5月以降の入退館記録を保存しておかなければならない。本当に残っていないのなら、実際の労働時間を把握する上で極めて重要なデータである入退館記録を紛失するという、杜撰過ぎる労務管理である。
電通社員の過労死事件では70時間未満にさせていたそうだが、三菱電機では40時間未満にしろと言われていた。従って、安倍政権が掲げている時間外労働の上限規制も、労働時間の客観的な把握を義務付けなければ意味がない。ICカード等ですべての労働時間を管理することを勧める。

4、上司の管理について

三菱電機において、パワハラは「熱心な指導」として見逃されていた。以下にその詳細を説明し、現場責任者の労務管理について意見を述べる。
団体交渉の際、会社に対し、パワハラの事実関係を調査するよう求めた。しかし、被害者からパワハラの具体例を聞かずに、加害者とその周りに聞き取り調査を行い、その結果パワハラは無いものとして、処理されている。
加害者が、自分を守るために「パワハラはしていません、熱心な指導です」というのは当たり前である。また、加害者の周りの人間は完全な第三者の聞き取りではないので、真相を話すことが難しい。人事査定に関わるのではないか、復讐されるのではないかと心配してしまう。さらに、聞き取り調査自体の内容を会社が好き勝手に解釈できることも問題である。団体交渉において、人事に対し調査内容の開示を求めたが、「プライバシーに関わることなので」と拒否された。団体交渉後、聞き取り調査を受けた方と個別に会った際、「私はパワハラを見たと人事に証言した」と、その勇気ある人物は話してくれた。私は会社の聞き取り調査に対して不満がある。
このようにパワハラ発生後の聞き取り調査でパワハラを立証することは難しい。パワハラが発生した時点で現場責任者が行動することが望ましい。
そもそも、人事だけでなく、管理職の立場にある者は現場においてパワハラを防止しなければならない。しかし、部内においてはその責任を放棄していた。
休職の際、部長と面談があった。部長の席は、パワハラ上司の席に近いためパワハラの現場を何度か目撃しているはずである。しかし、「彼のキャラクターだから」と言われた。また、休職して一週間後のグループミーティングにおいて、「傷病欠勤者が出たが、自分はやり方を変えない」とパワハラ上司が宣言した、と聞いた。このことからも部長から特に指導された様子はなかった。
また、現場責任者はパワハラのみならず過重労働に対しても注意することが望ましい。なぜなら、人事だけでなく場合によって彼らも労働時間管理に責任を負うからである。以下、その事例について説明する。
団体交渉の際、三菱電機の人事に対して、自己申告した労働時間と入退館記録が大きく食い違っている場合は、人事が事実関係を確認すべきではないか? 「自己啓発」時間と仕事時間の見極めや管理は誰が行うのかと尋ねたところ、「それは現場の管理職の判断で構わない」と回答があった。以上より、三菱電機の管理職には労働時間管理に対する責任を持つことが分かる。ところが、不誠実な対応が多くあった。以下に一例を挙げる。
三菱電機では、22時30分以降の残業は「深夜残業届」と呼ばれる書類を提出しなければならない。深夜残業手当は何時までどのような理由で深夜残業をするのかを記述し上司と部長の認印が必要である。しかし、22時30分を過ぎて実験室から居室に戻ると、上司と部長の認印が既に押された、氏名や理由欄が白紙の深夜残業届が机に置かれていることが幾度もあった。
4・6通達において「2?事業場において労務管理を行う部署の責任者は、当該事業場内における労働時間の適正な把握等労働時間管理の適正化に関する事項を管理し、労働時間管理上の問題点の把握及びその解消を図ること」とある。上記の振る舞いは労働時間を管理する者の職務を放棄した行動である。
会社は、過重労働もパワハラも無かったことにしたいかもしれないが、結局は、労働基準監督署が動くことになる。もし、労働基準法違反と判断されたら、会社は社会通念上の常識を欠いた組織と判断され、隠蔽の責任を追及される。労務管理者はその場しのぎで対応するのではなく、早い段階で誠意ある行動に努めることを推奨する。ここで、人事だけでなく、現場における責任者も労務管理の責任を負うことを強く意識すべきである。

5、まとめ・今後の課題

過重労働・パワハラによる精神疾患、及び労務管理の実例として自身の経験を報告した。労務管理について、すでに行政より通達が出ているが、指摘されずとも正しい倫理感に従い行動すれば問題は無いはずである。労務管理者には上司の圧力や周りの空気に流されることなく良識に従った行動を求める。
三菱電機においては、過重労働やパワハラが蔓延しており、何人もの労働者が今も苦しんでいる。私と同様に、残業時間を過少申告するよう強要され、酷いときは40日連続勤務や3ヶ月ほぼ休み無しだと聞いている。また、過重労働をさせるため常に怒号が飛び雰囲気は最悪のままだとも聞いている。一刻も早く過重労働とパワハラを認め、再発防止に努めることを強く要求する。

■シンポジウムに参加して(A)

シンポジウムで自分の体験談を発表することになっていましたが、特に緊張はしていませんでした。しかし、他の被災者の方の話を聞いて動揺し、とても話ができる状態ではなくなりました。
Yさんは、母親が過労で半身まひになったと聞き、自分も同じ立場なら息子として絶対に会社を許すことはできません。さらに、労災は取れていながら裁判で敗北したと聞き驚きました。これでは過重労働をやらせたもの勝ちだとお墨付きを出したようなものです。このままでは介護業界のみならず、今後も過労死等が頻発するのは当たり前になるでしょう。
Wさんは、過労で息子を亡くされたと訴えていました。正社員のポストをちらつかせ、過労死するまで使い潰すなんて卑劣極まる行為です。息子さんは終電を毎度逃すので原付バイクで移動されていたと聞きました。自分も深夜残業で終電が間に合わなくなるとタクシーを使って寮に帰っていました。残業代がタクシー代で消え、その残業代すら「自己啓発」ということで、出ない。頑張って深夜残業すればするほど貧乏になる。とても惨めな思いを味わいました。
Wさんが「息子を返して下さい」と泣きながら話すのを聞いて、自分も涙を流しました。母や父、兄妹にも辛い思いをさせてしまったと自責の念に駆られると共に、本人だけでなく家族すら不幸にする会社に対する怒りが収まりませんでした。
Yさんは、月平均160時間、最高190時間の残業を7年間続け、くも膜下出血により全盲になられたと聞きました。そのことを会社に訴えると、「会社を売った裏切り者」と吐き捨てられたそうです。会社のために、まさに命を削って尽くした人間に対して、決して言ってよい言葉ではありません。社員の事を奴隷か家畜のようにしか考えていない証拠でしょう。また、想像力が全く足りていません。このままではいつか自分も同じような事になるし、その際は上から捨てられるという危機感を覚えるべきです。

私の発表は4番目でした。3人のお話を聞いてつい、この場で自分の話をしていいのかなと思ってしまいました。うつ病を患っているものの最近は回復しつつあるし、月平均80時間、最高160時間の残業を半年続けた程度だ。と、要らない劣等感を覚え、発表前に怖気ついてしまいました。その結果、発表内容はボロボロで、公聴者に言いたいことが伝わったかは分かりません。
しかし、そもそもあのシンポジウムの場において、被害の軽さ重さを考えてはいけなかったのです。自分には大勢に対して話す理由があって来たのだから堂々と話すべきでした。自分の評価を他人に求めることは悪癖です。自立した人間となるため精進していきたいと反省しました。また、自分一人の力ではなく、たくさんの人達の力添えにより壇上に立てた事を忘れていました。恩人に対して失礼なことをしてしまい情けないです。
以上のように反省すべきことは多くありましたが、一方で良い成果もありました。とにかく大勢の前でまた発表できるようになったことは自分にとって非常に大きな一歩です。病気が酷かった1~2年前ならとても考えられませんでした。よこはまシティユニオンの皆様や嶋﨑先生、恩師、医師やカウンセラー、親兄妹、友人達のおかげでここまで立ち直ることができました。とても感謝しております。また、会社や社会を良くしようと考えておられる経営者や管理職の人たちに、長時間労働の問題、御用組合の存在、法規制の在り方、被害者の思い等を発表したことは、大いに意味のあることだと考えております。
今後も自身の意見を表明することが、自分だけでなく、世の中のためになると信じて活動していければと思っています。

シンポジウム終了後、三菱電機で働いて過労死された方のご遺族とお会いしました。とうとう取り返しのつかないことをされたと社員の一人として強い憤りを感じます。あのやり方を続けていてはいつか過労死が起きる事は想像できたはずですし、団体交渉でもずっとそのことを指摘していました。重大な反省と共に、有効な再発防止策の制定が三菱電機にとって急務であると確信しています。また、ご遺族に対して自分ができる限りの協力をしていきたいと思います。

*Aさんは16年11月末に労災認定され、12月末に解雇を撤回させました。17年1月には、三菱電機と当時の上司は労基法違反(長時間労働)容疑で横浜地検に書類送検されました。